記憶を封じられたエルフ猶予の旅

在江

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第一章 出立

思惑錯綜

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 「さて。説明してもらおうか」

 シャラーラが口火を切った。目庇まびさしは上げたものの、相変わらずかぶとをつけたままであるのに、誰もとがめない。もう、そういう生き物と認識されたようだった。

 大地母神の神殿である。礼拝堂の会衆席に、アステアとウナス、インジー、だみ声の戦士と無口な戦士が並んで座らされていた。彼らの縛めは、全て解かれている。聖遺物は、既に村長の元へ戻された。

 そのほかに、留守番のイリウとカーフ、一行がぞろぞろと帰り着くのを目撃した村人が、誘い合って神殿まで押し寄せてきた。まるで、礼拝でも始まりそうな賑わいである。

 礼拝と異なるのは、彼らの前に立つのがリズワーンとヴァルス、シャラーラの三人であることだ。
 村長と司祭も会衆席と向き合う位置にいたが、イリウの気遣いで椅子に腰掛けていた。村長は、寄り添う娘と若者に、厳しい目を向けている。
 この配置で連想されるのは、むしろ裁判の方である。リズワーンは覚えず身震いした。

 「僕たちから質問しようか。アステアさんは、誘拐された訳じゃなかったんだよね?」

 誰も釈明しないので、ヴァルスが整理を試みた。問われた村長の娘は、村人も含めた一同の視線を集め、顔を赤くして口籠もる。

 「だって、おっ、お父様がいけない‥‥」

 村長もまた、怒りで顔を赤くして立ち上がる。

 「お前、これだけの人に迷惑をかけておいて、最初に言うことが、それか! 人死にが出るところだったんだぞ!」

 「まあまあ、落ち着いて。アステアの話を聞こうじゃないか」

 司祭が脇から、村長を宥めた。

 「僕たち、愛し合っているんです」

 代わりに訴えたのは、ウナスだった。隣に座るアステアと、しっかり手を取り合う。それを目の当たりにさせられた村長は、今にも椅子を蹴って飛び出しそうだった。

 「村長さんが、交際を認めてくれないので‥‥」

 「当たり前だっ! まだ半人前の癖して、今回も人の迷惑も考えず、こんな騒ぎを」

 「その責めは、後で行う。続けろ」

 シャラーラが口を挟んだ。その冷えた口調に、村長の頭も冷えたようだった。ウナスもびくりと体を震わせたが、視線に押されて口を開いた。

 「‥‥で、駆け落ちを考えたのですが、普通に逃げてもすぐに捕まる、と思ったのと」

 「どうせなら、お父様を困らせようと思ったんです。ちょっとだけ」

 アステアが付け加えた。普段、家の手伝いなどする姿は大人びているが、こうして見ると子供が体だけ大きくなったようなものであった。

 「ちょっとだと。村の人が、仕事を休んで、必死で探し回ったんだぞ」

 村長が興奮して立ちあがろうとするのを、司祭が制した。この度は、後ろから野次馬的に集まった村人からも賛同の声が上がった。

 「そのことと、村の聖遺物を引き渡すことは、どのように関係するのかな? そちらの人たちは、この辺りでは見かけないね」

 司祭が、よく通る声で戦士たちに話しかけると、傍聴する人々が聞き耳を立て、静かになった。

 「俺たちは、冒険者だ。登録証も持っている。あの古代遺跡に宝が隠されていると噂に聞いて、調べていたんだ。草ぼうぼうで、近い時期に人が出入りした跡もない。忘れ去られた場所だと思っていたんだ」

 だみ声の男が釈明した。

 「パーティを組んで潜ったんだが、半分やられちまって、残ったのは戦士だけ。諦め切れずにいたところへ、そこの若いのに声をかけられたんだ。聞けば、遺跡の地図が村にあるとか。俺たちは、見つけた宝を分けてやるから、地図を見せて欲しいと頼んだが、断られた」

