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第四章 富百合
10 招待を受けてみた
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俺は受話器を耳から離した。まだ向こうの声は続いていた。
「……時間外ですので、自動音声が応対します。入学案内をご希望の方は、1を……」
ピーッという電子音で我に返り、受話器を置いた。
控えにあった住所と、通う予備校の資料とを見比べた。
富百合が書いた住所と電話番号は、俺が通う予備校と完全に一致していた。
がっくりした。
これを、どのように考えるべきなのだろう。
富百合は俺に、住所を知られたくない。それは、外山先輩に対する富百合なりの義理立てである。
だが、俺の好意には報いたい。だから遊園地デートに誘ったのではなかろうか。
いやいや、と俺は頭を振った。
手紙には、日付も時間も記されていない。今から行ったところで、コンビニじゃあるまいし、閉園している。まさか門の外で待ち伏せする訳もない。
つまり、富百合と確実に会う方法は、ない。
まさか、エイミの疲労した頭が生み出した、無茶苦茶な推論が正しいのか。
非常に面倒くさく感じたが、約束したことなので、俺はエイミに電話をかけた。
「明日、開園一番に、フューチャーランドへ行ってみるよ」
「承知しました」
事務的な返事が戻ってきた。質問一つ、されなかった。俺は、ほっとして電話を切った。
翌朝、すっきりと目が覚めた。
朝食に、外の喫茶店でモーニングセットを取ることに決め、身支度だけ整えて部屋を出た。
特別無料優待券と封筒は、しっかりバッグへ入れた。
フューチャーランドへ行くまでの間に、富百合と会うことを期待していたが、似た姿も見かけなかった。
バスで郊外へ出て20分ほど揺られると、ドーム型の建物が見えてきた。前後に車が増え始める。皆、目指す方角は同じである。
俺の乗ったバスは、広い駐車場を通り抜け、専用の降車場まできた。バスを下りれば、入り口は目の前である。
後から降車した客に抜かされ、駐車場から歩いてきた客と合流する。幼児と祖父母の組み合わせよりも、若い男女が圧倒的に多い。寒い中、盛況である。
フューチャーランド、と英語とカタカナの看板がドームの入り口に掛かっている。入り口は、がっしりとした金属製の2枚扉であった。ドームの形状と併せ、格納庫のようにも見える。
俺は優待券を取り出した。無料の表記を信じ、チケット売り場を素通りする。
ピロロロ、と怪しげな音がどこからともなく流れた。
「皆様、未来型遊園地、フューチャーランドへようこそお越し下さいました。ただ今より、開園のお時間でございます。どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
自動音声によるアナウンスが流れると共に、入り口の扉がゆっくりと両側に引っ込み始めた。
わああ、と走り出す幼児を押さえる大人達を避けて、俺は後からゆっくりと入り口へ向かった。ここへ至るまでに、何度も周囲を見回したが、富百合らしい人物は見当たらなかった。
入園するより、入り口で待っていた方が会えるのではないか、と思いついた途端、待ち構える係員と目があった。
今更引き返せず、緊張しつつ特別無料優待券を渡す。初老の係員は、表、裏、と慎重に券を改めた。
それから、端に向かって手を振った。やってきたのは、銀色のスーツに身を包んだ、若い女の係員であった。
「特別優待の方だ。引き継ぎ通り、E館へお連れしなさい。お客様、お名前をいただきたいのですが」
「フジノユーキです」
「ああ、フジノ様の方ですね。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
見送りを受け、園内に足を踏み入れた。
屋内型遊園地だけに空調は万全である。まるで寒さを感じなかった。
園内を一周するように、ジェットコースターのようなレールがある他は、建物が立ち並ぶだけで、どのように遊ぶものか想像もつかない。
建物はどれも未来的なデザインで、本物の建築資材を使っていた。ただ園内を散歩するだけで、別世界の雰囲気を味わうことができた。
案内に立った若い女性係員は、着ぐるみのように無口であった。生身の人間である。そして目指す建物には、なかなか到着しない。
