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エピローグ
旅立ち
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彼女は、シャラーラの顔を見覚えていなかった。思い返せば当時、シャラーラは兜を深く被って面貌を下ろしていた。今、髪まで晒す彼女を、鎧だけで見分けるのは不可能だ。
ヴァルスとリズワーンは、それぞれ顔が隠れるほどの荷物を抱えており、まさかこんな場所で会うと予想でもしていない限り、やはり気づくのは難しかった。
「貴方は、何のご用で行くのです?」
シャラーラが尋ねた。彼女は名乗らず、相手の記憶を掘り起こそうともしなかった。残る二人は、荷物を運ぶので手一杯である。
三人は、アステアに商人と誤解されたままであった。
「うふふ。パパを訪ねるのに、理由なんていらないでしょ。お家に着いたら、お乳も飲ませたいわ。一応、薬草を買ってもらおうとは思っているけど。その食料も、分けてもらおうかしら。ラトーヤ様がお代を払った後でね。買ったら配達もしてくれる? どうせ、通り道でしょ」
アステアは、前に提げたカゴを示した。確かに薬草が入っていた。
リズワーンは、アステアの話が理解できなかった。今朝方、村の老女から聞いた話を思い出す。
彼女がラトーヤの子を産んだとして、別居している理由や、生活費を貰うにしても、薬草と引き換えなら単なる商取引ではないか、など、考えれば考えるほど、混乱する。
第一、ラトーヤが帰宅してから今日に至るまで、彼女は一度もここを訪ねてこなかった。彼も彼女や赤ん坊の存在に言及していない。
彼の方は、それどころではなかったとしても、アステアが彼の身を心配していないところも、奇妙を通り越して不気味だった。
ラトーヤは、ついこの間まで王に囚われ、衆人環視の中で、ようやく解放をもぎ取ったのだ。彼女が家に篭りきりで知らずとも、普通は、村の誰かが教えるだろう。
シャラーラは、返事をしなかった。アステアも気にする風もなく、そのまま四人無言で坂道を登り切った。家が見えてきた。
鍵を持っている筈なのに、シャラーラは入り口をノックした。すぐにラトーヤが扉を開けた。
「おかえり。大変だったね。ありがとう、さあ中へ‥‥アステアさん、こんにちは。今日はどうされました?」
大荷物を抱えたヴァルスはすぐに中へ入ったが、シャラーラは入り口を塞ぐようにして、そこに留まった。リズワーンとアステアが、締め出された格好になった。
「あの、薬草を買っていただけないかと思って。それから、この子におっぱいをあげたいので、中に入れてもらえればと」
アステアの顔と声に、リズワーンの記憶が刺激される。ラトーヤは、こういう面倒を避けるために、辺鄙な場所へ家を構え、出歩く際に顔を隠すのだった。
「薬草のお代は、こちらでよろしいですか?」
シャラーラが、懐から銀貨を取り出し、ラトーヤに示した。アステアは、おや、という顔でシャラーラを見るが、誰も釈明しなかった。
「そうだね。アステアさん、これで買える分だけをください。それから、どうやらお子さんは眠ったようです。今のうちに、家へ戻ると良いですよ」
言われてみれば、先ほどまで、ふにゃふにゃぐずっていた赤ん坊は、泣き疲れて眠ってしまっていた。
「まあ、この子ったら」
アステアは、体を揺らして赤ん坊を起こそうとした。リズワーンは思わず手を伸ばして、彼女の体を押さえた。抱えていた袋がどさりと落ち、中から芋が転がり出た。
「アステアさん!」
驚くほど大きな声を出したのは、ラトーヤだった。リズワーンの手の下で、彼女の体がびくりと震えた。
「寝た子を起こしてはなりません。それに、小さな子を激しく揺らすと、死んでしまうことがありますよ。お気をつけください」
そういうラトーヤの声は、一瞬前と打って変わって、優しい。シャラーラの手から銀貨を摘み取ると、アステアの手を取り、握らせる。アステアの頬に血が上った。
「さあ、今のうちに、家へ帰りましょう。リズワーン、もう手を離して良い」
彼女の体が、再びびくりと震えた。
「リズワーン?」
離した手から、恐る恐る視線を上げたアステアは、リズワーンを見てギョッとした。
