神殺しの剣

在江

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第一部 第三章 エウドクシスの才幹

4 きらきらしく囮

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 場所が変わっても、料理は変わらずおいしかった。料理人を連れ歩いているのだろう。

 新鮮なマグロの脂身を炙ったのや、穴子のオレガノソースかけや、野兎の煮こみなど、山海の幸が盛り沢山だった。
 ここで俺は初めてデリムと一緒に食事をした。奴は酒しか飲まないのではないか、という密かな疑いが晴れた。奴は普通に食事をするように見えた。王の愛人だけに、上等な物しか食べないのかもしれなかった。

 食事の間中、黒い老人は、風火地水が不覚をとったのは神格があるからで、だから復活させる時には水時計みたいに機能だけを残すことにしたとか何とか、たわ言を熱心にソリス王に説明していた。

 デリムは老人の話が途切れるのを待って、勝手に王を城内から持ち出した事を詫びていた。
 尤も、食事のついでに謝るぐらいだ。心から反省しているとも思われない。王は、老人のくどい話にも、デリムの形だけの詫びにも寛容に応対した。

 「そろそろ後継に任せようと考えていたところゆえ、デリムが気にするには及ばぬ」

 食事が終わって食器が下げられると、黒い老人が話を切り出した。

 「そう言えば、先ほど、エウドクシスの体質について話をしていたようだが」

 俺は激しく頷いた。老人が来たので、話が途中になってしまっていたのだ。ソリス王がにこやかに説明した。

 「はい。彼は不死身になりました。人間の手になる如何なる武器も、彼を傷つけることはできません。火も水も地も風も、鳥も魚も獣も、彼を傷つけないでしょう。ただ死の神の手になる武器だけが、彼の命を奪うことができます。彼は自ら望まない限り、年を取ることもないでしょう。ただし、一度年を取れば、戻ることはできません」
 「エウドクシス、よく覚えておけ」

 俄かに信じられない話に、口を閉じるのも忘れた俺を、デリムが我に返らせた。

 「判ったよ」

 ちっとも判っちゃいないが、ともかく俺は返事をした。
 いくら王でも、今まで眠っていたのに、どうしてそこまで断言できるのか、不思議だった。その前に、王が俺を不死身に変えたという話が理解を超える。

 ただ、イニティカの手先に襲われた時、奴らの武器が俺に歯が立たなかったのに、俺は同じ武器で奴らを傷つけることが出来た説明はつく。
 不死身になったと急に言われても、これからどうして生きていけばいいのか、その辺りも曖昧だった。とにかく色々訳が判らない。

 「天の御方が我に告げられた」

 黒い老人が話を変えた。一斉に、ソリス王とデリムが俺を目で指し示して問いかける。言わんとするところは明らかだ。俺は腰を浮かした。

 「席を立つ必要はない」

 老人が言うので、また腰を下ろした。どうせ、聞いたって訳が判らないに違いない。テンノオンカタって誰だよ。そう言えば、デリムによると、この老人は冥王だそうだ。天の御方? そんな奴もいるのか。

 「これより北、イニオス川彼岸にある高山の山頂にて、天帝として顕現するゆえ、怪物を麓に集めよ、との意である」

 イニオス川など、聞いた事もない。ソリス王が問いかけた。

 「天帝として顕現されるというのは、我らに似た姿を取られるという意味でしょうか」
 「恐らくは。今後、神々を増やすご意向でもある」
 「なるほど、エウドクシスも神々の一員に加えよう、とお考えなのですね」

