記憶を封じられたエルフ猶予の旅

在江

文字の大きさ
上 下
19 / 26
第三章 出現

師匠依頼

しおりを挟む
 「師匠が手紙を残してくれていた」

 ソファに腰を落ち着けると、シャラーラは便箋をリズワーンへ手渡した。ヴァルスが横へ来て覗き込む。

 『エル=シャラーラ

 君がこの手紙を読んでいるということは、無事に戻ってきたのだね。
 おかえり。
 迎えに出られず、済まなかった。

 私はこれから王城へ行かねばならない。そして王命により、城へ留まることになるだろう。
 王は、ガルミナ姫を口実に、私を囲い込むつもりでいる。

 君が旅立った後、私は王に請われ、姫の教育係の一人として、定期的に王城へおもむいていた。
 講義の際には女官が立ち会い、二人きりになる機会は全くなかった。

 ところで、王は姫を国内の有力貴族に嫁がせる考えを持っており、貴族の間でもそれは周知のことだった。
 最も有力視されるのは、レーゼンスビュール侯だった。彼は自分でも、そのように考えていた。
 だが、彼が予想した時期に、王は姫の結婚相手を定めなかった。

 それで侯爵は、姫との距離を縮めて、結婚を確実に手繰り寄せようとした。
 ガルミナ姫は、私との結婚を匂わせて、彼を遠ざけた。

 侯爵が、このことを公にし、私は姫を誘惑した罪に問われることとなった。
 実は、レーゼンスビュール侯に姫を下賜かしすると、侯爵家の力が強くなりすぎるきらいがある。
 今回、このように事を大きくした、侯爵自身に対する不安もある。

 罪に問われる事実関係がなくとも、姫の評判に傷がついたことには変わりない。しかし、侯爵は諦めていない。
 この状況で侯爵家に嫁がせると、王の懸念が現実となるだろう。

 王は、近々行うお目見えの場で、姫の結婚相手を、もう少し広い範囲から募るつもりだ。
 昔ながらの決闘方式で、勝ち抜いた者に姫を与える。
 あわよくば、侯爵を打ち倒す幸運な若者が現れることを願って。
 そうした若者を、王が押さえつけることは容易たやすい。

 念の為、王が自棄やけになった訳ではないことは、記しておこう。

 君に頼みがある。
 サース公爵の屋敷は知っているね。

 そこに住むフェー子爵に会って、ガルミナ姫を得るために、全力を尽くしてもらえるよう、導いてくれ。
 彼は優秀で、宰相になれる器だ。そして、姫の想い人でもある。私の見たところ、子爵も姫に想いがある。

 彼らを助けることは、私の解放につながる。
 姫は子爵と婚約が成れば、私に協力することになるだろう。
 私が独自で動くよりも、姫の協力を得た方が、穏便に事が運ぶ。

 ついては、紹介状を書いた。これを持って訪ねれば、子爵との面会は叶う。

 戻って早々、私の事情に巻き込んでしまって済まない。私は城から出て、君との約束を果たしたい。
 知の神の加護のあらんことを。

 M ラトーヤ』


 「エルって名前があったんだね」

 ヴァルスの感想である。リズワーンは、手紙をシャラーラに返した。

 「わからない点がある。王は、姫に対する罪を以てラトーヤ殿を拘束した。姫と結婚させるでもなく、処罰を下すようでもない。彼の民への影響力を考えると、姫の結婚が成立すれば、相手が誰であっても、彼は解放されるのではないか。それに手紙でも、姫の協力なしに自由になれるようなことを書いてあった」

 「師匠は、貴賤きせんを問わず相談を受けていた。その能力や蓄積した情報を独占したい権力者は大勢いる。王が一旦、師匠を手元に抱え込んだなら、新たな口実を設けて囲い続けるという見通しなのだろう」

 シャラーラは答えた。

 「確かに師匠なら、城から逃げ出すことはできる筈。ただし、その方法を取ると、王に追捕の口実を与える、という意味ではないか」

 「冤罪を押し付けた姫に恩を着せて、将来の保証にするのかな。老獪ろうかいだね。ガルミナ姫も、結婚させられる心配がないから、お師匠さんの名前を挙げたのかも」

 ヴァルスが言った。リズワーンには彼の頭の中のラトーヤ像が、想像できるような気がした。

 「ラトーヤ殿の依頼を受けるのか?」

 話を戻す。

 「無論。そうでなければ、お前をここまで連れてきた意味がない」

 「というと?」

 「師匠に、お前を連れてくる、と約束した‥‥多分、お前で合っていると思う」

 自信がなさそうに、シャラーラが言う。
 ようやく、リズワーンが旅に同行させられた理由が判明した。報酬の支払い問題がなくとも、口実を設けて引き摺り込むつもりだったのだ。
 ここまで来て、人違いでした、では彼女も辛いだろう。

 シャラーラが詳しい説明をしなかったのは、本人の口が重いこともあるが、彼女自身にもわからないことが多く、説明できなかったからだった。
 リズワーンとしては、ある程度の事情が明るみになり、心の蟠りが少し晴れた気がする。彼には、この先、何の予定もない。

 「私がラトーヤ殿と会えば、詳しい事情がわかるのだな。私で役に立てる事があれば、手伝おう」

 「僕も手伝うよ」

 ヴァルスがすかさず手を挙げた。

 「ありがとう。まずは、フェー子爵の元へ同行してもらえると助かる」

 シャラーラが、ほっとしたように見えた。


 翌早朝、三人は山を降りてオランの街まで戻った。
 サース公爵の屋敷は、王城の正門側にあった。人と馬車の通りが分けられた、あの広い通り沿いである。
 今日も、朝から王城へ向かう人々が見受けられた。

