34 / 71
第二部 序 章 神々の集い
2 デリムのくじ引き
しおりを挟む
三柱の女神が一斉に身を固くした。イウィディアは口に手を当て、辺りを憚るように小声で尋ねた。
「何故死の神などをお探しなのです?」
「今回の婚礼に参加した神々を記憶しておこうと思うただけじゃ。用はない」
「おめでたい席だから、遠慮したのではないですか。アエグロートも見かけないし」
ルヌーラが冷たく言い放った。さすがに声量は落している。メミニは納得したように何度も頷いた。
「そうじゃ。病の神も見かけない。なるほど、ありがとう」
記憶の神はそろそろと天帝の玉座の方角へ去った。背中を見送っていたルヌーラは、待ちかねたように、二柱の女神に言った。
「では、レグナエラ王国にある、日の御子が被られた王冠を手に入れた者が、一番優れているのね」
「でも、人界に神が直接介入するのは、禁じられていますわ」
ルスティケが遠慮がちに指摘した。他の女神たちははっとしたが、それも僅かな間に過ぎなかった。
「人間達に取らせましょう。レグナエラ王国に使者を差し向けるよう伝えるの。例えば、東国のネオリアや南国のメリディオンなら、レグナエラも無下にはできなくてよ」
「代々の秘宝をそう易々と他国へ渡すものですか。レグナエラの宝はレグナエラの人間が一番手に入れ易いわ」
「それでは勝負にならないですわ」
得意げに考えを披露したイウィディアの鼻をへし折るように、ルヌーラがぴしりと決めつけたものの、ルスティケに肝心なところを指摘されて、言葉に詰まった。農業の神は月の神の様子には気付かぬ風で、のんびりと言葉を継いだ。
「籤引きをして、それぞれの国を支援してはどうかしら。今イウィディアが挙げたネオリアとメリディオンは、丁度レグナエラと隣り合わせで国力も大体同じ程度だから、この三国のどれに誰がつくか決めましょう」
「よろしくてよ」
「いいわ。籤はどうするの?」
ルスティケの提案に、二柱の女神は賛意を示し、籤引きをするのに必要な神を求めて広間を見渡した。イウィディアは、美しい女神たちに惹かれつつ、三柱の間に異様な雰囲気を感じ取って近付けずにいる一団を見つけて早速注意を引こうとしたが、ルヌーラが素早く止めた。
「だめよ、あなたの崇拝者に作らせたら、あなたの思う壺ですからね。誰が適任かしら。そうだわ、デリムがいいわ。元人間のせいか、私たちに色目を使わないもの」
「武芸の神なら、公平ですわ」
ルスティケが一も二もなく賛成した。
「でもあの方、その昔レグナエラの王と手を組んで怪物退治をしたのでしょう。レグナエラの味方だから不公平にならなくて?」
イウィディアは不満そうに口を尖らせたが、ルヌーラは意に介さなかった。
「私たちのうちの誰かの味方でなければいいのよ、籤を作るだけなのだから。その先のことは別問題」
武芸の神は、新郎新婦に挨拶し終わったところで月の神に捕まえられ、訳も判らずに愛の神と農業の神が待ち構えているところへ連れて来られた。途中、女神たちに気のある神々から羨望と好奇心も入り混じった刺々しい視線を浴びたが、月の神がしっかりと腕を掴んでいたので、言い訳する暇も与えられなかった。
「籤を作るのですか、レグナエラとネオリアと、メリディオンの。どうしてまた?」
デリムは美しい女神たちに囲まれて、壮年ながら無駄なく鍛え上げられた体を持て余したように、銀髪で覆われた頭を低くし、小声で尋ねた。
小麦色の肌に嵌め込まれている澄みきった薄青の目は、鋭く三柱の女神を観察している。その冴え冴えとした瞳の前では、愛の神の豊満な肢体も、農業の神のたおやかさも、月の神が持つ少年のような瑞々しい美しさも通用しないようであった。
「日の御子がレグナエラに遺した王冠を手に入れる勝負をするのに、誰がどの国を応援するのか決める必要があるの」
イウィディアもルスティケも黙っているので、ルヌーラが仕方なさそうに説明した。
デリムは何とも言わずに手近な卓に飾ってあった花を引き抜き、白い手巾を取り出すと、花茎で縦線を引き始めた。線を引いた跡には、くっきりと青い線が浮き出した。縦線を三本引き、間に横線をいくつか引いて、手で隠しながら縦線の終わりにそれぞれ印をつけ、顔を上げた。