生まれた時から村にいたエルフの顔は、さすがに見覚えていた。
「追放されて以来かな、アステア。その子の父親は、ウナスだよね?」
「ななな、何であなたがここに」
「リズワーンは、昔からの知り合いです。先日、こちらへ戻ったので、今は一緒に住んでいます」
動揺するアステアに構わず、にこやかに説明するラトーヤ。互いに知り合いとわかったところで、中に入れる様子もない。
恐らく、アステアが赤ん坊を彼の子、と言いふらした話を耳にしたのだろう。そして彼は、彼女の話を受け入れるつもりがないのである。
人々に拝まれるような立場ではあるが、彼とて無制限に優しい訳ではない。
「さあ。今から帰れば、夕方までに家に着きますよ。お子さんが起きる前に」
「は、はい。では、また」
アステアは、散らばった芋に躓きそうになりながら、早足で去った。リズワーンは、落ちた荷物を拾いにかかる。
「あーっ、落としちゃったんだ。早く家に入ればよかったのに」
ヴァルスが中から戻ってきた。
その日の夕食は、量と品数がこれまでより増えた。
旺盛な食欲を見せたのは、ヴァルスである。ラトーヤとリズワーンはもとより少食で、シャラーラはあの日以来、食欲がない。
食卓では、久々に言葉が交わされた。アステアについての情報交換である。
ラトーヤによれば、彼女は乳飲子を抱えた状態で、オランの城外に倒れていたそうだ。村人に頼まれて、彼が家を借りたり、薬を調合する器具を用意したり、と生活を整えたのである。
彼女が来た方向からして、オランの街へ入ったことは間違いない。何故そこで、神殿などに助けを求めなかったのかは、謎である。
ユーニアスが村でしていたように、街でも神殿は、困窮した人々を助ける活動をしている。
追放の過去を知られたくなかったか、あるいは自力で稼ぐため、薬草を探す途中だったのかもしれない。
リズワーンは、アステアとウナスが引き起こした騒動と、流れでその後の旅の話まで説明することになった。
「確証はないが、彼女の子の父親はウナスではないか、と思う」
「なるほど。その子の父は措いて、アステアさんの父親には、手紙で現状を知らせた方が良いな。それから、下の村の村長にも身元を伝えておこう」
ラトーヤが応じた。
「師匠は、あの子を引き取って育てたりしないのですか?」
シャラーラが尋ねた。彼女はとうに食べることを止めていて、これまで彼らの話を聞いていたのだ。
彼女の師匠は、弟子に柔らかい表情を向ける。
「しない。あの子には、母親がいる。それに私はもう、誰かの人生に責任など持てない」
リズワーンには、その言葉の続きがすぐに思い浮かんだ。
何故なら、わたくしは死ななければならない身だから、と。
彼は、弟子への償いとして、命を差し出すことも厭わないのだ。
リズワーンにも彼女に償う気持ちはあるが、死ねと言われてすぐに死ねるか自信はない。現にこうして食事を取ることも、明日を生きるためと言える。人並みに食事をすることは、ラトーヤも同じであるが。
「わたしは、殺さない、と言いました」
シャラーラが言った。ヴァルスが食べるのを止めた。ほとんどの皿は空になっていた。
食卓が静まり返った。
「覚えているよ。だが、その言葉に縛られなくとも良い」
「縛られてなどいません」
シャラーラは、低く反論した。他の三人は、彼女を見守る。彼女の視線は、目の前の皿に注がれていた。
「わたしは、師匠を親とも思っています。今でも」
「そうか。済まない」
「謝らないでください」
シャラーラが顔を上げた。怒っている。同時に、泣きそうにも見えた。対するラトーヤの感情は読み取れない。敢えて、そのような表情を作っているのだ、とリズワーンは思った。
「でも、だから、師匠はこれからもわたしの親として、一生わたしを見守ってください。それが師匠の償いです」
「わかった。謹んで受けよう」
「リズィも親になるの?」
尋ねたのは、ヴァルスである。三人の視線が、リズワーンに集まり、彼は緊張した。
「なれる訳がないだろう。わたしの親は、師匠一人で十分だ。リズワーン、貴方には、わたしの旅に付き合ってもらう。費用は協力して稼いだうちから支払うこと」
