私は既にフラれましたので。

椎茸

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第4章 ユリウスの自覚(その1)

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ルフェルニアはお手洗に籠ってから、何とかして涙を引っ込めた。
泣いたことが分かるであろう、赤い目を誰にも見られたくなかったので、足音を避けるようにしてお手洗を出ると、寮に足を向けようとしたが、今日はこのまま眠れそうにない。

(こうなったら、やけ食いをするしかないわ。)

夕飯時を過ぎて、すっかり暗くなってしまったが、ルフェルニアの御用達、パティスリー・アンジェロはイートインスペースでお酒も出しているので遅くまで営業している。それに、顔なじみのルフェルニアには持ち込みも許容してくれるだろう、とルフェルニアはマーサから手渡された籠を抱え直した。
デビュタントのときみたいに甘いものをお腹いっぱい食べられれば、少しは気分が晴れるかもしれない、とルフェルニアは思ったのだ。

ルフェルニアは闇夜に紛れるように庁舎を出ると、王宮を出てすぐの停留所で辻馬車を拾い、パティスリー・アンジェロへと向かった。

パティスリー・アンジェロに到着すると、ガラス張りの店の中にガタイの良いフリフリのエプロンを纏った男性の姿が見えた。

「アンジェロさん、こんばんは。」

ルフェルニアが扉を開けて声をかけると、アンジェロはルフェルニアの方を向いた。

「ルフェ嬢、珍しい時間に来たな。」

アンジェロは女装趣味があるわけではない。ただ、アンジェロの奥様が大変にメルヘンな趣味を持っていて、この店の制服も内装も、奥様が決めていた。奥様は体が弱いらしく、表に出てくることはなかったが、奥様が作り上げたこのお店の雰囲気も、ルフェルニアはとても気に入っていた。

「うん。夕飯と、デザートを一緒に食べたいのだけれど、少し持ち込ませてもらってもいいかしら?」

ルフェルニアが籠を持ち上げて見せる。

「ルフェ嬢なら別に構わないが…、ひとりなのか?」

ルフェルニアの後ろに誰も付いてきていないところを見たアンジェロは眉をひそめる。

「そう、今日は人生で初めての夜のひとり外出よ。食べたらちゃんと、まっすぐ馬車で帰るから大丈夫。」

ルフェルニアは強がってみせたが、アンジェロはルフェルニアの少し赤くなった目元に気づいてしまう。アンジェロは詳しい事情がわからないものの、このまま追い返すのも気が引けた。

「わかったよ。帰る時は俺の顔見知りの御者が来るようにしておくよ。」
「お気遣い、ありがとう。助かるわ。」
「じゃあ、注文はどうする?」
「それじゃあ、季節限定のケーキと、ショートケーキと、チーズケーキと、ナポレオンパイと…」
「おいおい、今日はひとりなんだろう?」

次々とケーキを指さすルフェルニアに、思わずアンジェロは声を挟んだ。
ユリウスと2人で来ているときだって、2~3個しか頼まない。そのほとんどをルフェルニアが食べていることをアンジェロは知っていたが、それにしてもいつもより多すぎる。

「良いの。今日はおなか一杯に甘いものが食べたいの。」

ルフェルニアは少し強めに言い切る。
アンジェロは、ルフェルニアが笑っているのに、少し辛そうな表情を見て、諦めたように注文を再度促した。

タイミングを同じくして、ルフェルニアの後方から扉が開く音が聞こえたと思ったら、ここ数日で随分聞きなれた声に、声をかけられた。

「こんな時間にひとりだなんて、とんだじゃじゃ馬だな。」

ルフェルニアが振り向くと、そこには予想どおりギルバートが立っていた。

「ギル!どうしてここに?」
「丁度会食の帰り道で、窓から君が見えたんだ。…先ほどこいつが注文したのはすべて持ち帰りにしてくれるか。」

ギルバートはルフェルニアの隣に並ぶと、アンジェロにそう声をかける。

「ちょっと、私はここで食べてから帰るわ。」
「いったい何時までここにいるつもりだ。それに、この店は外から見えすぎるから危険だ。」

ルフェルニアが抗議の声を上げると、ギルバートはぴしゃりと言った。
確かに、ガラス張りの店内は外から誰が何人で食事しているか、よく見えてしまう。

「でも…。」

(今日は、まだ帰りたくないもの。)

ルフェルニアが俯くと、ギルバートはわかりやすくため息を吐いた。

「それなら、俺の滞在しているホテルで食べればいい。マーサも領地から連れて来た騎士も同じ場所にいるから、問題ないだろ。」
「でも、ギルにも皆にも、悪いわ。」
「ルフェ。君にできる選択は、このまま寮へ帰るか、ホテルへ来るかのどちらかだ。」

ギルバートが強い口調で言うと、ルフェルニアは諦めて「寮には帰りたくないわ。」とギルバートに答えを返した。

「あの…、失礼ですが、ルフェ嬢とはどのようなご関係なのでしょうか?」

アンジェロは店の外に停まった馬車とギルバートの身なりから、すぐに高位の人物であることがわかり、今までのやり取りを黙ってみていたが、ギルバートがルフェルニアを連れて帰ることが決まったところで、声をかけた。相手が高位であろうと、常連のルフェルニアがいつも来る男性とは違う男性に連れていかれるのは心配だった。

「ノア公国のギルバート・ノア大公よ。仕事の関係で少しやりとりがあるの。だから、大丈夫よ。こちらは、このお店のオーナー兼パティシエのアンジェロ。テーセウス王国でお茶をしたときにお出しした焼き菓子はこちらのものなの。」

ルフェルニアが双方を紹介すると、ギルバートが目を輝かせたのがわかった。
ルフェルニアはそれに気づき、以前ギルバートに出したベリー系のパウンドケーキを注文に加えようとアンジェロに声をかけたが、アンジェロは目を開いたまま固まっている。

「ねぇ、アンジェロ、大丈夫?」
「…!大公様とは知らずに大変失礼いたしました!」

アンジェロはルフェルニアの声に引き戻されると、慌てて深く頭を下げ、早急にケーキの箱詰めに取り掛かる。

綺麗に箱詰めされたケーキをルフェルニアが確認していると、料金はさっさとギルバートが払ってしまった。
ギルバートは箱を受け取ると、ルフェルニアの腰に手を当てて、退店を促す。

「アンジェロ、また来るわ!」

ルフェルニアが慌ててアンジェロに挨拶すると、アンジェロは魂が抜けたような表情で手を上げてルフェルニアを見送った。
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