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6 町の誘引

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 そろそろ現金が足りなくなってきたので、町へ来た。
 郵便局で、年金を受け取る。

 「そろそろ来る頃だと思っていましたよ。ザック、さん?」

 局長のハドリーが、書類をチェックしつつ、俺に話しかけた。書類に記載するのは、本名のザカリーである。周囲に経歴を知られたくない、という俺の要望に沿って、呼びかける時には通称を使うのだ。

 「ただ貯めておくのも芸がない。何かに投資したらどうです?」

 声をひそめた。ここで投資先を勧めたりはしない。
 彼の心配は、預かり金が段々大きくなることであった。年金は毎月支給されるのに、俺がたまにしか来ないから、貯まる一方なのだ。

 「一度に引き出す時は、事前に連絡するよ。ないと思うが」

 「万が一、というのは、思いがけず起こるものです」

 ごもっともである。


 町へ出たついでに、村では手に入らない品物を買い入れる。
 ガラスや金属製品、薬品の原材料。俺は買わないが、書籍も町で売っている。

 品物に限らず、医者や占い師、服屋に娼館などもある。
 娼館では、人間だけでなく、獣人、ハーフエルフ、ドワーフ、と幅広い男女が客の指名を待っている。客の方も種族を問わず受け入れているようだ。俺も、たまにお世話になる。

 俺は、引き出した金で、次々と買い物をした。買った物は、ポーチ型で大容量のアイテムボックスへ放り込む。
 外から見れば、背負い袋とベルトポーチ一つずつしか持たない、しがない旅人と思われること請け合いだ。

 そういえば、冒険者ギルドも町にあった。
 現在の俺の身分保証元である。

 「ザックさん!」

 受付のハーフエルフが、カウンターを回って駆け寄ってきた。ちょうど、人が途切れたところだった。

 「全然、顔を見せないじゃないですかあ。お昼ご飯を一緒に食べませんか?」

 「いや、いらない。昼休憩なら、早く行ってくれ。他の職員に頼むから」

 俺の前に、ハーフエルフが回り込んだ。

 「大丈夫。まだ勤務時間内です。ご用件を伺います」

 俺は、更に回り込んでカウンターに手をついた。

 「保証金の期限がいつまでか、確認したい。期日が迫っているなら、翌年分を支払っておきたい」

 「お待ちくださいね」

 彼女はカウンターへ戻り、書類を調べた。

 「まだ、数ヶ月あります。もう少し近くなってから、いらしてください」

 「間に合うように来られるか、わからない。今、払いたい」

 「仕事のついでに立ち寄ればいいじゃないですか。大体ザックさん、全然ギルドで仕事受けませんよね。同じ仕事をするにもギルドを通さなければ、いつまで経っても最低ランクですよ」

 俺が冒険者ギルドに登録しているのは、ザックとしての身分証が欲しいからだ。
 ランクが上がれば、登録料も上がり、縛りも増える。最低ランクで十分だった。

 彼女がギルドを通せ、とやたら主張するのは、売上げの問題だ。ノルマでも課せられているのかもしれない。

 「それとも、期限を忘れないように、私がお知らせしましょうか。お住まいはどちらです?」

 「ダルシー。勝手に業務外の仕事を請け負うんじゃない。それとも、他のギルドメンバーにも同じように対応していたのか?」

 「マスター。いいえ、そんなことはしておりません」

 ダルシーの後ろから、熊みたいな大男が現れた。彼はここのギルドマスター。元冒険者の、人間である。

 「もう、とっくに昼食を取りに出かけたと思っていたんだが。戻る時間は同じだからな。さっさと行け」

 「で、でも登録料がまだ」

 「お前は、受け取ろうとしなかったじゃないか。ザックが払うなら、俺が処理しておく。行け」

 ハーフエルフは、渋々席を立った。その後に、マスターが腰掛ける。椅子がきしんだ。

 「時間を取らせたな」

 必要書類を素早く整え、手のひらを差し出す。一連の動作に無駄がない。
 俺は次年度分の登録料を支払い、更新手続きを終えた。

 「ダルシーじゃないが、興味を持ったら、声をかけてくれ。ランクや報酬については、何とか調整する」

 マスターは俺の経歴を知っており、最低ランクを維持する理由も察していた。
 便宜を図ろうとするのは、何かの時に備えて、俺と繋がっていたいからだ。いつかは自慢できる日が来る、とも思っているようである。

 「ありがとう。覚えておく」

 俺は言った手前、募集掲示板を眺めた。昼過ぎともなると、ほとんど仕事は残っていない。地味な仕事か、難しすぎる仕事か、どちらかである。

 ノネズミの巣掘り崩し、スライム焼き潰し、家屋解体、水路整備‥‥。

 「魔物退治?」

 「ああ、それな。辺境騎士団の方から依頼が来ててな」

 マスターが寄ってきた。

 「国境の辺りで、目撃例が増えているらしいぜ」

 「魔王を倒した場所とは、大分離れているのに」

 国土を挟んで、ほぼ反対側の地域である。

 「だよな。仕事受けるなら、ギルドの紹介って、ちゃんと言ってくれよ。募集は勢子せこ役だろうが、ここで見たのが最初ってことには、変わらんからな」

 俺の呟きを聞いて、マスターがすかさず釘を刺した。

 「わかった。行かないと思う」

 「頼むぞっ‥‥て、行かないのか? いや、無理強いは出来ないな、うん」

 マスターは俺の顔を見て、素早く軌道修正した。

 「じゃあ、また」

 反省するマスターを置いて、俺はギルドを出た。
 勝手に期待されるから、過去を知られたくないのである。勇者は俺じゃないし、俺は正義の味方でもない。

 魔王を倒す旅も戦いも過酷だった。義務を果たしたのだから、休ませてほしい。


 ダルシーにはああ言ったが、俺は昼食を食べていなかった。腹が減った。
 町には、昼間から営業する酒場も、安い定食屋も、貴族向けのレストランも揃っている。屋台で立ち食いもできる。

 座ってゆっくり食べたい。だが、貴族向けの店には入れない。
 空いていそうな酒場へ入った。
 シメに食べるような料理とつまみを組み合わせ、酒と共に注文する。

 まばらな客は、誰も飲んだくれていなかった。俺と同じように食事と休息を求めて来たように見える。
 酒場と看板を掲げていても、昼間はほぼ食事処として営業しているようだ。

 自炊で生活していると、作るのが面倒なばかりに、食べることもおろそかになる時がある。
 座って待つだけで、料理が完成し、食べるだけで良い、という状況は、ご褒美みたいなものだ。
 特に、疲れている時には。

 それでいて、外食ばかりだと、自分で好きな味付けをした料理が食べたくなるのだが。

 出てきた料理はありふれたメニューだったが、自分と違う味付けが新鮮で、美味しく食べられた。酒も景気付けにちょうど良い。

 ゆっくりくつろごうと思っていたのに、たちまち食べ終えてしまった。追い立てられる旅から一人暮らしに入った者の、悲しいさがである。

 店には次々と客が訪れる。食べ終えた客は長居せずに去るのが、暗黙の了解らしかった。

 帰ろう。
 町外れへ向かって歩き出す。どこからともなく、煙草の良い香りが漂ってきた。
 気付いたら、娼館の前にいた。
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