シャラーラは、少々他人行儀に言い渡した。ラトーヤに課された償いから、殺される心配は失せたものの、意外な条件に、リズワーンは戸惑いを隠せない。
彼は、直接に両親を害した犯人である。二人を殺した刑罰にしては、軽すぎた。
それでも、罰として宣告が下されたことに、体の力みが抜けるのを感じる。
「旅に、出るのか? 行き先は?」
ラトーヤが問う。元の穏やかな顔に戻っていた。
「決めていません」
「では、南方はどうだろうか。実は、以前から誘いを受けている。ガルミナ姫も無事婚約が整ったことであるし、先日のことを考えても、わたくしはオランに長居し過ぎた。君が許してくれるなら、そこまで一緒に旅をしたい」
「親子で旅行、いいですね~」
シャラーラが返事をする前に、ヴァルスが口を挟んだ。
「喜んでお供します」
師匠へ丁寧に返した彼女は、ヴァルスへ向き直る。心なしか、これまでより視線が温かい。
「ヴァルス。これでわたしの抱えた問題は片づいた。ここまで見届けてもらってありがとう。道中も世話になった。もう、あなたは自由に何処へでも行って良い。今夜はここに泊まって、出発する時には、今日買った食料も荷物に加えてくれ」
きょとんとした顔で、シャラーラの言葉を聞き終えたヴァルスは、満面の笑みを浮かべた。
「それなら僕、シャラと一緒に行くね。だって、自由にして良いんだもの」
「う。そういう意味ではない」
一転して冷えた視線を送るシャラーラに構わず、ヴァルスは席を立ち、食器を片づけ始める。つられてリズワーンも食器に手が伸びた。残る二人も片づけに加わった。
何となしに、全員で旅をすることに決まったようである。
「旅に出る前に、両親が最期を迎えた場所へ、案内してもらえますか?」
食事の片づけをしながら、シャラーラが何気なく頼む。リズワーンはどきりとして手が止まったが、ラトーヤは自然に受け答えした。
「もちろんだ。皆で行こう。ああ、ヴァルス殿は、家にいてもらって構わない」
「とんでもない。是非とも、ご一緒させてください、お義父さま」
初めてラトーヤが困惑の表情を見せる。極めて稀なことだった。
「君の父になった覚えはない」
「ヴァル。師匠はわたしの親だ」
「そう仰らず。予行練習ということで」
「何の予行だ」
リズワーンは、つい口元が緩んでしまう。カーフが屋根で、ホーと鳴いた。
完
ヴァルスとリズワーンは、それぞれ顔が隠れるほどの荷物を抱えており、まさかこんな場所で会うと予想でもしていない限り、やはり気づくのは難しかった。
「貴方は、何のご用で行くのです?」
シャラーラが尋ねた。彼女は名乗らず、相手の記憶を掘り起こそうともしなかった。残る二人は、荷物を運ぶので手一杯である。
三人は、アステアに商人と誤解されたままであった。
「うふふ。パパを訪ねるのに、理由なんていらないでしょ。お家に着いたら、お乳も飲ませたいわ。一応、薬草を買ってもらおうとは思っているけど。その食料も、分けてもらおうかしら。ラトーヤ様がお代を払った後でね。買ったら配達もしてくれる? どうせ、通り道でしょ」
アステアは、前に提げたカゴを示した。確かに薬草が入っていた。
リズワーンは、アステアの話が理解できなかった。今朝方、村の老女から聞いた話を思い出す。
彼女がラトーヤの子を産んだとして、別居している理由や、生活費を貰うにしても、薬草と引き換えなら単なる商取引ではないか、など、考えれば考えるほど、混乱する。
第一、ラトーヤが帰宅してから今日に至るまで、彼女は一度もここを訪ねてこなかった。彼も彼女や赤ん坊の存在に言及していない。
彼の方は、それどころではなかったとしても、アステアが彼の身を心配していないところも、奇妙を通り越して不気味だった。
ラトーヤは、ついこの間まで王に囚われ、衆人環視の中で、ようやく解放をもぎ取ったのだ。彼女が家に篭りきりで知らずとも、普通は、村の誰かが教えるだろう。
シャラーラは、返事をしなかった。アステアも気にする風もなく、そのまま四人無言で坂道を登り切った。家が見えてきた。
鍵を持っている筈なのに、シャラーラは入り口をノックした。すぐにラトーヤが扉を開けた。
「おかえり。大変だったね。ありがとう、さあ中へ‥‥アステアさん、こんにちは。今日はどうされました?」
