記憶を封じられたエルフ猶予の旅

在江

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第三章 出現

師匠依頼

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 「師匠が手紙を残してくれていた」

 ソファに腰を落ち着けると、シャラーラは便箋をリズワーンへ手渡した。ヴァルスが横へ来て覗き込む。

 『エル=シャラーラ

 君がこの手紙を読んでいるということは、無事に戻ってきたのだね。
 おかえり。
 迎えに出られず、済まなかった。

 私はこれから王城へ行かねばならない。そして王命により、城へ留まることになるだろう。
 王は、ガルミナ姫を口実に、私を囲い込むつもりでいる。

 君が旅立った後、私は王に請われ、姫の教育係の一人として、定期的に王城へおもむいていた。
 講義の際には女官が立ち会い、二人きりになる機会は全くなかった。

 ところで、王は姫を国内の有力貴族に嫁がせる考えを持っており、貴族の間でもそれは周知のことだった。
 最も有力視されるのは、レーゼンスビュール侯だった。彼は自分でも、そのように考えていた。
 だが、彼が予想した時期に、王は姫の結婚相手を定めなかった。

 それで侯爵は、姫との距離を縮めて、結婚を確実に手繰り寄せようとした。
 ガルミナ姫は、私との結婚を匂わせて、彼を遠ざけた。

 侯爵が、このことを公にし、私は姫を誘惑した罪に問われることとなった。
 実は、レーゼンスビュール侯に姫を下賜かしすると、侯爵家の力が強くなりすぎるきらいがある。
 今回、このように事を大きくした、侯爵自身に対する不安もある。

 罪に問われる事実関係がなくとも、姫の評判に傷がついたことには変わりない。しかし、侯爵は諦めていない。
 この状況で侯爵家に嫁がせると、王の懸念が現実となるだろう。

 王は、近々行うお目見えの場で、姫の結婚相手を、もう少し広い範囲から募るつもりだ。
 昔ながらの決闘方式で、勝ち抜いた者に姫を与える。
 あわよくば、侯爵を打ち倒す幸運な若者が現れることを願って。
 そうした若者を、王が押さえつけることは容易たやすい。

 念の為、王が自棄やけになった訳ではないことは、記しておこう。

 君に頼みがある。
 サース公爵の屋敷は知っているね。

 そこに住むフェー子爵に会って、ガルミナ姫を得るために、全力を尽くしてもらえるよう、導いてくれ。
 彼は優秀で、宰相になれる器だ。そして、姫の想い人でもある。私の見たところ、子爵も姫に想いがある。

 彼らを助けることは、私の解放につながる。
 姫は子爵と婚約が成れば、私に協力することになるだろう。
 私が独自で動くよりも、姫の協力を得た方が、穏便に事が運ぶ。

 ついては、紹介状を書いた。これを持って訪ねれば、子爵との面会は叶う。

 戻って早々、私の事情に巻き込んでしまって済まない。私は城から出て、君との約束を果たしたい。
 知の神の加護のあらんことを。

 M ラトーヤ』


 「エルって名前があったんだね」

 ヴァルスの感想である。リズワーンは、手紙をシャラーラに返した。

 「わからない点がある。王は、姫に対する罪を以てラトーヤ殿を拘束した。姫と結婚させるでもなく、処罰を下すようでもない。彼の民への影響力を考えると、姫の結婚が成立すれば、相手が誰であっても、彼は解放されるのではないか。それに手紙でも、姫の協力なしに自由になれるようなことを書いてあった」

 「師匠は、貴賤きせんを問わず相談を受けていた。その能力や蓄積した情報を独占したい権力者は大勢いる。王が一旦、師匠を手元に抱え込んだなら、新たな口実を設けて囲い続けるという見通しなのだろう」

 シャラーラは答えた。

 「確かに師匠なら、城から逃げ出すことはできる筈。ただし、その方法を取ると、王に追捕の口実を与える、という意味ではないか」

 「冤罪を押し付けた姫に恩を着せて、将来の保証にするのかな。老獪ろうかいだね。ガルミナ姫も、結婚させられる心配がないから、お師匠さんの名前を挙げたのかも」

 ヴァルスが言った。リズワーンには彼の頭の中のラトーヤ像が、想像できるような気がした。

 「ラトーヤ殿の依頼を受けるのか?」

 話を戻す。

 「無論。そうでなければ、お前をここまで連れてきた意味がない」

 「というと?」

 「師匠に、お前を連れてくる、と約束した‥‥多分、お前で合っていると思う」

 自信がなさそうに、シャラーラが言う。
 ようやく、リズワーンが旅に同行させられた理由が判明した。報酬の支払い問題がなくとも、口実を設けて引き摺り込むつもりだったのだ。
 ここまで来て、人違いでした、では彼女も辛いだろう。