「どうぞ。一つずつ線の端を選んでください。線を辿り、行き着いた先がそれぞれのお力添え先となります」
女神たちは互いに顔を見合わせた。
「私は最後にあるものを取りますわ」
ルスティケが言うと、イウィディアとルヌーラは一瞬睨み合った。
「いいわ。デリムを推したのは私だから、あなた先に選んだら」
「ありがとう」
愛の神は身をくねらせて暫し悩んだ末に、真ん中の線を選んだ。次に月の神が選び、最後に残った線は農業の神が取ることになった。デリムは女神たちが選び終わると、手を上げて、隠していた部分を明らかにした。
「イウィディア殿はメリディオン、ルヌーラ殿はレグナエラ、ルスティケ殿はネオリアとなりました。では、これにて失礼」
武芸の神は花を戻すと、手巾を仕舞ってさっさと女神たちから離れた。鍛え上げられた背中を見送りながら愛の神が言う。
「本当に色目を使わなくてよ。男神の方が好きなのかしら」
「さあ、そういう噂も聞かないわね。あの人間の英雄が忘れられないのではないかしら。ほら、人間たちがよく歌っている『エウドクシス』。数百年前の話よね。あの人間は、もう死んだのかしら」
「その話はどうでもいいけど、とにかくこれで決まりね。私、そろそろお暇するわ」
ルヌーラがいそいそと帰り支度を始めたので、他の二柱も慌てて追従した。
「抜け駆けさせなくてよ」
「油断ならないわね、ルヌーラは」
他の神々もあらかた新婚夫婦に対する挨拶を終えて、既に宮殿を退出している者もあった。天帝はいつの間にか玉座を去っており、日の御子も姿を消していた。
「何故死の神などをお探しなのです?」
「今回の婚礼に参加した神々を記憶しておこうと思うただけじゃ。用はない」
「おめでたい席だから、遠慮したのではないですか。アエグロートも見かけないし」
ルヌーラが冷たく言い放った。さすがに声量は落している。メミニは納得したように何度も頷いた。
「そうじゃ。病の神も見かけない。なるほど、ありがとう」
記憶の神はそろそろと天帝の玉座の方角へ去った。背中を見送っていたルヌーラは、待ちかねたように、二柱の女神に言った。
「では、レグナエラ王国にある、日の御子が被られた王冠を手に入れた者が、一番優れているのね」
「でも、人界に神が直接介入するのは、禁じられていますわ」
ルスティケが遠慮がちに指摘した。他の女神たちははっとしたが、それも僅かな間に過ぎなかった。
「人間達に取らせましょう。レグナエラ王国に使者を差し向けるよう伝えるの。例えば、東国のネオリアや南国のメリディオンなら、レグナエラも無下にはできなくてよ」
「代々の秘宝をそう易々と他国へ渡すものですか。レグナエラの宝はレグナエラの人間が一番手に入れ易いわ」
「それでは勝負にならないですわ」
得意げに考えを披露したイウィディアの鼻をへし折るように、ルヌーラがぴしりと決めつけたものの、ルスティケに肝心なところを指摘されて、言葉に詰まった。農業の神は月の神の様子には気付かぬ風で、のんびりと言葉を継いだ。
「籤引きをして、それぞれの国を支援してはどうかしら。今イウィディアが挙げたネオリアとメリディオンは、丁度レグナエラと隣り合わせで国力も大体同じ程度だから、この三国のどれに誰がつくか決めましょう」
「よろしくてよ」
「いいわ。籤はどうするの?」
ルスティケの提案に、二柱の女神は賛意を示し、籤引きをするのに必要な神を求めて広間を見渡した。イウィディアは、美しい女神たちに惹かれつつ、三柱の間に異様な雰囲気を感じ取って近付けずにいる一団を見つけて早速注意を引こうとしたが、ルヌーラが素早く止めた。
「だめよ、あなたの崇拝者に作らせたら、あなたの思う壺ですからね。誰が適任かしら。そうだわ、デリムがいいわ。元人間のせいか、私たちに色目を使わないもの」
「武芸の神なら、公平ですわ」
ルスティケが一も二もなく賛成した。
「でもあの方、その昔レグナエラの王と手を組んで怪物退治をしたのでしょう。レグナエラの味方だから不公平にならなくて?」
イウィディアは不満そうに口を尖らせたが、ルヌーラは意に介さなかった。
「私たちのうちの誰かの味方でなければいいのよ、籤を作るだけなのだから。その先のことは別問題」
