記憶を封じられたエルフ猶予の旅

在江

文字の大きさ
上 下
21 / 26
第三章 出現

忖度疑惑

しおりを挟む
 
 モンドのある暗い場所で、ルランいいやデュランは灯りを持ち一人歩いていた。その歩みには一分の迷いもない。やるべきことは全て頭の中に入っていた。

(予想が正しければ既にモンドは大陸と連結している。戦力に問題はない。今やるべきことは適材適所に戦力を誘導。死者は出させない。そして······)

 全くの別空間と化したモンド内でデュランはある場所へと辿り着いた。そこは誰の視界にも入らない、デュランの持つ灯り以外は光源の一切がない。デュランは灯りを弱くし誰かを待つようにして地面に座り込んだ。

(······来たか)

 ほとんど無音の空間、滑らかで硬い地面には小さな足音も目立って聞こえてきた。小さく灯りを放っていたデュランの方向へとその人物は近寄っていき立ち止まる。暗闇でその人物からデュランの顔は見えない。

「お前は誰だ」

 聞こえたのは女の声。デュランは何かを決心したように勢いよく立ち上がった。手に持っていた光源は二人の顔を僅かに照らしていた。女は僅かに見えたデュランの顔を見て眉をひそめる。

「念の為確認させてくれ、お前は魔帝であってるな」

「——ッ!?······何者だっ」

 女は武器に手を当てバックステップでデュランから距離をとった。

「落ち着け、戦うつもりはない」

 デュランは両手をあげ、敵対心がないことを示すと女は構えを解き再び口を開く。

「何故私が魔帝であると分かった。先代の魔帝、グレイナル様の死は未だ公にはしていない。知っているのは限られたものだけだ」

「その話はなしだ。今はとにかく信じてくれ」

「そんなもので信頼などッ——······!?」

 デュランは灯りを顔の近くに寄せ女に顔を見せた。女はその顔を知っている、最後に会ったのは主が死去した日。初代魔帝「マギス・グレイナル」の従者を務めていたアルミラはグレイナルの死後引き継ぐようにして魔帝へとなったのだ。

「どうして····お前が生きている」

 デュランの顔を見た途端、アルミラは固まった。

(確かにこの男が目の前で力尽きた瞬間を見た。人族があの状況で生きていられるはずがない。グレイナル様の攻撃で死なないはずが)

「驚くのも無理はねえが俺がどうして生きてるかって話はまた今度だ」

「また今度だと? ここで戦わないつもりか。お前は私を心底恨んでいるだろう」

「許したといえば嘘になるがこうしてお前と話しているのは頼みがあるからだ」

「頼みだと? 仮にここで戦わないとしてもお前を助ける義務などない」

「どうしても無理って言うなら仕方ねえが、このまま進めばお前死ぬぜ。確実にな」

「私が死ぬだと? 何故そう言いきれる」

「実際に見たからだ。このまま進んでいけばお前は俺の仲間に殺される。帝王になって強くなったようだがあの戦いでお前の主人は何分持った」

 その言葉にアルミラは黙り込み俯いた。そしてもう一度デュランの顔を見て本人であることを確かめる。

「クレースじゃなくてもあの場にいた誰かに見つかればお前は間違いなく悲惨な死に方をする。死ぬか俺の頼みを聞いて行動するかお前はどちらを選ぶ」

「内容は」

 アルミラは小さくため息をついてデュランへの警戒を弱めた。

「まず初めにお前は”声”に呼ばれここまで来た。それで間違いないか」

「ッ——何故お前がそれを」

「まあこの話もまた今度だ。確認がしたかった。携えているその太刀はグレイナルの使っていた『ニグラム』だな。その意思の力を借りたい。俺の妻を突き刺したその意思をな」

「どこまで知っているのかは知らないが、お前の妻はもう帰ってこない」

「······知っている。その意思は浴びた血を記憶しその者の魂をもとに擬似的な魂を作り出す。そして身体を支配することだな。グレイナルが驚いていたのは俺が支配に反して動いていたから。間違いはあるか?」

「フンっ、そこまで知っているならば何故。確かにお前の妻の擬似的な魂は作り出された。だからどうしたというのだ」

「お前にはその魂を意思から分離してほしい。それが頼みの内容だ」

「分離だと? そんなこと馬鹿げている。仮に分離できたとしても肉体が無ければどうにもならない」

「生き返らせることはもうできない。ただ俺の娘を助けるためにその魂の力を借りたいだけだ」

「娘····あの小さな娘か。何故死ぬと言い切れるのかもまた今度話すということだな」

「話が早くて助かる。協力してくれるか」

「······仕方ない。だが協力するのは今回が最初で最後だ」

 諦めたようにため息をつきアルミラはフードを深く被るとデュランの後ろについていったのだった。


 ************************************


「ふぅ。まさかとは思ったがあやつだけでなく世界丸ごとつながっとるとはな」

 モンド内が改変されて後、ゼフは一人で見知らぬ空間に飛ばされていた。見渡す限り何もなく昼の空が広がる空間はまるで外にいるようだった。確かに仲間は誰一人もいない、だが女神とそれを守護する一体の大天使がゼフの目の前に立っていた。