大荷物を抱えたヴァルスはすぐに中へ入ったが、シャラーラは入り口を塞ぐようにして、そこに留まった。リズワーンとアステアが、締め出された格好になった。
「あの、薬草を買っていただけないかと思って。それから、この子におっぱいをあげたいので、中に入れてもらえればと」
アステアの顔と声に、リズワーンの記憶が刺激される。ラトーヤは、こういう面倒を避けるために、辺鄙な場所へ家を構え、出歩く際に顔を隠すのだった。
「薬草のお代は、こちらでよろしいですか?」
シャラーラが、懐から銀貨を取り出し、ラトーヤに示した。アステアは、おや、という顔でシャラーラを見るが、誰も釈明しなかった。
「そうだね。アステアさん、これで買える分だけをください。それから、どうやらお子さんは眠ったようです。今のうちに、家へ戻ると良いですよ」
言われてみれば、先ほどまで、ふにゃふにゃぐずっていた赤ん坊は、泣き疲れて眠ってしまっていた。
「まあ、この子ったら」
アステアは、体を揺らして赤ん坊を起こそうとした。リズワーンは思わず手を伸ばして、彼女の体を押さえた。抱えていた袋がどさりと落ち、中から芋が転がり出た。
「アステアさん!」
驚くほど大きな声を出したのは、ラトーヤだった。リズワーンの手の下で、彼女の体がびくりと震えた。
「寝た子を起こしてはなりません。それに、小さな子を激しく揺らすと、死んでしまうことがありますよ。お気をつけください」
そういうラトーヤの声は、一瞬前と打って変わって、優しい。シャラーラの手から銀貨を摘み取ると、アステアの手を取り、握らせる。アステアの頬に血が上った。
「さあ、今のうちに、家へ帰りましょう。リズワーン、もう手を離して良い」
彼女の体が、再びびくりと震えた。
「リズワーン?」
離した手から、恐る恐る視線を上げたアステアは、リズワーンを見てギョッとした。
生まれた時から村にいたエルフの顔は、さすがに見覚えていた。
「追放されて以来かな、アステア。その子の父親は、ウナスだよね?」
「ななな、何であなたがここに」
「リズワーンは、昔からの知り合いです。先日、こちらへ戻ったので、今は一緒に住んでいます」
動揺するアステアに構わず、にこやかに説明するラトーヤ。互いに知り合いとわかったところで、中に入れる様子もない。
恐らく、アステアが赤ん坊を彼の子、と言いふらした話を耳にしたのだろう。そして彼は、彼女の話を受け入れるつもりがないのである。
人々に拝まれるような立場ではあるが、彼とて無制限に優しい訳ではない。
「さあ。今から帰れば、夕方までに家に着きますよ。お子さんが起きる前に」
「は、はい。では、また」
アステアは、散らばった芋に躓きそうになりながら、早足で去った。リズワーンは、落ちた荷物を拾いにかかる。
「あーっ、落としちゃったんだ。早く家に入ればよかったのに」
ヴァルスが中から戻ってきた。
その日の夕食は、量と品数がこれまでより増えた。
旺盛な食欲を見せたのは、ヴァルスである。ラトーヤとリズワーンはもとより少食で、シャラーラはあの日以来、食欲がない。
食卓では、久々に言葉が交わされた。アステアについての情報交換である。
ラトーヤによれば、彼女は乳飲子を抱えた状態で、オランの城外に倒れていたそうだ。村人に頼まれて、彼が家を借りたり、薬を調合する器具を用意したり、と生活を整えたのである。
彼女が来た方向からして、オランの街へ入ったことは間違いない。何故そこで、神殿などに助けを求めなかったのかは、謎である。
ユーニアスが村でしていたように、街でも神殿は、困窮した人々を助ける活動をしている。
追放の過去を知られたくなかったか、あるいは自力で稼ぐため、薬草を探す途中だったのかもしれない。
リズワーンは、アステアとウナスが引き起こした騒動と、流れでその後の旅の話まで説明することになった。
「確証はないが、彼女の子の父親はウナスではないか、と思う」
「なるほど。その子の父は措いて、アステアさんの父親には、手紙で現状を知らせた方が良いな。それから、下の村の村長にも身元を伝えておこう」
ラトーヤが応じた。
「師匠は、あの子を引き取って育てたりしないのですか?」