 「通用門がある筈だ」

 「そうだよね」

 リズワーンの言葉に素直に頷くシャラーラは、これまでになく不安げな様子である。彼女にとっての師匠の存在の大きさを窺わせた。

 「それにしても、朝から人が多いね。昨日より多い。何かあるのかな」

 ヴァルスは独りごちると、たまたま通りかかった若い女に声をかけた。

 「ちょっとお聞きします。今日、お城で何かあるのですか?」

 「えっ?」

 話しかけられた女は、驚いて言葉が出ない様子で、傍らの連れに救いを求める。そちらは、盛り上がる筋肉を惜しげもなく見せつけた若い男だった。

 「おう。今日は、王族の方々が俺たちに挨拶してくれる日だ。お前も、王様のお言葉を聞きに来たんじゃないのか?」

 男は、グイグイとヴァルスに迫る。先に、シャラーラと一緒に歩を進めていたリズワーンは、彼を呼んだ。

 「あっ。呼ばれたので、失礼します。教えてくれて、ありがとう!」

 ヴァルスは、あっという間に逃げてきた。シャラーラは、王城へ向かう人の流れに逆らって進む。
 高位貴族の屋敷はそれぞれに広く、隣り合う敷地の隙間は僅かであった。通常の道路ではなく、警備用の巡回路として設置されたような狭さである。当然ながら、鉄柵で出入りを封じている。
 彼らは大回りして、何とか裏通りに出る事ができた。そこから、公爵の屋敷まで戻るのだ。

 裏口にも、門番はいた。馬車も通るような、立派な門である。
 近づく三人に、早くも不審の目が注がれた。二人の門番は、互いに目を合わせ、一行の動きを注視する。
 リズワーンたちは、見守られるうちに、彼らの前で立ち止まった。

 「何の用だ?」

 怪しい冒険者風情を目の前に、門番は半ば驚きの口調で問う。

 「こちらは、サース伯爵様のお屋敷ですね。ラトーヤ様の使いにより、フェー子爵との面会を求めに参りました」

 シャラーラは覚悟を決めたようで、堂々と用向きを述べた。その意気は、門番には届かない。二人同時に、うすら笑いが口に浮かぶ。

 「寝言は寝て言え」

 「ラトーヤ様の名をかたれば、お前らごときでも、当家の敷地に足を踏み入れられると思ったか」

 「書状があります。取り出してもよろしいですか?」

 「ふん。出せるものなら出してみろ。俺が直々に改めてやろう」

 揺るがないシャラーラに、一人の門番が挑発的な言葉を返した。
 もう一人は、黙って槍を握り直した。いつでも突入を止める構えだ。

 門には、詰め所が付いていた。姿は見えないものの、そこからも視線が伸びていることを、リズワーンは察知した。

 シャラーラは、ふところから筒に巻いた書状を取り出し、慎重に広げて文面を確認した後、門番へ向けた。
 その紙には、魔法がかかっていた。魔術師であるリズワーンには、それがわかった。
 詰め所から鳩が飛び出した。

 「わかった。子爵様に会わせよう」

 「ちょっと待て。入れるにしたって、上の判断を仰がないと」

 書状を直視した門番が、かんぬきに手をかけるのを見た相棒が、慌てて止めに入る。
 シャラーラは、すぐに書状をくるくる巻いて、手に持った。
 門番が、動きを止めた。

 「今、屋敷から迎えが来る。ここで待て」

 声は、詰め所の中から聞こえてきた。裏口に立つ門番は、わかったな、とでも言うようにこちらへ頷きかけると、彫像の如く門衛に戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

とべない天狗とひなの旅

ちはやれいめい
歴史・時代
人間嫌いで悪行の限りを尽してきた天狗、フェノエレーゼ。 主君サルタヒコの怒りを買い、翼を封じられ人里に落とされてしまう。 「心から人間に寄り添い助けろ。これ以上悪さをすると天狗に戻れなくなるぞ」 とべなくなったフェノエレーゼの事情を知って、人里の童女ヒナが、旅についてきた。 人間嫌いの偏屈天狗と、天真爛漫な幼女。 翼を取り戻すため善行を積む旅、はじまりはじまり。 絵・文 ちはやれいめい https://mypage.syosetu.com/487329/ フェノエレーゼデザイン トトさん https://mypage.syosetu.com/432625/

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

世界中にダンジョンが出来た。何故か俺の部屋にも出来た。

阿吽
ファンタジー
 クリスマスの夜……それは突然出現した。世界中あらゆる観光地に『扉』が現れる。それは荘厳で魅惑的で威圧的で……様々な恩恵を齎したそれは、かのファンタジー要素に欠かせない【ダンジョン】であった! ※カクヨムにて先行投稿中

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

神が去った世界で

ジョニー
ファンタジー
 ギルドの依頼を終えて帰国する少年がいた。用意された簡素なベッドに横たわり、まるで安らぎの羊に抱かれるように静かに眠っている少年。だがやがて穏やかな時間は終わりを告げ、運命は動乱の世界に彼を放り出した。  冒険の中で彼は沢山の仲間と出会い、数多の絆を結び、這い寄る災厄と対峙していく。そんな中、やがて少年は大切な想い人を見出し自分の心の在り方に念いを馳せる。  運命が導く最果てに彼が視るのは『希望』か、無力が招く『後悔』か。  物語は学園編に始まり、やがて国家を巻き込む災厄へと発展していきます。ストーリーは9話で一区切りが付きますので其処まで読んで頂けると嬉しいです。物語自体は90話前後を予定しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

処理中です...