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第4章 遠征
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ケルベロスは真っ黒な体毛に血のような真っ赤な瞳をしていた。鋭い牙の生え揃った口が大きく開かれるのをユミルは見た。
ユミルは咄嗟に杖を持っていない左腕を前に出し、頭を庇う。
「うっ!!」
ケルベロスに、左腕を噛みつかれ、ユミルは思わずうめき声をあげる。
(痛い、熱い!)
分厚いコートを着ているが、それが全く意味をなさないほど、深く牙が突き刺さる。
ケルベロスのぶつかった勢いでユミルはたたらを踏んだが何とか持ち堪える。
ユミルが左腕を降ろさないようにしたので、ケルベロスは2本脚で立つような形になるが、それをものともしない強さで頭を左右に振り、ユミルの腕を食いちぎろうする。
ユミルは自分の左腕の肘から下が裂けてしまうのではないかと思った。
ユミルは痛みで意識が遠のく中、左腕を少し下げてケルベロスと目を合わせると、右手に持つ杖をケルベロスの目に突きつける。
そしてゼロ距離でユミルができる最大限の火魔法を放った。
「ギャン!!」
ボワッと一気にケルベロスの顔に火が灯ると、ケルベロスはユミルの左腕から牙を抜き、前足で何度も顔を拭うような動作をした。
ユミルはすかさず近距離で火魔法を何度も繰り出す。
ケルベロスは火から逃れようと身を激しくよじっていたが、ユミルがケルベロスの全身に火が付くほど火を放ったところで、ケルベロスは漸く動きを止めた。
ユミルの耳の中ではドクドクと血液の流れる音が強く響いていた。
ユミルは呆然とする頭の中で、この場を凌いだことを理解し、ほっと息を吐いた。
しかし、安心したのもつかの間、奥からさらに2頭のケルベロスが駆けてくる。
ユミルの左腕はもう使い物になりそうにない。コートでは吸いきれないほどの量の血液がだらだらと流れ、足元に血溜まりができている。
ユミルはついに泣きたくなった。
安全地帯だと言われたのに、とレインを恨む気持ちももちろんあった。
しかし、それよりも、魔法使いなのに、これしきの事でさえもできないのかと、恥ずかしくて堪らなくなった。
もし、ホテルに避難している人が自分の両親と妹・弟だったら。信じていた姉のこのような無様な姿を見て、酷く悲しむだろうと思ったのだ。
ケルベロスにやられた人の遺体は本人が確認できないほど無惨な姿になるという話しをユミルは授業で聞いたことがあった。
もしこのまま死んだら、誰か自分だと気づいてくれるだろうか。
死に際だというのに、ユミルの頭はどこか冷静になって、昔のことを次々と思い出した。これが走馬灯というものか、とユミルはぼんやり人ごとのように考える。
(ごめんなさい、お父さん、お母さん。)
あとは、残してきたフクが心配だが、きっとレインが最後まで面倒を見てくれるだろう、とユミルはレインのことを考える。
レインに出会わなければ、こんな目には合わなかっただろう。
でも、ユミルはレインと出会ったことを後悔する気持ちはこれっぽっちもなかった。
(今、無性にあの星のように煌めく瞳が恋しい。)
ユミルは目の前にまで迫った2頭のケルベロスが跳躍の姿勢を見せたところで覚悟を決めたように瞳を閉じた。
ユミルは咄嗟に杖を持っていない左腕を前に出し、頭を庇う。
「うっ!!」
ケルベロスに、左腕を噛みつかれ、ユミルは思わずうめき声をあげる。
(痛い、熱い!)
分厚いコートを着ているが、それが全く意味をなさないほど、深く牙が突き刺さる。
ケルベロスのぶつかった勢いでユミルはたたらを踏んだが何とか持ち堪える。
ユミルが左腕を降ろさないようにしたので、ケルベロスは2本脚で立つような形になるが、それをものともしない強さで頭を左右に振り、ユミルの腕を食いちぎろうする。
ユミルは自分の左腕の肘から下が裂けてしまうのではないかと思った。
ユミルは痛みで意識が遠のく中、左腕を少し下げてケルベロスと目を合わせると、右手に持つ杖をケルベロスの目に突きつける。
そしてゼロ距離でユミルができる最大限の火魔法を放った。
「ギャン!!」
ボワッと一気にケルベロスの顔に火が灯ると、ケルベロスはユミルの左腕から牙を抜き、前足で何度も顔を拭うような動作をした。
ユミルはすかさず近距離で火魔法を何度も繰り出す。
ケルベロスは火から逃れようと身を激しくよじっていたが、ユミルがケルベロスの全身に火が付くほど火を放ったところで、ケルベロスは漸く動きを止めた。
ユミルの耳の中ではドクドクと血液の流れる音が強く響いていた。
ユミルは呆然とする頭の中で、この場を凌いだことを理解し、ほっと息を吐いた。
しかし、安心したのもつかの間、奥からさらに2頭のケルベロスが駆けてくる。
ユミルの左腕はもう使い物になりそうにない。コートでは吸いきれないほどの量の血液がだらだらと流れ、足元に血溜まりができている。
ユミルはついに泣きたくなった。
安全地帯だと言われたのに、とレインを恨む気持ちももちろんあった。
しかし、それよりも、魔法使いなのに、これしきの事でさえもできないのかと、恥ずかしくて堪らなくなった。
もし、ホテルに避難している人が自分の両親と妹・弟だったら。信じていた姉のこのような無様な姿を見て、酷く悲しむだろうと思ったのだ。
ケルベロスにやられた人の遺体は本人が確認できないほど無惨な姿になるという話しをユミルは授業で聞いたことがあった。
もしこのまま死んだら、誰か自分だと気づいてくれるだろうか。
死に際だというのに、ユミルの頭はどこか冷静になって、昔のことを次々と思い出した。これが走馬灯というものか、とユミルはぼんやり人ごとのように考える。
(ごめんなさい、お父さん、お母さん。)
あとは、残してきたフクが心配だが、きっとレインが最後まで面倒を見てくれるだろう、とユミルはレインのことを考える。
レインに出会わなければ、こんな目には合わなかっただろう。
でも、ユミルはレインと出会ったことを後悔する気持ちはこれっぽっちもなかった。
(今、無性にあの星のように煌めく瞳が恋しい。)
ユミルは目の前にまで迫った2頭のケルベロスが跳躍の姿勢を見せたところで覚悟を決めたように瞳を閉じた。
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