武芸の神は、新郎新婦に挨拶し終わったところで月の神に捕まえられ、訳も判らずに愛の神と農業の神が待ち構えているところへ連れて来られた。途中、女神たちに気のある神々から羨望と好奇心も入り混じった刺々しい視線を浴びたが、月の神がしっかりと腕を掴んでいたので、言い訳する暇も与えられなかった。
「籤を作るのですか、レグナエラとネオリアと、メリディオンの。どうしてまた?」
デリムは美しい女神たちに囲まれて、壮年ながら無駄なく鍛え上げられた体を持て余したように、銀髪で覆われた頭を低くし、小声で尋ねた。
小麦色の肌に嵌め込まれている澄みきった薄青の目は、鋭く三柱の女神を観察している。その冴え冴えとした瞳の前では、愛の神の豊満な肢体も、農業の神のたおやかさも、月の神が持つ少年のような瑞々しい美しさも通用しないようであった。
「日の御子がレグナエラに遺した王冠を手に入れる勝負をするのに、誰がどの国を応援するのか決める必要があるの」
イウィディアもルスティケも黙っているので、ルヌーラが仕方なさそうに説明した。
デリムは何とも言わずに手近な卓に飾ってあった花を引き抜き、白い手巾を取り出すと、花茎で縦線を引き始めた。線を引いた跡には、くっきりと青い線が浮き出した。縦線を三本引き、間に横線をいくつか引いて、手で隠しながら縦線の終わりにそれぞれ印をつけ、顔を上げた。
「どうぞ。一つずつ線の端を選んでください。線を辿り、行き着いた先がそれぞれのお力添え先となります」
女神たちは互いに顔を見合わせた。
「私は最後にあるものを取りますわ」
ルスティケが言うと、イウィディアとルヌーラは一瞬睨み合った。
「いいわ。デリムを推したのは私だから、あなた先に選んだら」
「ありがとう」
愛の神は身をくねらせて暫し悩んだ末に、真ん中の線を選んだ。次に月の神が選び、最後に残った線は農業の神が取ることになった。デリムは女神たちが選び終わると、手を上げて、隠していた部分を明らかにした。
「イウィディア殿はメリディオン、ルヌーラ殿はレグナエラ、ルスティケ殿はネオリアとなりました。では、これにて失礼」
武芸の神は花を戻すと、手巾を仕舞ってさっさと女神たちから離れた。鍛え上げられた背中を見送りながら愛の神が言う。
「本当に色目を使わなくてよ。男神の方が好きなのかしら」
「さあ、そういう噂も聞かないわね。あの人間の英雄が忘れられないのではないかしら。ほら、人間たちがよく歌っている『エウドクシス』。数百年前の話よね。あの人間は、もう死んだのかしら」
「その話はどうでもいいけど、とにかくこれで決まりね。私、そろそろお暇するわ」
ルヌーラがいそいそと帰り支度を始めたので、他の二柱も慌てて追従した。
「抜け駆けさせなくてよ」
「油断ならないわね、ルヌーラは」
他の神々もあらかた新婚夫婦に対する挨拶を終えて、既に宮殿を退出している者もあった。天帝はいつの間にか玉座を去っており、日の御子も姿を消していた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

ここは貴方の国ではありませんよ
水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。
厄介ごとが多いですね。
裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。
※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草
ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)
10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。
親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。
同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……──
※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました!
※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる