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第2章 1ヶ月のタイムリミット
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無職になってから約半月、ユミルは相変わらず採用試験に落ち続けていた。もはや、首都内に受けていないところがないのではないか、と思うほどだ。
しかし、1ヶ月は首都で頑張ると決めている、もう折り返し地点まで来てしまったが結果はどうなろうと最後まで走り切ろうとユミルは決意を新たにしていた。
ある日の晩、翌日に首都内にある魔法道具修復店の採用面接を控えていたので、ユミルは諸々の支度を済ませると、早めに床についた。
ユミルは夜、ぐっすりと眠れる方だ。
しかし、その夜は扉を叩くような音が聞こえて、僅かに意識が浮上した。
「ううん…、」
ユミルが煩いとばかりに寝返りを打つと、フクも起きたようだった。
『ユミル、ユミル。』
「…なぁに、寝ないと明日に差し支えちゃう。」
『アデレートがユミルを呼んでるよ。』
「…アデレート?」
フクは耳が良い。それに、確かにアデレートには新しい住所を伝えていた。
でも、お嬢様のアデレートがこんな夜更けにユミルを訪ねてくるとは考えられなかった。
ユミルは警戒しながらドアに近づくと、確かに、女性がユミルを呼ぶ声が聞こえた。
ユミルが恐る恐るドアスコープを覗くとそこにはアデレートがいた。
「アデレート様!」
ユミルが慌てて扉を開くと、そこには前に会ったときよりも少し顔色の悪いアデレートが立っていた。
「夜分に失礼するわ。本当にごめんなさいね。」
「構いません、どうされたのですか?」
アデレートは礼儀にうるさい人だ。
ユミルも何度も怒られてきた。
約束もなしに夜遅くに訪れるのだから、よっぽど緊急なのだろう、とユミルは固唾を呑んでアデレートの次の言葉を待つ。
「杖の修復を依頼できるかしら。」
「え?アデレート様の?」
「違うわ。魔法騎士のよ。」
ユミルはとりあえずアデレートとお付きの侍女を小さな部屋の中に招き入れた。
「どういうことなのですか?」
「先日、会ったときに、わたくしは途中で帰ったでしょう?」
あの日、アデレードは少し慌てた様子であったことを思い出し、ユミルは頷いた。
「今、首都から少し離れた北部の郊外で、魔獣がどんどん湧き出していて、魔法局はその対応に追われているの。」
「そうなのですか?新聞にはちっとも載っていなかったけれど…。」
先日、アデレートが、慌てた様子であったので、その翌日の新聞をユミルは注意深く読んでいた。しかし、そこには全く該当しそうな事件は載っていなかった。
「原因がわかっていないから、民衆の混乱を招かないように情報が操作されているのよ。」
「それ、私が聞いても大丈夫でしたか…?」
「依頼に関連するから、例外よ。」
「もしかして、杖の修復が魔法局の杖修復士だけで、間に合わなくなったのですか?」
あのときエリックは取り繕ったような様子だったが、杖修復士の仕事が間に合わないというのは本当だったのか、とユミルは考える。
「…その方がずっと外部に依頼しやすかったわ。」
アデレートは今にも舌打ちをしそうな勢いだ。
「良い杖修復士は誰も怖がってやりたがらないのよ。」
「…え?」
「ユミルも知っていたでしょう?辞めた杖修復士の話。その人、とっても優秀で、何人か気難しい人のを専属で修復していたらしいわ。その気難しい人のひとりが、その杖修復士がいなくなってから、杖修復課の誰に修復を依頼しても文句を言うから、ついに誰も怖くてやりたがらなくなったのよ。やりたいと手を挙げるのは経験の少ない世間知らずだけで、もうカオスだわ。」
ユミルは嫌な予感がして思わず身を固くした。
「私、無理です。明日も面接だし…。」
