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第3章 新しい職場
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「また別、ですか?」
ユミルが尋ねると、レインは不機嫌な顔をしたまま返事を返す。
「話していないで、さっさと終わらせてくれ。」
「そうしたいのは山々ですが、私の魔法は時間がかかるのです。沈黙が気まずいので話していて欲しくて…。」
ユミルがそう言うと、レインはあからさまにため息を吐いた。
「…君のことで色々と面倒なんだ。」
「私!?」
まさかの原因が自分とは、とユミルは目を点にする。
「最近何処ですれ違っても文句ばかり言われる。君に契約を無理強いしたわけでもないのに。」
(あ~あ、なるほど。)
再びユミルは合点がいった。
(アデレート様は、先日の杖修復について、修復した人の名前をオズモンド様に伝えないと仰っていた。それなのに、報酬はオズモンド様が持ってきた。きっと、そこに何か仲違いの理由があるのでしょうね。)
ユミルは、レインがもうこれ以上答えてくれそうにないので、この細かい事情は後日アデレートに聞こうと思った。
「それでも、治療は早い方が良いです。膿んだり、変に傷口が塞がり始めていたりすると、治しづらいと聞きます。」
「…善処はしよう。」
ここで漸く、レインの傷が塞がった。
「できました。内部は上手く治療していないので、明日、優秀な治癒魔法士に見ていただくか、激しい動作は控えてください。痛みはおさまったと思いますが…。」
「その割に随分と時間がかかったな。」
「…私の魔力ではこれが限界です。」
魔法局の治癒魔法士ならば、この程度あっという間に治してしまうだろう。
レインは塞がったところを指先でなぞる。
「しかし、君は杖の修復もだが、残痕が圧倒的に少ない。」
「元々の魔力量がカスですからね。残せるものも無いのです。」
「褒めているのだから、自虐的になるな。…ありがとう、助かった。」
ぼそり、と最後に小さく添えられたお礼の言葉に、ユミルは心が温まるのを感じた。
(何だかんだで話すと素直な人よね。)
ユミルは、学園時代に成績を誤魔化したり、人を虐めたりする陰険な貴族の令息、令嬢も見てきた。レインはそのような様子が全く見えず、気難しい人ではあるが、裏表のない人だ。
レインがシャツを着直しているので、ユミルはジャケットを手に取り、レインの後ろに回って着やすいように広げようとした。
そのとき、内ポケットからはみ出ていたハンカチがするりと床に落ちた。
「申し訳ございません。」
「…!!」
ユミルが慌てて拾おうとしたとき、それよりも早く、レインがそれを回収し、スラックスのポケットにねじ込んだ。
しかし、ユミルには、そのハンカチが既に目に入った後だった。そして、そのハンカチに見覚えがあった。
まだここに勤める前、レインに杖を返すときに包みに使ったケットシーの刺繍で彩られたハンカチだ。
あの後、同じものを同じ店に買いに行ったが、売っておらず、店員に尋ねたところ、1点物だったことを知った。
「…それ、オズモンド様がお持ちだったのですね。」
ユミルは、そのハンカチが、戦場の何処かで忘れ去られて燃えてしまったものと思っていたので驚いた。
先ほどちらりと見えた感じだと、洗濯もされてキレイに折り目も付いていた。
レインは今までで一番居心地の悪そうな顔をして視線を彷徨わせる。
このような自信のなさそうな様子も初めて見る、とユミルは今日何度目かのレインの初めて見る表情を思わずまじまじと見てしまう。
「…すまない。」
「…いや、無くなったと思っていたのでむしろ嬉しいのですが…。私にとっては結構なお金を出して買ったハンカチでしたので、できれば返してもらえないでしょうか?」
ユミルは、偶々レインが持ち帰ったハンカチをそのまま洗濯に出して、侍従の誰かが気づかずに今日のお召し物に入れたのだろう、と考える。
それならば、返してもらおう、とユミルは思った。
ユミルの予想ではすぐに返してもらえるはずだったが、予想に反してレインはもごもごと口篭り、返却を渋っている。
いつもからは全く想像できない様子だ。
「…もしかして、ケットシーが好きなのですか?…な~んちゃって…。」
何とも言えない空気を少し和らげようとユミルは冗談を言ったつもりだった。
しかし、ユミルの言葉に、レインは片手の甲で口元を覆い、目元を赤らめそっぽを向いた。
(え、え、え~~~~!!)