 デリムが俺を一瞥して、更に付け加えた。

 「それには世俗の栄華を諦めねばなりませぬが、この男に出来ますかどうか」
 「出来るさ」

 反射的に答えた。実のところ、老人の話はとうの昔に俺の想像を遥かに越えていて、何の話やらもうさっぱり見当もつかなかった。奴は俺の混乱を正確に見抜いた。

 「お前、話を理解していないだろう」
 「まあ、急いで決めることでもあるまい。エウドクシスはまず、知識を蓄えねばなるまい。後ほど、そなたが講義するとよい」

 黒い老人が奴に新たな仕事を与えたので、奴はうんざりと俺を細目で睨んだが、口答えはしなかった。ソリス王が奴を宥めるような手付きをしながら、話を元に戻した。

 「怪物を山麓に集めよとの仰せですが、如何様いかようにしておびき寄せればよいでしょうか」
 「うむ。あれらには学習能力がある。水神らの元に現れたのは、水神が呼び寄せたというよりも、先に火神らを食らい味を占めたためであろう。なれば、我らの手中にある四種の神器を囮にするのがよかろう」
 「では私は取り零しのないよう、各地を回りあれらを追い立てる役目を引き受けましょう。神器は囮になる者が身に付けた方がよいでしょう」

 黒い老人とソリス王、デリムの視線が俺に集まった。話半分で聞いていても、囮という不吉な言葉は聞き逃せなかった。俺は椅子ごと後じさりした。

 「まさか、お、俺が囮になるのかよ!」
 「よい勘働きをしておる。きちんと学べば、神々の一員に加えても遜色あるまい」

 老人が満足そうに言った。あんなに注目しておいて、勘も何もない。あくまでも惚けた爺である。


 一晩ぐっすり休んで目を覚ますと、新しい衣服と旅に必要な道具が一揃い用意されていた。いつ見ても顔色の悪い召使に案内され、一人で朝食を取り終えると、きちんと頭を結ったデリムが現れた。

 「もう出掛けるのか」
 「お前は歩くのが遅いからな」

 食器を下げた召使達が、手に手に色々捧げ持って戻ってきた。ひどく薄い、きらきらと白っぽく光る布で作ったマントと、炎模様の透かし彫りで飾られた黄金製の鞘に入った剣である。透かし彫りの隙間からは、橙・黄・白と目まぐるしく色を変える剣の輝きが漏れ出ていた。

 召使は剣とマントを捧げ持ったまま、それぞれ俺の前に進み出る。俺は気圧されてデリムに助けを求めた。

 「それをお前が身に帯びることで、囮になるのだ。ソリス王と私も一つずつ持つことにしたゆえ、それほど不公平ではあるまい」

 デリムは腰に提げた双槍を持ち上げてみせた。

 「最初から、お前が持っていた奴じゃねえか」
 「私がこれを持つことにしてもよいぞ。おお、この美しい光」

 奴は召使から剣を取り上げ、鞘から抜き放った。いつも月明かりに照らされているような屋敷の中が、昼間のように明るくなった。

 顔色の悪い召使達がさっと顔を背けた。抜き身の剣は、燃え盛る炎そのもののような強い輝きを放っていた。俺は召使からマントを奪い、羽織ってみた。羽毛のように軽く、手触りも心地よかった。

 「仕方ねえ、俺が持ってやるよ」
 「そうか」

 奴は多少残念そうに剣を鞘へ納め、俺の伸ばした手に載せた。意外にも、ひんやりとした感触が掌に伝わった。

 今回は、老人はソリス王の相手でもしているのか、見送りには出てこなかった。デリムの後について洞窟を出た途端、俺は思わず喚いた。

 「何だ、こりゃあ」

 辺り一面、小人だらけだった。地面から頭だけ出している奴らもいれば、草木の一本一本にも、空を飛び回っている奴らさえいた。それぞれ土や草や空の色をしていて、形も違う。足を踏み出すと、奴らは器用に俺の下敷きになるのを避けた。大量に発生したハエなどの虫が、俺に幻覚を見せているのだろうか。

 「デリム、こいつら何なんだよ」

 俺に構わず、さっさと先へ行こうとするデリムを呼び止めた。振り向くデリムの眼前を、空を飛ぶ奴らが笑いさざめきながら横切って行く。デリムは瞬き一つしない。奴には見えていないのか。

