神殺しの剣

在江

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第二部 第三章 首都レグナエラ

10 似顔絵の男

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 高壁に守られた民は、戦争の影響を日々感じても、戦闘については、まだ現実味が薄かった。
 出入の門は全て閉められている。外を見る兵士達は応戦で忙しく、市中をぶらぶら巡回する余裕を失ったため、民と話す暇がない。

 誰かが何処からか仕入れる切れ切れの噂以外に、民が外の様子を知る術はなかった。外側で繰り広げられる死闘の様など想像の埒外らちがいである。
 それでも、この期に及んでは、味方の趨勢すうせいぐらいは予想がついていた。

 「だって、勝っていれば、ちょっとぐらい門を開けてくれたっていい筈だよ」

 ネオリア軍が来ると聞いて、カーンサスから逃げてきた親父が言う。

 全財産を抱えレグナエラへ逃げ込んだ翌日に、門を閉められたのだ。元は商売人と自称するが、わざわざレグナエラへ逃げ込む程度の目端めはしでは、怪しいものだ、と皆口には出さず、心に思っている。

 目端の利く商人は大方他所へ鞍替えしてしまい、残るのは代々レグナエラに住んでいるという土地に愛着がある者、親類が城に勤めているという愛情深い人、他所へ行くあてもないので大博打を打とうと考えているろくでもない奴ぐらいであった。

 流入組の大半も、先のことを深く考えているとは言い難い。兵士の募集は継続的に行われていたが、敗色濃いレグナエラ軍に応募する者は、愛国心からと言うよりも、支給される衣食を目当てにしていた。

 「ちょっと勝ったぐらいで門を開けるなんて、できないよ。俺、閉めるところを見ていたんだけれど、何十人がかりで動かしていたぜ。扉自体は相当重いだろう。パッと開けて、パッと閉めるなんて器用な芸当げいとうは無理だ」

 また違う男が言った。この男は正真正銘レグナエラで小麦をあきなっていたのだが、出入ができなくなって店を閉め、毎日のようにこうして近所の連中を集めてお喋りをしていた。各自秘蔵の品を持ち寄り、必要な品と情報を交換するのである。

 「でも、負けているのは確かだろう。この間も、何だかやけに大門の上が騒がしかったもの」
 「それなんだけど、ソルペデス王子様が落命されたって噂は本当かねえ?」
 「本当かい、ダハエス?」

 一同の注目を一身に集めてしまい、後ろの方に座っていたダハエスは、きまり悪そうな表情になった。古ぼけた椅子がぎしぎしと鳴った。

 「俺も兵士達が言っているのを小耳に挟んだだけだから、何とも言えないよ」
 「ああ、ダハエスは金属加工を商っているから軍の噂も耳に入るよな。やっぱりあの騒ぎは只事じゃない、と思ったぜ」
 「そう言えば、最近ソルマヌス王様もお見かけしないぞ。病気なんじゃないか」
 「メロスメリヌ様が後継ぎをお産みなされたから、近々お披露目するとか何処かで見たぞ。ソルペデス王子様が亡くなられたんじゃあ、それどころじゃないよな」

 「もう、レグナエラも終わりかもしれないなあ」

 誰かが小声で呟く。皆、悲観的な気分で同調した。カーンサスから逃げてきた男がぽん、と手を叩いて衆目しゅうもくを集めた。

 「ネオリアが入ってきたら、どうせ一切合財いっさいがっさい盗られるんだ。その前に、レグナエラの民である俺達で、王様が持っている財産を分かち合えればいいよなあ」
 「そうだなあ。ネオリアはひどいというからなあ」
 「ダハエス、お前さんなら軍の倉庫の場所なんかも分かるだろう?」
 「ええっ?」

 ダハエスは迷惑そうな顔をした。

 「俺達だけで行ったって、追い返されるのが落ちだよ。見せしめに処刑されちまう」
 「じゃあ、もっと大勢で行けばいいんだな」

 小麦屋が冗談らしく混ぜ返した。無理だ、と皆爆笑し、そこで話は終わる流れであった。

 「そりゃ、大勢なら王様のお宝だってつかみ放題だろう」

 笑いがしずまったのを見計らったように、ダハエスがぽそっと呟いた。
 皆、更にしん、とした。カーンサス男がにやりとした。

 「じゃあ、ひとつできるものかどうか、お前さんから倉庫の場所を説明してもらおうか」

 ダハエスは渋りもせず説明を始めた。集まった連中は、初め冗談半分に、話が進むにつれて徐々に身を乗り出し、全身を耳にして彼の話に聞き入った。
 途中でダハエスとカーンサス男の目が合った。一瞬、親密な光が互いを結びつけた。


 ソルペデスの悲報はソルマヌス前王の病状を悪化させた。明瞭な言葉が喋れなくなったのである。
 倒れてからずっと寝台に仰臥ぎょうがしたままである。言葉が話せなくなってからは、意識も混濁こんだくしてきているらしいのが、瞳に表れる色に見て取れた。

 メロスメリヌはエウドリゴが王位を継ぎ、自らが後見についてから、寝室を移して続き部屋に起居ききょしていたので、その変化をつぶさに感じた。側で見守るしかできないもどかしさが、居たたまれない思いを強くする。

