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第一部 終 章 エウドクシスの開眼
新生レグナエラ
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神々が人々の間から去り
世界は三つになった
濃厚な香りが、部屋の中に立ち込めている。ある種の鹿から取れる、貴重な品だ。
寝台には肌触りのよい布が敷き詰められ、部屋のあちこちに美しい彫像が飾られている。
多くは大理石だが、青銅や黄金で作られているものもあり、更に赤や緑の宝石を嵌め込んでいるものもある。
部屋の隅には小さな竪琴を抱えた楽師が居り、耳障りにならない程度の静かな楽曲を奏でている。寝台の傍らに女はいない。その気になれば、何人でも呼び出すことが出来る。
俺はソリス王の後を継いでレグナエラの王位についた。紆余曲折はあったが、日の御子から授かった神精霊の神託を受けられる能力が役に立った。
王位につき、王国の概要を把握すると、すぐにシュラボス島を攻めた。
密かに人を使って調べさせたところ、親父は既に死んでいて、イニティカの息子が後を継いでいたので、心置きなく攻め込んだ。
イニティカも腹違いの弟達も、レグナエラ王が俺と知らないまま死んだ。知らせてやりたかったが、俺の出自が周囲に明らかにされるのは得策でなかったので、仕方なかった。
政務を見るのは大変だった。レグナエラの領土はシュラボス島とは比較にならない程広く、土地によって気候が異なるように統治の方法にもそれぞれ違いがあった。
先王ソリス王が地ならしをしておいてくれた御蔭で、俺はただ機能を維持すればいいだけなのに、それでも大変だった。
ともすれば人間は怠け易く、楽な方に流れる上に、政情が安定して都市が発展するにつれて刻々と人々の生活状況が変化すると、変化に合わせた対応を迫られるからである。
もともと俺が王位を望んだのは、イニティカと弟達に復讐するためだったから、シュラボス島を完全に配下に治めると、俺は段々王でいるのが面倒臭くなった。
妃は娶らなかったが愛妾は大勢いるので、子供達もいちいち名前を覚えきれないほどもうけた。
初めの頃に生まれた子は、既に俺より老けて見える者もおり、中には将来この国を背負って立てるような才覚を現している者もある。
俺がいつまでも若い外見を保っているので誰も正面切っては言わないものの、普通の人間の尺度で考えれば、とっくの昔に隠棲してもよいだけの年月が過ぎていた。
隠退しないのは、暇を持て余すのが判っていたからである。
何度か暗殺されかかったせいもあって、俺の不死性は王宮の内部には知れ渡っていた。死ぬ予定がないのに隠退しても仕方ない。
ソリス王のように攫ってくれる人でもあればいいが、デリムも日の御子も一度も顔を見せてくれなかった。とても期待できそうにない。いっそ自分で消えようか。それから、どうする?
