6 / 30
6 町の誘引
しおりを挟む
そろそろ現金が足りなくなってきたので、町へ来た。
郵便局で、年金を受け取る。
「そろそろ来る頃だと思っていましたよ。ザック、さん?」
局長のハドリーが、書類をチェックしつつ、俺に話しかけた。書類に記載するのは、本名のザカリーである。周囲に経歴を知られたくない、という俺の要望に沿って、呼びかける時には通称を使うのだ。
「ただ貯めておくのも芸がない。何かに投資したらどうです?」
声を顰めた。ここで投資先を勧めたりはしない。
彼の心配は、預かり金が段々大きくなることであった。年金は毎月支給されるのに、俺がたまにしか来ないから、貯まる一方なのだ。
「一度に引き出す時は、事前に連絡するよ。ないと思うが」
「万が一、というのは、思いがけず起こるものです」
ごもっともである。
町へ出たついでに、村では手に入らない品物を買い入れる。
ガラスや金属製品、薬品の原材料。俺は買わないが、書籍も町で売っている。
品物に限らず、医者や占い師、服屋に娼館などもある。
娼館では、人間だけでなく、獣人、ハーフエルフ、ドワーフ、と幅広い男女が客の指名を待っている。客の方も種族を問わず受け入れているようだ。俺も、たまにお世話になる。
俺は、引き出した金で、次々と買い物をした。買った物は、ポーチ型で大容量のアイテムボックスへ放り込む。
外から見れば、背負い袋とベルトポーチ一つずつしか持たない、しがない旅人と思われること請け合いだ。
そういえば、冒険者ギルドも町にあった。
現在の俺の身分保証元である。
「ザックさん!」
受付のハーフエルフが、カウンターを回って駆け寄ってきた。ちょうど、人が途切れたところだった。
「全然、顔を見せないじゃないですかあ。お昼ご飯を一緒に食べませんか?」
「いや、いらない。昼休憩なら、早く行ってくれ。他の職員に頼むから」
俺の前に、ハーフエルフが回り込んだ。
「大丈夫。まだ勤務時間内です。ご用件を伺います」
俺は、更に回り込んでカウンターに手をついた。
「保証金の期限がいつまでか、確認したい。期日が迫っているなら、翌年分を支払っておきたい」
「お待ちくださいね」
彼女はカウンターへ戻り、書類を調べた。
「まだ、数ヶ月あります。もう少し近くなってから、いらしてください」
「間に合うように来られるか、わからない。今、払いたい」
「仕事のついでに立ち寄ればいいじゃないですか。大体ザックさん、全然ギルドで仕事受けませんよね。同じ仕事をするにもギルドを通さなければ、いつまで経っても最低ランクですよ」
俺が冒険者ギルドに登録しているのは、ザックとしての身分証が欲しいからだ。
ランクが上がれば、登録料も上がり、縛りも増える。最低ランクで十分だった。
彼女がギルドを通せ、とやたら主張するのは、売上げの問題だ。ノルマでも課せられているのかもしれない。
「それとも、期限を忘れないように、私がお知らせしましょうか。お住まいはどちらです?」
「ダルシー。勝手に業務外の仕事を請け負うんじゃない。それとも、他のギルドメンバーにも同じように対応していたのか?」
「マスター。いいえ、そんなことはしておりません」
ダルシーの後ろから、熊みたいな大男が現れた。彼はここのギルドマスター。元冒険者の、人間である。
「もう、とっくに昼食を取りに出かけたと思っていたんだが。戻る時間は同じだからな。さっさと行け」
「で、でも登録料がまだ」
「お前は、受け取ろうとしなかったじゃないか。ザックが払うなら、俺が処理しておく。行け」
ハーフエルフは、渋々席を立った。その後に、マスターが腰掛ける。椅子が軋んだ。
「時間を取らせたな」
必要書類を素早く整え、手のひらを差し出す。一連の動作に無駄がない。
俺は次年度分の登録料を支払い、更新手続きを終えた。
「ダルシーじゃないが、興味を持ったら、声をかけてくれ。ランクや報酬については、何とか調整する」
マスターは俺の経歴を知っており、最低ランクを維持する理由も察していた。
便宜を図ろうとするのは、何かの時に備えて、俺と繋がっていたいからだ。いつかは自慢できる日が来る、とも思っているようである。
「ありがとう。覚えておく」
俺は言った手前、募集掲示板を眺めた。昼過ぎともなると、ほとんど仕事は残っていない。地味な仕事か、難しすぎる仕事か、どちらかである。
ノネズミの巣掘り崩し、スライム焼き潰し、家屋解体、水路整備‥‥。
「魔物退治?」
「ああ、それな。辺境騎士団の方から依頼が来ててな」
マスターが寄ってきた。
「国境の辺りで、目撃例が増えているらしいぜ」
「魔王を倒した場所とは、大分離れているのに」
国土を挟んで、ほぼ反対側の地域である。