 「お披露目はいつしたら、よいのでしょう」

 メロスメリヌはすがりつかんばかりにして、ウルペスに尋ねた。ウルペスはソルピラスの遺骸いがいを運び込んで以来、大臣に取り立てられ、更にソルマヌスが王位を退いてからはエウドリゴの相談役をも兼ねていた。実質、メロスメリヌの相談役である。

 彼は戦の総指揮もとっており、多忙の身でありながら、ソルピラスに仕えていた縁で相談役の務めを果たすべく、前王の寝室へも暇を見ては顔を出していた。
 ウルペスは難しい顔付きを美しい後見役に向けた。

 「本当の事を申し上げますと、お披露目などする呑気な状況ではないのです。民も自分の生活を守るのに精一杯で、新王の即位を祝う余裕はないでしょう」

 「ただ、ソルペデス殿下の隊を失った今、我々は本当に篭城ろうじょうするしかなく、今こそ結束を固めるべき時期でもあるのです。もうすぐ雨季に入ります。ネオリアもメリディオンも、雨季の野営には慣れていない筈で、我々は一息つけるでしょう」

 「ですから、いつ、ということなしに、お披露目を行い、その際食料の配布も併せて行えば、人も集まり形も整うし、篭城する気力も少しはたくわえられると考えます」

 「ソルペデス殿下は本当に亡くなられたのでしょうか。私、どうしても信じられませんわ」

 唐突に、話の本筋とかけ離れた質問をぶつけられて、ウルペスはまじまじと相手を見返した。メロスメリヌはウルペスの不審な視線をものともせず、真剣に答えを待っていた。

 「妃殿下が、最後の希望が途絶えたのを信じたくない気持ちはわかります。私も同じ気持ちですから」

 「しかし、殿下が胴を切り裂かれて倒れたのを、我が軍の兵士が複数目撃しております。すぐに敵軍が体を運び去ってしまったとは言え、生きていれば敵軍から何らかの反応がある筈です。やはり、お亡くなりになったものと考え、今後の方針を決められるべきと考えます」

 「そうですか」

 メロスメリヌはあからさまに気落ちした様子で下を向いた。きちんと結われた蜂蜜色の髪も色褪いろあせて見える。ウルペスが慰めの声を掛けようとした時、急に彼女は顔を上げた。

 「今から、お披露目の準備をしますわ。あなたのおっしゃる通り、食料も配らせます。明後日には開催できますわね?」

 決然とした表情だった。ウルペスは、勢いに押されて頷くのが精一杯だった。城内は一気に慌しくなった。

 その日のうちに、レグナエラの街角に、お披露目と食料の配布が行われるというお触れが出された。街角には、どこに隠れていたのか、人々が群がり集まった。


 エウドクシスは、メリディオン軍に捕らわれ、縄でぐるぐる巻きにされたまま、地面に転がされていた。食事は、毎回無理矢理兵士に摂らされた。また、その前後に、いちいち縄を巻き直された。これでは、少しずつ緩めて縄抜けする作戦は使えない。

 毒の効かない体ではあったが、兵士達の様子を見るに、毒入りの食事でもなさそうであった。
 最初は猛然と暴れたエウドクシスも、秩序だったメリディオンの兵士達相手に根が尽き、今は大人しく転がされていた。

 勿論このままでいるつもりはなく、そのうち脱出しようと隙をうかがっていた。
 機会を掴めぬまま何度か食事を摂らされた後、前触れもなくメリファロス王子が現れ、彼の前に片膝をついた。
 王子はレグナエラ語で話しかけた。

 「お前、エルロだろう。我が国の古記録に、似顔絵が残っているぞ」

 前髪は王子の命令によって、後ろへ撫でつけて紐で押さえてある。王子が初めてレグナエラ語を話すのを聞いたのと、その内容に、エウドクシスも無表情ではいられなかった。

 数百年の間怪しまれずに生き延びるため、時に変名を使い、他国に渡って生活した時期が幾度かあった。
 何でも記録して、公共の図書館まで作ってしまうメリディオン人の性質はエウドクシスも知ってはいたが、まさか似顔絵まで残っているとは予想し得なかった。自分に関する情報など、調べたこともない。

 メリファロスは、エウドクシスの微妙な表情の動きを正確に読み取り、くつくつと笑った。
 周囲にいる兵士達は、王子が笑う理由が分からない様子で、戸惑っている。彼らがレグナエラ語を解さないことは試し済みだった。

 「手品が趣味でな、その道にはくわしいのだ。戦が終わったら、お前の手品をこころゆくまで再演し、種明かしもしてもらおう。不老長寿の秘密もな」

 「その体は武器では傷つかないと聞いたが、火や水にも耐えるのかな。皮膚を溶かす薬品はどうだ。土に埋めても平気なのか。一部でも切り取ることができれば、それを食べた人間が同じ能力を授かるかもしれぬ。くくく、実に楽しみだ」

 エウドクシスは無言のまま答えなかった。メリファロスは気にした様子もなく、立ち上がると去っていった。

 「逃げねえと、本格的にやばいぜ」

 焦っても、ぐるぐる巻きにされた状態では、どうしようもなかった。間もなく、がっしりとした兵士達がやってきて、エウドクシスを持ち上げた。彼はどこかへ運ばれた。
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