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第二部 第三章 首都レグナエラ
5 奪われしもの
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宮殿の広間で、死の神はただ独り拝跪していた。抜き身の剣を脇に置き、闇色のマントを今は首元まで下げ、漆黒の髪に包まれた青白い顔を露にしている。広間の奥には玉座が設えてあり、馥郁たる芳香に包まれて、既に天帝が鎮座していた。
「面を上げよ」
死の神は頭を持ち上げ、天帝に顔を見せた。
天帝は、細身の金と銀の鎖を絡ませた白い腕、虚無の深淵を思わせる瞳は常に変わらず、全身を覆う豊かな頭髪も黄金色に輝いていた。ご機嫌が麗しくなければ、髪の色も変化する。死の神はこの状態をどのように捉えたのか、緊張を解かなかった。
「話は聞いている」
天帝は穏やかに切り出した。死の神は跪き、頭を持ち上げた不安定な姿勢のまま、身じろぎもしない。細い金属同士が触れ合うような、しゃらしゃらとした音が起こった。天帝が腕を動かしたのである。
「一つの形をとるというのは、不便なことよ、のう。形にとらわれ、全ての事象を瞬時に把握できぬことがある。メミニは予備の記憶として重宝したのだが」
「申し訳ございません」
死の神が漸く口を利いた。同時に頭を下げた。また、しゃらしゃらと鎖が鳴る。
「なに、必要なればまた造るまで。それより、面を上げよ」
再び顔を上げた死の神は、表情を強張らせていた。天帝の外見は変わらない。
整った唇の両端を上げ、怒るどころか、むしろ楽しげにさえ見えた。
「ふむ、この顔が、な。セルウァトレクスには時折驚かされる。子を宿した汝が羨ましいぞ」
三度起こったしゃらしゃらという音とともに、天帝の白い腕が死の神へ伸びる。
真っ直ぐ伸ばされた腕に、金銀の細鎖が蔦のように絡まって優美な曲線を形作った。
ほっそりとした指が、強張った顔の死の神を指す。手首を返し、掌を仰向けにする。指が滑らかに内側へ折り曲げられる。
一連の舞踏のような動きにつれ、死の神の顔に苦悶の表情が現れた。苦痛に耐えかねたのか、死の神は姿勢を崩し、上体を仰けに反らす。
その体から、光に包まれた小さな物体が分離した。
繰り返し曲げ伸ばされる天帝の指先へ向かい、するすると空中を移動する。遂に掌の上に辿りついた物体は、天帝の腕の動きに合わせ、形のよい口中へと自ら消えていった。
「貰うぞ。子を産むのも面白かろう。しかもセルウァトレクスの一部を有しておる。対面が楽しみだ」
腹部に手を当て、どうにか跪く恰好を保ちながら瞠目する死の神に、天帝はほがらかな声で宣言した。ふと表情を改める。急に、虚無を映し出すような瞳が存在感を増した。
「だが、セルウァトレクスは天界の礎となるべき存在。汝にばかりかまけることは許されぬ。心得ておくがよい」
「はい」
しゃらん、という音がした。天帝が白い腕を急に前へ突き出したのである。死の神が強風に煽られたように、ふらりとぐらついた。
「そもそも、抜き身の剣など提げておるから、このような事も起きる。メミニの件については、近々我が始末をつける。それまでは動かずともよい」
「はい」
天帝の全身から眩い光が放たれた。死の神は光に目を射られたように、面を伏せた。下を向いてもなお、徐々に強まる光から逃れることは難しかった。
反比例して、芳香は徐々に薄れていく。唐突に、光が消えた。
死の神はゆっくりと顔を上げた。玉座は空であった。死の神は闇色のマントを頭の上まで引き上げようとして、手を止めた。
顔を撫で、広間を素早く見回した。だだっ広い空間にある調度品らしきものといえば、天帝の玉座ぐらいである。誰が隠れる隙間もない。死の神はマントを深く被り、脇に置いてあった剣に手を伸ばしかけ、またも手を止めた。