「だよな。仕事受けるなら、ギルドの紹介って、ちゃんと言ってくれよ。募集は勢子役だろうが、ここで見たのが最初ってことには、変わらんからな」
俺の呟きを聞いて、マスターがすかさず釘を刺した。
「わかった。行かないと思う」
「頼むぞっ‥‥て、行かないのか? いや、無理強いは出来ないな、うん」
マスターは俺の顔を見て、素早く軌道修正した。
「じゃあ、また」
反省するマスターを置いて、俺はギルドを出た。
勝手に期待されるから、過去を知られたくないのである。勇者は俺じゃないし、俺は正義の味方でもない。
魔王を倒す旅も戦いも過酷だった。義務を果たしたのだから、休ませてほしい。
ダルシーにはああ言ったが、俺は昼食を食べていなかった。腹が減った。
町には、昼間から営業する酒場も、安い定食屋も、貴族向けのレストランも揃っている。屋台で立ち食いもできる。
座ってゆっくり食べたい。だが、貴族向けの店には入れない。
空いていそうな酒場へ入った。
シメに食べるような料理とつまみを組み合わせ、酒と共に注文する。
まばらな客は、誰も飲んだくれていなかった。俺と同じように食事と休息を求めて来たように見える。
酒場と看板を掲げていても、昼間はほぼ食事処として営業しているようだ。
自炊で生活していると、作るのが面倒なばかりに、食べることもおろそかになる時がある。
座って待つだけで、料理が完成し、食べるだけで良い、という状況は、ご褒美みたいなものだ。
特に、疲れている時には。
それでいて、外食ばかりだと、自分で好きな味付けをした料理が食べたくなるのだが。
出てきた料理はありふれたメニューだったが、自分と違う味付けが新鮮で、美味しく食べられた。酒も景気付けにちょうど良い。
ゆっくり寛ごうと思っていたのに、たちまち食べ終えてしまった。追い立てられる旅から一人暮らしに入った者の、悲しい性である。
店には次々と客が訪れる。食べ終えた客は長居せずに去るのが、暗黙の了解らしかった。
帰ろう。
町外れへ向かって歩き出す。どこからともなく、煙草の良い香りが漂ってきた。
気付いたら、娼館の前にいた。
郵便局で、年金を受け取る。
「そろそろ来る頃だと思っていましたよ。ザック、さん?」
局長のハドリーが、書類をチェックしつつ、俺に話しかけた。書類に記載するのは、本名のザカリーである。周囲に経歴を知られたくない、という俺の要望に沿って、呼びかける時には通称を使うのだ。
「ただ貯めておくのも芸がない。何かに投資したらどうです?」
声を顰めた。ここで投資先を勧めたりはしない。
彼の心配は、預かり金が段々大きくなることであった。年金は毎月支給されるのに、俺がたまにしか来ないから、貯まる一方なのだ。
「一度に引き出す時は、事前に連絡するよ。ないと思うが」
「万が一、というのは、思いがけず起こるものです」
ごもっともである。
町へ出たついでに、村では手に入らない品物を買い入れる。
ガラスや金属製品、薬品の原材料。俺は買わないが、書籍も町で売っている。
品物に限らず、医者や占い師、服屋に娼館などもある。
娼館では、人間だけでなく、獣人、ハーフエルフ、ドワーフ、と幅広い男女が客の指名を待っている。客の方も種族を問わず受け入れているようだ。俺も、たまにお世話になる。
俺は、引き出した金で、次々と買い物をした。買った物は、ポーチ型で大容量のアイテムボックスへ放り込む。
外から見れば、背負い袋とベルトポーチ一つずつしか持たない、しがない旅人と思われること請け合いだ。
そういえば、冒険者ギルドも町にあった。
現在の俺の身分保証元である。
「ザックさん!」
受付のハーフエルフが、カウンターを回って駆け寄ってきた。ちょうど、人が途切れたところだった。
「全然、顔を見せないじゃないですかあ。お昼ご飯を一緒に食べませんか?」
「いや、いらない。昼休憩なら、早く行ってくれ。他の職員に頼むから」
俺の前に、ハーフエルフが回り込んだ。
「大丈夫。まだ勤務時間内です。ご用件を伺います」
俺は、更に回り込んでカウンターに手をついた。
「保証金の期限がいつまでか、確認したい。期日が迫っているなら、翌年分を支払っておきたい」
「お待ちくださいね」
彼女はカウンターへ戻り、書類を調べた。
「まだ、数ヶ月あります。もう少し近くなってから、いらしてください」
「間に合うように来られるか、わからない。今、払いたい」
「仕事のついでに立ち寄ればいいじゃないですか。大体ザックさん、全然ギルドで仕事受けませんよね。同じ仕事をするにもギルドを通さなければ、いつまで経っても最低ランクですよ」
俺が冒険者ギルドに登録しているのは、ザックとしての身分証が欲しいからだ。
