雌伏浪人  勉学に励むつもりが、女の子相手に励みました

在江

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第四章 富百合

14 まるで別人だった

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 後の始末については遥華に任せるということで、俺はエイミを従えフューチャーランドを出た。

 「折角だで、他のアトラクションで遊んで行ってもええわ」

 と遥華は言ってくれたが、とてもそんな気力は起きなかった。名物に襲撃されただけで、十分である。
 エイミはレンタカーを持ってきていた。俺は、駅前のレンタカー会社まで、助手席に乗せてもらうことにした。

 「あのまま、おかしくなったりしないかな」

 「多少、大学の単位を取り損ねるかもしれませんね。講義はそれなりに出席していたようですし、大学を中退してまで追いかけて来ることはないでしょう。ユーキ様が責任をお取りになる必要はございません」

 物言いにややひっかかるところがあった。責任を取る必要はなくとも、責任を感じる必要はある、とも解釈できる。
 それに、質問の答えになっていない。霞が精神のバランスを崩して病気になったとしても、俺が責任を取る必要はない、と言っているように思うのは、ひねくれているのだろうか。

 口に出すのははばかられた。ともかく、霞がこれ以上俺を追いかけることはない、とエイミは明言したのだ。それを聞いて安心したのは、事実だった。

 「アオヤギ。遥華さんと打ち合わせていたのか。公開前アトラクションなのに、詳しかったよな」

 話を変えた。

 「多少の調べごとがありまして、その過程で互いに情報を交換したまでのことです」

 詳しい話は聞けずじまいであった。俺が霞から逃れるために使った言い訳についても、触れなかった。


 ホワイトデーに、俺は張り切って予備校へ出かけた。須藤富百合に、バレンタインデーのお返しをするためである。
 二次試験が終わると、後はひたすら結果待ちである。
 合格すればもちろん、万が一不合格になったとしても、引っ越すつもりであった。

 暇に任せて荷物の整理など始めたものの、やはり結果がわからぬ先には身も入らず、そういえば富百合にチョコレートのお返しをしなくては、とひどくその事が気に懸かって、結局毎日のように駅周辺へ出かけてはデパート巡りをして日々を過ごした。

 また俺の心情に合わせたかのように、あちこちでこぞってホワイトデー商戦を始めていた。
 バレンタインデーはチョコレートが基本だが、後から設けられたホワイトデーの贈り物には定番がない。

 一説には交際OKならばクッキー、交際不可ならマシュマロとも言われるが、世の中には義理が横行しており、義理には義理で返さねばならない。
 「好き」ならキャンディ、「嫌い」ならマシュマロという説もある。

 アクセサリーや化粧品も喜ばれるとか巷で言われるが、趣味や値段の問題もあるし、付き合ってもいない相手から貰っても困るだろう。できれば、食べて消える、そして長持ちする菓子を選びたい。

 さんざん見て歩いた末に、俺は結局デパートのホワイトデーフェアで、ハンカチと紅茶のセットを買った。

 それほど時間と手間をかけたのに、肝心の富百合の連絡先がわからない。

 富百合が予備校へ来る保証はまるでなかった。
 現役高校生である。不合格にならない限り、用はない。それでも家にいると落ち着かず、唯一の接点があった予備校へ来てみたのである。

 予備校ではこの時期、現役受験突破を掲げた高校2年生を対象に、春休み集中講座が真っ盛りである。
 有名高校受験を目指す中学2年生向け講座もある。全体に若々しい気が満ちている。そして富百合の姿はない。

 俺は、居心地が悪く、特別掲示板の方へ行った。そこにはエイミがいた。俺が近付いても、掲示板を眺めている。
 早くも発表の始まった、私立大学の合格者名が貼り出されていた。俺はゆっくりと名簿を読んだ。知った名前はなく、すぐに読み終えた。

 「どうなさいますか」

 エイミが言った。俺は渋々諦めることにした。しかし、このまま帰宅するのは、何かに負けた気がする。

 「その辺を散歩して、お昼食べてから帰る。お前も付き合え」
 「わかりました」

 そこで躊躇うエイミ。まず咳払いをした。

 「どうしても、ということでしたら、川相かわいさんにお願いすれば、須藤富百合の住所も電話番号もわかりますよ」
 「初めから言えよ」

 川相雪は、予備校の事務室で働いている。父親は予備校の幹部である。そして、予備校生であるコトリタカオと交際している。

 確かに雪ならば、富百合のデータを抜き出すことができる。しかし、コトリの友人、というだけの俺が頼んでも、教えてくれるだろうか。

 「問題があります」
 「言ってくれ」

 「川相さんが教えてくれたとして、本人が教えてもいないのに家へ押し掛けたり電話をするとなると、先方が気味悪く思うかもしれません。磯川霞がユーキ様にしたように」

 既に、気持ちのほとんどを事務室へ飛ばしていた俺は、冷水を浴びせられた気持ちになった。

 霞からの不気味なプレゼントや、暗闇に浮かぶ恐ろしげな顔がまざまざと脳裏に蘇った。あの日以来、霞の気配は跡形もなく消えていたが、刻み込まれた記憶は健在であった。

 「じゃあ、その手は使わないよ」
 「合格発表の日に、大学へ行かれれば、お会いになれるとは思いますが」

 俺の落胆ぶりに同情したのか、エイミが付け加えた。
 一旦冷えた気持ちはすぐには元に戻らない。今日渡すことに意味があるのであって、そんな後になって渡したところで格好がつかない。