「まさかあなたのような方がここにいるとは、道具の王。少し俗世に染まり過ぎてはいませんか」

「何様じゃ小童。わしの自由じゃろ」

「フフフ、小童ですか。確かにあなたからすれば女神さえも小童ですね、ゼフ・ユーズファルド」

「その名は好かん。たった二人でわしに勝つつもりか」

「正直難しいでしょうね。ですが私達はこの戦争に勝たなければなりません。そのためならば多少の無理は仕方がない。ですが丁度あなたにお聞きしたかったことがあります。何故あなたはウィルモンドを離れこの地に降り立ったのですか」

「そんなもん簡単じゃ。この戦争、お主らがそれほど必死になってまで守りたいものがあるのじゃろう。わしとて同じじゃ。わしにとって世界ひとつ放ってまで守りたい存在がここにおる」

 ゼフの言葉を聞き女神——ファイザは黙りそれ以上は何も聞くことはなかった。ファイザの隣に控えていた大天使——グロッカスは主の意図を読み静かに動き出す。ファイザから受け取った「空間」の加護を持つグロッカスは自身の存在する空間を自由自在に操ることが可能である。

領域化ドメインド

 グロッカスからノーモーションで発動された魔法で辺りの空間には歪みが生まれる。その歪みに触れれば強靭な肉体であろうとも関係がない。空間ごとねじ曲げられるため筋力など関係がないのだ。グロッカスの制御の元自由に発現、消滅が可能でありゼフ達のいるここは既にグロッカスの縄張りと化していた。

(捉えた)

 グロッカスはゼフの右手を含む空間を捉え干渉を開始する。鍛治に使用するハンマーを持っていない素手のゼフはグロッカスから見れば干渉に気づいていないようだった。

「離れなさい、グロッカスッ——」

 空間を歪めようとした瞬間、ファイザの声が耳に入る。

(硬すぎる!? 歪めているのはただの空間だぞ)

 何故かゼフの身体を含む空間のみ一切の干渉ができない。グロッカスにとっては初めて感じる感触だった。まるで大岩を押していかのようにビクともしない。

「グロッカスッ——」

  「なっ——」

 グロッカスは自分の右手に激しい痛みを感じる。理由は明らかだった。何故か自分の右手が歪められ完全に破壊されている。

(何が起こった。私の力が、私に作用したのか)

「素手でその強さですか。フフフ、あなた達のような異常な存在がいるおかげでこの世界はまだ残っているのでしょうね····グロッカス、よろしいですね」

「本望です。どうかご武運を」

 グロッカスは何も言わずに目を瞑るとその身体は小さな魔力の玉へと変化した。それはグロッカスの持つ「空間」の加護が一点に凝縮された結果である。凝縮された加護は自ら意思を持つようにファイザへと向かう。

「ほう、随分と決断が早いようじゃの」

「あなたに勝つためには出し惜しみなどしていられません」

 元々はファイザの力であった「空間」の加護はすぐさまファイザの力の一部となる。グロッカスのみに加護を与えていたファイザはこの瞬間完全なる状態へと進化する。ファイザは女神としての誇りを捨て挑戦者としてゼフに向かっていたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア
ファンタジー
お料理や世話焼きおかんなお姫様シャルロット✖️超箱入り?な深窓のイケメン王子様グレース✖️溺愛わんこ系オオカミの精霊クロウ(時々チワワ)の魔法と精霊とグルメファンタジー プリンが大好きな白ウサギの獣人美少年護衛騎士キャロル、自分のレストランを持つことを夢見る公爵令息ユハなど、[美味しいゴハン]を通してココロが繋がる、ハートウォーミング♫ストーリーです☆ エブリスタでも掲載中 https://estar.jp/novels/25573975

蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。 その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。 外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。 2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。 追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。 同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。 女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。 蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。 大河ファンタジー第二幕。 若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

不遇職とバカにされましたが、実際はそれほど悪くありません?

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界で普通の高校生として過ごしていた「白崎レナ」は謎の空間の亀裂に飲み込まれ、狭間の世界と呼ばれる空間に移動していた。彼はそこで世界の「管理者」と名乗る女性と出会い、彼女と何時でも交信できる能力を授かり、異世界に転生される。 次に彼が意識を取り戻した時には見知らぬ女性と男性が激しく口論しており、会話の内容から自分達から誕生した赤子は呪われた子供であり、王位を継ぐ権利はないと男性が怒鳴り散らしている事を知る。そして子供というのが自分自身である事にレナは気付き、彼は母親と供に追い出された。 時は流れ、成長したレナは自分がこの世界では不遇職として扱われている「支援魔術師」と「錬金術師」の職業を習得している事が判明し、更に彼は一般的には扱われていないスキルばかり習得してしまう。多くの人間から見下され、実の姉弟からも馬鹿にされてしまうが、彼は決して挫けずに自分の能力を信じて生き抜く―― ――後にレナは自分の得た職業とスキルの真の力を「世界の管理者」を名乗る女性のアイリスに伝えられ、自分を見下していた人間から逆に見上げられる立場になる事を彼は知らない。 ※タイトルを変更しました。(旧題:不遇職に役立たずスキルと馬鹿にされましたが、実際はそれほど悪くはありません)。書籍化に伴い、一部の話を取り下げました。また、近い内に大幅な取り下げが行われます。 ※11月22日に第一巻が発売されます!!また、書籍版では主人公の名前が「レナ」→「レイト」に変更しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

処理中です...