記憶を封じられたエルフ猶予の旅

在江

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エピローグ

再会

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 シャラーラがラトーヤたちと家へ戻った時には、すっかり夜になっていた。
 一行は無言で食事の支度をし、無言で食べ、片づけた。

 寝る場所を決める時に、少し揉めた。
 ラトーヤが、ベッドをヴァルスに譲ったのである。師の判断に抵抗したのは、意外にもシャラーラだった。

 「師匠の部屋ですよ」

 「ヴァルス殿は、大事な客人だ。ソファに寝かせる訳にはいかない」

 「あのソファも、思ったより寝心地良いです」

 そう言ったヴァルスは、ベッドで眠る気満々だった。
 ソファは二台あり、ラトーヤとリズワーンが一つずつ使うことが可能だったことも、決定を後押しした。
 カーフは屋根の陰に居場所を見つけた。


 食事や寝床といった日常のやり取りをするうち、シャラーラの気持ちが解けていくのを感じ、リズワーンの胸中は複雑であった。

 封じられた記憶を解放された時、当時の感情も共に解き放たれたのを感じた。
 だが、何もかもが同じだった訳ではない。
 あの時の衝撃、焦燥、切実さは、明らかに薄まっていた。

 ラトーヤの封じ方は、記憶を時と共に動かぬ氷に閉じ込めた、というよりも、鍵のかかった倉庫へ入れて保管した状態だったのだろう。
 記憶の上にも、時は平等に流れたのだ。

 謝罪や贖罪の気持ちまで、薄れてはいないつもりだった。
 当時のままの心を、シャラーラに差し出せないことに、残念な気持ちがあった。
 見せるための反省ではないことも、わかっている。

 シャラーラの怒りも、二人が犯した罪そのものよりも、事実を知らせるまでに、これほどの時間を隔てたことに対するもののように思われた。


 それから数日間は、同じような生活が続いた。
 シャラーラがラトーヤとリズワーンをどうするつもりか、彼女は口にしなかったし、彼らも尋ねなかった。

 中途半端な状態が落ち着かなくとも、加害者が答えを強いたり急かしたりすることはできない。
 落ち着かないのは、きっと彼女も同じ筈だった。むしろ彼女の方が、悩みの度合いは深いであろう。

 あの日以来、ヴァルスは見届け人として、この家に留まる権利を得た形になった。彼の惚けた明るさは、他の三人の間の緊張を緩める役を果たしていた。
 今や、見届け人のお役御免となっても、彼はここに欠かせない。

 シャラーラが結論を出す前に、食料が尽きそうになった。
 元は、ラトーヤ一人で生活していたところへ、一挙に大人三人が加わったのだ。食糧不足は目に見えていた。

 「買い出しに行ってきます」

 「ありがとう。代金は、ここから支払ってくれ」

 シャラーラとラトーヤのやり取りは、長年繰り返したように自然な感じであった。

 「僕も一緒に行って、荷物運び手伝うよ」

 「私も。四人分の食料を持つには、魔法も役に立つ」

 「二人ともに、お願いしよう」

 リズワーンが申し出た時、シャラーラに一瞬躊躇ためらいが見えた。彼は内心でひるんでも、発言を撤回しなかった。

 三人で山を降りると、村へ入る。今日も、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 「おや、エル。帰っていたのかい」

 水桶を担いだ老女が、桶を下ろして足を止めた。シャラーラも足を止めて、丁寧に挨拶した。

 「ご挨拶が遅れて失礼しました。しばらく前からおりましたが、諸用の忙しさに紛れてそのままにしてしまいました」

 「嫌だね、堅苦しい。いい男二人も連れて、いよいよ婿でも取る気になった?」

  老女の言葉に、ヴァルスが顔を赤くする。それを見た老女は、にんまりと笑った。

 「婿の次は、子供だねえ。そういえば、最近ここに来た薬師が、赤ん坊をラトーヤ様の子だって言うんだけど」

 「ええっ?」

 三人は揃って聞き返した。食いつきの良さに、老女は勢いづく。

 「確かに、今住んでいる家は、ラトーヤ様がお世話したんだけどさ、あの方はそういう事とは無縁だったろう? でも、ガルミナ姫のこともあったし、エルが大人になって、手が離れたから、ご自分の楽しみに目を向けなさったのかね」

