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第6章 着地点
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ユリウスが部屋で項垂れてから暫くして、小さな足音のあとに扉を叩く音が響いた。
(ほっといてくれ。どうせ、ルフェは僕に幻滅して来てくれないだろうし。)
ユリウスが居留守を使おうと沈黙していると、再び扉を叩く音と、小さくユリウスに呼びかける声が聞こえた。
(…ルフェだ!)
ユリウスは小さい声でもすぐにわかって、椅子から立ち上がると所在なく部屋の中をうろうろとした。
(来てくれた…!でも、今更何を話せば良いんだ…?もしかしたら、ノア大公のことで怒りに来ただけかも…。)
ユリウスが悶々と悩んでいると、先程よりも大きい声で扉の向こうから呼びかけがあった。
「ユリウス様!いますよね?いるんですよね?…開けますよ!」
応答のないユリウスに痺れをきらしたルフェルニアは、ええいままよ!とばかりに扉を開け放った。
「ルフェ…。」
心の準備が整う前に開け放たれた扉の向こうに立つルフェルニアを見て、ユリウスは小さな声で戸惑うようにルフェルニアのことを呼んだ。
「ユリウス様、髪飾りをずっと大事にしてくださって、ありがとうございました。先程は折角のユリウス様の御心遣いに失礼な発言でした。ごめんなさい。」
ルフェルニアはそう言って、砕けた髪飾りをハンカチに包んだまま差し出した。ユリウスはそれを大事そうに手に収めると指先を破片に沿わせるようにして動かした。
「こちらのほうこそ、変な態度をとってごめんね。驚いたでしょう?」
ユリウスはバツの悪そうにそう言うと、ルフェルニアにソファにかけるように促し、ユリウスは向かいの席に腰を掛ける。
「…私が“普通の上司と部下”になりたいと言ったのに、今更虫がいい話だと思われるかもしれませんが…。」
ルフェルニアは向かいに座ったユリウスを見て、アスランの言っていたことは、やはり勘違いだったのではないかと落ち込んだが、ここまで来て引き下がれない、と重い口を開いた。
ルフェルニアが、次の言葉を選ぶようにそこで口を閉ざすので、マイナス思考まっしぐらのユリウスは、まさか他人になりたい、というのではないかと心臓が凍りつきそうになる。
「今の距離感を少し寂しく思っています。…どうして、最近は私を避けるのですか?」
ユリウスは想像したようなことを言われず、むしろ寂しいと思ってくれていることを知り、少しだけ気分が上を向く。
一方のルフェルニアは決死の覚悟でその答えを待っていた。
「不安にさせてごめんね。…説明が難しいのだけれど…。」
ユリウスは顔を赤くして俯いた。
このときのユリウスにはこの感情をまだ伝える勇気がなかった。ルフェルニアをフッてからそう月日も経っていない。もし今伝えたら、ルフェルニアに嫌われてしまうかもしれない。
「…やはり、私が貴方に好意を抱いたから、嫌になってしまったのですか…?」
ユリウスが、なかなかはっきりと答えないので、ルフェルニアは、震える声で尋ねた。ユリウスの行動の意図で、今ルフェルニアが考えられ得るのは、この選択肢しかなかった。フラれたからこそ、他のユリウスに好意を寄せる女性と同じカテゴリーに入ってしまったのではないかと思ったのだ。
「違う!そうじゃない!」
「それなら、何だというのですか。」
ユリウスは慌てて否定するが、ルフェルニアは追及の手を緩めない。
ユリウスの頭の中では、いつだったかベンジャミンから言われた「嫌われてしまいますよ」という言葉が響いた。
告白しても嫌われる。このままでも嫌われる。
ユリウスは究極の選択に、もう半ば自棄になって覚悟を決めた。
「…好きなんだ。」
ユリウスは顔を真っ赤にして、熱のこもった瞳を涙で潤ませながら真っ直ぐとルフェルニアを見て言った。
その声は小さかったが、真っ直ぐとルフェルニアに届く。
ここで、どうせ友達としてでしょう、と言えるほど、ルフェルニアは空気が読めないわけではなかった。
「…でも、私、フラれて…。」
「うん、ごめん。僕がちゃんとわかっていなかったんだ。ルフェが離れていってから気づくなんて、それこそ虫のいい話だと怒ってくれて構わない。…でも、どうか、僕にチャンスをくれないか?」
ユリウスは縋るようにルフェルニアを見た。
(全くもって、格好がつかない。本当は気持ちを落ち着けてから素敵なシチュエーションで言うつもりだったのに。)
ユリウスはルフェルニアがユリウスの瞳に弱いことを知っている。
今は渡す花束もなければ、場所は職場。格好悪かろうと、余裕のない今は、それに縋るしかなかった。
一方のルフェルニアはユリウスの思惑どおり、ユリウスの瞳に魅入ってついときめいてしまっていた。
ずっと好きだった。それに。
(…可愛い。)
そう、ルフェルニアは甘いものと同じくらい、可愛いものが好きだ。
ユリウスからの言葉の衝撃と可愛さから来る興奮で、ルフェルニアはユリウスに負けないくらい顔が赤くなる。
そこでルフェルニアはふと、先日ローズマリーからもらった手紙を思い出した。
(自覚させたって、そういうことだったのね…!)