「E館というのは、どんな建物ですか」
「新しい建物です」
「どんな風に遊ぶのですか」
「あちらで担当の係員がご説明致します」
意図的なのか、話し方が自動音声風に聞こえた。
係員はまた無言に戻り、疑問は何一つ解消されなかった。
俺はここで富百合に会う奇跡に、漸く諦めがついた。
僅かばかり慰められるのは、エイミが推測したように、霞にも会わなかったことで、残る可能性は、遥華である。
以前、実験に協力したゲームが、実用化された記念に、お披露目を兼ねて、招待してくれたのかもしれない。
あれがそのままアトラクションには成り得ないと思うが、エロい要素を抜いても幼児向けゲームにはならないだろう。年端もいかない子供が入り込まないよう、エリアを分けるのも道理だ。
そして、エリアを分けたなら、多少は胸の踊る要素を入れ込むことも、可能である。
新たな可能性に気付いて期待が膨らんだところで、係員が足を止めた。
一見して、設備用の物置か、雰囲気作りのための飾り物かと思われた。
係員が鍵を取り出し、幾何学的な模様に紛れていた鍵穴に差し込む。ぱかりと扉が開き、円筒形の小部屋が現れた。
「お入りください。E館へお運びします」
俺が入ると、扉が閉まった。係員は部屋の外である。
機械の動力音と共に、筒は下降し始めた。エレベータになっているらしかった。見れば壁にボタンが並ぶ。
しかし、どのボタンを押すまでもなく、筒は目的地に到着し、ドアが自動的に開いた。E館は、地下にあったのだ。見当たらない訳である。
「エレベータから出てください」
合成音が響いた。俺はエレベータから出た。
エレベータの出入り口と、同じ幅の通路が直線に続く。壁は金属製である。
どこか見覚えがあった。遥華の実験に協力した時に見た光景であった。
通路は、すぐに同じ材質の扉に突き当たった。近付くと自動で開く。
やや広い部屋に入った。壁はここもまた一面の金属で、あちこちに溶接めいた線がついていた。
部屋の隅に、女性がうつ伏せに倒れていた。近寄っても動かない。遥華の実験空間と違い、こちらは現実である。
すぐには声をかけることも触れることもできず、ただ様子を窺った。じっと観察するうちに、微かに背中が上下しているのが確認できた。
「ユーキ様」
思いがけず、背後から名前を呼ばれて飛び上がった。振り向くとエイミがいた。富百合と会うことを諦めた辺りから、どこかで期待していたが、やはりついてきていた。相変わらず、気配を匂わせない。
「お供します。それは人間ですか」
エイミの視線を辿る。俺は、自分の足に女性が手を伸ばそうとしていることに、気付いた。
慌てて届かない場所まで引き下がる。
女性の手が、無念そうに床を2度3度と引っ掻いた。手は空を掴むばかりだった。
ゆるゆると、頭が持ち上げられた。磯川霞だった。
「ユーキ、遅かったじゃない。私ずっと待っていたのよ。アオヤギったら、体で誘惑するだけじゃ足りなくて、私達のデートを邪魔しにきたのね」
「ユーキ様が磯川とデートをなさりたいのなら、邪魔はしない」
冷静にエイミが応じた。それから、問いかけるように俺を見る。弾みでうっかり頷いたら、俺を見捨てるつもりだ。霞の無茶苦茶な計画を当てたことといい、こいつの頭もある意味、ぶっ壊れている。味方で良かった。
俺は思い切り首を振った。霞が自力で立ち上がって、壁に寄りかかる。顔が荒んでいた。
エイミの推測通り、2次試験の前日に招待状を送ったなら、まさかその日から、ここで待ち伏せしていたとでも言うのか? さすがに、そこまでは信じ難い。
「あんたの言葉なんか、信用できないわよ。ユーキを様付けで呼ぶほど好きなんでしょ。あんたがユーキにキスしたのを、私知っているのよ」
「ゔ」
「あ」
霞の顔つきを見ていて、俺は急に思い当たった。
いつぞや、エイミの部屋にいた時、窓から変な影が覗いていたことがあった。
その時自分達がどんな状態だったかまでは、まるで思い出せないが、霞のように思い込みの激しそうな人間だったら、そんな誤解をするかもしれない。
あの窓に張り付いていた不気味な影に、霞の顔が二重写しになった。思い出したことを教えようと、エイミを見ると、何故か口に手を当てている。吐き気を堪えるようにも見えた。俺の視線に気付き、すぐ立ち直る。
「すると、フジノの部屋に監視カメラを取り付けたのは、磯川なのね」