ランクが上がれば、登録料も上がり、縛りも増える。最低ランクで十分だった。
彼女がギルドを通せ、とやたら主張するのは、売上げの問題だ。ノルマでも課せられているのかもしれない。
「それとも、期限を忘れないように、私がお知らせしましょうか。お住まいはどちらです?」
「ダルシー。勝手に業務外の仕事を請け負うんじゃない。それとも、他のギルドメンバーにも同じように対応していたのか?」
「マスター。いいえ、そんなことはしておりません」
ダルシーの後ろから、熊みたいな大男が現れた。彼はここのギルドマスター。元冒険者の、人間である。
「もう、とっくに昼食を取りに出かけたと思っていたんだが。戻る時間は同じだからな。さっさと行け」
「で、でも登録料がまだ」
「お前は、受け取ろうとしなかったじゃないか。ザックが払うなら、俺が処理しておく。行け」
ハーフエルフは、渋々席を立った。その後に、マスターが腰掛ける。椅子が軋んだ。
「時間を取らせたな」
必要書類を素早く整え、手のひらを差し出す。一連の動作に無駄がない。
俺は次年度分の登録料を支払い、更新手続きを終えた。
「ダルシーじゃないが、興味を持ったら、声をかけてくれ。ランクや報酬については、何とか調整する」
マスターは俺の経歴を知っており、最低ランクを維持する理由も察していた。
便宜を図ろうとするのは、何かの時に備えて、俺と繋がっていたいからだ。いつかは自慢できる日が来る、とも思っているようである。
「ありがとう。覚えておく」
俺は言った手前、募集掲示板を眺めた。昼過ぎともなると、ほとんど仕事は残っていない。地味な仕事か、難しすぎる仕事か、どちらかである。
ノネズミの巣掘り崩し、スライム焼き潰し、家屋解体、水路整備‥‥。
「魔物退治?」
「ああ、それな。辺境騎士団の方から依頼が来ててな」
マスターが寄ってきた。
「国境の辺りで、目撃例が増えているらしいぜ」
「魔王を倒した場所とは、大分離れているのに」
国土を挟んで、ほぼ反対側の地域である。
「だよな。仕事受けるなら、ギルドの紹介って、ちゃんと言ってくれよ。募集は勢子役だろうが、ここで見たのが最初ってことには、変わらんからな」
俺の呟きを聞いて、マスターがすかさず釘を刺した。
「わかった。行かないと思う」
「頼むぞっ‥‥て、行かないのか? いや、無理強いは出来ないな、うん」
マスターは俺の顔を見て、素早く軌道修正した。
「じゃあ、また」
反省するマスターを置いて、俺はギルドを出た。
勝手に期待されるから、過去を知られたくないのである。勇者は俺じゃないし、俺は正義の味方でもない。
魔王を倒す旅も戦いも過酷だった。義務を果たしたのだから、休ませてほしい。
ダルシーにはああ言ったが、俺は昼食を食べていなかった。腹が減った。
町には、昼間から営業する酒場も、安い定食屋も、貴族向けのレストランも揃っている。屋台で立ち食いもできる。
座ってゆっくり食べたい。だが、貴族向けの店には入れない。
空いていそうな酒場へ入った。
シメに食べるような料理とつまみを組み合わせ、酒と共に注文する。
まばらな客は、誰も飲んだくれていなかった。俺と同じように食事と休息を求めて来たように見える。
酒場と看板を掲げていても、昼間はほぼ食事処として営業しているようだ。
自炊で生活していると、作るのが面倒なばかりに、食べることもおろそかになる時がある。
座って待つだけで、料理が完成し、食べるだけで良い、という状況は、ご褒美みたいなものだ。
特に、疲れている時には。
それでいて、外食ばかりだと、自分で好きな味付けをした料理が食べたくなるのだが。
出てきた料理はありふれたメニューだったが、自分と違う味付けが新鮮で、美味しく食べられた。酒も景気付けにちょうど良い。
ゆっくり寛ごうと思っていたのに、たちまち食べ終えてしまった。追い立てられる旅から一人暮らしに入った者の、悲しい性である。
店には次々と客が訪れる。食べ終えた客は長居せずに去るのが、暗黙の了解らしかった。
帰ろう。
町外れへ向かって歩き出す。どこからともなく、煙草の良い香りが漂ってきた。
気付いたら、娼館の前にいた。
30
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※
兄の親友が彼氏になって、ただいちゃいちゃするだけの話
狭山雪菜
恋愛
篠田青葉はひょんなきっかけで、1コ上の兄の親友と付き合う事となった。
そんな2人のただただいちゃいちゃしているだけのお話です。
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる