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28 騒然のパーティ
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これでは、王太女の地位よりも、現国王の基盤を強化する行事になってしまう。イザベル王女とキューネルン王国との縁組に加えて、王妃の腹の子が王子だった日には、王太女の地位さえ奪われかねない。
俺は、その場に立ち尽くす。ここで王妃の腹を凹ませても、王女を殺しても形勢は不利なままだ。
こうしている間にも人々が集まり、王妃は祝福される。今しも俺の横を、体格の良い貴族がすり抜けていった。
ふらり、と姫が揺れたかと思うと、視界から消えた。
「殿下!」
アデラの叫ぶ声がする。人の動きが乱れる。俺の足が動いた。
人の頭の向こうに、姫の足元が見える。倒れたのか。側で介抱するアデラ。その後ろから、手を挙げて近付く大柄の貴族。手の先が光った。
「危ない!」
魔法で手首から切り落とした。犯行を確実に止める、周囲を巻き込まない。咄嗟の判断でできることは、それが限度だった。
「ぎゃあああっ!」
刃物を握ったままの手が、床に落ちる音がした。誰も傷つけずに済んだようだ。喚く犯人の周囲から人が引く。気付けば、アデラが犯人を押さえ込んでいた。アキも駆けつけて、ぐったりした姫を抱えている。
「きゃあっ」
「うわああっ」
悲鳴を上げたのは、犯人だけではなかった。たちまち会場が騒然となった。
「近衛兵、この者を縛れ!」
アキの声に、呆然としていた兵士が動き出した。
もう、パーティどころではなくなってしまった。兵士がこちらへ向かおうとすると、参加者が不安から足止めする。
もとより招待客を遠ざけ、退出を請う人を誘導する官吏もいるのだが、武装兵の方が安心するようだ。
姫とアキの作戦を、潰してしまったかもしれない。
俺は、人が減ったところへ進み出た。姫は、まだ倒れたままである。アデラの膝の下に這いつくばる体格の良い貴族の頭が、変な方向に曲がっている。
手首からは大量出血中だ。このままでは死ぬ。俺は、自分の衣装を裂いて止血をしてやった。
「生きている?」
俺は髪を掴んで顔を見ようとした。ずるり、と髪が抜けた。
ギョッとしたが、残った頭にも違う色の髪が生えている。カツラだった。
「あ、元団長だ」
上から押さえるアデラが指摘した。言われて見れば、職場でハーレムを築いた、ゴールト元辺境騎士団長その人だった。
「くそっ。お前のせいで、俺はっ」
ゴールトは今になって、自分を押さえるのがアデラと気付いたようだ。必死に逃れようともがき始めた。
「そんなに暴れると、出血多量で死ぬよ」
俺は、まだナイフを握ったままの手首を目の前に突き出した。ゴールトの顔が白くなった。
「部下を私的に侍らせて、騎士団の仕事を疎かにしたから、辞めさせられたんだよね。密輸も取り締まらなかった。お前の後始末と、騎士団の建て直しをしてくれる人を恨むのは、筋違いも甚だしい。仮にその人を殺しても、お前が団長の地位に戻ることはない」
「平民の癖に魔術師だからと偉そうに、あの方とは大違い‥‥」
がくり、と急に頭を垂れた。首の脈を取る。一応、生きていた。貧血とも取れるが、俺は魔法を感知した。
「アデラ殿。捕縛の用意ができました」
ようやく近衛兵が来て、三人がかりで気を失ったゴールトを縛り上げ、引きずるようにして連れ去った。
「王太女殿下の具合は、如何ですかな」
すぐ側に、宮廷魔術師がいた。アキに話しかけている。アキは倒れた姫を抱えていて、姫はうっすらと目を開けたところだった。ぼんやりと、生気のない様子で宙を見つめている。
相変わらず綺麗で、人妻なのに未だに可愛らしかった。久々にまともに見た顔が、ショックを受けた表情というのは、溌剌とした顔を記憶に刻む俺には辛かった。
「普段の仕事に加え、式典の準備もあって、体が限界だったのでしょう。普段から、特別な食事を仕立ててもらっていたのに。あのレシピは、コンクエスト卿のご指導で作られたのですよね?」
