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プロローグ
出会い
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森の中を、戦士が歩いていた。革製ではあるが、兜から脛当てまでフル装備である。
どうやら、この先にある村を目指しての旅であるらしい。
日暮れの時刻である。木の枝が重なり合う森には、ひと足さきに夜の暗さが訪れつつあった。
戦士は引きずりがちの足を無理に持ち上げるような、ぎこちない動きで先を急ぐ。
と、何かに躓いたように、ばたりと倒れ込んだ。
「きゃっ」
「うっ」
二人分の悲鳴が、重なって聞こえた。
転んだ戦士はすぐに立ち上がった。足元を見下ろし、片膝をつく。
「不注意にて気づかず、失礼しました。お嬢さんが一人このような場所で、どうなさったのですか?」
戦士が少年のような声で問いかけた。足元にわだかまっていた影は、人であった。
「あ、こちらこそ道の真ん中ですみません」
先に倒れていたと思しき人は、ほとんど声にもならない呟きを返し、ゆるゆると上体を起こした。
頭からすっぽりと被ったマントは、地面と紛らわしい濃い色であった。
「立てそうですか。お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
手を伸ばした戦士に、マントの人が顔を上げる。布が頭からずるりと脱げた。
「げっ」
「えっ?」
声を上げたのは二人同時であったが、先に動いたのは戦士の方であった。サッと手を引っ込め、立ち上がる。
「お前、男か」
「男だったら、何だって言うんです。あなたが僕に躓いたことには、変わりないでしょう。一度出した手を引っ込めるなんて、卑怯ですね」
マントの男の声はまだ若く、少年のようだった。声の高さで比べれば、戦士もそう変わらない年代である筈だった。
「卑怯だと?」
二人の上に落ちる陰影は、どんどん濃さを増していた。暗がりの中に白く浮かぶ戦士の口元が、強く歪められた。
「そのような地面と紛らわしいマントで体を覆い、夕暮れ時に道の真ん中で、人が躓くのを待ち構える方が、よほど卑怯ではないか」
「お腹が空いて、疲れちゃったんですよ。君、この先の村へ行くのでしょう? ついでだから、一緒に連れて行ってくれませんか? 旅は、一人より二人の方が、心強い」
戦士は一瞬固まった。それから、マントの男を避けるようにして、ゆっくりと足を踏み出した。
その顔は、マントの男に向けられたままである。
「わたしも疲れている。お前を連れて歩く体力の余裕はない」
それから背を向けて歩き出した。言葉通りの、重い足取りだった。
残された男は戦士の背中を見送りつつ、ぶつぶつと口の中で何事かを呟いた。男の周りで、精霊の力が強くなっていく。
彼は、精霊を呼び出す呪文を唱えているのだった。
戦士は気づかない。
マントの男が口を閉じると、土の中から地の精霊が湧き出した。
精霊は、その不格好な姿からは想像もつかないほど素早く動き、戦士の足を掬ったのである。
戦士は再び倒れ込んだ。今度は、一見して何もない平らな道の真ん中である。
精霊を呼び出した男、すなわち精霊使いが、クスクスと声を立てて笑った。
戦士が勢いよく起き上がり、精霊使いの元まで戻ってきた。疲れを忘れたような素早さであった。
精霊使いの男もまた、空腹を忘れたように腰を上げて身構えた。
「お前、魔術師か?」
「僕は精霊使いです。見えない人なのですね。そこにもここにも、たくさんいるのに。ほら」
精霊使いが、そこここから顔を覗かせる精霊を指差すと、戦士がいきなり剣を抜いた。
「うわっ、危ない。何する気ですか?」
慌てて飛び退く精霊使い。機敏な動きは、どう考えても疲れた者の動きとは異なる。
「私を転ばせたのは、お前だな。攻撃を受けた以上、反撃せねばなるまい」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
精霊使いは、両手を大仰に体の前で振った。素手である。
「最初に、僕を蹴ったのは君でしょう。だから、助け起こそうとしてくれたじゃないですか。それなのに、僕が男だっていう理由で、助けを拒否して逃げようとしたのも君。僕は精霊さんを土から出しただけで、僕が君を転ばせた訳じゃない。人を傷つけて平気で見捨てるのに、自分が傷ついた分は仕返しするって、これを卑怯と言わずに何と呼ぶのですか?」
戦士の動きが止まった。二人の間に、沈黙が落ちる。精霊使いは、言いたいことを言った後、黙って相手の出方を待つ様子だった。
戦士は、渋々ながら剣を収めた。
辺りが急に明るくなった。
戦士と精霊使いは、突如出現した光に、立ちすくむ。戦士が再び剣を抜こうとした手を、杖が押さえた。
その先端には、光球が灯っていた。灯りの光源は、これであった。
「怪しい者ではない。この先の村の住人だ」