エイミは俺の呼び名をさらりと変えた。遅まきながら元クラスメートと思い出したようだ。
「やっぱりあんたが外したのね。あれ、結構高かったんだから。返してよ」
「びっくり箱つきのチョコレートを部屋の前に置いたのも、磯川?」
霞の抗議は完全に無視して、尋問を進める。
「あのチョコ、手作りだから。アオヤギには関係ない。私はユーキに贈ったのよ。食べてくれた?」
急に俺に振られ、反射で正直に答える。
「いや、まだ」
「また作ってあげるから、勿体がらないで、食べていいのよ」
食べない理由を、完全に誤解している。
霞は自分のした事を、全く悪いと思っていない。これは厄介だ。
エイミは、ここで会ったが百年目とばかりに、追及する。
「フジノの実家へ電話したのも、磯川ね」
「同級生なんだから、電話したっていいじゃない」
「予備校の梶尾先生にあることないこと吹き込んだのも、磯川」
「嘘なんか言っていないわよ。ユーキが2股かけるからいけないんだわ」
「俺は2股なんか、かけていないって」
「ユーキ様、その仰りようは、誤解を招きます」
つい言い返したところで、エイミが素早く口を挟んだ。
本当だ。霞が幸せそうな顔になる。後悔しても、手遅れである。この誤解を解くには、何と言ったものか。大体が、俺の発言のどこをどうしてどう解釈すれば、その反応になるのか、理解できない。
「棗だって、私たちのこと、祝福していたわ。同級会で見たもの」
思い出した。あの時、霞は顔色を青くして、俺から遠ざかって行った。彼女にも棗が見えていたのだ。
反論したのは、エイミである。
「磯川に霊感があるとは、高校時代から聞いた事がない。あなたの場合は霊感ではなく、室越に気が咎めたから、そんな幻覚を見たの。室越がフジノに告白できなかったのは、あなたが手を出さないように、牽制したせいだ」
「そんな事、言っていないわ!」
霞が急に叫んだ。怯えたように俺の背後を見透かす。俺も振り向いてみた。何も見えなかった。霞も同様だったらしく、急に落ち着きを取り戻した。
「棗がとても内気だったのは、皆、知っているでしょう?」
「磯川がフジノを好きだということを、室越は知っていた」
「そりゃあ、知っていたわよ。親友だもの」
霞はしゃあしゃあとして、答えた。
「……時間外ですので、自動音声が応対します。入学案内をご希望の方は、1を……」
ピーッという電子音で我に返り、受話器を置いた。
控えにあった住所と、通う予備校の資料とを見比べた。
富百合が書いた住所と電話番号は、俺が通う予備校と完全に一致していた。
がっくりした。
これを、どのように考えるべきなのだろう。
富百合は俺に、住所を知られたくない。それは、外山先輩に対する富百合なりの義理立てである。
だが、俺の好意には報いたい。だから遊園地デートに誘ったのではなかろうか。
いやいや、と俺は頭を振った。
手紙には、日付も時間も記されていない。今から行ったところで、コンビニじゃあるまいし、閉園している。まさか門の外で待ち伏せする訳もない。
つまり、富百合と確実に会う方法は、ない。
まさか、エイミの疲労した頭が生み出した、無茶苦茶な推論が正しいのか。
非常に面倒くさく感じたが、約束したことなので、俺はエイミに電話をかけた。
「明日、開園一番に、フューチャーランドへ行ってみるよ」
「承知しました」
事務的な返事が戻ってきた。質問一つ、されなかった。俺は、ほっとして電話を切った。
翌朝、すっきりと目が覚めた。
朝食に、外の喫茶店でモーニングセットを取ることに決め、身支度だけ整えて部屋を出た。
特別無料優待券と封筒は、しっかりバッグへ入れた。
フューチャーランドへ行くまでの間に、富百合と会うことを期待していたが、似た姿も見かけなかった。
バスで郊外へ出て20分ほど揺られると、ドーム型の建物が見えてきた。前後に車が増え始める。皆、目指す方角は同じである。
俺の乗ったバスは、広い駐車場を通り抜け、専用の降車場まできた。バスを下りれば、入り口は目の前である。
後から降車した客に抜かされ、駐車場から歩いてきた客と合流する。幼児と祖父母の組み合わせよりも、若い男女が圧倒的に多い。寒い中、盛況である。
フューチャーランド、と英語とカタカナの看板がドームの入り口に掛かっている。入り口は、がっしりとした金属製の2枚扉であった。ドームの形状と併せ、格納庫のようにも見える。