 アステアとウナスは、戦士の話を黙って聞いていた。説明をすっかり任せている。任せると言えば、もう一人の戦士も、これまで一言も喋らずにいた。

 「当然です。遺跡に保管されるのは、村の有事に使う最後の手段。遺跡の地図は、私と村長の二人が揃わなければ、全容がわからないようになっていました」

 司祭が戦士に教えた。だみ声の戦士は、納得したように頷いた。

 「なるほど、断る訳だ。だが、俺たちは知らなかった。そこの若い奴らが俺たちに持ちかけたのは、別の取引だ。娘が誘拐されたことにして、遺跡に詳しい連中に、聖遺物を取りに行かせる。その間、若い奴らは新生活の準備をしながら、存分にいちゃつける、という訳だ」

 「しかし、それでは、村長が誘拐を公に訴えた場合、お前たちが冒険者免許を剥奪されたり、処刑されたりする危険もある。聖遺物が高価と確信があったにしても、リスクが大き過ぎる」

 シャラーラが指摘した。だみ声の男は、仲間を見た。仲間の男が、鎧の内側から封書を取り出した。

 「俺たちも、同じ話をしたさ。そこは、お嬢ちゃんに、聖遺物の引き渡しに同意したこと、誘拐の事実はないことを書いてもらった。この通り」

 喋ったのは、だみ声の方である。手紙は戦士側から村長へ回された。
 手紙を読んだ村長の顔が、絶望的な暗さを帯びた。その表情は、彼らの要求を最初に受け取った時と同等であった。

 アステアは、そうした大人たちのやりとりを、他人事のように眺めている。傍らのウナスは彼女よりも年嵩の青年であったが、事の捉え方は娘と変わらない様子であった。

 「それなら、あなた方は、村人からは隠れて、同時に僕たちの動きを見張っていたのですね。インジーさん? と協力して」

 ヴァルスが娘と若者に確認した。彼のにこやかな表情に釣られたように、彼らは素直に頷いた。

 「あの遺跡の入り口にある祠は、人が一人入れるくらいの広さがあります。そこに交代で詰めて、村長さんや司祭様がいつ入るのか、入ってからは、時間を見計らい、見回るようにしていました。村の者は、あそこへ近づかないよう、小さい頃から言い聞かされて育つので、アステアを探す時でも、来る人はほとんどいませんでした」

 ウナスは、自慢げに語った。自分の思いつきを誇る様子であった。アステアは、そんな彼をうっとりと見つめている。彼らは、村長の険しい表情と対照的であった。

 「しかしまあ、あんなに何日もかかるとは思わなかったがな。地図があっても、素人には無理な話だったってことだ。あんたたちも結局、冒険者を雇ったんだよな。俺たちも、こんな取引より、そっちの仕事に加わりたかったぜ。だが、仕事は仕事」

 だみ声の男は、言葉を切った。礼拝堂がしん、と静まり返る。その沈黙の不吉さに気づかないのは、アステアとウナスだけのようだった。

 「俺たちは、聖遺物と引き換えに、そこの若い奴らのために数日間働いた。報酬を受け取る権利がある。さっき奪った袋を返してもらおう」

 戦士たちは、立ち上がった。だみ声の男の言い分に合わせ、隣の戦士が村長へ手を伸ばした。
 村長が、懐へ手を当て慌てて立ち上がる。

 「待ってくれ。聖遺物は、村の大事な宝。他へ持ち出させる訳にはいかない。契約の報酬は、代わりの物で支払わせてもらえまいか」

 「俺たちと契約を交わしたのは、そっちの奴らだがな」

 だみ声の戦士は、アステアをチラリと見やった。アステアもウナスも、平然と彼を見返した。まるで、村長が報酬を支払うのが当然、といった風情であった。
 戦士もまた、彼らの態度から支払いを期待できないと悟ったらしい。村長へ向き直る。

 「俺たちとしては、契約通りの報酬を貰えれば、支払いが誰であろうと気にしない」

 「だが、聖遺物の算定は難しい。売りつけ方次第で、数倍の差がつく。魔法薬と言っていたな。鑑定料もかかるし、当たり外れも大きい。最悪、保管に失敗して無効無価値もあり得る。それでも容器に骨董価値はつけられる」

