記憶を封じられたエルフ猶予の旅

在江

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第三章 出現

軟禁聖者

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 東の古都と呼ばれるオランは、古い建物がひしめく大きな街だった。

 「とうとう、ここまで来たねえ」

 ヴァルスが、由緒ありそうな建築物を眺めながら、感慨深そうに呟く。彼は、西の村でシャラーラと出会って以来、東の端まで一緒に旅をしてきたのだった。

 リズワーンが、報酬としていわば強制的に同行させられたのに対し、彼は自由意志による同行である。
 彼は立場の違いを知らない。

 「オランが目的地って、言っていたよね。そろそろ、何をするのか、教えてくれても、いいんじゃない? リズィだって、知りたいよね?」

 「それは、そうだが」

 同意を求められ、つい頷いたが、リズワーンは質問できる立場にない。語尾を曖昧に濁し、シャラーラの顔色を窺う。

 「お前が勝手についてきたのだろう。説明する義務はない。ちょうど良い節目だ。ここで解散して、好きなところへ出向いてはどうだ。稼いだ金を精算しよう」

 彼女は平静に返した。解散と言っても、そこにリズワーンは含まれない。彼は、言外に含まれた意味を読み取った。

 「それは、路上で始めるのは危ないね。宿が決まったら、部屋で精算しよう。どこに泊まろうか?」

 一緒に泊まる前提である。リズワーンは何となく、ヴァルスが銀貨だけ貰って、シャラーラについていくのではないかと思った。

 リズワーンにかかる路銀は、シャラーラが払う契約になっている。ヴァルスは旅に加わった当初、財布が空だったため、やはりシャラーラがまとめて支払った。
 成り行きで、その後冒険者の仕事を受けた際の報酬も彼女が受け取り、食事や宿の代金を三人一緒に支払っていた。

 「そうか」

 シャラーラは、返事ともつかない返事をして、歩き出した。何か別のことを考えているようだった。
 三人は街を横切るようにして進む。

 古い街は、城壁の内側にも城壁を有していた。広場がいくつもあって、大通りを進むだけでも、どの方向へ進んでいるのか、時折わからなくなった。
 脇へ伸びる細い道へ入ったら、どこへ連れて行かれるか、想像もつかない。

 迷いもなく進むシャラーラは、街の地理を把握しているようだった。彼女がどこから来たのか、リズワーンは知らない。目的地が帰還の地ということも、十分に考えられた。

 道はますます広くなり、両側の建物は明らかに高位貴族の邸宅である。中央を走るのは馬車で、人々は両橋に設けられた歩道を歩く。その道は王城へと続いていた。
 オランは王の居城を中心として作られた都市だった。

 貴族専用のような区域においても、平民が堂々と行き交っていた。冒険者であるシャラーラたちが、中に混じっても、目立たない。エルフやドワーフといった、人間以外の種族も他の土地より多く見かけた。

 いつぞやヘンクが、古いだけの街と評していた記憶がある。リズワーンには、様々な階級、様々な種族の行き交う様が、オラン独自の魅力に思われた。

 王城の城門前には、人が集まっていた。門番が追い払わないところを見ると、観光客でもあろうか。
 ここにも小綺麗な格好だけでなく、その日暮らしのような格好の者も入り混じり、門内の高いところを見上げていた。

 「どなたか、お出ましの予定でも、あるんですかね」

 解散の話が出てから黙っていたヴァルスが、口を開いた。ここへ来て、シャラーラの足が緩んだせいもある。

 彼女が足を緩めたのは、集う人ごみに進路を妨げられたからであった。
 王城の真ん前で揉め事を避けたいとは、誰しも思うことである。
 旅装でわかりにくいが、貴族が紛れている可能性もあった。三人は慎重に人の間を通った。

 「おい」

 低い声がリズワーンの耳に入った。見ると、シャラーラが貧しい身なりの老人に詰め寄っていた。
 彼は、人混みから少し離れた場所に両膝立ちで、祈りを捧げていた。

 「一つ尋ねる。お前は今、何を祈っていた?」

 初めの声かけが乱暴な割には、丁寧な態度でシャラーラが問いかけた。相手を怖がらせないため、面貌めんぼうを上げ顔を見せている。声には緊張が感じられた。
 リズワーンとヴァルスは、人の妨げにならないよう、脇へ避けて二人を見守る。