確かにユリウスの挙動が更におかしくなったのはローズマリーが来てからだ。漸く、ユリウスが本当に自分のことを好きだったのだ、とルフェルニアはわかると、今ままでユリウスの行動に困惑していたことも忘れて、まるで思春期の男の子のようでますます可愛いと、思ってしまう。
(ミシャが聞いたら、呆れるわね。末期だわ。)
「その…、やっぱりダメかな…?」
ルフェルニアが心のなかでひとり荒ぶっていると、ユリウスが悪さをした仔犬のようにルフェルニアの方を覗っていた。
「いえ、突然のことに驚いてしまって…。ローズマリー様に何を言われたのですか?」
ユリウスは再び言葉に詰まった。
しかし、ここまで言ってしまったのだからと、自棄になったまま言い放った。
「僕は、君を困らせたい。」
「え?」
ユリウスはいつもルフェルニアのことを大事だと言って、他の誰よりも優しく接していてくれた。ルフェルニアは真逆とも取れるその言葉に驚いて聞き返してしまう。
「一番大事、それはずっと変わらないよ。でも、困らせたいと思わないのかと、イルシーバ侯爵夫人に言われたんだ。」
ルフェルニアは話しの流れがわからず、ユリウスの言葉の続きを待つ。
「嫉妬も執着も独占欲も、僕には無縁の感情だと思っていた。…でも、心の奥ではずっと、ルフェをこの仄暗い感情で困らせてしまいたい、めちゃくちゃにしてしまいたいと思っていたことに気づいたんだ。
これからは、ルフェに、純粋な感情だけで優しくすることはできないかもしれない。君を縛り付けて、この前みたいに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
もし、僕が間違えたときは、ちゃんと叱ってほしい。
ただ、ルフェのことがたまらなく好きなんだ。」
ユリウスは真っ赤な顔のまま、真っ直ぐにルフェルニアを見つめたままに言い切った。
格好悪かろうと、もしかしたらこれが最後のチャンスなのかもしれないのだ、とユリウスは思うままを言葉にした。
ルフェルニアはひとつひとつの言葉を頭の中で噛み砕いて理解すると、ただでさえ赤かった顔が、火をふきそうなほど熱を持った。
ただ単に、大事だ、好きだ、と言われるよりも、ルフェルニアにとってはずっと破壊力があった。
もともとユリウスのことが好きだったのだ。
ここ最近は少し距離が離れていたとは言え、ルフェルニアは心臓が握りしめられて無くなってしまうのではないかと思うほど、ときめきで心臓が痛くなった。
(ユリウス様が、ユリウス様じゃ、ないみたい…!)
ルフェルニアはやっとの思いで、何度も頭を縦に振ってみせた。
「嫌われなくて、良かった。」
ユリウスが安心したように可愛くはにかむので、ルフェルニアは堪らなくなって、行儀悪くユリウスとの間にあったローテーブルを飛び越えると、座っているユリウスに抱きついた。
「わっ!」
ユリウスは急なことに驚いたものの、全く振れることなくルフェルニアを抱きとめた。
そしてルフェルニアが膝の上に載るように腰を引き寄せると、力のままにぎゅうと抱きしめた。
(ほっといてくれ。どうせ、ルフェは僕に幻滅して来てくれないだろうし。)
ユリウスが居留守を使おうと沈黙していると、再び扉を叩く音と、小さくユリウスに呼びかける声が聞こえた。
(…ルフェだ!)
