記憶を封じられたエルフ猶予の旅

在江

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第一章 出立

帰還遭遇

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 階段は、降りたかと思うと上りに向きを変える不思議な構造であった。上り下りするうちにめまいがしてきたが、罠もなく終わりまで行き着いた。
 そこには大きな岩が行く手を塞いでいた。幻覚ではない。

 「この先が、最後の部屋の筈なのに」

 村長が、階段に座り込む。上り下りで膝が震えていた。リズワーンは、丁寧に岩を調べてみた。
 正面からは見えない部分に、不自然な穴が見つかった。

 「最後の部屋を開ける鍵穴が、見つかったかもしれません」

 「本当?」

 村長が、腰を上げた。希望が気力を復活させたのだ。あの銀色の鍵を岩の穴に当てると、ピッタリはまった。
 カチリ、と音がする。岩が動き出した。岩そのものが、扉であった。

 小部屋があった。鍵を手に入れた部屋と異なるのは、部屋の奥に祭壇のような台が設えてあることだった。
 小箱がその中央に置いてあった。

 「聖遺物だ」

 村長が、疲れも吹き飛んだ様子で駆け抜けた。もう、誰も彼を止めなかった。もし罠が仕掛けられていたら、との思いは誰にもあっただろうが、皆それ以上に疲れていた。

 部屋には罠がなく、小箱には、鍵がかかっていなかった。村長が勢いよく蓋を開けた時にも、何も起こらなかった。
 彼の後ろから追いついた一同の前に、箱の中身が見えた。ガラス瓶一本と、羊皮紙が一枚。それで箱はいっぱいであった。

 村長は羊皮紙を取り出し、すぐさま司祭へ差し出した。

 「何が書いてあるんだ?」

 「古代語だな」

 司祭はリズワーンに目を向けたが、彼が読む様子を見せないので、そのまま紙へ目を落とした。

 「ガラス瓶の中身は、『平和の霧』と呼ぶものらしい。粉末状の薬で、これを摂取した者は戦意を失う、と書いてあります」

 「誘拐犯が欲しがる物とも思えませんね」

 ヴァルスが感想を述べた。

 「魔法の使えぬ者が悪用することは可能だ。彼らは入手を依頼されただけかもしれない」

 シャラーラが指摘した。村長は、ガラス瓶を取り出し、慎重に革袋へ仕舞い込んだ。司祭が羊皮紙を彼に手渡した。

 「とにかくこれで、アステアを取り戻せる。早く帰りましょう」

 一同は村長に賛同した。


 あれだけ苦労した階段も、目的の品を手にした後では、苦もなく通り抜けることができた。特に村長の足取りは別人のようだった。
 一行は、早くも腐敗臭を発し始めていた床を踏み越え、動かなくなった死体の部屋を通過し、落とし穴を慎重に避けて、遺跡の出入り口へ急いだ。

 先頭に立ち、扉の隙間から出たシャラーラが、そのまま内側へ戻ってきた。

 「どうした?」

 「ナメクジが、コボルトを食べている。このすぐ外側にいる」

 リズワーンの問いに、シャラーラが答えた。ヴァルスが大袈裟に自分を抱きしめた。

 「じゃあ、僕たちここでナメクジに食われるのを待つしかないのですか?」

 「食事中なら、今のうちに通り抜けましょう」

 と言ったのは、司祭であった。リズワーンが頷く。

 「食事中、ナメクジは他のエサに興味を示さない。動くなら、今のうちだ」

 「本当に、大丈夫ですか。ここまで来て、ナメクジなんかに食べられてしまったら、アステアが‥‥」

 怯える村長を囲むようにして、隣の部屋へ入った。

 中央に、薄茶色の巨大な物体があった。ぬらぬらした表皮がブルブルと震え、今にもこちらへ動き出しそうであった。
 恐怖から、そちらへ吸い込まれるように体を傾ける村長を庇いつつ、一同はそそくさとナメクジを迂回した。誰も、その下の方へ目を向けようとはしなかった。

 部屋に取り付けられた他の扉の隙間から、犬に似た顔がオドオドと覗いているのが見えた。巨大ナメクジは、リズワーンたちにも、彼らにも注意を払う様子はなく、その場でブルブルと何かを続けていた。


