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第3章 新しい職場

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「めちゃめちゃ暇だ…。」

ユミルは働き始めてから1週間。ちっとも仕事がない。

しかし、毎食しっかり食事を提供してもらえるので、ユミルはこのままでは家畜になってしまう。いや、最後に食べられないのだから、それ以下かもしれない、と心配になってしまう。

本当にすることがないので、魔法道具の魔力供給に参加しようと思えばベスターに止められ、フクに構えばフクに鬱陶しがられ。ユミルは家族やアデレートに手紙を出したり、屋敷内を散策したりして時間を過ごしていたが、ついに我慢がならなくなった。

「バロンさん、お願いがあります。少しで良いので、オズモンド様とお話させてもらえないでしょうか?」

ユミルは意を決して執事のバロンに声をかけた。

「何か御用があるのですか?」
「あまりに仕事がないので、オズモンド様に少し提案がしたいのです。」
「オズモンド様は契約書の内容を履行すれば何も仰いません。」
「でも…このままでは修復の腕も鈍ってしまいます。」

バロンは少し悩んだ後、頷いた。

「わかりました。お伝えはしますが、お会いできるとは限りません。」
「はい、わかっています。ありがとうございます。」

ユミルは第一関門を突破できた、と安心して息をついた。

__________


「ユミルさん、レイン様が本日これからならば少し時間をとってくださるようです。」

次の日の夕刻、ユミルの食事が丁度終わった時間にバロンがユミルを呼びに来た。

「ありがとうございます。」

ユミルは慌てて軽く身なりを整えると、バロンの後についてレインのもとへ向かう。
今日もレインは忙しく書類を捌いていた。

「本日はお時間をいただきありがとうございます。」
「何用だ。」
「損傷の修復だけではなく、杖のメンテナンスもさせていただけないでしょうか?」
「メンテナンス?」

レインはここで漸く目線を上げた。

「はい。日々の細かな損傷を都度手入れすれば、大きな損傷をある程度防ぐことができます。日々の魔法の使用、懐からの出し入れ、全ての事象で杖は少しずつ消耗します。」
「その程度なら、私自身でできる。」
「しかし、少しとはいえ、お時間がかかるでしょう。それに、日々の細かな損傷だって損傷のひとつ。契約書の内容にも沿っています。どうか、一度私に任せていただけないでしょうか?」

あまりにも暇なのだ。1日1回は何かさせてもらえないと罪悪感で辛すぎる。
以前の職場でメンテナンスはやっていなかったが、ユミルは自分の杖をほぼ毎日メンテナンスしていた。
裸眼ではわからない程度の損傷を少しだけキレイにするのだ。

「それなら今、やってみろ。」
「はい、お借りします。」
「道具を持ってきてここでやるんだ。」

ユミルはレインが杖を差し出すのでそれを受け取ろうとしたが、すんでのところで差し出されていた手が引っ込む。

「…わかりました。」

(きっと、まだ信用してもらえていないのね。)

前回は魔法局に預けたと思ったら、レインの知らないうちにユミルのもとへ杖が渡っていたのだから例外だが、普段はあまり杖を他人に預けたくないのだろう。

ユミルは急ぎ足で部屋に戻り道具を回収すると、レインの部屋へ再度訪れた。

「それでは、始めます。」

ユミルはレインの部屋にあった応接セットの机を借りてスコープを覗きこんで杖を確認しながら修復魔法をかけていく。

バロンは他の用事に戻ってしまったので、部屋にはレインとユミルのふたりしかいない。

紙を捲る音と、ペン先が紙の上を走る音のみが静寂の部屋の中に響く。

ユミルはいつになく丁寧に作業を進め、四半刻も経たないうちに作業を終わらせた。

「オズモンド様、少しよろしいでしょうか?」

ユミルが声をかけると今回はすぐにレインが顔を上げた。
レインはユミルから差し出された自身の杖を受け取ると、しげしげと杖を見つめた後、ヒュンと杖を振ると、火がついていなかった暖炉に火を灯してみせた。

「…良いだろう。これから私が帰宅した後に部屋に来い。」

レインはそう言って、再び杖を振ると、今度は暖炉の火を消した。
今の季節、まだ肌寒い日もあるが、今晩は火がなくとも十分過ごしやすい。

ユミルは、レインが気に入ってくれたようだと内心でガッツポーズをする。
レインは無駄が嫌いなので、メンテナンスに意味がないと思ったら、ユミルの暇だ、という意思は汲まずに断ると思ったからだ。

「ありがとうございます。」

ユミルはその場で緩みそうになる口端をなんとか平常に保とうとしたが、上手くいかず、少しだらしのない表情になる。

「それでは、今晩は失礼いたします。」

ユミルがそう言った頃には既にレインは書類に目を戻してしまっていたが、小さい声で「ああ。」と返事をしてくれた。

(良かった!後でバロンさんにもお礼を言わないと!)


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