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第二章 出奔

長耳推理

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 シャラーラが、白い僧衣の男たちに取り囲まれていた。その足元には、丸太のように寝転がったヴァルスとギーノがいる。

 「怪しい者ではありません。この家の娘さんとその雇い主を探しに来たところ、家の中で薬に毒され、ここで回復を待っているところです」

 「では、その娘はどこにいる?」

 僧衣の中心にあるのは、赤銅色の髪を荒々しく伸ばした年嵩としかさの男だった。
 彼ばかりでなく、その場に対峙たいじする男たちは、ユーニアス司祭のような穏やかさとは無縁の風貌ふうぼうを持っていた。武器を持つ者まである。
 僧侶と言うより、僧兵と呼ぶ方が相応ふさわしい。

 「家にはいません。わたしたちよりも先に探しに来た、彼女の雇い主の姿もありません。薬で眠らされ、連れ去られたのではないかと思います。ここに眠る彼らは、食事に残った薬の影響を受けたのです」

 「何と言うことだ。疑うわけではないが、我々も家の中を確認したい。そこを通してもらえまいか」

 「それより、あなた方は一体何者です? ルシアとどういった関係なのですか?」

 「私は境会の司祭長グレゴーだ。訳あって彼女を救出に来たのだが、一足遅かったようだ」

 彼らは、あの神殿の関係者だった。いかにも冒険者なシャラーラに、怪しい奴と無視してかからず、自ら名乗りを上げるとは、聖職者らしい態度である。

 リズワーンは、ひとまずヘンクの側まで退いて、様子を見ることにした。場合によっては、ひとまず全員を戦闘不能にしようと構えていたのである。

 「そうですか。わたしは、シャラーラと申します。冒険者の戦士です。今回、ルシアさんの雇い主の奥様から依頼を受けました。家の中にもわたしの仲間がおります。薬の影響は薄れたと思いますが、お気をつけてご覧ください。後ほど、互いに事情を明かし、捜索の協力を検討できれば、と願います」

 家へ向けて声を大きくしたのは、リズワーンへの配慮である。ルシアが不在である以上、彼らが家の中で怪しい動きをするとも思えない。ただ、彼とヘンクへの対応は、別問題である。
 ヘンクは、状況の変化も知らず、すやすや眠っている。さすがに起きて欲しかった。

 「ひどいな」

 「そうか? 意外と荒らされていないと思ったぞ」

 複数の人の足音が、家の中へ入ってきた。リズワーンは、いつでも魔法を繰り出せるよう、準備を整える。
 半分ほどは、入り口に止まって、外を警戒する様子であった。シャラーラを、完全に信頼した訳ではないようだ。
 当然の判断ではある。

 「仲間がいるって言っていたな」

 「こちらです」

 リズワーンは、声を出した。同時に念の為、魔法で防御を張った。

 「おお」

 彼の心配は杞憂きゆうに終わった。現れた僧侶たちは、フクロウを肩に載せたエルフと、その足元に横たわる金属鎧の塊を目にして、毒気を抜かれたように立ち止まった。

 「この鍋の中に、眠り薬が溶かし込まれていたようです。彼は、この蓋の下に顔を近づけて、眠ってしまいました」

 沈黙が気まずく、リズワーンは見てきたように説明をした。大まかには、合っている筈だ。
 彼らは疑う様子もない。

 「初対面で図々しいお願いですが、この人を外へ運び出してもらえませんか。私は非力で、外の仲間と二人でも、動かせそうにありません」

 リズワーンが思い切って頼むと、そうだな、そうだな、と僧衣の男たちは、ヘンクの元へ集まり、フル装備の戦士をあっと言う間に持ち上げた。
 一切の躊躇ためらいはなかった。普段から、そうした人助けをし慣れている印象を受けた。
 それは、ユーニアス司祭にも通じる印象だった。

 ヘンクが運び出されるのを見たシャラーラが、驚いている。彼は、初めの二人と並んで横たえられた。

 「どうやら、あなた方のお話の通りだった」

 グレゴーが、安らかに眠り続ける三人を前に、シャラーラとリズワーンへ話しかけた。

 「私の考えが正しければ、ルシアの救出は急ぐべきだ。そして、人手も欲しい。手始めに、彼らの解毒をしよう。我々に協力してもらえないか」

 「目的が一致する限り、協力します」

 シャラーラは即答した。
 僧職にあれば、宗派を問わず使える魔法があった。解毒は、その一つである。
 彼らは見るまに三人を目覚めさせた。なかなかの使い手であった。

 「んあーっ。よく寝た」

 「もったいなかったなあ。食べてみたかったのに」

 「生き返った」

 三者三様に起き上がり、揃って取り囲む僧侶におびえた。

 「境会の皆さんです。お礼を言って」

 ヴァルスが魔法を使う前に、シャラーラが制した。そこで三人は、助けてもらったことを理解した。

 「ルシアがさらわれたとなると、もう神殿に戻って立て直す時間はない。幸い、増援も得たことだ。ここで出来る準備を整えて、直接現地へ向かう」

 グレゴーが、仲間に宣言した。それからリズワーンたちの方を向いて、大袈裟な笑みを浮かべた。

 「現地へは、暗くなってから侵入できるよう、出発時間を調整しよう。まずは、腹ごしらえをしながら互いの情報を擦り合わせる。いずれにしても、その鎧は脱いでもらう必要がある」

 指名されたのは、ヘンクであった。

 「えええっ?」

 驚いたのは、彼だけであった。ギーノもまた、救出作戦に彼の鎧が不向きであることを、承知していた。


 簡単に言うと、ルシアが攫われたのは生贄いけにえのためで、攫ったのは、同じ境会から派生した異端集団だった。グレゴーは自らの派閥を正統派、彼らを歪曲わいきょく派と呼んだ。