 その老人は、どこにでもいそうな老人だった。見た目も、行動も他の人々と同じようであった。
 居合わせた人々は、短いながらも王城に向けて祈りを捧げてから立ち去ってるのだ。大抵は立ったままだったが、ひざまずく人もいれば、両手と頭を地につけて祈る者もいた。

 老人よりみずぼらしい格好で訪れた者もおり、彼より年老いた者もあった。
 それぞれ際立つ人のある中、何故シャラーラが彼に目をつけたのか、リズワーンには思いつかない。

 「ラトーヤ様の解放をお祈りしておりました。決して咎められるようなことでは‥‥」

 「何だと」

 老人が答えた途端、彼女の顔からすうっと血の気が引いていった。リズワーンが駆け寄る前に、ヴァルスが動いた。

 「シャラ、大丈夫?」

 抱えるように腕を回すのを、振り払うシャラーラに、力がない。ヴァルスは恐る恐る手を離した。彼女は一人で立った。その顔色はまだ青いままだ。

 「では、その方は今、囚われているのか?」

 「はい。あちらに」

 老人が指したのは、王城であった。


 絶句したシャラーラに代わり、気を利かせたヴァルスが聞き出したところによると、ラトーヤは、高い能力を持つ僧侶らしい。
 ヘンクか誰かが、生ける聖者とか呼んでいた隠者である。

 隠者であるからには、王城などに住む筈もなく、現在そこにあるのは、王の命による。すなわち囚われているのである。
 理由は何か。

 「姫様を、惑わせたというお話です」

 老人は、そこだけ辺りをはばかり、声を落とした。離れた場所に立哨りっしょうする門番が、聞きつけて咎めるのではないか、と恐れるようだった。

 「まさか」

 ようやく声を出したシャラーラに、老人は幾度も頷いた。

 「聖者様は、そのような事をなさるお方ではない。ちまたでも同じように考える者は多いのです。しかし、王様の命は絶対です。理由はともかく、聖者様はお城に連れ出され、留められております。そこで、せめて一日でも早くその身が自由になるように、とお祈りしておりました。近々、王族の方々のお目見えがあります。そこで王様が、聖者様を解放されるのではないか、と期待しているのです」

 「事情はわかった。教えてくれて、ありがとう」

 シャラーラは礼を言うと、その場を離れた。リズワーンとヴァルスは、その後に付き従う。
 彼女は、王城を回り込むようにして移動する。相変わらず、どこへ行くものか、見当もつかない。
 今は、申し合わせたように、二人とも黙って彼女について歩いた。

 王城の裏側へ出ると、今度はそこを背にして先へ進む。このまま行くと、街の外である。
 こちらの側にも、要所要所に広場があり、市場や店が点在した。
 シャラーラは、一つの市場で食料を買い込もうとして、ヴァルスを見返った。

 「ヴァル。わたし達は、街の外で泊まることになる。まともな宿を取りたいならば、この辺りで探すと良い。あまり手間を取らせないのであれば、心当たりを案内する。精算も、そこで行おう」

 最初の解散話から、三人の間には、まともに会話する暇はなかった。
 ここへ来て、急に一線を引かれた上、その線の外側にいるのは自分だけという状況に、ヴァルスは呆然とする。

 「‥‥いや。僕は、君たちと一緒に行く」

 「これから食料を買う。金の取り分が減るぞ」

 シャラーラとしては、忠告のつもりなのだろう。ヴァルスとの見解は、ますますすれ違っていく。

 「なあ。僕は仲間じゃないのか? 僕たち、全員同じぐらいの時間を共にしたよね? 何故、リズィだけを側に留めるの?」

 「ヴァル。私がシャラといるのは、支払いのためだ」

 リズワーンは堪らず口を挟んだ。シャラーラは制止しない。
 考えてみれば、契約を村人に知らせない、と希望したのは、彼の方だった。

 ヴァルスは村人ではないが、当時の状況で、彼にだけ説明するいわれはなく、その後も何となしにそのまま過ごしたのである。

 「どういうこと?」

 「わかった。時間がないから、ヴァルスも今日は一緒に泊める。わたしも泊まれるか、行ってみないとわからないが。とにかく、食料を調達するから、話は後にしてくれ」

 シャラーラは降参した。
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