まだ喋るのも辛そうな姫に代わり、アキが応じた。
「大まかな指導はしましたが、我輩は料理人ではありませんのでね」
宮廷魔術師が答えた。これで彼を捕まえようとしたなら、無理な策であった。せいぜい料理人が詰め腹を切るだけだ。
「まあ。きっと、魔王退治で力を使い果たしてしまわれたのですわ。そのように脆弱なお体で国政を担うのは、マデリーン様には重荷でございましょう。王太女様は、もう十分に国に尽くされました。その大功を以て引退なさっても、誰にも文句を言わせませんわ。今後はゆっくりとお過ごしになり、お身体をお労りになられては如何でしょうか」
王妃だった。退出せず、段から降りて姫を見に来たのである。
懐妊したと発表したが、ゆったりとしたドレスを纏っていることもあり、腹の膨らみを確認できなかった。
姫の目に光が宿った。アキに支えられ、上体を起こす。
「私の食事には、ルルフィウムが加えられていました」
「まあ。王太女殿下ともなると、希少な調味料も使い放題ですのね」
「ええ。私には過ぎた薬味でした。ルルフィウムは王妃様にこそ相応しい品です。ご希望なら、今後は王妃陛下がご賞味ください。ここへ料理長を呼んで、国王陛下から命じて貰いましょう」
「それには及びませんわ。確か、媚薬の効能があるそうですわね。それなら、わたくしには不要の物ですもの。これまで通り、マデリーン様がお使いなさい」
「いいえ。体力を心配され、引退を期待される身にこそ、媚薬は不要でしょう。料理長をこれへ」
姫は料理長を呼ぶことには成功した。依然、形勢は不利である。
退出した客もあるが、大半は残って遠巻きにやり取りを眺めている。中には外国からの客もいるのだ。
他国の内紛を目の当たりにするのは、さぞかし面白かろう。ある意味、ダンスよりも好評な余興になりそうだ。それも、姫が勝利を収めてこその話だった。
思いがけず呼び出された料理長は、姫と王妃と宮廷魔術師が鼎立するのを見て、何かを察した。これだけで、心証は真っ黒である。だが証拠はない。
「料理長。あなたは私の食事にだけ、以前からルルフィウムを加えていましたね。誰の命令によるものですか?」
姫は、料理長が来るまでに、立ち上がれるほど回復した。今は、薬も魔法も使わずに済ませたが、疲労が溜まっているのは明らかである。表情は厳しいままだ。
料理長は魔術師を見、魔術師は料理長を睨みつけた。王妃にも助力を求めたそうだったが、視線を向ける勇気は出せなかったようだ。王妃は堂々微笑を湛えている。その目は笑っていない。
「そ、それは‥‥私が判断して」
「ルルフィウムは、塩胡椒よりも貴重な薬草です。栽培もできず、自生地も限られています。私とアキが求めもしないのに、毎日使うほどの量を常備するには、通常の糧食購入費では賄えません。それに、正式な予算を別途組んだとして‥‥そのような形跡は見られませんが‥‥一定量を継続して入手するには、特別な伝手が必要な筈。料理長。あなた自身にはその両方が欠けています」
姫は料理長の言い訳を遮って指摘する。料理長は、進退極まって沈黙を選んだ。これでは、黒幕を炙り出せない。
いや、この場にいる人間には、少なくとも宮廷魔術師が噛んでいる事は察しただろう。証拠がないだけだ。そして、証拠がなければ、彼がいかに有罪に見えても、姫の負けである。
「ところで、先ほど王妃陛下からもご指摘がありましたが、私のような者にルルフィウムのような高価な調味料を用いるのは、国家の無駄。ですが、既に調理されてしまった物を廃棄するのは、より大きな無駄遣いとなります」
姫は、料理長から視線を外し、会場で聞き耳を立てる参加者に話しかけるような声を出した。
「ですので、しばらく前から、私の食事と王妃陛下の食事を入れ替えてもらうよう、陛下付きの皆さんにお願いしておりましたの。皆様喜んで協力してくださいましたわ。先ほどのお話を聞きましても、効き目があったようですわね。国の発展に寄与できたこと、喜ばしく思います」
王妃の顔が、さあっと青ざめた。その顔で見られた宮廷魔術師が、慌て出した。