 「ルシアさんは、境会にとって特別な存在なのですか?」

 ヴァルスが尋ねる。宿の女将が作った弁当は、ほとんど食い尽くした。
 グレゴーが歪曲派に先んじてルシアを救出するからには、彼女が生贄に選ばれることを知っていなければならない。元は、同じ宗派である。相応しい基準が共通である可能性は高い。

 「彼らが人間を生贄に選ぶのは、初めてのことだ。我々は、自然の導きにより、心ある信者からそのことを知らされたのだ」

 つまりは、内応者である。人間の生贄が殺人と気づいて、目が覚めたのだろう。

 「彼女の家は、元々境会の信者だった。それで、家を探す手間は省けた。家にいる間には、間に合わなかったが」

 「ルシアさんは、ドンさんの店に、住み込みで働いていたんですよ。親に呼び出されてこの家へ戻った、と聞いています」

 ガシャガシャうるさい金属鎧を脱いだヘンクが、会話に加わった。これまでは、金属板を組み合わせたプレートアーマーだったのが、今は鎖帷子くさりかたびらと革の籠手こて脛当すねあてを組み合わせていた。

 音の発生源としては、大分マシになった。
 戦士が、鎧なしで斬り込むのは無謀むぼうに過ぎると、話し合いの結果である。

 「親が歪曲派? 当人は?」

 シャラーラが、誰にともなく問う。境会の僧侶たちが、ざわついた。

 「いや、そういう話は聞いていなかった。確か、事前に両親には警備をつけると連絡した‥‥」

 グレゴーの声が、小さくなる。彼も気づいたのだ。

 「してやられた」

 「何がです?」

 シャラーラのつぶやきに、無邪気に反応するヴァルス。説明する気がなさそうな彼女に代わり、リズワーンが口を開く。

 「ルシアさんは、親、恐らく母親によって生贄に差し出された。ドンさんも一緒に連れ出された」

 「何でそうなる? 薬は鍋に入れられた。食卓には、親子三人分の食器が並んでいたじゃないか。犯人が薬を入れたことに気づかず、一家丸ごと眠らされ、攫われたと考えるのが自然だろう」

 ヘンクが指摘した。鍋の中身を見る前に、一通り家の中を確認したのだ。

 「そこがおかしい。家の中は、荒れていた。格闘があったのか、証拠を消すために荒らしたのかはわからない。椅子がひっくり返っていただけでなく、食卓の上にあったと思われる、コップやスプーンも床に落ちていた。同じ卓上に並ぶ汁物を入れた皿だけが、綺麗に残っている」

 「すごい偶然だ。お皿より高さのあるコップと、お皿より低い位置に置くスプーンが落ちたのに。食べている途中で、お皿に入っていたのかな。それにしても、綺麗にスプーンだけ落ちるって、達人技みたい」

 ヴァルスが、目をキラキラさせて言った。あれは、本気で感心した顔である。

 「ドンさんは? ルシアさんが攫われた後に、この家へ来たのなら、騎士団に通報するか、家へ戻るだろう。それとも、彼が来ることを見越して誰か残したのか?」

 シャラーラが質問した。彼女は言葉にするうちに、答えに辿り着いたようだった。そこで沈黙してしまう。
 ヴァルスが彼女の言により、状況に疑問を抱き始めた。境会の僧侶たちは、食事に口を使い、話しそうにない。致し方なく、リズワーンが言葉を継ぐ。

 「それは、非効率だ。ドンさんに限らず、ルシアさんの失踪に気づいたとして、届け出るだけでも時間がかかる。一家で消えたことを、夜逃げと捉えるかもしれない。見張りを残してまで、不在を隠す必要がない。彼は、ルシアさんと同時に消えたと考えるのが合理的だ」

 「一家が食事中にドンさんが訪れたところに、奴らが襲撃してきて格闘になったとか。それで椅子が」

 ヘンクが言う。

 「汁物の入った皿だけ、たまたま残った。それよりも、ドンさんを含む三人が食卓に着き、眠ったところで襲撃の後を偽装し、連れ去った可能性の方が高い。薬を入れた者は、給仕をすれば食べずに済む。この家には、椅子が三脚しかない。優先して座らされることは、来客にとっても自然なことだ。他方、この家族はルシアを含めて三人。食卓に皿が残されたのは、調べが来た時、攫われたのは家族三人だと示すためだろう。つまり、その時家族のうちで椅子に座らず、給仕をした人物が薬を盛った」

 「一家の主がドンさんの相手を務めるとして、二人は確定。ルシアさんが給仕したかもしれない」

 シャラーラが疑問を呈した。言った当人も、信じていない様子だった。

 「三つの皿のうち、一つだけ使い古した物だった。古皿が二つだったら、どちらが給仕したとも言いかねる。比較的新しい皿の一つは、来客用だ。ルシアさん用の皿があったとして、普段使わない分だけ新しく見える。また、ドンさんは、戻らないルシアさんを案じて迎えに来た。彼女をすぐに連れ帰らせないためにも、新しい皿を使わせた。実家で辛い目に遭っている、と思わせないために」

 「じゃあ、犯人は、ルシアさんのお母さんってこと? 娘を生贄に?」

 ヴァルスが、信じられない、という声を出した。ヘンクやギーノも、彼に同調する。

 「その辺りの事情はわからない。残された状況から判断すると、そのように考えられる、というだけだ」

 「犯人が中にいるか別にいるかはともかく、行方不明者は四人ということだな」

 グレゴーがまとめた。食事を取り終えたところだった。
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