雌伏浪人  勉学に励むつもりが、女の子相手に励みました

在江

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第四章 富百合

13 はっきり言ってみた

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 エイミに襲いかかったことは、記憶にないようであった。痛みを堪える様子でもない。
 ぱっと立ち上がった霞は、拒む間もなく、俺の腕に絡み付いた。

 エイミは知らぬ顔をして、ひな壇へ向かう。霞と俺もついて行った。
 最上段にあった玉座は、主である鎧武者と、運命を共にしたかのように、崩壊していた。

 瓦礫がれきと化した玉座の破片を踏まないよう、上り詰めると、玉座の背もたれがあった位置に、大きな鍵穴があった。

 エイミが金色の鍵をあてて回す。
 がちゃり、と鍵の開く音がした。壁にひびが入り、扉の形をなす。そして、何もしないうちに開いた。


 扉をくぐった途端、後頭部の辺りから、何かの音がした。
 ぶちっと電源の切れる音と共に、目の前が真っ暗になった。

 「きゃっ。何これ」

 霞が、強くしがみつく。腕以外に何かが挟まったような違和感と、ガサガサいう音。

 ゲームが終わったのだ。

 ヘルメットを被ったことを、思い出す。同時に、頭が解放された。
 誰かにヘルメットを脱がされた。

 頭がとても軽く感じる。腕の違和感が大きくなる。見れば、腕にヘルメットがしがみついていた。
 そこへエイミがやってきて、霞のヘルメットを後ろから脱がせた。エイミは既に空身からみである。

 「あら」

 「も脱いで」

 「言われなくても、わかっているわよ」

 言われぬ先に、俺もポンチョを脱いだ。元の場所へ戻す。
 別の壁が割れて、扉になった。

 「ご苦労様」

 権堂遥華ごんどうはるかが入ってきた。白衣姿である。
 エイミがそつなく会釈えしゃくする。

 「間に合ってよかったわ。データも取らせてもらったわよ。どうだった?」

 「戦闘レベルが、家族連れには難易度が高すぎるかと。やはり若い男性か、若年層グループ向けのアトラクションでしょう。ところで、を操っていましたね?」

 「ふふ。元自衛隊員から取ったデータを、入力したの。よく倒せたわね。現役を張っているだけのことはあるわ」

 遥華は含み笑いをした。その元自衛隊員も、俺と同じように連れ込まれたに違いない。
 それから漸く、遥華が俺に向き直る。俺も挨拶した。

 「お久しぶりです」
 「誰この人」

 ポンチョを脱いだ霞が、俺に体を寄せて尋ねる。
 遥華は、霞に厳しい眼差しを注いだ。

 「あなたの雇い主よ。磯川霞さん。2日連続無断欠勤につき、処分します。更に、窃盗及び非現住建造物侵入に関して被害届を警察に提出し、加えて営業妨害で告訴することを検討しています。後ほど設備の損傷を調べて、損害賠償を請求することもあり得ます。それはそれとして、働いた分の給料は日割りで支払います。諸々手続きを行うので、今日中に事務所へ出頭しなさい」

 「窃盗? 私が何をしたっていうのよ」

 霞は身に覚えがないようだ。俺も、遥華が立板に水の如く並べ立てた罪名と告訴という言葉に、やった覚えもないのに緊張する。

 正確にはフューチャーランドは遥華の父が経営している筈である。
 ただ、この建物に関しては、立案者の遥華が責任者であってもおかしくない。

 それにしても、霞がフューチャーランドで働いていたとは、知らなかった。アトラクション内部に、案内人なしで入り込めたのも納得である。

 「招待券を盗んで、この人に送ったわね。あの券は、通常の無料券とは別物なの。そして試験中の建物へ、無断侵入して潜んでいた。公開前のアトラクションの内容が、同業他社に漏れたら、立派な営業妨害よ」

 「それなら、あなた方の秘密を知った私の方が、優位だわ」

 霞はめげない。そして、遥華も負けない。

 「その秘密をかたに要求を通そうとするなら、恐喝が加わるわよ。あなたが喋ったことで我が社がこうむる損害は、全てあなたに請求する。賠償請求は民事事件だけれど、恐喝は刑事事件だから、あなたみたいに隠れる癖のある人には、刑務所に入ってもらわないといけないわね。それとも、拘置所だったかしら。留置場?」

 漸く現状を認識した、霞の顔が強張った。
 助けを求めるように、ますます俺に取りすがる。
 窮地に陥った元クラスメートに助けを求められて、振り払うのは、無情に思えた。

 すると、遥華の冷たい視線が、俺にも向けられた。

 「あなたが代わりに支払うのかしら」
 「とんでもありません。フジノも被害者です」

 答えたのは、エイミである。

 「勝手にベランダへ監視カメラを取り付けて室内の写真を撮ったり、飛び出す針金を仕込んだ箱を送りつけてきたりして、危うく怪我を負うところでした。こちらも訴えたいくらいです」

 「随分いろいろなことをしているのね。まずは警察を呼ばないと。余罪が出るかもしれないわ」
 「待ってください」

 霞の腕に力がこもったのが引き金で、俺は口を差し挟んでしまった。エイミと遥華の冷たい視線が、束になって突き刺さる。俺は、自分でも何を言おうとしていたのか、解らなくなった。

 今の状況も、よく飲み込めない。霞が勝手にフューチャーランドを荒らしたのを遥華が怒るのはわかる。
 そのことと、自分達が、どう関わるのであろうか。

 「同級生のよしみで、フジノは事を荒立てたくない、という意向を持っております。磯川が今後フジノに関わらなければ、こちらの被害は軽微ですので、今回だけは見逃してよい、と考えます。権堂さんの方は如何なさいますか」

