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第三章 出現
許否逡巡
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「ああ」
リズワーンは崩れ落ちた。カーフが肩から飛び去った。
ラトーヤが、彼の隣に跪く。二人の前には、座り込んだままのシャラーラがいた。
「貴方のご両親を殺したのは、私だ。申し訳ないことをした」
彼は、掠れた声を振り絞り、彼女に改めて己の罪を告げた。取り戻した記憶を、そのまま声に出して垂れ流していたのだった。
配慮もなく、当時の自分の思いだけを語り続ける彼の話を、シャラーラは遮らずに最後まで聞き通した。
「私も同罪だ。今まで長い間、猶予を貰っていた。ここで君がどのようにわたくしたちを裁こうと、不服はない。そこの彼が、証人になってくれるだろう」
「僕ですか?」
ラトーヤから急に指名されたヴァルスが、声を上げる。しかし、彼は逃げなかった。
「シャラの好きなようにして良いってことなら、うん。理解した。見届けるし、他の人から責められないよう証人になるよ」
こんな時ではあるが、ヴァルスの軽い調子は、リズワーンの心を少し軽くした。
記憶を取り戻した今、怒ったシャラーラに殺されることも覚悟した。思い出せていなかったとはいえ、事実を隠して仲間のように旅をした事も、彼女の怒りを増したことだろう。
リズワーンだけでなく、師匠と慕ったラトーヤをも断罪すれば、彼女は一人きりとなる。
その時、そばに残るヴァルスの明るさが、彼女を僅かでも慰められれば、と思った。
「卑怯です」
シャラーラの最初の言葉だった。ラトーヤが顔を上げる気配がした。リズワーンには、とてもではないが、そんな勇気はない。
「やっぱり、師匠は卑怯です」
彼女は繰り返した。
「長年本当の親みたいに、面倒を見てくれた人を親の仇だからって、殺せません。そこのエルフだって、村では親切に振る舞って借金のかたに財産を投げ売つわ、身売りするわ、旅に連れて行けば、わたしの仕事に協力する。記憶がなくても、彼は殺傷性の高い魔法を使わないようにしていた。仕方なく使った時でも、後悔したみたいだった。そんな姿を見せられた後で、殺したら、寝覚めが悪いです」
「そうだな。済まなかった」
ラトーヤが謝った。リズワーンは、まだ顔を上げられない。彼らがどのような顔で相対しているのか気になり、そんなことが気になる自分は罪を反省していないのではないか、と苦しくなる。
「それに、両親のお墓があるなら、もっと早く教えてくださるべきでした。墓参りしたら、色々聞かれて不都合だったから、と思うと、改めて卑怯に思います」
「その通りだ。この機会に、知らせておこう。あの時、ご両親のご遺体を回収する余裕は、わたくしたちにはなかった。何とか土を被せるまではしたのだが、ここまで運ぶことはできなかった。だから、そこの下には、切り取った髪の毛しか入っていない」
ぱんっ。乾いた音に、リズワーンは横を見た。
シャラーラが、ラトーヤを平手打ちしたところだった。弟子に叩かれた師匠は、赤味を帯びた頬を押さえもせず、俯いた。
そのように項垂れていると、普通の人間としか見えなかった。
「エル、シャラーラ」
ヴァルスが宥めるように声をかけた。シャラーラは、きっ、と彼を睨みつけた。
「わかっている。生まれたばかりのわたしがいたから、両親を運ぶことなど出来はしなかった。この二人は、その時の判断で最善を尽くした。ここまで生きたには、彼らの力による恩恵が大きい。それでも、わたしは許すとは言いたくないし、怒りも感じる」
「許さなくていいんだよ。誰も許しを求めていない」
ヴァルスが言った。その声には真摯さがあった。
「それより、シャラーラはこれからどうしたいのか、考えた方がいい。もう夜になるし、とりあえず、皆で家へ帰った方がいいんじゃないかな。逃げられないように」