シャラーラが尋ねた。彼女はとうに食べることを止めていて、これまで彼らの話を聞いていたのだ。
彼女の師匠は、弟子に柔らかい表情を向ける。
「しない。あの子には、母親がいる。それに私はもう、誰かの人生に責任など持てない」
リズワーンには、その言葉の続きがすぐに思い浮かんだ。
何故なら、わたくしは死ななければならない身だから、と。
彼は、弟子への償いとして、命を差し出すことも厭わないのだ。
リズワーンにも彼女に償う気持ちはあるが、死ねと言われてすぐに死ねるか自信はない。現にこうして食事を取ることも、明日を生きるためと言える。人並みに食事をすることは、ラトーヤも同じであるが。
「わたしは、殺さない、と言いました」
シャラーラが言った。ヴァルスが食べるのを止めた。ほとんどの皿は空になっていた。
食卓が静まり返った。
「覚えているよ。だが、その言葉に縛られなくとも良い」
「縛られてなどいません」
シャラーラは、低く反論した。他の三人は、彼女を見守る。彼女の視線は、目の前の皿に注がれていた。
「わたしは、師匠を親とも思っています。今でも」
「そうか。済まない」
「謝らないでください」
シャラーラが顔を上げた。怒っている。同時に、泣きそうにも見えた。対するラトーヤの感情は読み取れない。敢えて、そのような表情を作っているのだ、とリズワーンは思った。
「でも、だから、師匠はこれからもわたしの親として、一生わたしを見守ってください。それが師匠の償いです」
「わかった。謹んで受けよう」
「リズィも親になるの?」
尋ねたのは、ヴァルスである。三人の視線が、リズワーンに集まり、彼は緊張した。
「なれる訳がないだろう。わたしの親は、師匠一人で十分だ。リズワーン、貴方には、わたしの旅に付き合ってもらう。費用は協力して稼いだうちから支払うこと」
シャラーラは、少々他人行儀に言い渡した。ラトーヤに課された償いから、殺される心配は失せたものの、意外な条件に、リズワーンは戸惑いを隠せない。
彼は、直接に両親を害した犯人である。二人を殺した刑罰にしては、軽すぎた。
それでも、罰として宣告が下されたことに、体の力みが抜けるのを感じる。
「旅に、出るのか? 行き先は?」
ラトーヤが問う。元の穏やかな顔に戻っていた。
「決めていません」
「では、南方はどうだろうか。実は、以前から誘いを受けている。ガルミナ姫も無事婚約が整ったことであるし、先日のことを考えても、わたくしはオランに長居し過ぎた。君が許してくれるなら、そこまで一緒に旅をしたい」
「親子で旅行、いいですね~」
シャラーラが返事をする前に、ヴァルスが口を挟んだ。
「喜んでお供します」
師匠へ丁寧に返した彼女は、ヴァルスへ向き直る。心なしか、これまでより視線が温かい。
「ヴァルス。これでわたしの抱えた問題は片づいた。ここまで見届けてもらってありがとう。道中も世話になった。もう、あなたは自由に何処へでも行って良い。今夜はここに泊まって、出発する時には、今日買った食料も荷物に加えてくれ」
きょとんとした顔で、シャラーラの言葉を聞き終えたヴァルスは、満面の笑みを浮かべた。
「それなら僕、シャラと一緒に行くね。だって、自由にして良いんだもの」
「う。そういう意味ではない」
一転して冷えた視線を送るシャラーラに構わず、ヴァルスは席を立ち、食器を片づけ始める。つられてリズワーンも食器に手が伸びた。残る二人も片づけに加わった。
何となしに、全員で旅をすることに決まったようである。
「旅に出る前に、両親が最期を迎えた場所へ、案内してもらえますか?」
食事の片づけをしながら、シャラーラが何気なく頼む。リズワーンはどきりとして手が止まったが、ラトーヤは自然に受け答えした。
「もちろんだ。皆で行こう。ああ、ヴァルス殿は、家にいてもらって構わない」
「とんでもない。是非とも、ご一緒させてください、お義父さま」
初めてラトーヤが困惑の表情を見せる。極めて稀なことだった。
「君の父になった覚えはない」
「ヴァル。師匠はわたしの親だ」
「そう仰らず。予行練習ということで」
「何の予行だ」
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