22 / 69
第4章 遠征
22
しおりを挟む
ユミルはホテルの中に入ると、指示のあった部屋番号まで移動しようと階段を上がった。
今回、このホテルは魔法局で貸し切っているらしい。
一部屋はレインがユミルのために抑えたらしく、魔法局職員と相部屋ではないことが唯一の心の救いといって良い。
ホテルは3階建てでこぢんまりとしているので、ユミルは自分の部屋のある2階に移動するとすぐに同じフロアにいた女性に気が付いた。先ほどユミルに鋭い視線を向けていた魔法局の杖修復士だ。杖修復士なので、巡回には同行しないようだ。
「貴女がユミル・アッシャーね。」
相手もユミルにすぐに気が付くと、ユミルに鋭い視線を向けてきた。
初対面から呼び捨てなんて、とユミルは思ったが愛想笑いを浮かべる。
年は近そうだが、魔法学園で見かけたことはない。
恐らく、貴族の令嬢で、学園には通わず家庭教師を付けていたタイプの魔法使いだろうとユミルはあたりを付ける。
「はい、私がユミルです。魔法局の皆様の遠征にご一緒させてもらうことになって恐れ多いですが、よろしくお願いいたします。」
「レイン様からお声をかけてもらったからって、調子に乗っているのかしら。魔法局にも入れない底辺魔法使いが、調子に乗らないでいただきたいわ。」
令嬢はユミルが頭から被っているコートを上から下まで見てから、苛立ちを露わにした。
ユミルがレインから貸してもらったコートは魔法局から支給される制服のようなものだ。
ユミルが遠征に来ていること自体も気に食わないのに、それを身に纏っていることが更に令嬢の癇に障ったらしい。しかもてるてる坊主のようなふざけた着方をしている。
(ここでレイン様から貸してもらった、などといえばさらに怒られるのは目に見えているな。)
カリカリとしている令嬢を前に、ユミルは下手なことを言わずに、曖昧な愛想笑いでその場を凌ごうとしたが、令嬢は更に言い募る。
「貴女の腕が如何程かは知らないけれど、杖修復士はわたくしひとりで十分よ!」
(…大丈夫じゃあないから、先日の事態が起きるんじゃない。)
この令嬢はアデレートが言っていた「レインの杖の修復を怖がった」杖修復士ではないようだが、この様子では恐らくレイン側からお断りされているのだろう。
レインが他の杖修復士を連れて来た時点で自覚してくれよ、とユミルは思うが、このタイプ、要するに家庭教師を付けていた令嬢は井の中の蛙になりやすいのだろうな、とも思った。
決して、ユミルが秀でている、という意味ではなく、レインのような超越した魔法使いは、世間一般では超エリートと言われる魔法局の魔法使いの実力でさえも満足しない、という意味である。
ユミルも小さな田舎町で天狗になっていた幼少期があるので、何とも言えない同情的な気持ちで令嬢を見やった。
「私にも雇用契約書上の義務がありまして…。それでは、失礼します。」
ユミルは困ったように眉を下げて答えると、これ以上の面倒はごめんだとばかりに、そのまま逃げるように部屋に滑り込んだ。
(もともと、外に出ても何もないとは思っていたけれど、尚更外に出るのが億劫になったわ…。)
ユミルはため息を吐きながら荷物を降ろすと、これからの滞在にさらに気が重くなった。
期限は、湧き出ている魔獣の討伐と、関与している魔法犯罪者の逮捕が終わるまでだ。
ユミルは心の底から早くこの事態が収拾することを祈った。
今回、このホテルは魔法局で貸し切っているらしい。
一部屋はレインがユミルのために抑えたらしく、魔法局職員と相部屋ではないことが唯一の心の救いといって良い。
ホテルは3階建てでこぢんまりとしているので、ユミルは自分の部屋のある2階に移動するとすぐに同じフロアにいた女性に気が付いた。先ほどユミルに鋭い視線を向けていた魔法局の杖修復士だ。杖修復士なので、巡回には同行しないようだ。
「貴女がユミル・アッシャーね。」
相手もユミルにすぐに気が付くと、ユミルに鋭い視線を向けてきた。
初対面から呼び捨てなんて、とユミルは思ったが愛想笑いを浮かべる。
年は近そうだが、魔法学園で見かけたことはない。
恐らく、貴族の令嬢で、学園には通わず家庭教師を付けていたタイプの魔法使いだろうとユミルはあたりを付ける。
「はい、私がユミルです。魔法局の皆様の遠征にご一緒させてもらうことになって恐れ多いですが、よろしくお願いいたします。」
「レイン様からお声をかけてもらったからって、調子に乗っているのかしら。魔法局にも入れない底辺魔法使いが、調子に乗らないでいただきたいわ。」
令嬢はユミルが頭から被っているコートを上から下まで見てから、苛立ちを露わにした。
ユミルがレインから貸してもらったコートは魔法局から支給される制服のようなものだ。
ユミルが遠征に来ていること自体も気に食わないのに、それを身に纏っていることが更に令嬢の癇に障ったらしい。しかもてるてる坊主のようなふざけた着方をしている。
(ここでレイン様から貸してもらった、などといえばさらに怒られるのは目に見えているな。)
カリカリとしている令嬢を前に、ユミルは下手なことを言わずに、曖昧な愛想笑いでその場を凌ごうとしたが、令嬢は更に言い募る。
「貴女の腕が如何程かは知らないけれど、杖修復士はわたくしひとりで十分よ!」
(…大丈夫じゃあないから、先日の事態が起きるんじゃない。)
この令嬢はアデレートが言っていた「レインの杖の修復を怖がった」杖修復士ではないようだが、この様子では恐らくレイン側からお断りされているのだろう。
レインが他の杖修復士を連れて来た時点で自覚してくれよ、とユミルは思うが、このタイプ、要するに家庭教師を付けていた令嬢は井の中の蛙になりやすいのだろうな、とも思った。
決して、ユミルが秀でている、という意味ではなく、レインのような超越した魔法使いは、世間一般では超エリートと言われる魔法局の魔法使いの実力でさえも満足しない、という意味である。
ユミルも小さな田舎町で天狗になっていた幼少期があるので、何とも言えない同情的な気持ちで令嬢を見やった。
「私にも雇用契約書上の義務がありまして…。それでは、失礼します。」
ユミルは困ったように眉を下げて答えると、これ以上の面倒はごめんだとばかりに、そのまま逃げるように部屋に滑り込んだ。
(もともと、外に出ても何もないとは思っていたけれど、尚更外に出るのが億劫になったわ…。)
ユミルはため息を吐きながら荷物を降ろすと、これからの滞在にさらに気が重くなった。
期限は、湧き出ている魔獣の討伐と、関与している魔法犯罪者の逮捕が終わるまでだ。
ユミルは心の底から早くこの事態が収拾することを祈った。
10
お気に入りに追加
1,638
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。
クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」
パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。
夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる……
誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
なんでそんなに婚約者が嫌いなのかと問われた殿下が、婚約者である私にわざわざ理由を聞きに来たんですけど。
下菊みこと
恋愛
侍従くんの一言でさくっと全部解決に向かうお話。
ご都合主義のハッピーエンド。
小説家になろう様でも投稿しています。
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる