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第一章 出立
村長裁定
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魅入られたように、戦士が首輪を受け取った。灯りに向けてかざしたり、試すがめつ観察した後、だみ声の男と頷き合った。
「いいだろう。俺たちは報酬として、聖遺物の代わりにこれを受け取る。これで、契約は終了だ。俺たちは、帰らせてもらう」
戦士二人は、首輪を懐にすると、礼拝堂を出て行った。彼らの背中が見えなくなるや、村長がふらりと倒れかかる。側についていた司祭が、素早く支えた。
「リズワーンさん、大変に申し訳ないことをした」
村長は、意識を保っていた。
「これまでの礼だ。気にする必要はない。今日はもう、休めば良い。ほとんど徹夜のようなものだったのだ。疲れたろう」
「そんな。私たちこそ、子供の頃から世話になっているのに」
村長は手を振り、司祭の助けで椅子へ腰掛けた。顔色は悪いままだった。
村人たちも、帰る気配を見せなかった。
ここへ来て、漸くアステアとウナスが不安気な顔つきをした。彼女の親である村長を始めとして、そこに集う人々の視線を集めていることに、気づいたのである。それらの視線は、好意的とは言い難かった。
少し離れて座るインジーが、もう随分前から場の雰囲気を察し、いたたまれない様子でいたのと対照的だった。
「ええっと。一件落着、ではない、ですよ、ね?」
少しでも場を和ませようとした、ヴァルスの試みは完全に失敗した。
「そうだな。そこのヴァルス殿への支払いは済んだ筈だ。貴方も帰って良い組だ。わたしは、別の用でここへ来たのに、同行を頼まれた。ひとまず人命救助を重んじ、探索に加わった。まだ報酬を貰っていない」
リズワーンは思わずシャラーラを見た。報酬については、リズワーンをタダ働きさせることで合意した筈である。内密にするよう求めたのは彼自身であったが、彼女はそれを逆手に取り、強欲にも更なる報酬を得ようとしているのだろうか。
彼女の言葉を聞いた村長は、椅子の上で今にも失神しそうであった。司祭が、村長を気遣いつつ、シャラーラを見た。
「銀貨でなければ」
シャラーラは、手で司祭の発言を止めた。
「いや。私は、この一連の出来事の当事者として、この場に立ち会う権利がある、と言いたかったのだ。報酬については、これからの貴方がたの姿勢を含めて考えることにする」
「そうですか」
司祭は、ほっと息をついた。村長は、どうにか意識を保つことで精一杯で、安堵の息を吐くことすら難儀なようであった。
「なら、僕も当事者で」
ヴァルスが小声で付け加えた。誰も反論しなかった。
「では、あらかた対外的な問題は片づいたとして、本題に入ろう」
村長が、呼吸を整え、アステアに向き直った。村長の娘とウナスは、敵に相対したように、互いに寄り添っていた。
「アステア。お前は父である私の意に反し、ウナスと駆け落ちするために、無関係の人々を多く巻き込んだ。村人の仕事を休ませ収入を奪い、責任も取れない契約を交わし、リズワーンさんに財産を失わせた。私と司祭は、お前の浅はかな取引とやらのせいで、危うく命を落としかけた。一緒に来てくださったリズワーンさん、ヴァルスさん、そして好意で協力してくださったシャラーラさんも殺しかけた」
「そんなつもりは、なかったわ。それに、私だけの考えじゃない」
アステアが反論する。ウナスが彼女の手をギュッと握った。
「それだけでも十分に罰せられるべき行為だが、最も恥ずべきは、村の聖遺物を勝手に村外へ売り飛ばそうとしたことだ。これは、明確に犯罪行為だ。アステアと駆け落ちを企んだウナスも同罪だ。私は、この村の村長として、お前たちに罰を与えねばならない」
「お父様!」
「アステアとウナス。お前たちを、村外追放とする。隣接する町村への出入りも禁ずる。なお、今回の件は、正式に騎士団へ報告を上げ、命令に背いた場合、即座に追捕がかかるよう手配する」
「お父様」
アステアは、どちらかというと喜んでいるように見えた。隣のウナスが、反対に表情を曇らせたのと対照的である。
村長は、苦悶をはっきり表情に表していた。
「すぐに荷をまとめ、日が落ちるまでに村を出て行け」
「はい。ロバを連れて行っても良いですか?」
「駄目だ。二人で持ち運べる限りにしろ。期限を違えたら、見つけ次第鞭打つ」
アステアは、初めて父親の本気に気づいたように、慌ててウナスと出て行った。残されたのは、インジーである。
「あのう、俺は?」
「お前が私たちに事実を教えてくれなかったことは、とても残念だった。だが、村長の娘と狩人の先輩に頼まれたら、断れなかったであろうとは、想像がつく。それに、あの戦士たちが一緒にいる間は、抜け出すことも難しかったろう。罰として、今後一年間、週に一回の神殿奉仕を命じる。奉仕内容は、司祭から指示を受けろ。ウナスを追放した今、お前は貴重な狩人だ。以後、間違いのないよう、仕事に励め」
「あ、ありがとうございます。頑張ります」
インジーは、涙を流し始めた。家に帰るよう促されると、鼻水を啜りながら、礼拝堂を出て行った。
村長は彼の背中を見送ると、椅子から立ち上がり、集まった村人に頭を下げた。
「この度は、私の娘のせいで、村から宝が失われるところだった。皆さんには捜索をお手伝いいただき、ご迷惑をおかけして、申し訳ない。今日この場に来られなかった人たちにも、順に説明して回る。皆、次の村長について、考えておいてくれ」
そしてそのまま、床へ倒れ込んだ。
リズワーンが神殿へ戻ると、司祭が食卓で居眠りしていた。卓上に並ぶのは、出立前よりも少ない干し果物の皿である。
「あの二人はいなかったか」
彼が席に着くのを待って、シャラーラが尋ねた。彼は、アステアとウナスが家に残っていないか、確認に行ったのである。尤も、彼自身が足を運んだのは村長の家だけで、村外れにあるウナスの家へは、フクロウのカーフを飛ばして済ませた。
「家にはいなかった。ウナスは狩人で、アステアは薬師の技能を持っている。食べるには困らないだろう」
言われた通りに出立しても、今夜は野宿を免れない。誰かの家に入り込んでいることも考えられた。例えば、インジーとか。リズワーンは、敢えて他の場所まで確認しなかった。
「村長の具合はどうだ?」
「眠っています。枕元に水と食べ物を用意しておきました」
イリウが答えた。アステアを追放した村長は、一人暮らしとなる。
三日間、飲まず食わずで過ごした後、ほぼ徹夜で遺跡を踏破し、娘の不始末を裁かねばならなかったのだ。疲労困憊の彼を家へ戻すのは心配と、司祭が神殿へ留めたのである。
その司祭も、疲れは同様に溜まっていた。現に、リズワーンの帰りを待ちきれず、舟を漕いでいた。
「先に食べても良かったのに」
早く眠りたいのは、シャラーラもヴァルスも一緒だろう。ヴァルスはあの後、もう遅いからという理由で宿を求めたのであった。
「あっ、おお。リズワーンさん、戻りましたか。村の方はどうでしたか?」
司祭がうたた寝から目覚めた。リズワーンが説明した後、一同で食事を始めた。皆、疲れから食欲がなく、食事はほとんど進まない。
「シャラーラさんへの報酬ですが」
司祭が、躊躇いがちに切り出した。
「ああ、あれは、明日の朝までの宿代に替えてもらえれば、結構です」
シャラーラはしれっと答えた。実際は、リズワーンとカーフを連れて行くのだ。事情を知らない司祭は、恐縮した。
「ところでユーニアス。私も村を出ようと思う。カーフも連れて行く」
食卓の空気が固まった。
「何で」
イリウが呟く。
「もしかして、あの首輪が関係しているのですか? 買い戻すなら、私が何とかして‥‥」
「違う。少し前から考えていたのだ。一人では、なかなか踏ん切りがつかなかった。ちょうど良い折りだ。シャラーラ殿と一緒に出立させてもらう」
「何も、こんな時に」
と言ったのは、ヴァルスである。その後もしばらく押し問答があったが、当然ながらリズワーンは予定を変えなかった。
翌朝、村の空は清々しく晴れていた。
リズワーンはシャラーラと、ヴァルスと神殿の前にいた。見送りはイリウと司祭と、一晩寝て復活した村長である。
「行き先も戻る時期も、決めていないのですか」
起き抜けにリズワーンの旅立ちを聞かされた村長は、途方に暮れた様子であった。リズワーンには、答えようのない質問であった。
「また、いつか戻ってきてくれるだろう。長生きしなくては」
司祭が、自分に言い聞かせるように言う。
「手紙をください」
イリウが言った。リズワーンは、その頭に手を置いた。約束はできなかった。
「リズワーンさんは、あの村に住んで長いのですか? 村長さんが子供の頃からいらした、と言っていましたよね」
「そうだ。いつから住んでいた?」
ヴァルスの問いに、シャラーラが勢いよく食いついた。リズワーンは戸惑う。
「いつからと言われても‥‥。出たり入ったりもしていて、あまり覚えていない」
「そうか。覚えていないか」
シャラーラは、それで納得したようだった。
森を抜けて、視界が拓けた。前へ伸びる道が、途中から枝分かれするのが見える。
「エルフの皆さんは、長命ですものね。ところで、シャラーラさんは、どこまで行くんですか?」
「それは、わたしが聞こうと思っていたことだ」
「僕が先に聞いたんですよ」
「お前に教える義理はない」
兜の下から聞こえる声に、不機嫌さが滲み出た。
「同じ部屋で眠った仲じゃないですかあ。じゃあ、リズワーンさんはどこまで?」
「な。そんな、言い方っ」
遺跡での仮眠を指しているのは、理解できた。
顔を赤くしたシャラーラの抗議を無視して、ヴァルスがリズワーンへ矛先を向けた。
返答に困り、リズワーンは助けを求めてシャラーラを見た。
途端に、ヴァルスが何かに気づいた。
「あっ。二人でパーティを組みましたね。僕も混ぜてくださいよ。僕は精霊使いですが、僧侶の資格も持っています。お役に立てますよ」
分かれ道へ来た。シャラーラとリズワーンが選んだ道を、当然のようにヴァルスもついてくる。
シャラーラが、困ったようにリズワーンを見返した。彼は、不意に笑いが込み上げてきた。久々の感覚に戸惑う。
「笑わないでください。僕、本気で言っています」
「シャラーラ殿に差し支えがなければ、私は一緒にいても構わない。彼の技能は役に立つだろう」
「わかった。ただし一緒に行動したいなら、わたしの指示に従え。お前、金なしだな?」
「へへへ、バレましたか。ありがとうございます。ところで、私のことは、ヴァルスと呼んでくださいね」
「私もリズワーンと呼んでくれ。敬語や敬称は不要だ」
「ならば、わたしにも同じように」
「リズィとシャラって呼んでもいいかな。ほら、戦闘中とか、短い方がいいでしょ?」
ヴァルスは、早速切り替えた。シャラーラは彼の変化に追いつけず、面食らっている。
「好きにしろ」
「では、お前はヴァルだな」
リズワーンは言った。
「いいだろう。俺たちは報酬として、聖遺物の代わりにこれを受け取る。これで、契約は終了だ。俺たちは、帰らせてもらう」
戦士二人は、首輪を懐にすると、礼拝堂を出て行った。彼らの背中が見えなくなるや、村長がふらりと倒れかかる。側についていた司祭が、素早く支えた。
「リズワーンさん、大変に申し訳ないことをした」
村長は、意識を保っていた。
「これまでの礼だ。気にする必要はない。今日はもう、休めば良い。ほとんど徹夜のようなものだったのだ。疲れたろう」
「そんな。私たちこそ、子供の頃から世話になっているのに」
村長は手を振り、司祭の助けで椅子へ腰掛けた。顔色は悪いままだった。
村人たちも、帰る気配を見せなかった。
ここへ来て、漸くアステアとウナスが不安気な顔つきをした。彼女の親である村長を始めとして、そこに集う人々の視線を集めていることに、気づいたのである。それらの視線は、好意的とは言い難かった。
少し離れて座るインジーが、もう随分前から場の雰囲気を察し、いたたまれない様子でいたのと対照的だった。
「ええっと。一件落着、ではない、ですよ、ね?」
少しでも場を和ませようとした、ヴァルスの試みは完全に失敗した。
「そうだな。そこのヴァルス殿への支払いは済んだ筈だ。貴方も帰って良い組だ。わたしは、別の用でここへ来たのに、同行を頼まれた。ひとまず人命救助を重んじ、探索に加わった。まだ報酬を貰っていない」
リズワーンは思わずシャラーラを見た。報酬については、リズワーンをタダ働きさせることで合意した筈である。内密にするよう求めたのは彼自身であったが、彼女はそれを逆手に取り、強欲にも更なる報酬を得ようとしているのだろうか。
彼女の言葉を聞いた村長は、椅子の上で今にも失神しそうであった。司祭が、村長を気遣いつつ、シャラーラを見た。
「銀貨でなければ」
シャラーラは、手で司祭の発言を止めた。
「いや。私は、この一連の出来事の当事者として、この場に立ち会う権利がある、と言いたかったのだ。報酬については、これからの貴方がたの姿勢を含めて考えることにする」
「そうですか」
司祭は、ほっと息をついた。村長は、どうにか意識を保つことで精一杯で、安堵の息を吐くことすら難儀なようであった。
「なら、僕も当事者で」
ヴァルスが小声で付け加えた。誰も反論しなかった。
「では、あらかた対外的な問題は片づいたとして、本題に入ろう」
村長が、呼吸を整え、アステアに向き直った。村長の娘とウナスは、敵に相対したように、互いに寄り添っていた。
「アステア。お前は父である私の意に反し、ウナスと駆け落ちするために、無関係の人々を多く巻き込んだ。村人の仕事を休ませ収入を奪い、責任も取れない契約を交わし、リズワーンさんに財産を失わせた。私と司祭は、お前の浅はかな取引とやらのせいで、危うく命を落としかけた。一緒に来てくださったリズワーンさん、ヴァルスさん、そして好意で協力してくださったシャラーラさんも殺しかけた」
「そんなつもりは、なかったわ。それに、私だけの考えじゃない」
アステアが反論する。ウナスが彼女の手をギュッと握った。
「それだけでも十分に罰せられるべき行為だが、最も恥ずべきは、村の聖遺物を勝手に村外へ売り飛ばそうとしたことだ。これは、明確に犯罪行為だ。アステアと駆け落ちを企んだウナスも同罪だ。私は、この村の村長として、お前たちに罰を与えねばならない」
「お父様!」
「アステアとウナス。お前たちを、村外追放とする。隣接する町村への出入りも禁ずる。なお、今回の件は、正式に騎士団へ報告を上げ、命令に背いた場合、即座に追捕がかかるよう手配する」
「お父様」
アステアは、どちらかというと喜んでいるように見えた。隣のウナスが、反対に表情を曇らせたのと対照的である。
村長は、苦悶をはっきり表情に表していた。
「すぐに荷をまとめ、日が落ちるまでに村を出て行け」
「はい。ロバを連れて行っても良いですか?」
「駄目だ。二人で持ち運べる限りにしろ。期限を違えたら、見つけ次第鞭打つ」
アステアは、初めて父親の本気に気づいたように、慌ててウナスと出て行った。残されたのは、インジーである。
「あのう、俺は?」
「お前が私たちに事実を教えてくれなかったことは、とても残念だった。だが、村長の娘と狩人の先輩に頼まれたら、断れなかったであろうとは、想像がつく。それに、あの戦士たちが一緒にいる間は、抜け出すことも難しかったろう。罰として、今後一年間、週に一回の神殿奉仕を命じる。奉仕内容は、司祭から指示を受けろ。ウナスを追放した今、お前は貴重な狩人だ。以後、間違いのないよう、仕事に励め」
「あ、ありがとうございます。頑張ります」
インジーは、涙を流し始めた。家に帰るよう促されると、鼻水を啜りながら、礼拝堂を出て行った。
村長は彼の背中を見送ると、椅子から立ち上がり、集まった村人に頭を下げた。
「この度は、私の娘のせいで、村から宝が失われるところだった。皆さんには捜索をお手伝いいただき、ご迷惑をおかけして、申し訳ない。今日この場に来られなかった人たちにも、順に説明して回る。皆、次の村長について、考えておいてくれ」
そしてそのまま、床へ倒れ込んだ。
リズワーンが神殿へ戻ると、司祭が食卓で居眠りしていた。卓上に並ぶのは、出立前よりも少ない干し果物の皿である。
「あの二人はいなかったか」
彼が席に着くのを待って、シャラーラが尋ねた。彼は、アステアとウナスが家に残っていないか、確認に行ったのである。尤も、彼自身が足を運んだのは村長の家だけで、村外れにあるウナスの家へは、フクロウのカーフを飛ばして済ませた。
「家にはいなかった。ウナスは狩人で、アステアは薬師の技能を持っている。食べるには困らないだろう」
言われた通りに出立しても、今夜は野宿を免れない。誰かの家に入り込んでいることも考えられた。例えば、インジーとか。リズワーンは、敢えて他の場所まで確認しなかった。
「村長の具合はどうだ?」
「眠っています。枕元に水と食べ物を用意しておきました」
イリウが答えた。アステアを追放した村長は、一人暮らしとなる。
三日間、飲まず食わずで過ごした後、ほぼ徹夜で遺跡を踏破し、娘の不始末を裁かねばならなかったのだ。疲労困憊の彼を家へ戻すのは心配と、司祭が神殿へ留めたのである。
その司祭も、疲れは同様に溜まっていた。現に、リズワーンの帰りを待ちきれず、舟を漕いでいた。
「先に食べても良かったのに」
早く眠りたいのは、シャラーラもヴァルスも一緒だろう。ヴァルスはあの後、もう遅いからという理由で宿を求めたのであった。
「あっ、おお。リズワーンさん、戻りましたか。村の方はどうでしたか?」
司祭がうたた寝から目覚めた。リズワーンが説明した後、一同で食事を始めた。皆、疲れから食欲がなく、食事はほとんど進まない。
「シャラーラさんへの報酬ですが」
司祭が、躊躇いがちに切り出した。
「ああ、あれは、明日の朝までの宿代に替えてもらえれば、結構です」
シャラーラはしれっと答えた。実際は、リズワーンとカーフを連れて行くのだ。事情を知らない司祭は、恐縮した。
「ところでユーニアス。私も村を出ようと思う。カーフも連れて行く」
食卓の空気が固まった。
「何で」
イリウが呟く。
「もしかして、あの首輪が関係しているのですか? 買い戻すなら、私が何とかして‥‥」
「違う。少し前から考えていたのだ。一人では、なかなか踏ん切りがつかなかった。ちょうど良い折りだ。シャラーラ殿と一緒に出立させてもらう」
「何も、こんな時に」
と言ったのは、ヴァルスである。その後もしばらく押し問答があったが、当然ながらリズワーンは予定を変えなかった。
翌朝、村の空は清々しく晴れていた。
リズワーンはシャラーラと、ヴァルスと神殿の前にいた。見送りはイリウと司祭と、一晩寝て復活した村長である。
「行き先も戻る時期も、決めていないのですか」
起き抜けにリズワーンの旅立ちを聞かされた村長は、途方に暮れた様子であった。リズワーンには、答えようのない質問であった。
「また、いつか戻ってきてくれるだろう。長生きしなくては」
司祭が、自分に言い聞かせるように言う。
「手紙をください」
イリウが言った。リズワーンは、その頭に手を置いた。約束はできなかった。
「リズワーンさんは、あの村に住んで長いのですか? 村長さんが子供の頃からいらした、と言っていましたよね」
「そうだ。いつから住んでいた?」
ヴァルスの問いに、シャラーラが勢いよく食いついた。リズワーンは戸惑う。
「いつからと言われても‥‥。出たり入ったりもしていて、あまり覚えていない」
「そうか。覚えていないか」
シャラーラは、それで納得したようだった。
森を抜けて、視界が拓けた。前へ伸びる道が、途中から枝分かれするのが見える。
「エルフの皆さんは、長命ですものね。ところで、シャラーラさんは、どこまで行くんですか?」
「それは、わたしが聞こうと思っていたことだ」
「僕が先に聞いたんですよ」
「お前に教える義理はない」
兜の下から聞こえる声に、不機嫌さが滲み出た。
「同じ部屋で眠った仲じゃないですかあ。じゃあ、リズワーンさんはどこまで?」
「な。そんな、言い方っ」
遺跡での仮眠を指しているのは、理解できた。
顔を赤くしたシャラーラの抗議を無視して、ヴァルスがリズワーンへ矛先を向けた。
返答に困り、リズワーンは助けを求めてシャラーラを見た。
途端に、ヴァルスが何かに気づいた。
「あっ。二人でパーティを組みましたね。僕も混ぜてくださいよ。僕は精霊使いですが、僧侶の資格も持っています。お役に立てますよ」
分かれ道へ来た。シャラーラとリズワーンが選んだ道を、当然のようにヴァルスもついてくる。
シャラーラが、困ったようにリズワーンを見返した。彼は、不意に笑いが込み上げてきた。久々の感覚に戸惑う。
「笑わないでください。僕、本気で言っています」
「シャラーラ殿に差し支えがなければ、私は一緒にいても構わない。彼の技能は役に立つだろう」
「わかった。ただし一緒に行動したいなら、わたしの指示に従え。お前、金なしだな?」
「へへへ、バレましたか。ありがとうございます。ところで、私のことは、ヴァルスと呼んでくださいね」
「私もリズワーンと呼んでくれ。敬語や敬称は不要だ」
「ならば、わたしにも同じように」
「リズィとシャラって呼んでもいいかな。ほら、戦闘中とか、短い方がいいでしょ?」
ヴァルスは、早速切り替えた。シャラーラは彼の変化に追いつけず、面食らっている。
「好きにしろ」
「では、お前はヴァルだな」
リズワーンは言った。
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