そう言った彼の調子は、すぐにいつもの軽さを取り戻していた。
シャラーラの肩から、力が抜けた。
リズワーンは崩れ落ちた。カーフが肩から飛び去った。
ラトーヤが、彼の隣に跪く。二人の前には、座り込んだままのシャラーラがいた。
「貴方のご両親を殺したのは、私だ。申し訳ないことをした」
彼は、掠れた声を振り絞り、彼女に改めて己の罪を告げた。取り戻した記憶を、そのまま声に出して垂れ流していたのだった。
配慮もなく、当時の自分の思いだけを語り続ける彼の話を、シャラーラは遮らずに最後まで聞き通した。
「私も同罪だ。今まで長い間、猶予を貰っていた。ここで君がどのようにわたくしたちを裁こうと、不服はない。そこの彼が、証人になってくれるだろう」
「僕ですか?」
ラトーヤから急に指名されたヴァルスが、声を上げる。しかし、彼は逃げなかった。
「シャラの好きなようにして良いってことなら、うん。理解した。見届けるし、他の人から責められないよう証人になるよ」
こんな時ではあるが、ヴァルスの軽い調子は、リズワーンの心を少し軽くした。
記憶を取り戻した今、怒ったシャラーラに殺されることも覚悟した。思い出せていなかったとはいえ、事実を隠して仲間のように旅をした事も、彼女の怒りを増したことだろう。
リズワーンだけでなく、師匠と慕ったラトーヤをも断罪すれば、彼女は一人きりとなる。
その時、そばに残るヴァルスの明るさが、彼女を僅かでも慰められれば、と思った。
「卑怯です」
シャラーラの最初の言葉だった。ラトーヤが顔を上げる気配がした。リズワーンには、とてもではないが、そんな勇気はない。
「やっぱり、師匠は卑怯です」
彼女は繰り返した。
「長年本当の親みたいに、面倒を見てくれた人を親の仇だからって、殺せません。そこのエルフだって、村では親切に振る舞って借金のかたに財産を投げ売つわ、身売りするわ、旅に連れて行けば、わたしの仕事に協力する。記憶がなくても、彼は殺傷性の高い魔法を使わないようにしていた。仕方なく使った時でも、後悔したみたいだった。そんな姿を見せられた後で、殺したら、寝覚めが悪いです」
「そうだな。済まなかった」
ラトーヤが謝った。リズワーンは、まだ顔を上げられない。彼らがどのような顔で相対しているのか気になり、そんなことが気になる自分は罪を反省していないのではないか、と苦しくなる。
「それに、両親のお墓があるなら、もっと早く教えてくださるべきでした。墓参りしたら、色々聞かれて不都合だったから、と思うと、改めて卑怯に思います」
「その通りだ。この機会に、知らせておこう。あの時、ご両親のご遺体を回収する余裕は、わたくしたちにはなかった。何とか土を被せるまではしたのだが、ここまで運ぶことはできなかった。だから、そこの下には、切り取った髪の毛しか入っていない」
ぱんっ。乾いた音に、リズワーンは横を見た。
シャラーラが、ラトーヤを平手打ちしたところだった。弟子に叩かれた師匠は、赤味を帯びた頬を押さえもせず、俯いた。
そのように項垂れていると、普通の人間としか見えなかった。
「エル、シャラーラ」
ヴァルスが宥めるように声をかけた。シャラーラは、きっ、と彼を睨みつけた。
「わかっている。生まれたばかりのわたしがいたから、両親を運ぶことなど出来はしなかった。この二人は、その時の判断で最善を尽くした。ここまで生きたには、彼らの力による恩恵が大きい。それでも、わたしは許すとは言いたくないし、怒りも感じる」
「許さなくていいんだよ。誰も許しを求めていない」
ヴァルスが言った。その声には真摯さがあった。
「それより、シャラーラはこれからどうしたいのか、考えた方がいい。もう夜になるし、とりあえず、皆で家へ帰った方がいいんじゃないかな。逃げられないように」
そう言った彼の調子は、すぐにいつもの軽さを取り戻していた。
シャラーラの肩から、力が抜けた。
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