ユリウスは小さい声でもすぐにわかって、椅子から立ち上がると所在なく部屋の中をうろうろとした。
(来てくれた…!でも、今更何を話せば良いんだ…?もしかしたら、ノア大公のことで怒りに来ただけかも…。)
ユリウスが悶々と悩んでいると、先程よりも大きい声で扉の向こうから呼びかけがあった。
「ユリウス様!いますよね?いるんですよね?…開けますよ!」
応答のないユリウスに痺れをきらしたルフェルニアは、ええいままよ!とばかりに扉を開け放った。
「ルフェ…。」
心の準備が整う前に開け放たれた扉の向こうに立つルフェルニアを見て、ユリウスは小さな声で戸惑うようにルフェルニアのことを呼んだ。
「ユリウス様、髪飾りをずっと大事にしてくださって、ありがとうございました。先程は折角のユリウス様の御心遣いに失礼な発言でした。ごめんなさい。」
ルフェルニアはそう言って、砕けた髪飾りをハンカチに包んだまま差し出した。ユリウスはそれを大事そうに手に収めると指先を破片に沿わせるようにして動かした。
「こちらのほうこそ、変な態度をとってごめんね。驚いたでしょう?」
ユリウスはバツの悪そうにそう言うと、ルフェルニアにソファにかけるように促し、ユリウスは向かいの席に腰を掛ける。
「…私が“普通の上司と部下”になりたいと言ったのに、今更虫がいい話だと思われるかもしれませんが…。」
ルフェルニアは向かいに座ったユリウスを見て、アスランの言っていたことは、やはり勘違いだったのではないかと落ち込んだが、ここまで来て引き下がれない、と重い口を開いた。
ルフェルニアが、次の言葉を選ぶようにそこで口を閉ざすので、マイナス思考まっしぐらのユリウスは、まさか他人になりたい、というのではないかと心臓が凍りつきそうになる。
「今の距離感を少し寂しく思っています。…どうして、最近は私を避けるのですか?」
ユリウスは想像したようなことを言われず、むしろ寂しいと思ってくれていることを知り、少しだけ気分が上を向く。
一方のルフェルニアは決死の覚悟でその答えを待っていた。
「不安にさせてごめんね。…説明が難しいのだけれど…。」
ユリウスは顔を赤くして俯いた。
このときのユリウスにはこの感情をまだ伝える勇気がなかった。ルフェルニアをフッてからそう月日も経っていない。もし今伝えたら、ルフェルニアに嫌われてしまうかもしれない。
「…やはり、私が貴方に好意を抱いたから、嫌になってしまったのですか…?」
ユリウスが、なかなかはっきりと答えないので、ルフェルニアは、震える声で尋ねた。ユリウスの行動の意図で、今ルフェルニアが考えられ得るのは、この選択肢しかなかった。フラれたからこそ、他のユリウスに好意を寄せる女性と同じカテゴリーに入ってしまったのではないかと思ったのだ。
「違う!そうじゃない!」
「それなら、何だというのですか。」
ユリウスは慌てて否定するが、ルフェルニアは追及の手を緩めない。
ユリウスの頭の中では、いつだったかベンジャミンから言われた「嫌われてしまいますよ」という言葉が響いた。
告白しても嫌われる。このままでも嫌われる。
ユリウスは究極の選択に、もう半ば自棄になって覚悟を決めた。
「…好きなんだ。」
ユリウスは顔を真っ赤にして、熱のこもった瞳を涙で潤ませながら真っ直ぐとルフェルニアを見て言った。
その声は小さかったが、真っ直ぐとルフェルニアに届く。
ここで、どうせ友達としてでしょう、と言えるほど、ルフェルニアは空気が読めないわけではなかった。
「…でも、私、フラれて…。」
「うん、ごめん。僕がちゃんとわかっていなかったんだ。ルフェが離れていってから気づくなんて、それこそ虫のいい話だと怒ってくれて構わない。…でも、どうか、僕にチャンスをくれないか?」
ユリウスは縋るようにルフェルニアを見た。
(全くもって、格好がつかない。本当は気持ちを落ち着けてから素敵なシチュエーションで言うつもりだったのに。)
ユリウスはルフェルニアがユリウスの瞳に弱いことを知っている。
今は渡す花束もなければ、場所は職場。格好悪かろうと、余裕のない今は、それに縋るしかなかった。
一方のルフェルニアはユリウスの思惑どおり、ユリウスの瞳に魅入ってついときめいてしまっていた。
ずっと好きだった。それに。
(…可愛い。)
そう、ルフェルニアは甘いものと同じくらい、可愛いものが好きだ。
ユリウスからの言葉の衝撃と可愛さから来る興奮で、ルフェルニアはユリウスに負けないくらい顔が赤くなる。
そこでルフェルニアはふと、先日ローズマリーからもらった手紙を思い出した。
(自覚させたって、そういうことだったのね…!)
