上 下
12 / 69
第2章 1ヶ月のタイムリミット

12

しおりを挟む
ユミルは3日間、ほぼベッドで寝ることはなく、作業を続けた。
本当は頭をすっきりさせるためにも眠りたかったのだが、集中力を要する作業に、脳が活性化してしまったのか、全く寝付くことができなかったのである。

「…できた…。」

約束の時間の1時間前ほどに、漸くすべての作業を終わらせることができた。
エリックのときは達成感を感じることができたが、今は達成感よりも、極度の疲労と、緊張が勝る。

アデレートはいつもどおり、時間よりも早く、ユミルの家を訪れた。

「こちらです。」

ユミルは手持ちの未使用のハンカチに包んで、杖を差し出した。大きく施されたケットシーの刺繍がフクに似ていて、ユミルにとっては結構な金額を出して購入したものだ。しかし、貴族に杖を返すのに、抜身で、又は、使用済みのハンカチに包んで渡すわけにもいかない。今から新たなハンカチを買いに行く元気もなく、ユミルは、泣く泣くお気に入りのハンカチを手放した。

「助かったわ。」

アデレートは少しだけ包みを捲って中身を確認すると、すぐに鞄の中へと仕舞った。
そして代わりに75ガルが入った封筒をユミルに差し出した。

「…今は受け取りません。」

ユミルはアデレートが来るまで、どうするか迷ったが、やはり、今の時点では受け取らないことにした。

「どうして?お金のこと、気にしていたじゃない。」
「そうなんですが…、もし、オズモンド様が、修復に満足してくださったら、そのときいただきたいです。」

ユミルが真っ直ぐにアデレートを見て言うと、アデレートは少し驚いたような表情をした。

「レイン部隊長は、厳しいわよ。魔法局の杖修復士は全員ダメ出しを食らってるわ。もらっときなさい。作業分の対価よ。」
「私、今まではそれなりにちゃんと仕事をして、それでお金が貰えれば、ただそれで良いと思っていました。
でも、先日のアデレート様の言葉を聞いて、相手のためになっているか、を考慮に入れるべきだという当たり前のことに漸く思い至ったんです。」

エリックの依頼を受けるときも、ユミルは真っ先に“こちらが補償できる範囲を予め通知しておけば良い”と考えた。結果、仕上がりに満足はしてもらえたようだが、仕事の前提に相手のことを思う気持ちがなかった。
アデレートの言葉に、今までユミルがいかに自己中心的に仕事をしてきたか、考えさせられたのだ。

「わたくしと、貴女とでは立場が違う。わたくしの考えを汲もうなんて、厚かましいわ。
…それでも、その心意気に敬意を評して、ユミルの意向に従いましょう。」

アデレートはいつになく優しく微笑んで、お金を差し出していた手を戻した。

「ありがとうございます。」

ユミルはアデレートに生意気な、と怒られる覚悟をしていたので、ほっと息をついた。

「お礼を言うのはこちらのほうだわ。それでは、わたくしはもう行きます。レイン部隊長の感想はまた後日に。」
「はい、よろしくお願いします。」
「それから、顔が見るに耐えないから、早く寝なさいな。」
「あはは…、私の実力では寝ずに3日間かけてこの程度なのです。」
「ユミルは魔力量が嘘かと思うほど少ないものね。それでは、失礼するわ。」

ユミルはアデレートが帰ると、忘れないうちにフクの餌を補充してから、何日かぶりに、ゆっくりと眠りについた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

執着のなさそうだった男と別れて、よりを戻すだけの話。

椎茸
恋愛
伯爵ユリアナは、学園イチ人気の侯爵令息レオポルドとお付き合いをしていた。しかし、次第に、レオポルドが周囲に平等に優しいところに思うことができて、別れを決断する。 ユリアナはあっさりと別れが成立するものと思っていたが、どうやらレオポルドの様子が変で…?

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。 王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。 レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。 3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。 将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ! 「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」 ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている? 婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

【第一章完結】半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?

花婿が差し替えられました

凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。 元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。 その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。 ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。 ※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。 ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。 こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。 出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです! ※すみません、100000字くらいになりそうです…。

夫が浮気をしたので、子供を連れて離婚し、農園を始める事にしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 10月29日「小説家になろう」日間異世界恋愛ランキング6位 11月2日「小説家になろう」週間異世界恋愛ランキング17位 11月4日「小説家になろう」月間異世界恋愛ランキング78位 11月4日「カクヨム」日間異世界恋愛ランキング71位 完結詐欺と言われても、このチャンスは生かしたいので、第2章を書きます

正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。

水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。 王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。 しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。 ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。 今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。 ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。 焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。 それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。 ※小説になろうでも投稿しています。

処理中です...