「その人には誰が修復したか、絶対に言わないわ。エリック…わたくしの同期だけれど、どうにも魔法局内の修復に満足できなくて、先月外部の杖修復店に修復を依頼したら、随分具合が良かったそうだわ。エリックが次に店に行ったらその人は辞めた後だったから随分探したようよ。たまたま私がエリックの治療を担当したときにその話を聞いて、ユミルに行き着いたの。お願い、ユミル。引き受けてもらえないかしら。その人の杖が直らないと、首都にも被害が及ぶかもしれないわ。」
アデレートは曲がったことが嫌いだ。本来仕事をすべき人が投げ出している状況を良しとするはずがない。
それでも、ユミルのもとに来たのはきっと色々な葛藤があったに違いない。
(アデレート様は迷いに迷って、私を頼ってくれたんだろうな…。)
「…それは、いくら貰えるんですか?」
ユミルは少し逡巡した後、アデレートに対して悪いな、とは思いつつも率直に尋ねた。今はお金が死活問題だ。
「75ガルよ。材木は持ってきているわ。期間は3日間。」
「やります。」
ユミルは即答した。
作業中と作業後は辛いが、エリックのときと同じような仕事でそれだけもらえるのなら大変割の良い仕事だ。
採用面接は明日の午前なので、その後から寝ずに取りかかれば間に合うだろう。
しかし、ユミルはすぐに後悔することになる。
「修復する杖はこちらよ。道具も持ってきたわ。」
「道具は使い慣れたのがあるから大丈夫です。…ただ、これは…。」
杖は所々ササクレだったり剥がれたりして折れている。人間で言うところの複雑骨折のようだ。
この前の修復よりもまた一段と難しそうである。
ユミルは損傷具合を見て、引き受けるのは尚早だったかと口元を引き攣らせた。
「ちなみに…これはどなたの杖なのかしら…?」
杖のひしゃげている位置が手元の部分に近い。まるで、使用者の魔力に耐えきれなかったかのように折れているのだ。
杖には使用者の魔力が馴染んでいるので、使用者の魔力で折れることは余程のことがない限り、ない。
よっぽど魔力の強い魔法使いに違いない。
ユミルが緊張気味に問うと、アデレートは少し迷う素振りを見せてから、答えた。
「レイン部隊長よ。」
(あやつかーーーー!!)
まさか勝手に敵対視しているレインだとは、ユミルは心の中で絶叫した。
レインは完璧且つ効率主義だという噂を聞いたことがある。アデレートが先程言っていた、杖修復士の修復に文句ばかりだという点も納得だ。
ユミルがわなわなと震えていると、アデレートはユミルがレインの名前を聞いて怖くなったのかと思い、見当違いなフォローを入れた。
「先程も言ったとおり、誰が修復したか、レイン部隊長には伝えないわ。どうしてもレイン部隊長が最短で前線に戻る必要があるの。今も増え続けている魔獣が人のいる街に入るか入らないか、ギリギリのところなの。」
レインは冒険者ギルドやユミルの仕事を奪ったが、それも民衆のためだということは、ユミルも理解はしていた。
ユミルはぐぅと唸ると、我慢したように首を縦に振った。
「それじゃあ、よろしくね。3日後の夜に取りに来るわ。」
アデレートはすぐにでも前線に戻るらしい。怪我人がひっきりなしに出ているのだという。
「アデレート様は貴族令嬢なのに、どうしてそこまで頑張るのですか?」
アデレートはユミルと違って稼ぐ必要がない。ユミルはアデレートを見送る玄関先で、前から不思議に思っていたことを尋ねた。
「普通の人は魔法を使えない。魔法は天からのギフトよ。そして、貴族には民衆を守る義務がある。
魔法をもって、弱きを守れ。私はそう教えられて生きてきたわ。」
アデレートの赤く燃え上がる瞳はユミルを真っ直ぐに貫いた。
アデレートを見送った後、ユミルは預かった杖を鍵付きの引き出しに仕舞い、再びベッドの中に潜り込んだが、全く寝付くことができなかった。
アデレートが最後に言ったことが頭の中をぐるぐると回っていたからだ。
(私は今まで、魔法はお金になる、それしか考えてこなかった。)