確かにユリウスの挙動が更におかしくなったのはローズマリーが来てからだ。漸く、ユリウスが本当に自分のことを好きだったのだ、とルフェルニアはわかると、今ままでユリウスの行動に困惑していたことも忘れて、まるで思春期の男の子のようでますます可愛いと、思ってしまう。
(ミシャが聞いたら、呆れるわね。末期だわ。)
「その…、やっぱりダメかな…?」
ルフェルニアが心のなかでひとり荒ぶっていると、ユリウスが悪さをした仔犬のようにルフェルニアの方を覗っていた。
「いえ、突然のことに驚いてしまって…。ローズマリー様に何を言われたのですか?」
ユリウスは再び言葉に詰まった。
しかし、ここまで言ってしまったのだからと、自棄になったまま言い放った。
「僕は、君を困らせたい。」
「え?」
ユリウスはいつもルフェルニアのことを大事だと言って、他の誰よりも優しく接していてくれた。ルフェルニアは真逆とも取れるその言葉に驚いて聞き返してしまう。
「一番大事、それはずっと変わらないよ。でも、困らせたいと思わないのかと、イルシーバ侯爵夫人に言われたんだ。」
ルフェルニアは話しの流れがわからず、ユリウスの言葉の続きを待つ。
「嫉妬も執着も独占欲も、僕には無縁の感情だと思っていた。…でも、心の奥ではずっと、ルフェをこの仄暗い感情で困らせてしまいたい、めちゃくちゃにしてしまいたいと思っていたことに気づいたんだ。
これからは、ルフェに、純粋な感情だけで優しくすることはできないかもしれない。君を縛り付けて、この前みたいに嫌な思いをさせてしまうかもしれない。
もし、僕が間違えたときは、ちゃんと叱ってほしい。
ただ、ルフェのことがたまらなく好きなんだ。」
ユリウスは真っ赤な顔のまま、真っ直ぐにルフェルニアを見つめたままに言い切った。
格好悪かろうと、もしかしたらこれが最後のチャンスなのかもしれないのだ、とユリウスは思うままを言葉にした。
ルフェルニアはひとつひとつの言葉を頭の中で噛み砕いて理解すると、ただでさえ赤かった顔が、火をふきそうなほど熱を持った。
ただ単に、大事だ、好きだ、と言われるよりも、ルフェルニアにとってはずっと破壊力があった。
もともとユリウスのことが好きだったのだ。
ここ最近は少し距離が離れていたとは言え、ルフェルニアは心臓が握りしめられて無くなってしまうのではないかと思うほど、ときめきで心臓が痛くなった。
(ユリウス様が、ユリウス様じゃ、ないみたい…!)
ルフェルニアはやっとの思いで、何度も頭を縦に振ってみせた。
「嫌われなくて、良かった。」
ユリウスが安心したように可愛くはにかむので、ルフェルニアは堪らなくなって、行儀悪くユリウスとの間にあったローテーブルを飛び越えると、座っているユリウスに抱きついた。
「わっ!」
ユリウスは急なことに驚いたものの、全く振れることなくルフェルニアを抱きとめた。
そしてルフェルニアが膝の上に載るように腰を引き寄せると、力のままにぎゅうと抱きしめた。
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