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第4章 遠征
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レインは昼食の時間帯以外、毎朝・毎晩ユミルをわざわざ部屋まで呼びに来た。
魔法局職員の中にひとり放り込むことになったので、レインなりに気を遣っているようだった。
夜は、相手の根城の近くで野営する日も、わざわざ戻ってきてくれている、とエリックから教えてもらっていた。
しかし、そこに毎回シルビアがめげずに現れるので、ユミルはそろそろひとりでご飯が食べたいとも思っている。
(オズモンド様が怒りっぽくないことは、私もいつも感謝しているけど…、シルビア様のこと、何とか言ってくれないかな~…。)
ユミルは自分勝手な思いだとはわかりつつも、こう思わずにはいられない。
シルビアに対してレインが全く返事をしないと、ユミルが最後に睨まれることになるのだ。
ユミルにとっては、食事の時間を除いて、穏やかな引きこもりホテルライフが続いているが、魔法騎士らは日に日に魔獣との戦闘の過激さが増しているようで、レインの杖の状態からもそのことが伺えた。
その日の晩、食事にユミルを迎えに来たレインの頬には、赤い1本線の切り傷がついていた。
「オズモンド様、また怪我をそのままにして。」
今回はいつもレインが治療をお願いしているという、男性の治癒魔法士が同行している。
なぜ治してもらわないのかと、ユミルは顔を顰めた。
「この程度、何の支障もない。それに、他にも治療を必要としている人がいる。」
レインはユミルに責められて少しバツの悪そうな顔をした。
恐らく、レインが治療に向かえば、軽傷にもかかわらず優先されてしまうため、他の人を優先的に治療してもらうためにも、行かなかったのだろう。
ユミルは少し背伸びをして傷口をよく見ると、これなら自分でも治療できそうだ、と杖を手に取る。
ユミルがレインの傷口に向けて杖を構えても、レインは特に何も言わず、されるがまま。
少しは自分を信用してくれているようだと、ユミルの唇は弧を描いた。
簡単な傷口だったので、すぐに終わるだろうと、ユミルの部屋の扉の前で立って治癒魔法を施していると、甲高い声が聞こえた。
「貴女!何をしているのですか!」
言わずもがな、シルビアである。レインの前にもかかわらず、カンカンに怒って、ユミルを睨みつけている。
「頬を怪我されていたので、治癒魔法を…。」
「それは治癒魔法士の仕事よ!平民の分際で、レイン様に触れるなんて!汚らわしい!」
何もそこまで言わなくても…とユミルは思ったが、治療の手を止める。きっとレインは食事のときと一緒で沈黙を貫くだろうし、レインにお願いされて治療しているわけでもない、ここでシルビアに逆らってまで治療を続けても面倒な結果になると思ったのだ。
しかし、その予想に反して、レインはユミルの手が止まったのを見ると、シルビアの方を首だけで振り向いた。
「君には関係ない。」
温度のない冷たい声だった。
シルビアは自分の方が拒絶されるとは思ってもみなかったので、傷ついたような顔をする。
「でも!」
「私のことは、私が判断する。そもそも、貴族だの平民だのと。重要なのは魔法が使えるか否かだ。」
レインはなお言葉を続けようとするシルビアの発言に言葉をかぶせるように言い放った。
レインのオズモンド家は、魔法至上主義の家系だ。平民のユミルを庇ってくれた、というよりは本心なのだろう。
シルビアはさすがにレインが苛立っていることに気が付いたのか、ユミルを睨みつけながらレストランの方へと歩いて行った。
「続きを。」
ユミルが驚いてシルビアの後姿を見送っていると、レインはユミルに向き直り、端的にそう言った。
「あ!はい。」
ユミルは言われるがままに治癒魔法を再開したが、心はむず痒い思いをしていた。
(ただ、治療された方が、都合が良かっただけ!シルビア様よりも優先されたなんて、思っちゃダメ!)