育った環境が違うから、仕方ないのかもしれないが、それでもユミルは、魔法を自分のために使うことしか考えてこなかったことを恥ずかしく思った。
(今回の依頼はきっと北部の魔獣討伐に必要なこと。これを成せば、私も少しは他の人のために、なれるかな…。)
しかし、1ヶ月は首都で頑張ると決めている、もう折り返し地点まで来てしまったが結果はどうなろうと最後まで走り切ろうとユミルは決意を新たにしていた。
ある日の晩、翌日に首都内にある魔法道具修復店の採用面接を控えていたので、ユミルは諸々の支度を済ませると、早めに床についた。
ユミルは夜、ぐっすりと眠れる方だ。
しかし、その夜は扉を叩くような音が聞こえて、僅かに意識が浮上した。
「ううん…、」
ユミルが煩いとばかりに寝返りを打つと、フクも起きたようだった。
『ユミル、ユミル。』
「…なぁに、寝ないと明日に差し支えちゃう。」
『アデレートがユミルを呼んでるよ。』
「…アデレート?」
フクは耳が良い。それに、確かにアデレートには新しい住所を伝えていた。
でも、お嬢様のアデレートがこんな夜更けにユミルを訪ねてくるとは考えられなかった。
ユミルは警戒しながらドアに近づくと、確かに、女性がユミルを呼ぶ声が聞こえた。
ユミルが恐る恐るドアスコープを覗くとそこにはアデレートがいた。
「アデレート様!」
ユミルが慌てて扉を開くと、そこには前に会ったときよりも少し顔色の悪いアデレートが立っていた。
「夜分に失礼するわ。本当にごめんなさいね。」
「構いません、どうされたのですか?」
アデレートは礼儀にうるさい人だ。
ユミルも何度も怒られてきた。
約束もなしに夜遅くに訪れるのだから、よっぽど緊急なのだろう、とユミルは固唾を呑んでアデレートの次の言葉を待つ。
「杖の修復を依頼できるかしら。」
「え?アデレート様の?」
「違うわ。魔法騎士のよ。」
ユミルはとりあえずアデレートとお付きの侍女を小さな部屋の中に招き入れた。
「どういうことなのですか?」
「先日、会ったときに、わたくしは途中で帰ったでしょう?」
あの日、アデレードは少し慌てた様子であったことを思い出し、ユミルは頷いた。
「今、首都から少し離れた北部の郊外で、魔獣がどんどん湧き出していて、魔法局はその対応に追われているの。」
「そうなのですか?新聞にはちっとも載っていなかったけれど…。」
先日、アデレートが、慌てた様子であったので、その翌日の新聞をユミルは注意深く読んでいた。しかし、そこには全く該当しそうな事件は載っていなかった。
「原因がわかっていないから、民衆の混乱を招かないように情報が操作されているのよ。」
「それ、私が聞いても大丈夫でしたか…?」
「依頼に関連するから、例外よ。」
「もしかして、杖の修復が魔法局の杖修復士だけで、間に合わなくなったのですか?」
あのときエリックは取り繕ったような様子だったが、杖修復士の仕事が間に合わないというのは本当だったのか、とユミルは考える。
「…その方がずっと外部に依頼しやすかったわ。」
アデレートは今にも舌打ちをしそうな勢いだ。
「良い杖修復士は誰も怖がってやりたがらないのよ。」
「…え?」
「ユミルも知っていたでしょう?辞めた杖修復士の話。その人、とっても優秀で、何人か気難しい人のを専属で修復していたらしいわ。その気難しい人のひとりが、その杖修復士がいなくなってから、杖修復課の誰に修復を依頼しても文句を言うから、ついに誰も怖くてやりたがらなくなったのよ。やりたいと手を挙げるのは経験の少ない世間知らずだけで、もうカオスだわ。」
ユミルは嫌な予感がして思わず身を固くした。
「私、無理です。明日も面接だし…。」
「その人には誰が修復したか、絶対に言わないわ。エリック…わたくしの同期だけれど、どうにも魔法局内の修復に満足できなくて、先月外部の杖修復店に修復を依頼したら、随分具合が良かったそうだわ。エリックが次に店に行ったらその人は辞めた後だったから随分探したようよ。たまたま私がエリックの治療を担当したときにその話を聞いて、ユミルに行き着いたの。お願い、ユミル。引き受けてもらえないかしら。その人の杖が直らないと、首都にも被害が及ぶかもしれないわ。」