「ルルフィウムを王妃陛下に。何という恐ろしいことを。あれは、流産を促す‥‥」
「コンクエスト卿!」
王妃が強く遮った。魔術師は黙った。
俺は、その場に立ち尽くす。ここで王妃の腹を凹ませても、王女を殺しても形勢は不利なままだ。
こうしている間にも人々が集まり、王妃は祝福される。今しも俺の横を、体格の良い貴族がすり抜けていった。
ふらり、と姫が揺れたかと思うと、視界から消えた。
「殿下!」
アデラの叫ぶ声がする。人の動きが乱れる。俺の足が動いた。
人の頭の向こうに、姫の足元が見える。倒れたのか。側で介抱するアデラ。その後ろから、手を挙げて近付く大柄の貴族。手の先が光った。
「危ない!」
魔法で手首から切り落とした。犯行を確実に止める、周囲を巻き込まない。咄嗟の判断でできることは、それが限度だった。
「ぎゃあああっ!」
刃物を握ったままの手が、床に落ちる音がした。誰も傷つけずに済んだようだ。喚く犯人の周囲から人が引く。気付けば、アデラが犯人を押さえ込んでいた。アキも駆けつけて、ぐったりした姫を抱えている。
「きゃあっ」
「うわああっ」
悲鳴を上げたのは、犯人だけではなかった。たちまち会場が騒然となった。
「近衛兵、この者を縛れ!」
アキの声に、呆然としていた兵士が動き出した。
もう、パーティどころではなくなってしまった。兵士がこちらへ向かおうとすると、参加者が不安から足止めする。
もとより招待客を遠ざけ、退出を請う人を誘導する官吏もいるのだが、武装兵の方が安心するようだ。
姫とアキの作戦を、潰してしまったかもしれない。
俺は、人が減ったところへ進み出た。姫は、まだ倒れたままである。アデラの膝の下に這いつくばる体格の良い貴族の頭が、変な方向に曲がっている。
手首からは大量出血中だ。このままでは死ぬ。俺は、自分の衣装を裂いて止血をしてやった。
「生きている?」
俺は髪を掴んで顔を見ようとした。ずるり、と髪が抜けた。
ギョッとしたが、残った頭にも違う色の髪が生えている。カツラだった。
「あ、元団長だ」
上から押さえるアデラが指摘した。言われて見れば、職場でハーレムを築いた、ゴールト元辺境騎士団長その人だった。
「くそっ。お前のせいで、俺はっ」
ゴールトは今になって、自分を押さえるのがアデラと気付いたようだ。必死に逃れようともがき始めた。
「そんなに暴れると、出血多量で死ぬよ」
俺は、まだナイフを握ったままの手首を目の前に突き出した。ゴールトの顔が白くなった。
「部下を私的に侍らせて、騎士団の仕事を疎かにしたから、辞めさせられたんだよね。密輸も取り締まらなかった。お前の後始末と、騎士団の建て直しをしてくれる人を恨むのは、筋違いも甚だしい。仮にその人を殺しても、お前が団長の地位に戻ることはない」
「平民の癖に魔術師だからと偉そうに、あの方とは大違い‥‥」
がくり、と急に頭を垂れた。首の脈を取る。一応、生きていた。貧血とも取れるが、俺は魔法を感知した。
「アデラ殿。捕縛の用意ができました」
ようやく近衛兵が来て、三人がかりで気を失ったゴールトを縛り上げ、引きずるようにして連れ去った。
「王太女殿下の具合は、如何ですかな」
すぐ側に、宮廷魔術師がいた。アキに話しかけている。アキは倒れた姫を抱えていて、姫はうっすらと目を開けたところだった。ぼんやりと、生気のない様子で宙を見つめている。
相変わらず綺麗で、人妻なのに未だに可愛らしかった。久々にまともに見た顔が、ショックを受けた表情というのは、溌剌とした顔を記憶に刻む俺には辛かった。
「普段の仕事に加え、式典の準備もあって、体が限界だったのでしょう。普段から、特別な食事を仕立ててもらっていたのに。あのレシピは、コンクエスト卿のご指導で作られたのですよね?」
まだ喋るのも辛そうな姫に代わり、アキが応じた。
「大まかな指導はしましたが、我輩は料理人ではありませんのでね」
宮廷魔術師が答えた。これで彼を捕まえようとしたなら、無理な策であった。せいぜい料理人が詰め腹を切るだけだ。