抜き身であった剣は、鞘に収まっていた。全体が鳥と葡萄の意匠の透かし彫りで、銀製だった。色を揃えた宝玉を、意匠に合わせ惜しげもなく嵌め込んである。
鞘の絢爛さに、白布を巻いただけの柄が、一層みずぼらしく見えた。
死の神は剣を持ち上げ、柄を掴んでそっと鞘から抜いてみた。幅広の剣は素直に鞘から出た。
「メミニさま、なかなか戻られないわ。ねえ、アステリス」
「そうね、姉さま。デリムさまは頑固そうだから、簡単にうんとは言わないのでしょう」
「メミニさまだけでなく、ステラたちもデリムさまの元へお話をしに行きましょうよ。大勢いた方が、理解してもらいやすいのではないかしら」
「それがいいわ」
星の神々の会話に割り込んだのは、月の神ルヌーラであった。
三姉妹は会話の流れを乱され、少しばかり驚いたようであった。それも一瞬のことで、そうよそうよ、とはしゃぎながら、たちまち打ち揃って出かけて行った。
病の神、アエグロートの宮は、急に静かになった。病の神はわざわざ席を立ち、三姉妹の後姿が見えなくなった後も、いつまでも見送っていた。
「いないと寂しいでしょう」
ルヌーラの声で我に返り、室内へ戻ってきた。人界の様子に目をやると、レグナエラはソルペデスの奮闘で、ネオリア軍の侵入を防いでいた。しかし、決定的な勝利には至っていない。
「いるだけで癒される存在というのは、あるものなのだなあ」
「肝心なことには役に立たないけれど」
アエグロートは肉が被さった瞼を、重たげにしょぼしょぼ動かした。
「妬いているのかね」
「事実を述べているだけです」
ルヌーラはあくまでも冷たい口調である。腕組をして、人界の動きを睨みつけるように観察している。イナイゴスからマエナの一隊が応援に駆けつけ、レグナエラ陣営はますます士気が高まっていた。
「あの門を開くことはできないのかしら。このままでは、ソルペデスの力が尽きるのも時間の問題だわ」
「近頃、ソルマヌスが神精霊の言う事を聞かぬのだ。いくらお告げで助言をしても、効果が得られぬ。もう人間としては、相当な高齢だからな。聞こえていないのかも知れぬ」
たぷたぷとした余り肉を自分で揉み解しながら、アエグロートが愚痴を零す。病の神もこの仕事に倦んできたようである。
その様子を横目で睨みながら、ルヌーラは部屋の中を歩き回った。すらりとした肢体が衣服の下から見え隠れする。
病の神は自分の柔らかい肉に夢中で、月の神の方を見ようともしなかった。
「要するに、日の御子の王冠を保持できれば、勝負には勝てるのよね」
アエグロートの反応は素早かった。さっと頭を持ち上げ、ぐるりと角度を変えてルヌーラの姿を捉えた。肉に埋もれて、やはり首の動きは見えない。
「レグナエラを見捨てるのか。あの黄色い人間達の国にでも、援軍を頼めばよいではないか」
「互いに存在を知らないのに、どうして援軍を頼めるの? 仮に援軍を派遣させても、如何せん遠過ぎるわ。とても間に合わない。それに勝負の条件は、国が戦争に勝利することではないわ」
「では、どうするのだ」
「まず、ソルマヌスを病気にしなさい」
ルヌーラはあっさりと言ってのけた。アエグロートはうっすらと笑みを浮かべた月の神を見て、ぶるっと身を震わせた。山のような肉が、一斉に律動した。
勢い込んでナウィゴールの元を訪れたルスティケは、結局ピスカトールとの新婚生活の惚気話を散々聞かされて帰ってきた。
ネオリア軍が使うべき船が焼かれてしまったので、海戦を行う余地がなく、航海の神の出番がなかったせいもある。自分の宮に戻ると、狩猟の神であるウェナトリスが、相変わらず部屋に陣取って人界の動きを観察していた。
「まだいたの」
「おや、ご挨拶だな。貴公のために奮闘しているのに。優しい慰めの言葉ぐらいかけてくれてもよいではないか」
狩猟の神はルスティケの不機嫌には一向お構いなく、勝手に神精霊に用意させたと思しき飲み物を味わっている。もう一つ用意された空の杯も満たし、自然な手付きで不機嫌な農業の神に差し出した。
「私から頼んだ訳ではないわ」
