神殺しの剣

在江

文字の大きさ
上 下
4 / 71
第一部 第一章 エウドクシスの哀歓

3 魚神と鳥神

しおりを挟む

 網状に組まれた糸が、クロードが示した先に向けて駆け巡る。彼を通りすぎて、さらにその奥に進んでいく。
 糸は白く透き通り、蜘蛛の糸のようにも見える。だけどすべてを絡み取る蜘蛛の糸とは違い、クロードの足元を通りすぎてもその足がくっついていない。

「それは……?」

 はるか遠くで、糸が縦横無尽に広がっていくのが見える。
 フロラン様の魔術は、糸や紐を魔力で構成させることが多い。無人の馬車も、紐のように編まれた魔力が手綱を操作している。だから網状のこれも、糸の形をしているのならフロラン様が考えた魔術なのだろう。

 そこまではわかるのだけど、これからどうなるのか。何をするのかがわからない。

「もう少し待っていてください」

 ノエルの目は糸の先、はるか遠くに向けられている。水面のような瞳にはあいかわらず波ひとつ立たず、何を見ているのか、何を考えているのかわからない。
 だけど広範囲に渡る魔術を展開しているのなら、それだけの集中力と魔力が必要なはずなので、おとなしく事の次第を見守ることにした。

 案内しようとしていたクロードも足を止めて、ノエルと自分が向かおうと思っていた方角を交互に身ながら黙っている。お父様も困惑したように視線をさまよわせ、アニエスは不満そうな顔をノエルに向けていた。

 そうしてどのくらい経ったのか。

「終わりました」

 ノエルが静かな声で言うと、足元から広がっていた糸を掴み、引っ張った。
 わずかな動作に反して、糸が勢いよくノエルの手元に集まっていく。最初は、陽の光を受けて輝く糸しか見えなかった。網目が変わっている以外はとくに変化がなく、それがなければ糸が動いていることにすら気づけなかったかもしれない。
 変化が現れたのは、少ししてからだった。

 ちらほらと糸の中に、潰れたなめくじのような形をした人の頭よりも一回り大きな軟体生物がまぎれはじめた。半透明のそれの中に、生きるために必要な器官は見当たらない。それでも絡み取られた糸から逃げようとうごめく姿が、それが生きているのだと物語っている。

「今回の魔物が固まって生活するタイプで助かりました」

 するすると縮んでいく糸と、集められた魔物。その数は優に二十を超えている。山のようにつまれた魔物の周りを糸が覆う。魔力で組まれた魔術を破壊することは容易ではない。魔物の持つ魔力次第ではあるけど、これだけ広範囲の魔術を展開できるノエルなら、力負けするということはないだろう。

「今回依頼いただいた魔物はこれですべて回収しました。もし見落としがあった場合は、無償で討伐するので安心してください」

 ごろりとボールのようになった魔物の山をぽんと叩いて言うノエルに、お父様がなんとも言えない顔で頷いた。
 
「……ノエル。それは、どうするの?」

 糸が不規則に揺れているので、ボールの中で魔物がうごめいているのが外からでもわかる。

「持って帰ろうかと。生きた検体にどうですか?」

 ちらりと、ボールを見上げる。ノエルよりも大きなそれの中に、何匹もの魔物が入っているのだと思うと、寒気がした。せめて、一匹か二匹。いや、それでも分裂型の魔物だから、すぐにその数を増やすだろう。

「分裂型は……研究には向いていないので、いりません」
「そうですか。わかりました」

 ノエルが頷くと、轟と音がして、ボールが燃えた。大きな火の山に、ひぇっとお父様の口から悲鳴が出て来た。
 灰だけが地面に広がるようになってようやく、燃え盛る火が消える。ちらりと地面を見下ろすと、そこにある草には燃えた跡すらない。

「これが、魔術師の力です。あなたに同じことができますか?」

 いまだ口を閉ざされているアニエスに、淡々とした声が向けられる。いつもと変わらない声色なのに、何故か挑発しているようにも聞こえるのだから、不思議なものだ。

「まあ、三日もかかっているのですから……答えるまでもありませんよね」

 そもそも口を封じられているから答えられないというのは抜きにしても、あれだけ簡単に討伐できる人はほとんどいない。魔術師を除いて。
 ジルなら生息していそうな範囲を一度に潰すだろうし、他の魔術師も一匹一匹対処するのは面倒だからと、一網打尽する。それだけの術と魔力を、彼らは持っている。

「それを踏まえたうえで、もう一度聞きます。魔術師全員を敵に回す覚悟が、あなたにありますか?」

 静かな問いに、アニエスが顔を歪める。口を閉ざされていなければ、歯噛みし呻いていたことだろう。
 
「め、め、め、滅相もございません! あなた方を敵に回すなんて、そんなつもりは毛頭なく。ええと、だからつまり、アニエスも大切な姉を取られたような思いで、思わず心にもないことを言ってしまったのでしょう。だからここはひとつ、魔術師様の広い御心に免じて許してはいただけないでしょうか」

 代わりに答えたのは、お父様だった。
 魔術師に広い心を期待するのは間違っていると思うけど、ノエルの心の広さがどのぐらいかはわからないので、黙っておこう。
 少なくとも、ジルよりは心が広そうだ。

「それでは、これで失礼いたします。次にお会いするのは僕たちの結婚式になるでしょう。招待状を送りますので、是非とも祝福しに来てください」

 自然な動作で私の手を取って、馬車に乗りこむ。御者が一瞬とまどうような気配を見せたけど、一連の流れを見たからか、何も言わず出発した。

 お父様とクロードとアニエスを置いて。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ここは貴方の国ではありませんよ

水姫
ファンタジー
傲慢な王子は自分の置かれている状況も理解出来ませんでした。 厄介ごとが多いですね。 裏を司る一族は見極めてから調整に働くようです。…まぁ、手遅れでしたけど。 ※過去に投稿したモノを手直し後再度投稿しています。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

処理中です...