続・姫待ち。魔王を倒したチート魔術師は、放っておかれたい

在江

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38 猪突対決

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 なりふり構わぬ、とは言っても、王女を昏倒こんとうさせて行方をくらませたら、ただの犯罪者である。
 王宮で、おかしな振る舞いは出来ない。

 俺はしおしおと、彼女に従って、彼女の部屋へ入らされた。
 侍女が隣室に控え、護衛が表に立っているとはいえ、二人きりである。冷や汗しか出ない。

 「その様子。思い出されましたのね」

 早速、巨乳を揺らして駆け寄る彼女を、身をひるがえして避ける。突進するいのししを連想した。

 「違います。王女殿下の正体について、思い当たることがあったのです」

 意味ありげに言うと、エリザベスの顔に警戒が浮かんだ。

 「正体、とは、穏やかならぬ言い回しですわ」

 とりあえず、突進を止めることは出来た。それだけで、大分楽になる。

 「ビアトリス=アリストファム王女殿下。それとも、ゴールト伯爵夫人とお呼びした方が、よろしいですか?」

 俺は、出来るだけ冷たく言った。どういう訳か、俺の体は、この巨乳幼女に拒否反応が出る。
 拒否感に引っ張られて、頭が回らない。これは、オールコックとビアトリスの前世関係が、影響しているに違いない。

 驚いたことに、エリザベスは舌打ちをした。

 「チッ。やはり、ザカリー様の力はお強いのですね。ビアトリス、何ならベティでも結構よ。昔、リッチと呼び合っていたみたいに」

 「では、ビアトリス様。幾つか質問をお許しください」

 俺は、あくまで平静を装う。逃走に失敗した以上、戦うより他ないのである。

 「いいわ」

 エリザベスは、舌打ちで王女の仮面をかなぐり捨てたようだ。俺の体が、また強張こわばる。
 ヒサエルディスから聞いたオールコックのイメージを、修正すべきかもしれない。
 奴は、大して色男でもないぞ。

 「ビアトリス様は、魔族の長の魂を見分けることが、お出来になる?」

 「そうなのかしらね。はっきり、それと分かるでもなし。私にとっては、リッチを探すヒントみたいなものよ」

 頭がくらっとする。オールコックの魂だけでなく、俺自身の気持ちだ。

 オールコックは当時、魔族の長の魂を喰らったかして融合し、アリストファムから前に、ビアトリスとも交わったのだ。

 それで子供も出来、彼女に彼の一部が移されたのだろう。元ゴールト家のウェズリーが、手にヒュドラを移植されて自在に扱えたのも、彼女の血筋を受け継いだからと思われる。

 「私は、オールコックの魂を受け継いでいるかもしれませんが、彼にはなり得ませんよ」

 「私が王女に生まれ変わったように、貴方も魔術師に生まれ変わった。望む方向が変わらないから、似た体を選んだのよ」

 エリザベスの理屈は、誤りでもあり、正しくもある。俺は、オールコックの子であって、彼そのものではない。
 そして、彼が自分の能力を俺に移す、もっと言えば取り憑こうとしていた節があることも、確かであった。

 現に、俺の魂には、彼の要素が組み込まれている。師匠の見立てが、エリザベスによって補強された。

 「ドワーフ国とエルフ国に残る魂を取り込めば、リッチが完全復活するかもしれない」

 何を言っているんだ?

 こいつ、殺した方が良い。
 王女殺しはまずいだろ。
 今更、保身か?

 俺の内部で、様々な声がせめぎ合う。もう少しで、魔法を発動するところだった。俺は、無詠唱無動作で魔法を使える。
 エリザベスを殺すことも、可能だ。

 彼女がただの王女なら、恐らくは。
 今の状況なら、殺すことが保身になる。殺さない保身の方が、遥かに難しい。

 そして、彼女は一応聖女になる予定である。
 聖女の承認手続きは政治的だが、聖女の力は、あなどれない。

 神殿から認められた能力の他に、神の加護としか思えない何かが付加される。

 魔王討伐で姫と旅する間に、何度もそれで命拾いした。その能力が、聖女になった途端に発動するのか、候補の段階で使えるのか、詳しいことは知らない。

 つまり、困難な道であろうとも、聖女を暗殺しない方が良い、ということだ。

 ただ、保身を抜きにしても、エリザベスをこのまま放免するのは、どう考えても危険である。
 ドワーフ国とエルフ国、人間界の存続も危うい。

 このような人物を聖女に推したのが、そもそも間違いだったのだ。それこそ、今更である。

 「無理ですよ」

 「私と貴方が組めば、出来るわよ。ザカリーのままでも、私は構わないわ」

 遂に、エリザベスの本音が出た。

 「気の毒に。オールコックも、ゴールト伯も、ビアトリス様を大切に扱ったでしょうに」

 エリザベスの顔が、凶悪なかげりを帯びた。

 「どっちの男も、私の地位と血筋が好きだっただけよ。二人とも、それなりにことは、認めてやっても良いわ。お前も、今世で私に尽くしなさい。魔王討伐の英雄が、実は魔王の仲間だったなど、洒落しゃれにならないでしょう?」

 やっぱり、彼女は俺の魂を見分けていた。オールコックへの執着だけではなかった。彼女は、より大きな権力を欲している。
 アリストファムで保管する三分の一を彼に渡した時、直に魂に触れたのかもしれない。

 殺すべきだ。俺の心が訴える。この王女の存在は、生死を問わず周囲に危険をもたらす。殺せば、少なくとも俺自身が堕ちるだけで済む。
 姫とアキの築いたアリストファム王国には、最小限の打撃で収まるだろう。