イケメンの照れ顔の威力は凄まじい。
ユミルは衝撃の事実に驚いたが、それとともにレインの表情にぎゅっと心が掴まれてしまい、レインよりも顔を赤くする。
「……ハンカチはそのままで結構です。」
一度は手放したものだったので、諦めもつく、とユミルは自分を納得させる。
それよりも、レインが持ち歩くほど気に入っているのなら、取り上げるのも可哀そうな気がしたのだ。
そして、今更ながらに契約書のあの文言の意図を察した。
「今後、お部屋に伺う際、フクを連れてきても良いでしょうか?」
この言葉にレインはわかりやすく反応してユミルの方を向く。
「…ああ。」
レインは顔を恥ずかしそうに赤らめたまま何とか声を絞り出した。
(なんということか…。)
効率の鬼、理屈っぽい、偏屈野郎と思っていた男がまさかのケットシー好きだった。
あまりの衝撃にユミルはその日、自分の部屋まで帰るまでの記憶がすっかり抜けてしまった。
ユミルが尋ねると、レインは不機嫌な顔をしたまま返事を返す。
「話していないで、さっさと終わらせてくれ。」
「そうしたいのは山々ですが、私の魔法は時間がかかるのです。沈黙が気まずいので話していて欲しくて…。」
ユミルがそう言うと、レインはあからさまにため息を吐いた。
「…君のことで色々と面倒なんだ。」
「私!?」
まさかの原因が自分とは、とユミルは目を点にする。
「最近何処ですれ違っても文句ばかり言われる。君に契約を無理強いしたわけでもないのに。」
(あ~あ、なるほど。)
再びユミルは合点がいった。
(アデレート様は、先日の杖修復について、修復した人の名前をオズモンド様に伝えないと仰っていた。それなのに、報酬はオズモンド様が持ってきた。きっと、そこに何か仲違いの理由があるのでしょうね。)
ユミルは、レインがもうこれ以上答えてくれそうにないので、この細かい事情は後日アデレートに聞こうと思った。
「それでも、治療は早い方が良いです。膿んだり、変に傷口が塞がり始めていたりすると、治しづらいと聞きます。」
「…善処はしよう。」
ここで漸く、レインの傷が塞がった。
「できました。内部は上手く治療していないので、明日、優秀な治癒魔法士に見ていただくか、激しい動作は控えてください。痛みはおさまったと思いますが…。」
「その割に随分と時間がかかったな。」
「…私の魔力ではこれが限界です。」
魔法局の治癒魔法士ならば、この程度あっという間に治してしまうだろう。
レインは塞がったところを指先でなぞる。
「しかし、君は杖の修復もだが、残痕が圧倒的に少ない。」
「元々の魔力量がカスですからね。残せるものも無いのです。」
「褒めているのだから、自虐的になるな。…ありがとう、助かった。」
ぼそり、と最後に小さく添えられたお礼の言葉に、ユミルは心が温まるのを感じた。
(何だかんだで話すと素直な人よね。)
ユミルは、学園時代に成績を誤魔化したり、人を虐めたりする陰険な貴族の令息、令嬢も見てきた。レインはそのような様子が全く見えず、気難しい人ではあるが、裏表のない人だ。
レインがシャツを着直しているので、ユミルはジャケットを手に取り、レインの後ろに回って着やすいように広げようとした。
そのとき、内ポケットからはみ出ていたハンカチがするりと床に落ちた。
「申し訳ございません。」
「…!!」
ユミルが慌てて拾おうとしたとき、それよりも早く、レインがそれを回収し、スラックスのポケットにねじ込んだ。
しかし、ユミルには、そのハンカチが既に目に入った後だった。そして、そのハンカチに見覚えがあった。
まだここに勤める前、レインに杖を返すときに包みに使ったケットシーの刺繍で彩られたハンカチだ。
あの後、同じものを同じ店に買いに行ったが、売っておらず、店員に尋ねたところ、1点物だったことを知った。
「…それ、オズモンド様がお持ちだったのですね。」
ユミルは、そのハンカチが、戦場の何処かで忘れ去られて燃えてしまったものと思っていたので驚いた。
先ほどちらりと見えた感じだと、洗濯もされてキレイに折り目も付いていた。
レインは今までで一番居心地の悪そうな顔をして視線を彷徨わせる。
このような自信のなさそうな様子も初めて見る、とユミルは今日何度目かのレインの初めて見る表情を思わずまじまじと見てしまう。
「…すまない。」
「…いや、無くなったと思っていたのでむしろ嬉しいのですが…。私にとっては結構なお金を出して買ったハンカチでしたので、できれば返してもらえないでしょうか?」
ユミルは、偶々レインが持ち帰ったハンカチをそのまま洗濯に出して、侍従の誰かが気づかずに今日のお召し物に入れたのだろう、と考える。
それならば、返してもらおう、とユミルは思った。
ユミルの予想ではすぐに返してもらえるはずだったが、予想に反してレインはもごもごと口篭り、返却を渋っている。
いつもからは全く想像できない様子だ。
「…もしかして、ケットシーが好きなのですか?…な~んちゃって…。」
何とも言えない空気を少し和らげようとユミルは冗談を言ったつもりだった。
しかし、ユミルの言葉に、レインは片手の甲で口元を覆い、目元を赤らめそっぽを向いた。
(え、え、え~~~~!!)
イケメンの照れ顔の威力は凄まじい。
ユミルは衝撃の事実に驚いたが、それとともにレインの表情にぎゅっと心が掴まれてしまい、レインよりも顔を赤くする。
「……ハンカチはそのままで結構です。」
一度は手放したものだったので、諦めもつく、とユミルは自分を納得させる。
それよりも、レインが持ち歩くほど気に入っているのなら、取り上げるのも可哀そうな気がしたのだ。
そして、今更ながらに契約書のあの文言の意図を察した。
「今後、お部屋に伺う際、フクを連れてきても良いでしょうか?」
この言葉にレインはわかりやすく反応してユミルの方を向く。
「…ああ。」
レインは顔を恥ずかしそうに赤らめたまま何とか声を絞り出した。
(なんということか…。)
効率の鬼、理屈っぽい、偏屈野郎と思っていた男がまさかのケットシー好きだった。
あまりの衝撃にユミルはその日、自分の部屋まで帰るまでの記憶がすっかり抜けてしまった。
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