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29 姫の反撃

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 「まあ。てっきり健康に良いものとばかり、思っておりましたわ。それに、先ほど王妃陛下は媚薬と仰っておられましたのに。今のやり取りでは、陛下が不妊の薬を私に服用させるため、コンクエスト卿にルルフィウムを用意させたものと受け取れますわね」

 姫は、その場の貴族に聞かせるような、説明じみた言い方をした。話し方を王妃に寄せたのも、意趣返しかもしれない。もしかして、倒れたのも芝居だった? まさか、やつれて見せたのも計画的‥‥疑い始めるとキリがない。

 「そんな。私はただ」

 「国王陛下」

 言い訳を始めた王妃を、今度は姫が遮った。

 「私が次代の王となることは、前王のご遺志で、現在国民からも、そのように認められております。私は、国を愛し守る者であれば、その次の王にまで血を残すことにこだわりはありませんでした。しかしながら、私欲から次王を害する者に権力を握らせておく気もありません。これは、国を害する行為です。国王として、ご英断を望みます」

 「アーロン、私は媚薬のつもりで。それにマデリーンこそ、私たちの子を流そうと、わざと薬を勧めたではありませんか」

 「ご希望なら、と申しましたよ。王妃陛下が真実、媚薬の効能の方を信じておいでなら、もちろん、口へ入る前に阻止するつもりでした。それから、食事は入れ替えておりません。ご安心ください。私の不妊と引き換えに孕られたお子は、無事に産まれたらこちらへ引き渡し願いたいところですね。その場合、陛下には生母の権利を放棄してもらいます。ご無事でしたら」

 滑らかに告げる姫は、俺と旅をしながらイチャイチャしていた彼女とは別人だった。よく見れば、胸や腰の辺りが、やや崩れた丸みを帯びて、色気を感じさせた。

 こんな時だが、アキと毎日ヤっているのは、本当なんだと思った。

 「私からも、アリストファム国王のご英断をお願いする。我がエルフ王国は、魔王の排除に当たり、マデリーン王太女殿下に恩義がある。殿下が自国で安全を図れない場合、庇護する用意がある」

 ヒサエルディスが宣言した。すると、ベイジルも前へ進み出た。

 「我がドワーフ王国も、エルフ王国と足並みを揃える」

 俺は何も言わなかった。姫の味方であることは、言うまでもなく、そして俺はどこかの国の代表でもなく、何の権力も持ち合わせていなかった。

 「王妃は謹慎とする。コンクエスト卿とエドガー料理長は、ひとまず近衛預かりとし、事情を聴取する。なお、マデリーン王太女の側仕えは本人が見直し、適宜新たな人材の登用を認めることとする」

 国王は、精一杯威厳を保って宣告した。
 王妃がやらかした尻拭いを、王太女に加えて他国から迫られた形になったのだ。権威はガタ落ちである。
 姫にとっても、内紛には勝ったが外交で失点したと言える。

 国王の権威は国と軌を一にするからだ。
 それでも王はなすべき仕事をした。
 王妃と王宮魔術師と料理長を兵士に連れ出させた後、残る参加者に簡単な説明と詫びを入れ、パーティの残り時間、体裁を整えたのである。


 一ヶ月後、俺は再び王宮へ呼び出された。今回は普通の宿を取り、昼の間ゾーイは王都を見物することになっている。一人で出歩かせるのは心許こころもとないのだが、王宮に連れては行けない。本人の希望を容れることにした。

 王宮の応接室には、式典で集ったメンバーが揃っていた。それに加えて、姫もいた。
 魔王討伐隊全員集合である。
 姫とアキは、事後報告のために俺たちを呼び出したのだ。

 「説明する必要は、なかったのに」

 「まあまあ。あの時は忙しなくて、ゆっくり話もできなかったから」

 俺が文句を言うと、アキがなだめた。彼は前夜祭で俺たちと飲み会をしたではないか。
 姫とは、特に改まった話もない。

 「ルルフィウムはどうなった?」

 ヒサエルディスが、話を促した。

 「今は入っていない、と思うよ。人も入れ替えて、毒見に知識のある者を加えた」

 エドガー料理長は、ルルフィウムに不妊効果があると知らず、コンクエスト卿からほぼ指示されるままに使っていたと認められ、軽い処分で済んだ。

 厨房メイドにも王妃の手の者がいて、料理長が逆らった時には代わりに混ぜ込む役を負っていた。
 実際、自己判断で勝手に追加したこともあり、それで味のバランスが崩れたのも、姫が薬に気付いたきっかけの一つであった。

 「供給源は王宮魔術師だろうが、資金源はどこだ? キューネルンも噛んでいるのか? 自生地がそちらという場合もある」

 薬草に興味のあるベイジルは、どちらかと言えばルルフィウムの入手法が気になるようだ。

 「コンクエスト卿は、仲買人を通じて手に入れていたみたい。彼は自生地を知らない。購入資金は、あちこちから引っ張っていた。不正に当たる記載も見つかって、そっちの方も調べを進めている。キューネルンは、今の時点で関わりはない。今回の件を報告したが、婚約はそのままになった」