 シャラーラが詳しい説明をしなかったのは、本人の口が重いこともあるが、彼女自身にもわからないことが多く、説明できなかったからだった。
 リズワーンとしては、ある程度の事情が明るみになり、心の蟠りが少し晴れた気がする。彼には、この先、何の予定もない。

 「私がラトーヤ殿と会えば、詳しい事情がわかるのだな。私で役に立てる事があれば、手伝おう」

 「僕も手伝うよ」

 ヴァルスがすかさず手を挙げた。

 「ありがとう。まずは、フェー子爵の元へ同行してもらえると助かる」

 シャラーラが、ほっとしたように見えた。


 翌早朝、三人は山を降りてオランの街まで戻った。
 サース公爵の屋敷は、王城の正門側にあった。人と馬車の通りが分けられた、あの広い通り沿いである。
 今日も、朝から王城へ向かう人々が見受けられた。

 「通用門がある筈だ」

 「そうだよね」

 リズワーンの言葉に素直に頷くシャラーラは、これまでになく不安げな様子である。彼女にとっての師匠の存在の大きさを窺わせた。

 「それにしても、朝から人が多いね。昨日より多い。何かあるのかな」

 ヴァルスは独りごちると、たまたま通りかかった若い女に声をかけた。

 「ちょっとお聞きします。今日、お城で何かあるのですか?」

 「えっ?」

 話しかけられた女は、驚いて言葉が出ない様子で、傍らの連れに救いを求める。そちらは、盛り上がる筋肉を惜しげもなく見せつけた若い男だった。

 「おう。今日は、王族の方々が俺たちに挨拶してくれる日だ。お前も、王様のお言葉を聞きに来たんじゃないのか?」

 男は、グイグイとヴァルスに迫る。先に、シャラーラと一緒に歩を進めていたリズワーンは、彼を呼んだ。

 「あっ。呼ばれたので、失礼します。教えてくれて、ありがとう!」

 ヴァルスは、あっという間に逃げてきた。シャラーラは、王城へ向かう人の流れに逆らって進む。
 高位貴族の屋敷はそれぞれに広く、隣り合う敷地の隙間は僅かであった。通常の道路ではなく、警備用の巡回路として設置されたような狭さである。当然ながら、鉄柵で出入りを封じている。
 彼らは大回りして、何とか裏通りに出る事ができた。そこから、公爵の屋敷まで戻るのだ。

 裏口にも、門番はいた。馬車も通るような、立派な門である。
 近づく三人に、早くも不審の目が注がれた。二人の門番は、互いに目を合わせ、一行の動きを注視する。
 リズワーンたちは、見守られるうちに、彼らの前で立ち止まった。

 「何の用だ?」

 怪しい冒険者風情を目の前に、門番は半ば驚きの口調で問う。

 「こちらは、サース伯爵様のお屋敷ですね。ラトーヤ様の使いにより、フェー子爵との面会を求めに参りました」

 シャラーラは覚悟を決めたようで、堂々と用向きを述べた。その意気は、門番には届かない。二人同時に、うすら笑いが口に浮かぶ。

 「寝言は寝て言え」

 「ラトーヤ様の名をかたれば、お前らごときでも、当家の敷地に足を踏み入れられると思ったか」

 「書状があります。取り出してもよろしいですか?」

 「ふん。出せるものなら出してみろ。俺が直々に改めてやろう」

 揺るがないシャラーラに、一人の門番が挑発的な言葉を返した。
 もう一人は、黙って槍を握り直した。いつでも突入を止める構えだ。

 門には、詰め所が付いていた。姿は見えないものの、そこからも視線が伸びていることを、リズワーンは察知した。

 シャラーラは、ふところから筒に巻いた書状を取り出し、慎重に広げて文面を確認した後、門番へ向けた。
 その紙には、魔法がかかっていた。魔術師であるリズワーンには、それがわかった。
 詰め所から鳩が飛び出した。

 「わかった。子爵様に会わせよう」

 「ちょっと待て。入れるにしたって、上の判断を仰がないと」

 書状を直視した門番が、かんぬきに手をかけるのを見た相棒が、慌てて止めに入る。
 シャラーラは、すぐに書状をくるくる巻いて、手に持った。
 門番が、動きを止めた。

 「今、屋敷から迎えが来る。ここで待て」

 声は、詰め所の中から聞こえてきた。裏口に立つ門番は、わかったな、とでも言うようにこちらへ頷きかけると、彫像の如く門衛に戻った。
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