つい杯を受け取ってしまってから、しまったという顔付きになったルスティケは、ウェナトリスが知らぬ顔を決め込んでいるのを見て、渋々飲み物を口にした。
すると落ち着きを取り戻したのか、表情を和らげると、狩猟の神からやや離れた椅子に腰掛けた。
壁面に映し出された人界の様子を眺める。人界ではウェナトリスの言った通り、ネオリア軍が首都レグナエラを取り囲んで奮闘していた。しかし、城塞都市レグナエラの壁は高く、厚い。
更に、壁の前には猛将の指揮するレグナエラ軍が立ちはだかっている。
「これ以上攻めようがないわね。雨季に入れば、またアエグロートに病気をばら撒かれてしまうわ」
すっかり落ち着いた様子で、ルスティケはウェナトリスに普通に話しかけた。ウェナトリスも、相手の変化を気に掛ける様子はない。普通に言葉を返す。
「ここまで来たら、ネオリアはレグナエラが外へ出られないように囲んでいるだけで充分さ。病の神の動きは気懸かりだが、その都度対策を立てるより他ないね。ナウィゴール殿よりも、私の方がよほど役に立つだろう。下手な友情よりも、愛情だよ」
ルスティケの眉が上がった。黙って席を立ち、自分の杯に飲み物を注いで一気に飲み干した。音を立てて杯を卓に置き、今度は狩猟の神からずっと離れた椅子に腰掛けた。
「おいおい、そんなに怒らなくてもいいだろう」
「この間までナウィゴールを追い掛け回していたのに、よく言うわ。おまけに、ピスカトールとも仲良くできるなんて、あなたの友情はよほど薄いのね」
ウェナトリスは、人界の様子をちらりと確認してから、椅子ごと向きを変えた。いつになく、真面目な顔付きをしている。
「貴公は信じないだろうが、ナウィゴール殿を追い回したのは、ピスカトール殿に目を向けさせるためさ。どう考えても、狩猟の神より漁業の神の方が、航海の神にはふさわしいではないか。愛する神に誤解されてまで、友のために尽くす。これでも私の友情は薄いのかい?」
最後の方では、元のおちゃらけた口調に戻っていたが、その時ルスティケは狩猟の神に焦点を合わせていなかった。ウェナトリスが視線を追うと、壁に映し出される人界の様子に目が吸い寄せられた。
「メリディオンが来たか」
「面を上げよ」
死の神は頭を持ち上げ、天帝に顔を見せた。
天帝は、細身の金と銀の鎖を絡ませた白い腕、虚無の深淵を思わせる瞳は常に変わらず、全身を覆う豊かな頭髪も黄金色に輝いていた。ご機嫌が麗しくなければ、髪の色も変化する。死の神はこの状態をどのように捉えたのか、緊張を解かなかった。
「話は聞いている」
天帝は穏やかに切り出した。死の神は跪き、頭を持ち上げた不安定な姿勢のまま、身じろぎもしない。細い金属同士が触れ合うような、しゃらしゃらとした音が起こった。天帝が腕を動かしたのである。
「一つの形をとるというのは、不便なことよ、のう。形にとらわれ、全ての事象を瞬時に把握できぬことがある。メミニは予備の記憶として重宝したのだが」
「申し訳ございません」
死の神が漸く口を利いた。同時に頭を下げた。また、しゃらしゃらと鎖が鳴る。
「なに、必要なればまた造るまで。それより、面を上げよ」
再び顔を上げた死の神は、表情を強張らせていた。天帝の外見は変わらない。
整った唇の両端を上げ、怒るどころか、むしろ楽しげにさえ見えた。
「ふむ、この顔が、な。セルウァトレクスには時折驚かされる。子を宿した汝が羨ましいぞ」
三度起こったしゃらしゃらという音とともに、天帝の白い腕が死の神へ伸びる。
真っ直ぐ伸ばされた腕に、金銀の細鎖が蔦のように絡まって優美な曲線を形作った。
ほっそりとした指が、強張った顔の死の神を指す。手首を返し、掌を仰向けにする。指が滑らかに内側へ折り曲げられる。
一連の舞踏のような動きにつれ、死の神の顔に苦悶の表情が現れた。苦痛に耐えかねたのか、死の神は姿勢を崩し、上体を仰けに反らす。
その体から、光に包まれた小さな物体が分離した。