俺は優待券を取り出した。無料の表記を信じ、チケット売り場を素通りする。
ピロロロ、と怪しげな音がどこからともなく流れた。
「皆様、未来型遊園地、フューチャーランドへようこそお越し下さいました。ただ今より、開園のお時間でございます。どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
自動音声によるアナウンスが流れると共に、入り口の扉がゆっくりと両側に引っ込み始めた。
わああ、と走り出す幼児を押さえる大人達を避けて、俺は後からゆっくりと入り口へ向かった。ここへ至るまでに、何度も周囲を見回したが、富百合らしい人物は見当たらなかった。
入園するより、入り口で待っていた方が会えるのではないか、と思いついた途端、待ち構える係員と目があった。
今更引き返せず、緊張しつつ特別無料優待券を渡す。初老の係員は、表、裏、と慎重に券を改めた。
それから、端に向かって手を振った。やってきたのは、銀色のスーツに身を包んだ、若い女の係員であった。
「特別優待の方だ。引き継ぎ通り、E館へお連れしなさい。お客様、お名前をいただきたいのですが」
「フジノユーキです」
「ああ、フジノ様の方ですね。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください」
見送りを受け、園内に足を踏み入れた。
屋内型遊園地だけに空調は万全である。まるで寒さを感じなかった。
園内を一周するように、ジェットコースターのようなレールがある他は、建物が立ち並ぶだけで、どのように遊ぶものか想像もつかない。
建物はどれも未来的なデザインで、本物の建築資材を使っていた。ただ園内を散歩するだけで、別世界の雰囲気を味わうことができた。
案内に立った若い女性係員は、着ぐるみのように無口であった。生身の人間である。そして目指す建物には、なかなか到着しない。
「E館というのは、どんな建物ですか」
「新しい建物です」
「どんな風に遊ぶのですか」
「あちらで担当の係員がご説明致します」
意図的なのか、話し方が自動音声風に聞こえた。
係員はまた無言に戻り、疑問は何一つ解消されなかった。
俺はここで富百合に会う奇跡に、漸く諦めがついた。
僅かばかり慰められるのは、エイミが推測したように、霞にも会わなかったことで、残る可能性は、遥華である。
以前、実験に協力したゲームが、実用化された記念に、お披露目を兼ねて、招待してくれたのかもしれない。
あれがそのままアトラクションには成り得ないと思うが、エロい要素を抜いても幼児向けゲームにはならないだろう。年端もいかない子供が入り込まないよう、エリアを分けるのも道理だ。
そして、エリアを分けたなら、多少は胸の踊る要素を入れ込むことも、可能である。
新たな可能性に気付いて期待が膨らんだところで、係員が足を止めた。
一見して、設備用の物置か、雰囲気作りのための飾り物かと思われた。
係員が鍵を取り出し、幾何学的な模様に紛れていた鍵穴に差し込む。ぱかりと扉が開き、円筒形の小部屋が現れた。
「お入りください。E館へお運びします」
俺が入ると、扉が閉まった。係員は部屋の外である。
機械の動力音と共に、筒は下降し始めた。エレベータになっているらしかった。見れば壁にボタンが並ぶ。
しかし、どのボタンを押すまでもなく、筒は目的地に到着し、ドアが自動的に開いた。E館は、地下にあったのだ。見当たらない訳である。
「エレベータから出てください」
合成音が響いた。俺はエレベータから出た。
エレベータの出入り口と、同じ幅の通路が直線に続く。壁は金属製である。
どこか見覚えがあった。遥華の実験に協力した時に見た光景であった。
通路は、すぐに同じ材質の扉に突き当たった。近付くと自動で開く。
やや広い部屋に入った。壁はここもまた一面の金属で、あちこちに溶接めいた線がついていた。
部屋の隅に、女性がうつ伏せに倒れていた。近寄っても動かない。遥華の実験空間と違い、こちらは現実である。
すぐには声をかけることも触れることもできず、ただ様子を窺った。じっと観察するうちに、微かに背中が上下しているのが確認できた。
「ユーキ様」
思いがけず、背後から名前を呼ばれて飛び上がった。振り向くとエイミがいた。富百合と会うことを諦めた辺りから、どこかで期待していたが、やはりついてきていた。相変わらず、気配を匂わせない。