 今度は姫が説明した。何となく、俺を視界から外すようにしている印象を受けた。
 それは俺も同じで、気を抜くと姫ばかり眺めてしまうから、意識して逸さずにはいられないのである。

 俺たちの関係は全員が承知のことで、後ろめたいこともないのだが、この場の節度というものだろう。

 イザベル王女との婚約が継続となったのは、キューネルン側に利があると見込まれたからだ。王妃がこのまま失脚しても、王女の身分がある限り、継承権も保持される。
 まだ婚約に過ぎないのだ。破棄はいつでもできる。

 「ゴールト元団長は、彼らと関係ないのか?」

 尋ねたのは、襲われたアデラである。王妃と姫の対決で、彼の事件はすっかり忘れ去られていた。

 「ウェズリーは、今回の件でゴールト伯爵家を除籍された。平民牢で治療を受けていて、落ち着いたら詳しく聴取する予定。彼は自宅謹慎中で、あの場へ入り込むのに手引きが必要だったんだけど、王妃やコンクエスト卿が直接計らった形跡は見つからないな。彼は元辺境騎士団長だったし、父君の顔で王宮に入れてもらうことぐらいは出来たんじゃないか。当然、王宮への侵入とアデラの暗殺未遂で罪に問われることになる」

 アキが説明した。彼はアデラをしっかりと見て話す。互いに見つめ合う形にはなるが、そこに変な情緒は存在しなかった。
 羨ましい。俺が姫を意識し過ぎなのだろうか。

 「王妃や魔術師は罪に問えそうか」

 ヒサエルディスが訊いた。アキと姫が顔を見合わせ、揃ってため息をついた。息の合ったことである。

 「王妃は妊娠中ということで、謹慎に留まっている。王子を産んだら廃妃にするのは難しいだろうなあ」

 「コンクエスト卿も、王妃に従うしかなかった、と主張しているの。王妃との接触を断てれば、今後は王に従うと誓っているのだけれど」

 「王は王妃に甘い。それに、彼は古代書の件で私を恨んでいる」

 「そう。そこは絶対に認めないの。彼ほどの力を持つ魔術師も他に確保できなくて、アーロン‥‥国王も引退させることには反対している」

 姫がここで俺をチラリと見た。言いたいことは、わかる。だが、引き受けられない。
 俺は、視線を外した。

 「ザック」

 昔の愛称で呼ばれて、全身に震えが走った。俺の皮膚が姫の声からその吐く息、存在を吸収しようとしているみたいだった。俺は失礼にならない程度に、姫を視界から除けた。

 「私のために、王宮に仕えて欲しい」

 「そうだよ。ザックなら信頼できるし、コンクエスト卿を幽閉することもできる」

 俺が口を開くより早く、アキが被せるように援護する。

 「断る」

 しん、と場が静まり返った。

 「ねえ、ザック。私を見て」

 姫が声に懇願をにじませた。自分の声が俺にどんな効果を及ぼしたか、見抜いたみたいだった。皮肉にも、そう感じた途端、俺の呪縛が解けた。

 俺は、おもむろに姫を見返した。姫がハッとした。俺の変化を即座に感じ取ったのだ。
 こんな時でも、こんなことにまで、互いのつながりを感じさせられるのは、居た堪れない。

 とりわけ、姫の隣に座って俺と向き合うアキが、やり取りを全て読み取ったことで、申し訳なさが倍加する。
 せめて、精一杯の誠意を持って相対するより他に、しようがなかった。

 「今回の勝利は、薄氷の上にある。コンクエスト卿の失言を引き出せたのは、僥倖に過ぎない」

 俺は、姫を見つめたまま話し始める。

 「王妃も魔術師も排除できなかった以上、今後の見通しも暗い。昔の仲間で周りを固めたい気持ちもわかる。可能ならば、エルフ王の許可も取って、ヒッサをオーディントンの後釜、ドワーフ王の許可もあれば、近衛か王都の騎士団長にベイジルを据えようと考えているのだろう」

 「えっ、そうなのか?」

 驚いてアキを見たのは、ベイジルである。アキは苦笑で応じた。

 「今すぐじゃない。ザックのそういう洞察力も、僕は王の側近に相応ふさわしいと考えている。僕たち皆で姫を支えようって、前に言ったよね」

 それは、魔王を退治する前の話である。俺とて、魔王の脅威が去ったから、あるいはアキという伴侶ができたから、姫とは関わりたくない、などと思う訳がない。
 ヒサエルディスやベイジルも、彼らなりに仲間を支える意気はある、と感じている。

 「お前たちが守る相手は、王宮ではなく国と国民だ。俺たちだけを頼るな」

 姫とアキの顔が凍る。俺の言葉は届くだろうか。
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