 絶対ない。とリズワーンは思ったが、説明する義理もなく口を閉じていた。シャラーラの方は、老女の言葉に思うところがあったのか、沈思する風であった。

 「その方は、どちらにお住まいで、何という方ですか?」

 おもむろに問われ、老女はすぐ後ろの家を指した。

 「ほら、あそこの家だよ。名前は、何と言ったかな。アステアだった気がする。薬師としての腕はいいんだけどねえ」

 「ええっ?」

 一日にして、二度目の驚きであった。


 薬師のアステアといえば、リズワーンが住んでいた村から追放された、村長の娘である。
 狩人のウナスと恋仲になったものの、村長に結婚を反対されて駆け落ちをくわだてた。

 駆け落ち自体を責めることはできないが、彼らは意趣返しに、村の宝を売り払おうとしたのである。
 他にも色々あって、危うく死人が出るところだった。彼らはしでかしたことに対して、何の償いもできず、するつもりもなかった。
 村長としては、娘をその恋人と共に追い出すより他なかったのだった。

 「本人かなあ。別れたウナスさんも、子供ができたとは言っていなかったけど」

 ヴァルスは半信半疑の様子である。
 彼女の正体を気にしつつも、食料の買い出しを優先して、三人はオランの市場を巡っていた。

 「子をはらんだ故に別れたとすれば、存在を口にすることもないだろう」

 リズワーンは言った。シャラーラは、ひたすら食料を買い集めている。重さを軽減する魔法を使っても、そろそろ持ち運びの限界が近づきつつあった。

 ウナスはアステアと別れた後、境会という新興宗教の一派にくみし、またも犯罪の片棒を担いだ。この度は騎士団に捕えられた。過去の罪と合わせると、牢屋暮らしは長引きそうだった。
 遅かれ早かれ、彼女は彼と離れて暮らすことになっただろう。

 「帰りに立ち寄って、挨拶してみる?」

 ヴァルスの抱える荷物も、これ以上増やせそうにない。シャラーラは彼の言で、ようやく二人の荷物持ちの苦境に気づいた。

 「先に家へ戻って、師匠に訊く」

 彼女の返事を聞いて、ヴァルスがほっとする。リズワーンも同じ気持ちであった。
 まだ日は高い。
 三人はオランを出て、村を抜ける。赤ん坊の泣き声は聞こえなかった。


 家へ戻る山道は、大量の荷物を背負った身に堪えた。およそ同じ道とは思えないほど、先が遠く感じる。

 赤ん坊の泣き声が聞こえた。
 三人同時に立ち止まる。山の中である。前後の道は、見通せる限り、人気がない。

 「向こうだ」

 リズワーンは、音が聞こえた方を指した。よく見ると、下草を踏みしだいた跡があった。彼が指摘するまでもなく、赤ん坊の泣き声と足音が近づいてくる。

 「クマとかじゃ、ないよね」

 ヴァルスは不安を隠さない。両手が塞がっていて、魔法を撃てない状態だった。それは、リズワーンも同様である。最悪の場合、荷物を振り捨てるとしても、間に合うかどうかは微妙だ。

 三人が見守るうちにも、ガサガサと音がして、草の間から若い女が顔を出した。

 「あら、こんにちは。行商人さんは、ラトーヤ様の元へ行くのでしょう? 私もちょうど行くところよ。ご一緒しましょ」

 あのアステアであった。その背中には、きっちりと包まれた赤ん坊が、ふにゃふにゃとぐずっていた。
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