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第2章 1ヶ月のタイムリミット
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ユミルは3日間、ほぼベッドで寝ることはなく、作業を続けた。
本当は頭をすっきりさせるためにも眠りたかったのだが、集中力を要する作業に、脳が活性化してしまったのか、全く寝付くことができなかったのである。
「…できた…。」
約束の時間の1時間前ほどに、漸くすべての作業を終わらせることができた。
エリックのときは達成感を感じることができたが、今は達成感よりも、極度の疲労と、緊張が勝る。
アデレートはいつもどおり、時間よりも早く、ユミルの家を訪れた。
「こちらです。」
ユミルは手持ちの未使用のハンカチに包んで、杖を差し出した。大きく施されたケットシーの刺繍がフクに似ていて、ユミルにとっては結構な金額を出して購入したものだ。しかし、貴族に杖を返すのに、抜身で、又は、使用済みのハンカチに包んで渡すわけにもいかない。今から新たなハンカチを買いに行く元気もなく、ユミルは、泣く泣くお気に入りのハンカチを手放した。
「助かったわ。」
アデレートは少しだけ包みを捲って中身を確認すると、すぐに鞄の中へと仕舞った。
そして代わりに75ガルが入った封筒をユミルに差し出した。
「…今は受け取りません。」
ユミルはアデレートが来るまで、どうするか迷ったが、やはり、今の時点では受け取らないことにした。
「どうして?お金のこと、気にしていたじゃない。」
「そうなんですが…、もし、オズモンド様が、修復に満足してくださったら、そのときいただきたいです。」
ユミルが真っ直ぐにアデレートを見て言うと、アデレートは少し驚いたような表情をした。
「レイン部隊長は、厳しいわよ。魔法局の杖修復士は全員ダメ出しを食らってるわ。もらっときなさい。作業分の対価よ。」
「私、今まではそれなりにちゃんと仕事をして、それでお金が貰えれば、ただそれで良いと思っていました。
でも、先日のアデレート様の言葉を聞いて、相手のためになっているか、を考慮に入れるべきだという当たり前のことに漸く思い至ったんです。」
エリックの依頼を受けるときも、ユミルは真っ先に“こちらが補償できる範囲を予め通知しておけば良い”と考えた。結果、仕上がりに満足はしてもらえたようだが、仕事の前提に相手のことを思う気持ちがなかった。
アデレートの言葉に、今までユミルがいかに自己中心的に仕事をしてきたか、考えさせられたのだ。
「わたくしと、貴女とでは立場が違う。わたくしの考えを汲もうなんて、厚かましいわ。
…それでも、その心意気に敬意を評して、ユミルの意向に従いましょう。」
アデレートはいつになく優しく微笑んで、お金を差し出していた手を戻した。
「ありがとうございます。」
ユミルはアデレートに生意気な、と怒られる覚悟をしていたので、ほっと息をついた。
「お礼を言うのはこちらのほうだわ。それでは、わたくしはもう行きます。レイン部隊長の感想はまた後日に。」
「はい、よろしくお願いします。」
「それから、顔が見るに耐えないから、早く寝なさいな。」
「あはは…、私の実力では寝ずに3日間かけてこの程度なのです。」
「ユミルは魔力量が嘘かと思うほど少ないものね。それでは、失礼するわ。」
ユミルはアデレートが帰ると、忘れないうちにフクの餌を補充してから、何日かぶりに、ゆっくりと眠りについた。
本当は頭をすっきりさせるためにも眠りたかったのだが、集中力を要する作業に、脳が活性化してしまったのか、全く寝付くことができなかったのである。
「…できた…。」
約束の時間の1時間前ほどに、漸くすべての作業を終わらせることができた。
エリックのときは達成感を感じることができたが、今は達成感よりも、極度の疲労と、緊張が勝る。
アデレートはいつもどおり、時間よりも早く、ユミルの家を訪れた。
「こちらです。」
ユミルは手持ちの未使用のハンカチに包んで、杖を差し出した。大きく施されたケットシーの刺繍がフクに似ていて、ユミルにとっては結構な金額を出して購入したものだ。しかし、貴族に杖を返すのに、抜身で、又は、使用済みのハンカチに包んで渡すわけにもいかない。今から新たなハンカチを買いに行く元気もなく、ユミルは、泣く泣くお気に入りのハンカチを手放した。
「助かったわ。」
アデレートは少しだけ包みを捲って中身を確認すると、すぐに鞄の中へと仕舞った。
そして代わりに75ガルが入った封筒をユミルに差し出した。
「…今は受け取りません。」
ユミルはアデレートが来るまで、どうするか迷ったが、やはり、今の時点では受け取らないことにした。
「どうして?お金のこと、気にしていたじゃない。」
「そうなんですが…、もし、オズモンド様が、修復に満足してくださったら、そのときいただきたいです。」
ユミルが真っ直ぐにアデレートを見て言うと、アデレートは少し驚いたような表情をした。
「レイン部隊長は、厳しいわよ。魔法局の杖修復士は全員ダメ出しを食らってるわ。もらっときなさい。作業分の対価よ。」
「私、今まではそれなりにちゃんと仕事をして、それでお金が貰えれば、ただそれで良いと思っていました。
でも、先日のアデレート様の言葉を聞いて、相手のためになっているか、を考慮に入れるべきだという当たり前のことに漸く思い至ったんです。」
エリックの依頼を受けるときも、ユミルは真っ先に“こちらが補償できる範囲を予め通知しておけば良い”と考えた。結果、仕上がりに満足はしてもらえたようだが、仕事の前提に相手のことを思う気持ちがなかった。
アデレートの言葉に、今までユミルがいかに自己中心的に仕事をしてきたか、考えさせられたのだ。
「わたくしと、貴女とでは立場が違う。わたくしの考えを汲もうなんて、厚かましいわ。
…それでも、その心意気に敬意を評して、ユミルの意向に従いましょう。」
アデレートはいつになく優しく微笑んで、お金を差し出していた手を戻した。
「ありがとうございます。」
ユミルはアデレートに生意気な、と怒られる覚悟をしていたので、ほっと息をついた。
「お礼を言うのはこちらのほうだわ。それでは、わたくしはもう行きます。レイン部隊長の感想はまた後日に。」
「はい、よろしくお願いします。」
「それから、顔が見るに耐えないから、早く寝なさいな。」
「あはは…、私の実力では寝ずに3日間かけてこの程度なのです。」
「ユミルは魔力量が嘘かと思うほど少ないものね。それでは、失礼するわ。」
ユミルはアデレートが帰ると、忘れないうちにフクの餌を補充してから、何日かぶりに、ゆっくりと眠りについた。
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