 「合格祝いになさってはいかがですか」
 「そうだな」

 おざなりに返事をして、予備校を後にした。


 合格発表の日。郵便屋から受け取った大きな封筒を開けると、初めに、白い紙が1枚目に入った。

 「入学を許可する」

 合格通知であった。

 「よっしゃ」

 エイミも同じ大学に合格した。
 母に電話すると、祖母と一緒になって大層喜ばれた。
 行きたい大学を選んで良かった、と思った。


 進学先で住まいその他諸々の手続きを終えてアパートへ戻ると、須藤富百合から手紙が届いていた。
 母とは駅で別れていたので、側にはエイミしかいなかった。手紙が母の目に触れずに済んで、ほっとした。

 合格発表の前後から富百合の事を、すっかり忘れていた。エイミは差出人を確認したが、何も言わずに部屋へ戻った。

 自室へ入り、富百合からきた手紙の封を切った。便せん1枚に、女の子らしい文字が並んでいた。

 「フジノ先輩へ。お久しぶりです。お元気ですか? 富百合は合格して、外山とび先輩と再会できました。幸せいっぱいです。格好いい先輩の写真、特別にプレゼントしちゃいます。フジノ先輩も彼女を見つけて、幸せになってくださいね。さようなら。富百合より」

 封筒に写真が入っていた。そして、やっぱり差出人の住所は予備校だった。
 そこに写る男の顔を見て、俺はうめいた。せめて最後くらい、記念に富百合の写真が欲しかった。

 鏡を見に行った。映った姿と写真と見比べる。

 俺は、エイミとの夕食の席に、写真を持ち込んだ。富百合の手紙もついでに持参した。

 「これが、外山とび先輩だってさ」
 「ふ」

 写真を見せられたエイミは、給仕で席を立っていたのを幸い、食卓から離れ、俺に背を向けて肩を小刻みに震わせた。しかし、こちらへ向き直った時には、はや平然とした表情に戻っていた。

 写真と手紙を邪魔にならないよう棚へ置いて、席につく。

 「似ているか」
 「何と申しましょうか」

 似ていない、と即座に断言されず、俺の自信がぐらつく。

 「富百合ちゃんは、俺とその男が似ているって言っていたけど。やっぱり似ているのかなあ」
 「どちらかというと、似ていませんね」

 漸くエイミが判定を下した。

 「そうか。そうだよな。俺もそう思った」

 安心して大きく息をついた。
 空腹を思い出して、俺は箸を取った。

 そういえば、富百合は眼鏡を外して見た時に、俺と外山が似ていると言っていた。視力矯正してきちんと見比べれば、似ていないのだ。

 あのジャガイモ顔の男に負けた、という思いが一瞬脳裏をかすめたが、どのみち長くは付き合えなかったのだからこれでよいのだ、とたちまち片付けてしまった。

 「それにしても、この方は
 「え、何? 天然だよな。毎回予備校の住所書いて来るし、先輩の写真より、自分の写真を送るだろ、普通」
 「天然。ああ、なるほど。そうですね、才能は、天性のものなのでしょうね」

 エイミが苦笑した気がしたが、俺はもうお目付けの真意など、どうでも良かった。
 空腹が満たされるにつれて、俺の自信も回復した。


 3月末にアパートを引き払うことになった。フタケやコトリが手伝うと言ってくれたが、俺は断った。2人とも志望大学に無事合格していた。引越の必要はなくとも、新しい生活を控え、それぞれ忙しい身である。

 「合格祝いとお別れの餞別せんべつとして、最後にせん?」

 フタケは神谷由香子と別れて以降、しばらく大人しくしていたものの、合格を機にナンパ生活に戻るつもりらしかった。

 俺も少し心を動かされたが、ここでややこしい事になったら引越しできないかもしれず、どうにか自制した。
 フタケは、心底残念そうであった。

 コトリは川相雪と順調に交際を続けていて、やはりナンパに付き合う気が全くない。権堂遥華からは1回だけ、お祝いの電話をもらった。

 「よかったら、あの若い従兄弟を連れて遊びに来てね」

 フタミのことである。相変わらず、趣味と実益を兼ねた研究を続けているらしい。
 一筆取って解雇かいこした磯川霞から、その後おかしなことはないか、と心配もしてくれた。

 霞からは何の連絡もない。心身のバランスを崩して故郷に戻った、という噂も、聞かない。だから多分、何とかやっているのだろう。
 
 早く霞に似合いの恋人ができますように。それから、俺にも。
 俺は真摯しんしに願った。

 終わり
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