「まあ。きっと、魔王退治で力を使い果たしてしまわれたのですわ。そのように脆弱なお体で国政を担うのは、マデリーン様には重荷でございましょう。王太女様は、もう十分に国に尽くされました。その大功を以て引退なさっても、誰にも文句を言わせませんわ。今後はゆっくりとお過ごしになり、お身体をお労りになられては如何でしょうか」
王妃だった。退出せず、段から降りて姫を見に来たのである。
懐妊したと発表したが、ゆったりとしたドレスを纏っていることもあり、腹の膨らみを確認できなかった。
姫の目に光が宿った。アキに支えられ、上体を起こす。
「私の食事には、ルルフィウムが加えられていました」
「まあ。王太女殿下ともなると、希少な調味料も使い放題ですのね」
「ええ。私には過ぎた薬味でした。ルルフィウムは王妃様にこそ相応しい品です。ご希望なら、今後は王妃陛下がご賞味ください。ここへ料理長を呼んで、国王陛下から命じて貰いましょう」
「それには及びませんわ。確か、媚薬の効能があるそうですわね。それなら、わたくしには不要の物ですもの。これまで通り、マデリーン様がお使いなさい」
「いいえ。体力を心配され、引退を期待される身にこそ、媚薬は不要でしょう。料理長をこれへ」
姫は料理長を呼ぶことには成功した。依然、形勢は不利である。
退出した客もあるが、大半は残って遠巻きにやり取りを眺めている。中には外国からの客もいるのだ。
他国の内紛を目の当たりにするのは、さぞかし面白かろう。ある意味、ダンスよりも好評な余興になりそうだ。それも、姫が勝利を収めてこその話だった。
思いがけず呼び出された料理長は、姫と王妃と宮廷魔術師が鼎立するのを見て、何かを察した。これだけで、心証は真っ黒である。だが証拠はない。
「料理長。あなたは私の食事にだけ、以前からルルフィウムを加えていましたね。誰の命令によるものですか?」
姫は、料理長が来るまでに、立ち上がれるほど回復した。今は、薬も魔法も使わずに済ませたが、疲労が溜まっているのは明らかである。表情は厳しいままだ。
料理長は魔術師を見、魔術師は料理長を睨みつけた。王妃にも助力を求めたそうだったが、視線を向ける勇気は出せなかったようだ。王妃は堂々微笑を湛えている。その目は笑っていない。
「そ、それは‥‥私が判断して」
「ルルフィウムは、塩胡椒よりも貴重な薬草です。栽培もできず、自生地も限られています。私とアキが求めもしないのに、毎日使うほどの量を常備するには、通常の糧食購入費では賄えません。それに、正式な予算を別途組んだとして‥‥そのような形跡は見られませんが‥‥一定量を継続して入手するには、特別な伝手が必要な筈。料理長。あなた自身にはその両方が欠けています」
姫は料理長の言い訳を遮って指摘する。料理長は、進退極まって沈黙を選んだ。これでは、黒幕を炙り出せない。
いや、この場にいる人間には、少なくとも宮廷魔術師が噛んでいる事は察しただろう。証拠がないだけだ。そして、証拠がなければ、彼がいかに有罪に見えても、姫の負けである。
「ところで、先ほど王妃陛下からもご指摘がありましたが、私のような者にルルフィウムのような高価な調味料を用いるのは、国家の無駄。ですが、既に調理されてしまった物を廃棄するのは、より大きな無駄遣いとなります」
姫は、料理長から視線を外し、会場で聞き耳を立てる参加者に話しかけるような声を出した。
「ですので、しばらく前から、私の食事と王妃陛下の食事を入れ替えてもらうよう、陛下付きの皆さんにお願いしておりましたの。皆様喜んで協力してくださいましたわ。先ほどのお話を聞きましても、効き目があったようですわね。国の発展に寄与できたこと、喜ばしく思います」
王妃の顔が、さあっと青ざめた。その顔で見られた宮廷魔術師が、慌て出した。
「ルルフィウムを王妃陛下に。何という恐ろしいことを。あれは、流産を促す‥‥」
「コンクエスト卿!」
王妃が強く遮った。魔術師は黙った。
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