 否。キューネルン王国は、これを口実に、戦争を仕掛けるかもしれない。聖女候補の殺害は、他国の反発も招く。
 そうなれば、アリストファムは、周辺国全てから蹂躙じゅうりんされる。

 「無理ですよ、ビアトリス様」

 心の焦りと裏腹に、俺は淡々とした口調で繰り返す。その平坦さが、王女のたかぶりに干渉し、俺の言葉に耳を傾けさせる。

 「殿下は、アリストファム女王の面前で、虚偽の発言をなさいました。その場には、本国キューネルンの皆様も同席されていました。偽りを広める者が、聖女の称号を得ることは叶いません。従って、英雄の私を得ることも出来ません」

 「だから、お前は英雄じゃないって」

 「アリストファム王国から、魔族の長の魂を盗み出させたのは、ビアトリス様です。貴女がその時魂に触れたため、前世の記憶を保ったまま転生する力を得たのです」

 俺は平静な口調を保ったまま、断言する。数百年前の話である。証拠という証拠もなく、それ以上に曖昧な部分も残る。だが、生まれ変わりも、千里眼も、信ぴょう性のレベルは同じだ。

 「リチャード=オールコックは、貴女に盗ませた魂を自ら取り込み、貴女に子種を落とし込んだ後、エルフ王国にある魂を手に入れるため、潜入を図りました。しかし、ハリナダンが阻止しました。彼はエルフですが、魔族の長を倒した勇者の仲間であり、アリストファム建国の功労者でもあります」

 「出鱈目でたらめを。公的にも、世間にも、そんな記録は残っていない筈」

 つまりエリザベスは、バレないと踏んで、意図的に虚偽の話を開陳かいちんしたのである。これで、オールコックへの盲目的な恋心、という情状が使えなくなった。

 「表に出さないだけで、エルフ国にも、ドワーフ国にも、当時の記録は残っています。エルフ国には、当時の状況を目撃した証人も生き残っております。時間はかかりますが、調べればキューネルン王国にも、グラシリア王国にも、当時の状況を再構築できるだけの資料は見出せるでしょう。ここアリストファムにおいても」

 「魔王の奴隷が言うことなど、誰が信用するものか」

 聖女候補と話すうちに、俺は想い人から魔王の奴隷にまで成り下がった。
 もっとも、彼女の方も、聖女から重罪人に堕している。

 「私を魔王と断じるのは、ビアトリス様の言葉のみです。殿下が会食で披露した話では、窃盗犯がエルフ国の者と示唆していましたね。エルフ国も、自国の潔白を証明するためには、人間の知らない証拠をいくらでも公開するでしょう」

 「‥‥何が言いたい? 今更、私の聖女認定は覆せない。アリストファムの神殿は、ケニントン侯爵家が押さえている」

 ミラベル元王妃の生家である。ここに書記官がいなくて残念だった。直接罪に問えなくとも、いつか何かの役に立つかもしれなかった。

 「ビアトリス様が、聖女と認められる事に、異議はありません」

 今から神殿を制圧するのは難しい。キューネルンの面子メンツも立てねばならない。だが、一国の王に虚偽を申し立てた罪を、なかったことには出来ない。

 「但し、条件があります。聖女の能力を、千里眼から転生に変更すること。これは、記憶が直前に蘇ったと主張すれば通るでしょう。実際、思い出したのは、人生の途中だったのですから。生まれ変わりも、立派な奇跡です」

 エリザベスは、腕組みをして聞いている。おっぱいが小さなあごに付きそうなほど、盛り上がる。
 いかん。話に集中しなければ。

 「リチャード=オールコックの最期についての話を、あれ以上広めないこと。彼の光魔法の業績について、魔術の教本などに記載を増やす方向ならば、許容します。嘘はいつか破綻します。それから、魔族の長の魂には、もう関わらない事です。それは、私との結婚を諦める事も含みます」

 王女の目が光る。

 「やっぱり、貴方は、リッチなの?」

 「わかりません。私には、前世の記憶がありませんので。ビアトリス様の能力は、尊重します」

 嘘ではない。俺は、できるだけ誠実に聞こえるように話した。
 今の言で、俺が魔族の長の魂を取り込んでいると認めたも同然なのだが、彼女に見えているものを否定したところで、意味はない。そして、それ以外に証拠もないのだ。

 「条件を守っていただければ、私もビアトリス様の嘘を敢えて暴き立てたりはしません。ああ。それから、アリストファムのミラベル元王妃。エリザベス殿下には、お祖母様に当たられますね。あの方の悪巧みに利用されないよう、お気をつけください」

 「あの女狐」

 エリザベスの童顔が、嫌悪に歪んだ。

 「人を子供と侮りおって。己の欲望のために、娘も孫も使い捨てて構わない、鬼畜にも劣る奴。聖女となったら、好き勝手出来ないように潰してやる。マデリーン女王は、何をもたもたしているのか。あんな牢屋に閉じ込めたくらい、あの女には安楽椅子に掛けたも同然なのに」

 なかなか興味深い発言だったが、今そこを突っ込む余裕が、俺にはない。
 とりあえず、エリザベスとミランダ元王妃が手を組みそうにない事が分かれば、一安心だった。

 「では、今後そのようにお願いします」

 俺は、潮時と見て、退室の挨拶をした。エリザベスが、ふとすがるような表情を見せた。

 「貴方には、リッチの面影があるわ。記憶がなくても、私の立場を考えてくれたところとか。きっと、彼の影響を受けているのよ」

 「そうかもしれません。これからも、殿下の聖女としての活躍を、陰ながら見守らせていただきます」

 エリザベスは、嬉しそうに微笑んだ。彼女を見守るのは、約束を破らないか見張る意味である。
 俺はもちろん、誤解を解いたりしなかった。
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