 いきなり、隣の戦士が喋り出した。大人の外見に反して、子供のような甲高い声だった。話す内容は、一人前である。
 村長もアステアたちも、隣に立つだみ声の戦士でさえも、彼が口を開いたことに驚いた様子で見守った。

 「正直なところ、割に合わない気持ちはあるが、こちらも仲間を失って契約を急いだ責はある。聖遺物については、最低限の骨董価値を見積り、彼らに従って働いた日当分を算定しようと思う」

 「そ、それは、ありがたい」

 村長は、どうにか礼を口にした。

 「稼働日数が概ね五日で、銀貨五百枚、聖遺物分は百枚にしておこう。計六百枚だ」

 静かな礼拝堂が、さらに重い沈黙に支配された。
 村長が、その金をすぐさま用意するのは難しい。その場に居合わせた村人が考えているのは明らかであった。

 村の生活は、ほとんど銀貨を必要としない。村長とアステアは二人暮らしで、これまで慎ましく生活を送ってきた。

 今回の騒ぎで、アステアを捜索した際、村長は仕事を休んで手伝った村人たちに、日当を払っていた。また、ヴァルスに支払われた報酬も、半分は村長が用意したものである。
 その金額が相場より安いことは、依頼に赴いたリズワーンも承知していた。つまり、それ以上の用意が出来なかったのだ。

 神殿にもまた、六百枚もの銀貨を溜め込む余裕はなかった。
 生活に銀貨を必要としない村人からの寄進もまた、現物が多いのである。その上、司祭は困った人には進んで手を差し出す性格であった。ヴァルスを雇う報酬を半分出したように、村人の困りごとに応じて手助けをするのが常で、神殿の運営はいつもギリギリで回していた。

 「それは、分割で‥‥」

 村長が、恐る恐る口を開く。定住者でもない冒険者相手に申し出るには、非常識であるのを知ってのことだ。

 「一応、聞いてやるが、何回払いにするつもりだ?」

 だみ声が、呆れ声を出した。子供声の出番は終わったようである。

 「その、月に二枚以上で、できるだけ早く完済を」

 「無理だろう。俺たちが毎月ここまで取りに通うのか? その往復費用だけで、マイナス収支だ」

 てっきり怒鳴り声が響くかと思いきや、だみ声の戦士は冷静に返した。その対応が、敢えての村長の非常識さを際立たせる。村長は、羞恥で顔を赤黒くした。
 元凶であるアステアとウナスは、固唾を飲んでやり取りを見守る。だが、本来彼らが引き受けるべき責務を感じない、興味本位のような軽さが態度に表れていた。

 隣の戦士が、一度引っ込めた手を、また前へ出した。

 「その聖遺物を渡せば、銀貨五百枚の請求を放棄しても良い。もしかしたら、鑑定と売り方でそれ以上の利益を出せるかもしれない。そこは、俺たちの腕の問題だからな」

 請求したのは、だみ声の方である。向かい合って立つ村長の顔色が、みるみる青くなった。こめかみを、だらだらと汗が垂れる。

 音もなく、彼らの上をフクロウが横切った。カーフである。これまでイリウの頭上で大人しく眠っていたのが、夕刻が近づいて目を覚ましたらしかった。
 人々の目が、自然とフクロウへ吸い寄せられる。カーフはリズワーンの肩へ着地した。

 リズワーンは手を伸ばし、カーフの首に埋もれていた輪を引き抜いた。躊躇ためらいはなかった。この時まで、それがそこにあることを、忘れていた物だった。
 おおっ、と村人の間から、声が上がった。

 その細い首輪は金属製であったが、七色のきらめきを放っていた。その輝きは宝石のように美しい。
 リズワーンは、その首輪を戦士たちに差し出した。

 「報酬の代わりに、これをやる。上手く売れば、銀貨五百枚にもなるだろう。お前たちの腕次第だ」
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