ユミルは、レインがシルビアを追い払ってくれたことを嬉しく思ってしまった。
それに対して自分の心の狭さを恥ずかしく思ったし、ユミルを庇ったわけではなくレインなりの理屈に基づいた結果であることを必死に自分に言い聞かせた。
その日の夕食は、さすがにシルビアが近づいてこなかった。エリックも別の職員と食べているのか、珍しくレインとユミルは二人きりだ。
ユミルは久しぶりに落ち着いて食べられることが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。
「そんなに嫌だったのか。」
「何がです?」
「グリッチ伯爵令嬢のことだ。」
「グリッチ伯爵令嬢?」
「シルビア・グリッチ、彼女の名前だ。」
「ああ!」
遠征が始まってから数日して漸くユミルはシルビアの本名を知った。
「別にそういうわけでは…。」
「食事のとき、いつも浮かない顔をしていたが、今日は普通だ。」
(やっぱり、意外と見てくれているんだよな。)
ユミルにとってはただの偏屈野郎だったこの男だが、ここ最近、意外とユミルの変化を察してくれる。
ただ、ユミルが貴族であるシルビアに向かって、悪口を言うこともできない。ユミルは曖昧に笑って誤魔化した。
「まぁ、良い。静かに食事できた方が良いからな。」
レインはそう言うと、食事を再開したが、今日は食事のペースをユミルに合わせ、先に部屋に帰ってしまうこともなかった。
魔法局職員の中にひとり放り込むことになったので、レインなりに気を遣っているようだった。
夜は、相手の根城の近くで野営する日も、わざわざ戻ってきてくれている、とエリックから教えてもらっていた。
しかし、そこに毎回シルビアがめげずに現れるので、ユミルはそろそろひとりでご飯が食べたいとも思っている。
(オズモンド様が怒りっぽくないことは、私もいつも感謝しているけど…、シルビア様のこと、何とか言ってくれないかな~…。)
ユミルは自分勝手な思いだとはわかりつつも、こう思わずにはいられない。
シルビアに対してレインが全く返事をしないと、ユミルが最後に睨まれることになるのだ。
ユミルにとっては、食事の時間を除いて、穏やかな引きこもりホテルライフが続いているが、魔法騎士らは日に日に魔獣との戦闘の過激さが増しているようで、レインの杖の状態からもそのことが伺えた。
その日の晩、食事にユミルを迎えに来たレインの頬には、赤い1本線の切り傷がついていた。
「オズモンド様、また怪我をそのままにして。」
今回はいつもレインが治療をお願いしているという、男性の治癒魔法士が同行している。
なぜ治してもらわないのかと、ユミルは顔を顰めた。
「この程度、何の支障もない。それに、他にも治療を必要としている人がいる。」
レインはユミルに責められて少しバツの悪そうな顔をした。
恐らく、レインが治療に向かえば、軽傷にもかかわらず優先されてしまうため、他の人を優先的に治療してもらうためにも、行かなかったのだろう。
ユミルは少し背伸びをして傷口をよく見ると、これなら自分でも治療できそうだ、と杖を手に取る。
ユミルがレインの傷口に向けて杖を構えても、レインは特に何も言わず、されるがまま。
少しは自分を信用してくれているようだと、ユミルの唇は弧を描いた。
簡単な傷口だったので、すぐに終わるだろうと、ユミルの部屋の扉の前で立って治癒魔法を施していると、甲高い声が聞こえた。
「貴女!何をしているのですか!」
言わずもがな、シルビアである。レインの前にもかかわらず、カンカンに怒って、ユミルを睨みつけている。
「頬を怪我されていたので、治癒魔法を…。」
「それは治癒魔法士の仕事よ!平民の分際で、レイン様に触れるなんて!汚らわしい!」
何もそこまで言わなくても…とユミルは思ったが、治療の手を止める。きっとレインは食事のときと一緒で沈黙を貫くだろうし、レインにお願いされて治療しているわけでもない、ここでシルビアに逆らってまで治療を続けても面倒な結果になると思ったのだ。
しかし、その予想に反して、レインはユミルの手が止まったのを見ると、シルビアの方を首だけで振り向いた。
「君には関係ない。」
温度のない冷たい声だった。
シルビアは自分の方が拒絶されるとは思ってもみなかったので、傷ついたような顔をする。
「でも!」
「私のことは、私が判断する。そもそも、貴族だの平民だのと。重要なのは魔法が使えるか否かだ。」
レインはなお言葉を続けようとするシルビアの発言に言葉をかぶせるように言い放った。
レインのオズモンド家は、魔法至上主義の家系だ。平民のユミルを庇ってくれた、というよりは本心なのだろう。
シルビアはさすがにレインが苛立っていることに気が付いたのか、ユミルを睨みつけながらレストランの方へと歩いて行った。
「続きを。」
ユミルが驚いてシルビアの後姿を見送っていると、レインはユミルに向き直り、端的にそう言った。
「あ!はい。」
ユミルは言われるがままに治癒魔法を再開したが、心はむず痒い思いをしていた。
(ただ、治療された方が、都合が良かっただけ!シルビア様よりも優先されたなんて、思っちゃダメ!)
ユミルは、レインがシルビアを追い払ってくれたことを嬉しく思ってしまった。
それに対して自分の心の狭さを恥ずかしく思ったし、ユミルを庇ったわけではなくレインなりの理屈に基づいた結果であることを必死に自分に言い聞かせた。
その日の夕食は、さすがにシルビアが近づいてこなかった。エリックも別の職員と食べているのか、珍しくレインとユミルは二人きりだ。
ユミルは久しぶりに落ち着いて食べられることが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。
「そんなに嫌だったのか。」
「何がです?」
「グリッチ伯爵令嬢のことだ。」
「グリッチ伯爵令嬢?」
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「ああ!」
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ただ、ユミルが貴族であるシルビアに向かって、悪口を言うこともできない。ユミルは曖昧に笑って誤魔化した。
「まぁ、良い。静かに食事できた方が良いからな。」
レインはそう言うと、食事を再開したが、今日は食事のペースをユミルに合わせ、先に部屋に帰ってしまうこともなかった。
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