「お呼びでございましょうか」
部屋の隅にいた楽師が演奏を止めて、控え目に声を掛けた。俺は物思いを破られ、目が覚めたようになった。
「ああ、いや何でもない。そうだ、例の曲を弾いてくれ。煩くない程度にな」
「畏まりました」
楽師は元の位置へ戻り、演奏を再開した。要望に応じて、緩やかな曲調に編曲されている。王位に就いてから俺が手がけた最初の仕事だ。
“昔々 神々が人々の間に住まわれた頃、世界は二つしかなかった”
俺の出自を詮索される前に、功績を広める必要があった。
歌を作らせ、歌い手を領土にばら撒いた。もちろん、日の御子に釘を刺されたように、日の御子の御名とデリムの正体は明かしていない。
他にも俺に都合のいいように変えている部分もある。どのみち、吟遊詩人たちが歌いやすいように色々変えなければならなかったのだ。
“英雄が現れた、その名はエウドクシス”
俺は自分の名を歌われて、にやりとした。ゆったりとした調べに乗せ、楽師の歌は続く。俺は寝台に横たわり、王位の譲り方とその後の身の振り方、正確に言えば、行方のくらまし方を考えることにした。
第一部 終わり
付記 エウドクシスが作り、吟遊詩人に広めさせた歌
昔々 神々が人々の間に住まわれた頃
世界は二つしかなかった
この世とあの世
生けるものと死せるもの
日の御子は人々を愛し
顔を隠して王となる
御使いは人々を哀れみ
姿を隠して世をさ迷う
突然 怪物たちは現れた
我が物顔にどかどかと
家々も人々も踏み潰し
この世のものを食い尽くす
山は火を噴き地を揺すり
海は高波地を襲う
怪物たちの通りし跡は
草木一本残らない
王は倒れ人々は祈る
この大難から救い給え
神々も困惑した
自らを食むものに
英雄が現れた
その名はエウドクシス
怪物たちを切り倒し
人々の愁眉を開く
英雄が現れた
その名はデリム
怪物たちをなぎ倒し
人々の歓呼を浴びる
英雄たちの力を知り
怪物たちは考えた
仲間の仇を討つべしと
聖なる山を皆目指す
エウドクシスは神々に祈る
人々を助け給え
デリムも祈った
我を助け給え
冥王に祈り届き
倒れた王が蘇る
王は仮面を脱ぎ捨てて
日の御子の姿を現す
日の御子は彼らを助け給う
デリムも彼を助太刀す
エウドクシスは祈り
火風水地の霊を降ろす
聖なる御山のその麓
怪物たちは集結す
神々と英雄は
迎え撃つ
恐ろしい怪物たち
エウドクシスは切り倒す
悲鳴を上げる怪物たち
デリムは次々なぎ倒す
戦い破れて怪物たちは
岩と変じて滅び去る
デリムは神を選び
エウドクシスは人を選ぶ
天帝は聖なる山に天界を創り
デリムと神々を連れて去る
日の御子も去った
人々は残された
エウドクシスは残った
人々の地に残った
日の御子の跡を継いで
人々の王になった
神々が人々の間から去り
世界は三つになった
神々の世界と人々の世界
そして地下には死者の世界
神々と人々の間には
越えられない境ができた
世界は三つになった
濃厚な香りが、部屋の中に立ち込めている。ある種の鹿から取れる、貴重な品だ。
寝台には肌触りのよい布が敷き詰められ、部屋のあちこちに美しい彫像が飾られている。
多くは大理石だが、青銅や黄金で作られているものもあり、更に赤や緑の宝石を嵌め込んでいるものもある。
部屋の隅には小さな竪琴を抱えた楽師が居り、耳障りにならない程度の静かな楽曲を奏でている。寝台の傍らに女はいない。その気になれば、何人でも呼び出すことが出来る。
俺はソリス王の後を継いでレグナエラの王位についた。紆余曲折はあったが、日の御子から授かった神精霊の神託を受けられる能力が役に立った。
王位につき、王国の概要を把握すると、すぐにシュラボス島を攻めた。
密かに人を使って調べさせたところ、親父は既に死んでいて、イニティカの息子が後を継いでいたので、心置きなく攻め込んだ。
イニティカも腹違いの弟達も、レグナエラ王が俺と知らないまま死んだ。知らせてやりたかったが、俺の出自が周囲に明らかにされるのは得策でなかったので、仕方なかった。
政務を見るのは大変だった。レグナエラの領土はシュラボス島とは比較にならない程広く、土地によって気候が異なるように統治の方法にもそれぞれ違いがあった。
先王ソリス王が地ならしをしておいてくれた御蔭で、俺はただ機能を維持すればいいだけなのに、それでも大変だった。
ともすれば人間は怠け易く、楽な方に流れる上に、政情が安定して都市が発展するにつれて刻々と人々の生活状況が変化すると、変化に合わせた対応を迫られるからである。
もともと俺が王位を望んだのは、イニティカと弟達に復讐するためだったから、シュラボス島を完全に配下に治めると、俺は段々王でいるのが面倒臭くなった。
妃は娶らなかったが愛妾は大勢いるので、子供達もいちいち名前を覚えきれないほどもうけた。
初めの頃に生まれた子は、既に俺より老けて見える者もおり、中には将来この国を背負って立てるような才覚を現している者もある。
俺がいつまでも若い外見を保っているので誰も正面切っては言わないものの、普通の人間の尺度で考えれば、とっくの昔に隠棲してもよいだけの年月が過ぎていた。
隠退しないのは、暇を持て余すのが判っていたからである。
何度か暗殺されかかったせいもあって、俺の不死性は王宮の内部には知れ渡っていた。死ぬ予定がないのに隠退しても仕方ない。
ソリス王のように攫ってくれる人でもあればいいが、デリムも日の御子も一度も顔を見せてくれなかった。とても期待できそうにない。いっそ自分で消えようか。それから、どうする?