繰り返し曲げ伸ばされる天帝の指先へ向かい、するすると空中を移動する。遂に掌の上に辿りついた物体は、天帝の腕の動きに合わせ、形のよい口中へと自ら消えていった。
「貰うぞ。子を産むのも面白かろう。しかもセルウァトレクスの一部を有しておる。対面が楽しみだ」
腹部に手を当て、どうにか跪く恰好を保ちながら瞠目する死の神に、天帝はほがらかな声で宣言した。ふと表情を改める。急に、虚無を映し出すような瞳が存在感を増した。
「だが、セルウァトレクスは天界の礎となるべき存在。汝にばかりかまけることは許されぬ。心得ておくがよい」
「はい」
しゃらん、という音がした。天帝が白い腕を急に前へ突き出したのである。死の神が強風に煽られたように、ふらりとぐらついた。
「そもそも、抜き身の剣など提げておるから、このような事も起きる。メミニの件については、近々我が始末をつける。それまでは動かずともよい」
「はい」
天帝の全身から眩い光が放たれた。死の神は光に目を射られたように、面を伏せた。下を向いてもなお、徐々に強まる光から逃れることは難しかった。
反比例して、芳香は徐々に薄れていく。唐突に、光が消えた。
死の神はゆっくりと顔を上げた。玉座は空であった。死の神は闇色のマントを頭の上まで引き上げようとして、手を止めた。
顔を撫で、広間を素早く見回した。だだっ広い空間にある調度品らしきものといえば、天帝の玉座ぐらいである。誰が隠れる隙間もない。死の神はマントを深く被り、脇に置いてあった剣に手を伸ばしかけ、またも手を止めた。
抜き身であった剣は、鞘に収まっていた。全体が鳥と葡萄の意匠の透かし彫りで、銀製だった。色を揃えた宝玉を、意匠に合わせ惜しげもなく嵌め込んである。
鞘の絢爛さに、白布を巻いただけの柄が、一層みずぼらしく見えた。
死の神は剣を持ち上げ、柄を掴んでそっと鞘から抜いてみた。幅広の剣は素直に鞘から出た。
「メミニさま、なかなか戻られないわ。ねえ、アステリス」
「そうね、姉さま。デリムさまは頑固そうだから、簡単にうんとは言わないのでしょう」
「メミニさまだけでなく、ステラたちもデリムさまの元へお話をしに行きましょうよ。大勢いた方が、理解してもらいやすいのではないかしら」
「それがいいわ」
星の神々の会話に割り込んだのは、月の神ルヌーラであった。
三姉妹は会話の流れを乱され、少しばかり驚いたようであった。それも一瞬のことで、そうよそうよ、とはしゃぎながら、たちまち打ち揃って出かけて行った。
病の神、アエグロートの宮は、急に静かになった。病の神はわざわざ席を立ち、三姉妹の後姿が見えなくなった後も、いつまでも見送っていた。
「いないと寂しいでしょう」
ルヌーラの声で我に返り、室内へ戻ってきた。人界の様子に目をやると、レグナエラはソルペデスの奮闘で、ネオリア軍の侵入を防いでいた。しかし、決定的な勝利には至っていない。
「いるだけで癒される存在というのは、あるものなのだなあ」
「肝心なことには役に立たないけれど」
アエグロートは肉が被さった瞼を、重たげにしょぼしょぼ動かした。
「妬いているのかね」
「事実を述べているだけです」
ルヌーラはあくまでも冷たい口調である。腕組をして、人界の動きを睨みつけるように観察している。イナイゴスからマエナの一隊が応援に駆けつけ、レグナエラ陣営はますます士気が高まっていた。
「あの門を開くことはできないのかしら。このままでは、ソルペデスの力が尽きるのも時間の問題だわ」
「近頃、ソルマヌスが神精霊の言う事を聞かぬのだ。いくらお告げで助言をしても、効果が得られぬ。もう人間としては、相当な高齢だからな。聞こえていないのかも知れぬ」
たぷたぷとした余り肉を自分で揉み解しながら、アエグロートが愚痴を零す。病の神もこの仕事に倦んできたようである。
その様子を横目で睨みながら、ルヌーラは部屋の中を歩き回った。すらりとした肢体が衣服の下から見え隠れする。
