神殺しの剣

在江

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第二部 序 章 神々の集い

2 デリムのくじ引き

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 三柱の女神が一斉に身を固くした。イウィディアは口に手を当て、辺りを憚るように小声で尋ねた。
 
 「何故死の神などをお探しなのです?」
 「今回の婚礼に参加した神々を記憶しておこうと思うただけじゃ。用はない」
 「おめでたい席だから、遠慮したのではないですか。アエグロートも見かけないし」

 ルヌーラが冷たく言い放った。さすがに声量は落している。メミニは納得したように何度も頷いた。

 「そうじゃ。病の神も見かけない。なるほど、ありがとう」

 記憶の神はそろそろと天帝の玉座の方角へ去った。背中を見送っていたルヌーラは、待ちかねたように、二柱の女神に言った。

 「では、レグナエラ王国にある、日の御子が被られた王冠を手に入れた者が、一番優れているのね」
 「でも、人界に神が直接介入するのは、禁じられていますわ」

 ルスティケが遠慮がちに指摘した。他の女神たちははっとしたが、それも僅かな間に過ぎなかった。

 「人間達に取らせましょう。レグナエラ王国に使者を差し向けるよう伝えるの。例えば、東国のネオリアや南国のメリディオンなら、レグナエラも無下にはできなくてよ」
 「代々の秘宝をそう易々と他国へ渡すものですか。レグナエラの宝はレグナエラの人間が一番手に入れ易いわ」
 「それでは勝負にならないですわ」

 得意げに考えを披露したイウィディアの鼻をへし折るように、ルヌーラがぴしりと決めつけたものの、ルスティケに肝心なところを指摘されて、言葉に詰まった。農業の神は月の神の様子には気付かぬ風で、のんびりと言葉を継いだ。

 「籤引きをして、それぞれの国を支援してはどうかしら。今イウィディアが挙げたネオリアとメリディオンは、丁度レグナエラと隣り合わせで国力も大体同じ程度だから、この三国のどれに誰がつくか決めましょう」
 「よろしくてよ」
 「いいわ。籤はどうするの?」

 ルスティケの提案に、二柱の女神は賛意を示し、籤引きをするのに必要な神を求めて広間を見渡した。イウィディアは、美しい女神たちに惹かれつつ、三柱の間に異様な雰囲気を感じ取って近付けずにいる一団を見つけて早速注意を引こうとしたが、ルヌーラが素早く止めた。

 「だめよ、あなたの崇拝者に作らせたら、あなたの思う壺ですからね。誰が適任かしら。そうだわ、デリムがいいわ。元人間のせいか、私たちに色目を使わないもの」
 「武芸の神なら、公平ですわ」

 ルスティケが一も二もなく賛成した。

 「でもあの方、その昔レグナエラの王と手を組んで怪物退治をしたのでしょう。レグナエラの味方だから不公平にならなくて?」

 イウィディアは不満そうに口を尖らせたが、ルヌーラは意に介さなかった。

 「私たちのうちの誰かの味方でなければいいのよ、籤を作るだけなのだから。その先のことは別問題」

 武芸の神は、新郎新婦に挨拶し終わったところで月の神に捕まえられ、訳も判らずに愛の神と農業の神が待ち構えているところへ連れて来られた。途中、女神たちに気のある神々から羨望と好奇心も入り混じった刺々しい視線を浴びたが、月の神がしっかりと腕を掴んでいたので、言い訳する暇も与えられなかった。

 「籤を作るのですか、レグナエラとネオリアと、メリディオンの。どうしてまた?」

 デリムは美しい女神たちに囲まれて、壮年ながら無駄なく鍛え上げられた体を持て余したように、銀髪で覆われた頭を低くし、小声で尋ねた。
 小麦色の肌に嵌め込まれている澄みきった薄青の目は、鋭く三柱の女神を観察している。その冴え冴えとした瞳の前では、愛の神の豊満な肢体も、農業の神のたおやかさも、月の神が持つ少年のような瑞々しい美しさも通用しないようであった。

 「日の御子がレグナエラに遺した王冠を手に入れる勝負をするのに、誰がどの国を応援するのか決める必要があるの」

 イウィディアもルスティケも黙っているので、ルヌーラが仕方なさそうに説明した。
 デリムは何とも言わずに手近な卓に飾ってあった花を引き抜き、白い手巾を取り出すと、花茎で縦線を引き始めた。線を引いた跡には、くっきりと青い線が浮き出した。縦線を三本引き、間に横線をいくつか引いて、手で隠しながら縦線の終わりにそれぞれ印をつけ、顔を上げた。

 「どうぞ。一つずつ線の端を選んでください。線を辿り、行き着いた先がそれぞれのお力添え先となります」

 女神たちは互いに顔を見合わせた。

 「私は最後にあるものを取りますわ」

 ルスティケが言うと、イウィディアとルヌーラは一瞬睨み合った。

 「いいわ。デリムを推したのは私だから、あなた先に選んだら」
 「ありがとう」

 愛の神は身をくねらせて暫し悩んだ末に、真ん中の線を選んだ。次に月の神が選び、最後に残った線は農業の神が取ることになった。デリムは女神たちが選び終わると、手を上げて、隠していた部分を明らかにした。

 「イウィディア殿はメリディオン、ルヌーラ殿はレグナエラ、ルスティケ殿はネオリアとなりました。では、これにて失礼」

 武芸の神は花を戻すと、手巾を仕舞ってさっさと女神たちから離れた。鍛え上げられた背中を見送りながら愛の神が言う。

 「本当に色目を使わなくてよ。男神の方が好きなのかしら」
 「さあ、そういう噂も聞かないわね。あの人間の英雄が忘れられないのではないかしら。ほら、人間たちがよく歌っている『エウドクシス』。数百年前の話よね。あの人間は、もう死んだのかしら」
 「その話はどうでもいいけど、とにかくこれで決まりね。私、そろそろお暇するわ」

 ルヌーラがいそいそと帰り支度を始めたので、他の二柱も慌てて追従した。

 「抜け駆けさせなくてよ」
 「油断ならないわね、ルヌーラは」

 他の神々もあらかた新婚夫婦に対する挨拶を終えて、既に宮殿を退出している者もあった。天帝はいつの間にか玉座を去っており、日の御子も姿を消していた。
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