「お呼びでございましょうか」
部屋の隅にいた楽師が演奏を止めて、控え目に声を掛けた。俺は物思いを破られ、目が覚めたようになった。
「ああ、いや何でもない。そうだ、例の曲を弾いてくれ。煩くない程度にな」
「畏まりました」
楽師は元の位置へ戻り、演奏を再開した。要望に応じて、緩やかな曲調に編曲されている。王位に就いてから俺が手がけた最初の仕事だ。
“昔々 神々が人々の間に住まわれた頃、世界は二つしかなかった”
俺の出自を詮索される前に、功績を広める必要があった。
歌を作らせ、歌い手を領土にばら撒いた。もちろん、日の御子に釘を刺されたように、日の御子の御名とデリムの正体は明かしていない。
他にも俺に都合のいいように変えている部分もある。どのみち、吟遊詩人たちが歌いやすいように色々変えなければならなかったのだ。
“英雄が現れた、その名はエウドクシス”
俺は自分の名を歌われて、にやりとした。ゆったりとした調べに乗せ、楽師の歌は続く。俺は寝台に横たわり、王位の譲り方とその後の身の振り方、正確に言えば、行方のくらまし方を考えることにした。
第一部 終わり
付記 エウドクシスが作り、吟遊詩人に広めさせた歌
昔々 神々が人々の間に住まわれた頃
世界は二つしかなかった
この世とあの世
生けるものと死せるもの
日の御子は人々を愛し
顔を隠して王となる
御使いは人々を哀れみ
姿を隠して世をさ迷う
突然 怪物たちは現れた
我が物顔にどかどかと
家々も人々も踏み潰し
この世のものを食い尽くす
山は火を噴き地を揺すり
海は高波地を襲う
怪物たちの通りし跡は
草木一本残らない
王は倒れ人々は祈る
この大難から救い給え
神々も困惑した
自らを食むものに
英雄が現れた
その名はエウドクシス
怪物たちを切り倒し
人々の愁眉を開く
英雄が現れた
その名はデリム
怪物たちをなぎ倒し
人々の歓呼を浴びる
英雄たちの力を知り
怪物たちは考えた
仲間の仇を討つべしと
聖なる山を皆目指す
エウドクシスは神々に祈る
人々を助け給え
デリムも祈った
我を助け給え
冥王に祈り届き
倒れた王が蘇る
王は仮面を脱ぎ捨てて
日の御子の姿を現す
日の御子は彼らを助け給う
デリムも彼を助太刀す
エウドクシスは祈り
火風水地の霊を降ろす
聖なる御山のその麓
怪物たちは集結す
神々と英雄は
迎え撃つ
恐ろしい怪物たち
エウドクシスは切り倒す
悲鳴を上げる怪物たち
デリムは次々なぎ倒す
戦い破れて怪物たちは
岩と変じて滅び去る
デリムは神を選び
エウドクシスは人を選ぶ
天帝は聖なる山に天界を創り
デリムと神々を連れて去る
日の御子も去った
人々は残された
エウドクシスは残った
人々の地に残った
日の御子の跡を継いで
人々の王になった
神々が人々の間から去り
世界は三つになった
神々の世界と人々の世界
そして地下には死者の世界
神々と人々の間には
越えられない境ができた
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