病の神は自分の柔らかい肉に夢中で、月の神の方を見ようともしなかった。
「要するに、日の御子の王冠を保持できれば、勝負には勝てるのよね」
アエグロートの反応は素早かった。さっと頭を持ち上げ、ぐるりと角度を変えてルヌーラの姿を捉えた。肉に埋もれて、やはり首の動きは見えない。
「レグナエラを見捨てるのか。あの黄色い人間達の国にでも、援軍を頼めばよいではないか」
「互いに存在を知らないのに、どうして援軍を頼めるの? 仮に援軍を派遣させても、如何せん遠過ぎるわ。とても間に合わない。それに勝負の条件は、国が戦争に勝利することではないわ」
「では、どうするのだ」
「まず、ソルマヌスを病気にしなさい」
ルヌーラはあっさりと言ってのけた。アエグロートはうっすらと笑みを浮かべた月の神を見て、ぶるっと身を震わせた。山のような肉が、一斉に律動した。
勢い込んでナウィゴールの元を訪れたルスティケは、結局ピスカトールとの新婚生活の惚気話を散々聞かされて帰ってきた。
ネオリア軍が使うべき船が焼かれてしまったので、海戦を行う余地がなく、航海の神の出番がなかったせいもある。自分の宮に戻ると、狩猟の神であるウェナトリスが、相変わらず部屋に陣取って人界の動きを観察していた。
「まだいたの」
「おや、ご挨拶だな。貴公のために奮闘しているのに。優しい慰めの言葉ぐらいかけてくれてもよいではないか」
狩猟の神はルスティケの不機嫌には一向お構いなく、勝手に神精霊に用意させたと思しき飲み物を味わっている。もう一つ用意された空の杯も満たし、自然な手付きで不機嫌な農業の神に差し出した。
「私から頼んだ訳ではないわ」
つい杯を受け取ってしまってから、しまったという顔付きになったルスティケは、ウェナトリスが知らぬ顔を決め込んでいるのを見て、渋々飲み物を口にした。
すると落ち着きを取り戻したのか、表情を和らげると、狩猟の神からやや離れた椅子に腰掛けた。
壁面に映し出された人界の様子を眺める。人界ではウェナトリスの言った通り、ネオリア軍が首都レグナエラを取り囲んで奮闘していた。しかし、城塞都市レグナエラの壁は高く、厚い。
更に、壁の前には猛将の指揮するレグナエラ軍が立ちはだかっている。
「これ以上攻めようがないわね。雨季に入れば、またアエグロートに病気をばら撒かれてしまうわ」
すっかり落ち着いた様子で、ルスティケはウェナトリスに普通に話しかけた。ウェナトリスも、相手の変化を気に掛ける様子はない。普通に言葉を返す。
「ここまで来たら、ネオリアはレグナエラが外へ出られないように囲んでいるだけで充分さ。病の神の動きは気懸かりだが、その都度対策を立てるより他ないね。ナウィゴール殿よりも、私の方がよほど役に立つだろう。下手な友情よりも、愛情だよ」
ルスティケの眉が上がった。黙って席を立ち、自分の杯に飲み物を注いで一気に飲み干した。音を立てて杯を卓に置き、今度は狩猟の神からずっと離れた椅子に腰掛けた。
「おいおい、そんなに怒らなくてもいいだろう」
「この間までナウィゴールを追い掛け回していたのに、よく言うわ。おまけに、ピスカトールとも仲良くできるなんて、あなたの友情はよほど薄いのね」
ウェナトリスは、人界の様子をちらりと確認してから、椅子ごと向きを変えた。いつになく、真面目な顔付きをしている。
「貴公は信じないだろうが、ナウィゴール殿を追い回したのは、ピスカトール殿に目を向けさせるためさ。どう考えても、狩猟の神より漁業の神の方が、航海の神にはふさわしいではないか。愛する神に誤解されてまで、友のために尽くす。これでも私の友情は薄いのかい?」
最後の方では、元のおちゃらけた口調に戻っていたが、その時ルスティケは狩猟の神に焦点を合わせていなかった。ウェナトリスが視線を追うと、壁に映し出される人界の様子に目が吸い寄せられた。
「メリディオンが来たか」
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