 ナメクジをどうにかやり過ごすと、すぐそこが出口である。崩れかけた狭い通路が、懐かしく見える。徐々に日の光を感じることが、足に力を与えた。

 彼らが地上へ出た時、太陽は、ほぼ頂点にあった。

 「一日半と言ったところか」

 リズワーンは呟いた。

 「やった、戻れた!」

 ヴァルスが両手を上へと伸ばした。その間を、ヒュン、と矢が通り抜け、後方の木に突き刺さった。

 「誰だ、出てこい!」

 シャラーラが剣を抜いて構える。リズワーンとヴァルスとで、村長と司祭を矢が飛来した方角からかばうように立った。二人とも、早くも呪文を唱え始める。

 「こっちを攻撃したら、人質のお嬢ちゃんが真っ先に犠牲になるぜ。その剣をしまえ」

 草むらから、だみ声が聞こえてきた。シャラーラは、目顔でリズワーンを見る。彼らは呪文を唱えていなかった。

 「剣をしまってください。アステアが」

 村長が涙まじりの声を出す。シャラーラは、剣を鞘へ収めた。

 「よーし。全員、両手を上げろ」

 だみ声の指示に従ったところで、草むらから声の主が姿を現した。金属鎧に身を固めた戦士が二人、それぞれ抜き身の剣を持っていた。

 「む、娘は?」

 震える声で、村長が問う。

 「お宝が先だ。ちゃんと、取ってきたんだろうな」

 だみ声の男が剣をかざして日光に反射させた。もう一人の戦士は、こちらへ剣先を向けたまま、立っていた。
 村長は慌てて懐へ手を入れようとする。

 「ちょっと待った。動くな」

 村長の手がぴたりと止まった。

 「どこに入っているか、教えろ。こっちで抜き取ってやる」

 「む、胸の内ポケットじゃ」

 村長の答えを聞いただみ声の男は、もう一人に剣先で合図を送った。その一人は、剣を構えたまま、村長へ近づく。

 「渡すんですか」

 シャラーラが訊いた。両手を上げたままである。

 「渡さなければ、アステアが」

 「何で僕らが出てくるのがわかったのかな」

 ヴァルスが独り言のように呟いた。近づいた戦士は、誰の言葉にも反応せず、無言のまま村長の懐を探り、革袋を抜き取った。後退りで元の場所へ戻る途中、だみ声の男へ袋を差し出す。

 「小さいな」

 不満そうなだみ声の男は、袋を振った。

 「慎重に扱え。それは繊細な魔法の薬だ」

 リズワーンが注意した。男は袋を振るのを止めた。

 「や、約束は守ったぞ。アステア、娘を返せ」

 村長が叫ぶ。

 「いいぞ。娘を連れてこい」

 だみ声の男が言った。すると、祠の向こうから、新たな二人が登場した。
 一人は頭からローブをすっぽりと被った人物である。そして、もう一人は、若い娘だった。

 「あ、アステア~。無事だったかあ」

 村長は、ほとんど泣いていた。アステアは固い表情で父親を見返した。ローブの人物が、その腕をしっかりと捕まえている。

 「じゃ、約束は果たしたな」

 だみ声の男が袋を鎧の内側へ落とし込み、剣を両手で構えた。その傍で、もう一人も剣を構え直す。

 「何をするんだ?」

 村長が問いかけた時には、シャラーラも剣を抜いていた。慌てる村長。

 「え、だめだ。アステアがっ‥‥アステアっ?」

 そのアステアは、ローブの人物に抱き抱えられるようにして、村長に背を向けたところであった。
 そして、二人してその場に崩れ落ちた。

 だみ声の男、もう一人の戦士、村長もまた、ふらふらと体を揺らしたかと思うと、揃って倒れ込む。
 更に、近くの茂みからも、大きな物が倒れ込んだような音が聞こえてきた。

 「なかなかやるな」

 シャラーラが、剣を下ろした。ロープを取り出し、だみ声を縛りにかかる。

 「リズワーンさんは、強いんですよ」

 司祭が村長を起こしにかかった。

 「ロープ足りますかね。あ、村長さん。触ったら起きちゃうので、静かにお願いします。皆さん、寝ているだけですから」

 ヴァルスがもう一人の戦士を縛りながら、声をかけた。早速娘の元へ駆け出そうとした村長は、司祭が体を押さえていたこともあり、落ち着きを取り戻した。
 それでもやはり、娘の元へと向かう。彼女もまた、ローブの人物と共に眠らされたのだ。

 「ユーニアス」

 草むらにいた人物を縛っていたリズワーンが、司祭に声をかけた。引き立てられたその人物を見て声を上げたのは、村長である。

 「お前、インジーじゃないか」

 「へい。すみません」

 狩人のインジーは、縛られたまま、素直に頭を下げた。その間に司祭はローブの人物を縛り上げていた。

 「ということは、こいつは」

 村長は、縛られ顔を背ける人物のローブを剥ぎ取った。若い男の顔が現れた。
 インジーと同様、リズワーンの見知った人物であった。

 「ウナス、何で縛られているの?」

 弾みで起こされたアステアが、若者に取りすがる。ロープの端を握った司祭が、村長に尋ねた。

 「一緒に縛ろうか?」

 村長とアステアが、同時に頭を振った。
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