神殺しの剣

在江

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第二部 第三章 首都レグナエラ

8 天帝出産

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 芳香がいつになく、濃厚に広間を満たしていた。

 日の御子が広間に足を踏み入れた時には、既に天帝は玉座にあった。全身を覆う豊かな頭髪は、明るい黄金から瞳と同じ虚無のような黒色まで目まぐるしい変化を繰り返しており、天帝の前に立った日の御子は、美しく整った眉をひそめて髪の色に注目した。

 「遅い」

 天帝はやや苛立った声を上げた。
 日の御子は髪から視線をがした。いつもの、他の神々に安らぎを覚えさせる微笑は欠片かけらもない。完膚かんぷなきまでの美貌が酷薄と変じた無表情で、天帝を見返した。
 一瞬の後、日の御子は天帝の前にひざまずいて顔を伏せた。

 「申し訳ございませぬ」
 「よい。そなたに見せたいものがあるのだ。そのような窮屈きゅうくつな姿勢をとらず、立つことを許す」

 たちまち天帝の声が優しく変化した。天帝の声に従い、日の御子は立ち上がった。天帝の髪の色はやはり目まぐるしく変化を続ける。

 「一つお伺いしたいことがございます」
 「申せ」
 「記憶の神が行方知れずとの噂を耳にしました。ご存知でしょうか」
 「メミニか。あれは死んだ」

 あっさりと、事もなげに天帝は答えた。

 「死んだ?」
 「大胆にも、死の神を脅迫して操ろうとしたらしい。さような隠し事があるとも思えぬが」

 整った唇の両端を持ち上げ、天帝は日の御子に笑いかけた。
 虚無の深淵を覗き込むような両眼が、穴のあくほど日の御子を見つめる。

 日の御子は沈黙を守った。青緑の瞳は、どんな表情も見せない。

 暫く日の御子を注視した後で、天帝はつと表情を改めた。しゃらん、と金銀の細鎖が触れ合う音がして、白い手が横に振られた。

 「脇へ寄れ」

 言われた通りに脇へ寄った途端、天帝の全身から強烈な光がほとばしった。反射的に顔を伏せようとする日の御子に向かって、天帝が命令する。

 「伏せるな。見よ」

 命令に従って日の御子は顔を上げた。
 光が強烈過ぎて、天帝の姿は掻き消されたように見える。少しでもよく見えるように、腕を目の上に当てて陰を作っても、ほとんど役に立たなかった。

 光が乱舞する中、天帝らしき形がかろうじて判別できる程度である。しゃらしゃらと、金属同士が擦れる音が絶え間なく聞こえる。それは、人間が神に祈りを捧げる際に奉納する、音楽にも似ていた。

 「おお」

 天帝が声を上げた。

 光に包まれた天帝の中から、更に光の塊が飛び出した。光球は、先ほどまで日の御子が立っていた辺りでぴたりと止まり、みるみる上に向かって伸びた。

 一方、天帝を包む光は急速に薄れ、以前より深く玉座に腰掛けた天帝が疲れた表情で再び姿を現した。目まぐるしく変化していた頭髪も、今は元の黄金色に戻っていたが、強い光を発したせいか、やや輝きを減じているようであった。

 天帝の瞳が日の御子を捉え、その口元には微笑が広がった。

 「そなたの弟ぞ」

 日の御子が視線を転じると、光球のあった場所には若い男神が立っていた。
 長い髪は天帝と同じ艶やかな黄金色で、濃青の瞳は吸い込まれそうなほど澄んでいる。その顔立ちは、日の御子と同様非常に整っており、しかも他を圧倒するような存在感を備えていた。

 男神は、日の御子ににこりと笑いかけた。美しさが更に際立った。

 「よろしく、セルウァトレクス」
 「名は何という」
 「マリグヌス」

 天帝が代りに答えた。日の御子はまとっていた深紅の上衣を脱ぎ、マリグヌスに掛けた。金糸で刺繍をほどこした豪奢ごうしゃな布は、若い男神によく似合った。

 「貴公の誕生を祝福する。祝いの品として、受け取るがよい」
 「ありがたく頂戴ちょうだいするよ」

 マリグヌスは嬉しそうに布を巻き付けた。
 見守る日の御子に笑顔はなく、むしろ顔を強張らせていた。
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