 「お前が、いつか見たいと希望していた精霊だ。それほど珍しがらずとも、大量にいる。急ぐぞ」

 慌てて俺はデリムを追った。マントのお陰か、棘棘した藪を通り抜けても、衣服は無事だ。
 精霊とやらは、奴の言う通り、どこまで進んでも目に付いた。
 遠くから俺を指差して笑っている奴らもいたが、大抵は俺の事など気にせず己のことにかまけている様子だった。

 そのくせ動きは素早く、俺に踏まれたり腕が当りそうになったりすると、するりと逃げて行くのであった。
 あんまり大量に見過ぎたので、段々俺も精霊とやらのいる風景に慣れて、目の前に精霊を見ながら頭の中では精霊のいない風景を描けるようになった。

 シュラボス島の王族はこいつらによって将来を見通すらしいが、まるきり役立たずとしか見えなかった。ともかく本当に精霊は存在していたのである。


 夥しい精霊の群れに気を取られて気付かなかったが、空はすっかり晴れていた。
 トリニ島の噴火が収まったのか、それとも噴煙がここまで届かなかっただけなのか。緑の葉っぱの間からは、やや灰色がかっているものの、青い空が透けて見えた。
 起伏のある雑木林を通り抜けると、不意に険しい山々が現れた。人々が通って自然にできたような細い道が伸びている。

 「あの山へ行くのか」
 「まだ先だ。プラエディコ山よりも北まで行かねばならぬ」

 デリムは歩みを弛めることなく、山道を登って行く。俺の心を象徴するような霧がかかる山腹を見て、気が遠くなりそうになった。


 険しい山越えをする間、怪物は一向に姿を現さなかった。霧の中を泳ぐような天気だったにもかかわらず、俺は全く寒さを感じなかった。上物のマント様々である。
 下り坂に差し掛かり、霧も晴れて余裕の出てきたところで、俺はすぐ前を行くデリムに話しかけた。

 「怪物は、俺達に恐れをなしたんじゃねえの。ちっとも出てこないな」

 奴は速度を変えない。上り坂でも下り坂でも、一定の速さで歩く。その速さが半端ではないのだ。
 俺も上り坂の時には追いつくのに苦労した。山間の道幅は狭く、二人並んでは歩けない。そもそも人っ子一人通らない。

 「あれらには指向性がある。大部分は、半島を抜け出て北進しているのだろう。残りをソリス王が追い立てているゆえ、私達と遭遇しないよう気をつけてくださっているのかもしれぬ」
 「すごいな」

 俺は素直に感心した。どうやって怪物を追い立てているのか想像もつかなかった。どうしても、羊飼いが羊を追い立てる図しか思い浮かばない。
 切り立った崖に沿って降りる道の遥か下方には、羊か山羊の群れが白く点々として見えていた。羊肉が食いたくなった。山羊でもいい。上品な兎肉もいいが、がっつり食べたい。

 「ここを降りたら、どの町が一番近いんだ? 凝ったソースはいらないから、焼肉食いたいな」
 「怪物の被害が大きくなるゆえ、町には立ち寄らない」

 「ええっ、そんなひどい話があるものか。じゃあ俺、仕事終わるまで肉食えないのかよ」

 俺は危うく道を踏み外しかけた。落ちれば崖をまっさかさまである。
 デリムは背を向けていて、俺の危機には気付かないようだった。
 奴も食料袋を貰ってはいたが、黒い爺の館以外では、葡萄酒を飲むところしか見た事がない。俺の方が早く寝ついて遅く起きるので、こっそり奴の荷物を調べる暇もなかった。
 そりゃあ、お前は肉を食わなくても平気だろうさ、と俺は内心毒づいた。

 「食べたければ、自分で調達すればよい。私は手伝わぬ」

 奴は言った。いいだろう、今夜寝る前に罠を仕掛けて、それから弓矢を作って明日から撃ちまくってやる。当面の目標ができたせいか、体に力が湧いてきた。弾みをつけて小走りに道を降り、少し離れていた奴との間を縮めたところで、奴がぴたりと足を止めた。

 「噂をすれば、影がさす」
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