神殺しの剣

在江

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第一部 第三章 エウドクシスの才幹

1 冥王の裁定

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 聖なる山の麓に
 怪物たちは集結す

 そこは暗闇であった。どこまでが天井なのか、壁なのか床なのか、そもそも地上の人間が住む家のような部屋の体をなしているのかすら、その場にいるものたちには判らなかった。ただ連れてこられただけである。

 「我らも死すべき存在なのだな、アウラエ」
 「死すとも変わらぬフラムの姿が嬉しい」

 火神と風神は寄り添い、小声で言葉を交わした。互いの姿は判別できても、足元すら覚束ない。一歩間違えば奈落の底に落ちてしまいそうな、深い闇が周囲を支配していた。闇はともすれば、互いの姿すら呑み込もうとするようで、神々は不安の表情を隠せなかった。

 「おお、火神に風神ではないか。ここで貴公らに再会するとは、思わぬ喜びよ」

 神々はびくりとして声のした方を振り返った。水神を抱えた地神がすぐ目の前にいた。水神は胴に穴が開いており、苦悶の表情である。火神が気遣わしげに尋ねた。

 「アカリウスはどうしたのだ。貴公らも怪物に食われたのか」
 「そうだ。アカリウスには悪いことをした。私の杖で怪我をしたのだ」

 苦しげな水神に代って、済まなさそうに地神が答えた。火神と風神は、先に言い争いをしたことも忘れたように同情に満ちた見舞いの言葉をかけた。水神は瞑目めいもくして応えない。

 「フラム、アウラエ、アカリウス、ユムステルよ、我に顔を向けよ」

 地の底から這い登るような声が響き、神々は飛び上がらんばかりに声の聞こえた方へ向き直った。
 漆黒の鎧を纏った冥王が、闇の中で緑色の目を光らせ王座に座っていた。
 漆黒の髪に漆黒の肌は辺りの闇に馴染んでいるが、鎧は闇の中でも自ら黒い光を発していた。

 「汝ら本来死すべき存在にあらず。なにゆえここに至るか」
 「怪物に食べられたのです。あの怪物には生命が感じられませんでした。精霊もついておりませんでした。あれはどなたの管轄なのでしょうか」
 「質疑は許さぬ」

 火神の問いに、冥王が短く応じる。火神だけでなく、並ぶ他の神々も撃たれたように姿勢を正した。水神も苦痛に喘ぎつつ、精一杯背筋を伸ばし冥王に顔を向けている。冥王は水神の様子を一瞥した後、火神と風神に視線を据えた。

 「フラムとアウラエは、己の職分を懈怠し遊興に耽り、命を落とした」
 「誰がそのようなことを!」

 風神が憤ったように叫ぶが、火神ははっとして項垂れた。冥王は、風神の反駁を無視して水神に目を向け言葉を継いだ。

 「アカリウスは、己の存在を過信し死の神に刃向かい、命を落とした」

 他の神々が一斉に水神を見た。視線を集めた水神は、冥王から目を逸らさずにいるが、苦渋の表情と胴に開いた穴を両手で隠す様子が内心の羞恥を物語っていた。
 最後に冥王は地神を見た。

 「ユムステルは、己の身を挺し、庇う必要もない水神のために、命を落とした」

 地神は悄然とした。一度は憤った風神も落ち着きを取り戻し、死んだ神々は冥王が次の言葉を発するまでの間、それぞれ自らを省みていた。そして冥王の地を這うような声が響き始めると、先ほどとは打って変わっておそるおそる顔を上げた。

 「汝らの存在を消し去り、新たに精霊を統べる存在を創るのは容易いが、汝らの生みの親である日の御子と死の神の意を汲み、再び地上に出ることを許す」

 神々の間にほっとした空気が流れた。火神と風神は寄り添って互いに目を見合わせ、地神と水神も互いに励まし合うように頷いた。

 「そもそも魂のない精霊を統べる存在に、神と同等の力は不要である。余分な力が此度の事態を引き起こした。汝らの魂と神器は我がものとする。以後、汝らは日の御子に属する神精霊となれ」

 冥王の言葉に、神々が凍りついた。漆黒の鎧に包まれた冥王が手招きすると、それぞれの体から神器が離れて、冥王の元へ集まった。神器を死の神に渡した地神からは形のないものがふわふわと漂い出た。

 神器が集まると、冥王は王座ごと闇に溶けて消えた。神々は闇に取り残された。火神と風神は互いの顔を見た。互いに、何の感情も残っていないことが判った。それを悲しいとも感じていなかった。
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