 どさくさに紛れてエイミが、霞の悪行を見逃す提案をする。俺の望む方向に進めようとしているのか。

 遥華は霞を見据えたまま、暫く考え込んでいた。空気が冷えていく。
 霞の震えが、しがみつく腕を通して伝わってきた。

 ひどく長い沈黙の後、遥華が口を開いた。

 「いいでしょう。刑事事件となれば、マスコミも動く。アトラクションの内容が漏洩ろうえいする可能性も高まる。磯川霞さんが秘密厳守できるのであれば、告訴は見送りましょう。ただし、後日流出が確認された時のために、一筆いっぴつ書いてもらう。今回の証拠品も、全てこちらで保管する。どうする? もちろん、罪を償ってくれるのなら、喜んで通報するわ」

 「書きます。一筆の方で、お願いします」
 「では、初めにその腕を離しなさい。事務所へ来てもらう」

 「嫌。勝手にここへ入ったのは悪かったけど、ユーキとのことは2人の問題よ。私のために、ここへ来てくれた。ユーキも一緒に来てくれるでしょ」

 ここへ来て、霞が思わぬ抵抗を示した。しっかりと、俺の腕を捉えて離さない。

 エイミが苦い顔をしている。痛いところを突かれた感じだ。
 確かに、フューチャーランド侵入やバイト無断欠勤の件と、俺の盗撮やら何やらの件は、別物である。
 エイミはわかった上で、混ぜ込んだのだ。

 しかし結果的に今、霞によって、俺がフューチャーランド損害賠償事件に巻き込まれようとしていた。しかも、恋人として。

 遥華が冷たい瞳の中に、僅かに面白そうな色を浮かべて沈黙する。

 助けを求めてエイミに顔を向けたが、どうぞご勝手に、という身振りで返された。先刻、俺が霞を庇う形になったことを、根に持っている。裏切り者。

 仕方ない。俺は言葉で霞を引き剥がすことにする。こうなっては、なりふり構っていられない。

 「磯川。俺はお前と付き合う気はないぞ」
 「ひどい。恋人がピンチに陥ったら、見放すのね」

 事実ではないのに、霞の言葉が心に刺さる。
 卑怯という思いが俺を縛り、口を利けなくなった。エイミが大仰おおぎょうに、ため息をついた。

 「磯川。フジノは高校時代から、室越が好きだった。あなたは、自分の気持ちを押し通すために、両思いだった2人を引き離した挙げ句、室越を死なせたわけだ。フジノは、磯川に恋していない」

 霞の目が大きく見開かれた。首をねじ曲げて、エイミを睨みつける。
 俺はまた、窓越しに見た不気味な影を思い起こした。

 「嘘! そんなの嘘! だって、ユーキは棗となんか、話さなかった。私とばかり話をしていた」

 「それは、磯川が話しかけてきたからだろう。俺は話しかけられれば、誰とでも話したよ。磯川ばかりじゃない。磯川と恋人になりたいと思ったことは、一度もない」

 口が利けるようになった勢いで、はっきり言ってしまった。

 気まずさを恐れて、曖昧にしておくにも限度がある。霞がこのまま都合よく誤解を推し進めて、事態の深刻化を招くよりは、気まずくなった方がマシだ。
 遅まきながら、理解した。

 霞は腕を離そうとしなかった。強く掴まれすぎて、俺は痛みを感じた。

 「でも、アオヤギだってユーキにつきまとっているじゃないの。隣の部屋に住んで、同じ予備校に通って。どうして私だけ側にいるのは、いけないの?」

 霞は偏執的ではあったが、馬鹿ではなかった。
 またもや厄介な点を突いてきた。エイミが、口を開きかけて止める。
 ここで家同士の関係や、お目付けの経緯を話したところで、霞は引き下がらないだろう。

 「必要なんだ」

 苦し紛れに言った。

 効いた。霞の動揺が、腕を通して伝わった。

 エイミも、わずかに驚きを示した。方便ほうべんだから。お前まで本気にしなくていい。
 だが、霞には信じてもらわねばならない。俺は言葉を継いだ。

 「アオヤギは俺にとって必要な存在だから、側にいてもらっている。もし彼女が俺の側からいなくなっても、磯川はその代わりになれない。他を当たってくれ」

 霞の腕から急速に力が抜け、ぱたりと落ちた。

 俺の腕は解放された。まるで頃合いを計ったように、扉の向こうから新たに数人が入ってきて、霞の腕をとった。
 霞はもう抵抗しなかった。うなだれて、俺を見もしなかった。

 「事務所へ連れて行って、手続きを取りなさい。すぐ追いかける」

 遥華は、霞が連行されるのを見送った。その姿が完全に見えなくなったところで、エイミが深々と遥華に向かって頭を下げた。

 「この度は大変ご迷惑をおかけしたにも関わらず、便宜べんぎを計ってくださり、本当にありがとうございました」

 遥華は婉然えんぜんとして、俺たちを見やった。

 「いいのよ。あなたのデータと等価交換という、メリットがあったもの。ユーキを待ち続けて、彼女がもっと衰弱した状態で発見された方が大事になりよったわ。見回りの時にペットボトルや羊羹を置いたりして、監視カメラで見守ってはいたけれど、動きの予想が付かなくてヒヤヒヤしたわ。あの様子なら、一筆はこちらの分だけ取ればいいわね」

 「はい。結構です」
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