「お供します。それは人間ですか」
エイミの視線を辿る。俺は、自分の足に女性が手を伸ばそうとしていることに、気付いた。
慌てて届かない場所まで引き下がる。
女性の手が、無念そうに床を2度3度と引っ掻いた。手は空を掴むばかりだった。
ゆるゆると、頭が持ち上げられた。磯川霞だった。
「ユーキ、遅かったじゃない。私ずっと待っていたのよ。アオヤギったら、体で誘惑するだけじゃ足りなくて、私達のデートを邪魔しにきたのね」
「ユーキ様が磯川とデートをなさりたいのなら、邪魔はしない」
冷静にエイミが応じた。それから、問いかけるように俺を見る。弾みでうっかり頷いたら、俺を見捨てるつもりだ。霞の無茶苦茶な計画を当てたことといい、こいつの頭もある意味、ぶっ壊れている。味方で良かった。
俺は思い切り首を振った。霞が自力で立ち上がって、壁に寄りかかる。顔が荒んでいた。
エイミの推測通り、2次試験の前日に招待状を送ったなら、まさかその日から、ここで待ち伏せしていたとでも言うのか? さすがに、そこまでは信じ難い。
「あんたの言葉なんか、信用できないわよ。ユーキを様付けで呼ぶほど好きなんでしょ。あんたがユーキにキスしたのを、私知っているのよ」
「ゔ」
「あ」
霞の顔つきを見ていて、俺は急に思い当たった。
いつぞや、エイミの部屋にいた時、窓から変な影が覗いていたことがあった。
その時自分達がどんな状態だったかまでは、まるで思い出せないが、霞のように思い込みの激しそうな人間だったら、そんな誤解をするかもしれない。
あの窓に張り付いていた不気味な影に、霞の顔が二重写しになった。思い出したことを教えようと、エイミを見ると、何故か口に手を当てている。吐き気を堪えるようにも見えた。俺の視線に気付き、すぐ立ち直る。
「すると、フジノの部屋に監視カメラを取り付けたのは、磯川なのね」
エイミは俺の呼び名をさらりと変えた。遅まきながら元クラスメートと思い出したようだ。
「やっぱりあんたが外したのね。あれ、結構高かったんだから。返してよ」
「びっくり箱つきのチョコレートを部屋の前に置いたのも、磯川?」
霞の抗議は完全に無視して、尋問を進める。
「あのチョコ、手作りだから。アオヤギには関係ない。私はユーキに贈ったのよ。食べてくれた?」
急に俺に振られ、反射で正直に答える。
「いや、まだ」
「また作ってあげるから、勿体がらないで、食べていいのよ」
食べない理由を、完全に誤解している。
霞は自分のした事を、全く悪いと思っていない。これは厄介だ。
エイミは、ここで会ったが百年目とばかりに、追及する。
「フジノの実家へ電話したのも、磯川ね」
「同級生なんだから、電話したっていいじゃない」
「予備校の梶尾先生にあることないこと吹き込んだのも、磯川」
「嘘なんか言っていないわよ。ユーキが2股かけるからいけないんだわ」
「俺は2股なんか、かけていないって」
「ユーキ様、その仰りようは、誤解を招きます」
つい言い返したところで、エイミが素早く口を挟んだ。
本当だ。霞が幸せそうな顔になる。後悔しても、手遅れである。この誤解を解くには、何と言ったものか。大体が、俺の発言のどこをどうしてどう解釈すれば、その反応になるのか、理解できない。
「棗だって、私たちのこと、祝福していたわ。同級会で見たもの」
思い出した。あの時、霞は顔色を青くして、俺から遠ざかって行った。彼女にも棗が見えていたのだ。
反論したのは、エイミである。
「磯川に霊感があるとは、高校時代から聞いた事がない。あなたの場合は霊感ではなく、室越に気が咎めたから、そんな幻覚を見たの。室越がフジノに告白できなかったのは、あなたが手を出さないように、牽制したせいだ」
「そんな事、言っていないわ!」
霞が急に叫んだ。怯えたように俺の背後を見透かす。俺も振り向いてみた。何も見えなかった。霞も同様だったらしく、急に落ち着きを取り戻した。
「棗がとても内気だったのは、皆、知っているでしょう?」
「磯川がフジノを好きだということを、室越は知っていた」
「そりゃあ、知っていたわよ。親友だもの」
霞はしゃあしゃあとして、答えた。
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