アデレートは曲がったことが嫌いだ。本来仕事をすべき人が投げ出している状況を良しとするはずがない。
それでも、ユミルのもとに来たのはきっと色々な葛藤があったに違いない。
(アデレート様は迷いに迷って、私を頼ってくれたんだろうな…。)
「…それは、いくら貰えるんですか?」
ユミルは少し逡巡した後、アデレートに対して悪いな、とは思いつつも率直に尋ねた。今はお金が死活問題だ。
「75ガルよ。材木は持ってきているわ。期間は3日間。」
「やります。」
ユミルは即答した。
作業中と作業後は辛いが、エリックのときと同じような仕事でそれだけもらえるのなら大変割の良い仕事だ。
採用面接は明日の午前なので、その後から寝ずに取りかかれば間に合うだろう。
しかし、ユミルはすぐに後悔することになる。
「修復する杖はこちらよ。道具も持ってきたわ。」
「道具は使い慣れたのがあるから大丈夫です。…ただ、これは…。」
杖は所々ササクレだったり剥がれたりして折れている。人間で言うところの複雑骨折のようだ。
この前の修復よりもまた一段と難しそうである。
ユミルは損傷具合を見て、引き受けるのは尚早だったかと口元を引き攣らせた。
「ちなみに…これはどなたの杖なのかしら…?」
杖のひしゃげている位置が手元の部分に近い。まるで、使用者の魔力に耐えきれなかったかのように折れているのだ。
杖には使用者の魔力が馴染んでいるので、使用者の魔力で折れることは余程のことがない限り、ない。
よっぽど魔力の強い魔法使いに違いない。
ユミルが緊張気味に問うと、アデレートは少し迷う素振りを見せてから、答えた。
「レイン部隊長よ。」
(あやつかーーーー!!)
まさか勝手に敵対視しているレインだとは、ユミルは心の中で絶叫した。
レインは完璧且つ効率主義だという噂を聞いたことがある。アデレートが先程言っていた、杖修復士の修復に文句ばかりだという点も納得だ。
ユミルがわなわなと震えていると、アデレートはユミルがレインの名前を聞いて怖くなったのかと思い、見当違いなフォローを入れた。
「先程も言ったとおり、誰が修復したか、レイン部隊長には伝えないわ。どうしてもレイン部隊長が最短で前線に戻る必要があるの。今も増え続けている魔獣が人のいる街に入るか入らないか、ギリギリのところなの。」
レインは冒険者ギルドやユミルの仕事を奪ったが、それも民衆のためだということは、ユミルも理解はしていた。
ユミルはぐぅと唸ると、我慢したように首を縦に振った。
「それじゃあ、よろしくね。3日後の夜に取りに来るわ。」
アデレートはすぐにでも前線に戻るらしい。怪我人がひっきりなしに出ているのだという。
「アデレート様は貴族令嬢なのに、どうしてそこまで頑張るのですか?」
アデレートはユミルと違って稼ぐ必要がない。ユミルはアデレートを見送る玄関先で、前から不思議に思っていたことを尋ねた。
「普通の人は魔法を使えない。魔法は天からのギフトよ。そして、貴族には民衆を守る義務がある。
魔法をもって、弱きを守れ。私はそう教えられて生きてきたわ。」
アデレートの赤く燃え上がる瞳はユミルを真っ直ぐに貫いた。
アデレートを見送った後、ユミルは預かった杖を鍵付きの引き出しに仕舞い、再びベッドの中に潜り込んだが、全く寝付くことができなかった。
アデレートが最後に言ったことが頭の中をぐるぐると回っていたからだ。
(私は今まで、魔法はお金になる、それしか考えてこなかった。)
育った環境が違うから、仕方ないのかもしれないが、それでもユミルは、魔法を自分のために使うことしか考えてこなかったことを恥ずかしく思った。
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