彼は二人に告げた。先ほどから、彼らのやりとりを眺めていたのである。
「いいですか。このエルフさんの使った技が、純粋魔法です。私が使うのは、精霊魔法」
精霊使いは、彼の杖の先を指して、戦士に説明した。戦士が彼に顔を向けた。彼は杖を引っ込めた。
「取り込み中、失礼した。もしや、『白いカラス亭』から紹介を受けた方かと思い、声を掛けさせてもらった。私は仕事を依頼した者だ」
彼は戦士に向けて話しかけたのだったが、反応したのは精霊使いだった。彼は懐から紙を取り出した。
「それは僕です。ご依頼主にお会いできるとは、運が良かった」
精霊使いが示した紙には、確かに彼の依頼が記されていた。
「私は戦士の派遣を頼んだつもりだったのだが」
彼は再び戦士に目を向ける。戦士は困ったように兜を俯けた。
「わたしは別件で、こちらへ参りました」
精霊使いが紙を仕舞い、ぱちん、と両手を打ち合わせた。
周囲を舞う精霊が、ぱっと距離を取った。
「ほら。もう、こんな時間ですし、ひとまず森を出て、宿へ落ち着いてから改めてお話しするというのはどうでしょうかね」
「村に宿屋はない」
彼は告げた。精霊使いよりも、戦士の方が驚いた様子だった。
「それは困る。馬小屋でもいいから、泊めてもらえる家を当たらねば」
「私も居候の身だが、建物の主に口添えすることはできる。依頼の件は置いて、一緒に来てもらえまいか」
「是非、お願いします。助かります」
答えたのは、精霊使いだった。
後から戦士も同意し、三人で森を出ることになった。
どうやら、この先にある村を目指しての旅であるらしい。
日暮れの時刻である。木の枝が重なり合う森には、ひと足さきに夜の暗さが訪れつつあった。
戦士は引きずりがちの足を無理に持ち上げるような、ぎこちない動きで先を急ぐ。
と、何かに躓いたように、ばたりと倒れ込んだ。
「きゃっ」
「うっ」
二人分の悲鳴が、重なって聞こえた。
転んだ戦士はすぐに立ち上がった。足元を見下ろし、片膝をつく。
「不注意にて気づかず、失礼しました。お嬢さんが一人このような場所で、どうなさったのですか?」
戦士が少年のような声で問いかけた。足元にわだかまっていた影は、人であった。
「あ、こちらこそ道の真ん中ですみません」
先に倒れていたと思しき人は、ほとんど声にもならない呟きを返し、ゆるゆると上体を起こした。
頭からすっぽりと被ったマントは、地面と紛らわしい濃い色であった。
「立てそうですか。お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
手を伸ばした戦士に、マントの人が顔を上げる。布が頭からずるりと脱げた。
「げっ」
「えっ?」
声を上げたのは二人同時であったが、先に動いたのは戦士の方であった。サッと手を引っ込め、立ち上がる。
「お前、男か」
「男だったら、何だって言うんです。あなたが僕に躓いたことには、変わりないでしょう。一度出した手を引っ込めるなんて、卑怯ですね」
マントの男の声はまだ若く、少年のようだった。声の高さで比べれば、戦士もそう変わらない年代である筈だった。
「卑怯だと?」
二人の上に落ちる陰影は、どんどん濃さを増していた。暗がりの中に白く浮かぶ戦士の口元が、強く歪められた。
「そのような地面と紛らわしいマントで体を覆い、夕暮れ時に道の真ん中で、人が躓くのを待ち構える方が、よほど卑怯ではないか」
「お腹が空いて、疲れちゃったんですよ。君、この先の村へ行くのでしょう? ついでだから、一緒に連れて行ってくれませんか? 旅は、一人より二人の方が、心強い」
戦士は一瞬固まった。それから、マントの男を避けるようにして、ゆっくりと足を踏み出した。
その顔は、マントの男に向けられたままである。
「わたしも疲れている。お前を連れて歩く体力の余裕はない」
それから背を向けて歩き出した。言葉通りの、重い足取りだった。
残された男は戦士の背中を見送りつつ、ぶつぶつと口の中で何事かを呟いた。男の周りで、精霊の力が強くなっていく。
彼は、精霊を呼び出す呪文を唱えているのだった。
戦士は気づかない。
マントの男が口を閉じると、土の中から地の精霊が湧き出した。
精霊は、その不格好な姿からは想像もつかないほど素早く動き、戦士の足を掬ったのである。
戦士は再び倒れ込んだ。今度は、一見して何もない平らな道の真ん中である。
精霊を呼び出した男、すなわち精霊使いが、クスクスと声を立てて笑った。
戦士が勢いよく起き上がり、精霊使いの元まで戻ってきた。疲れを忘れたような素早さであった。
精霊使いの男もまた、空腹を忘れたように腰を上げて身構えた。
「お前、魔術師か?」
「僕は精霊使いです。見えない人なのですね。そこにもここにも、たくさんいるのに。ほら」
精霊使いが、そこここから顔を覗かせる精霊を指差すと、戦士がいきなり剣を抜いた。
「うわっ、危ない。何する気ですか?」
慌てて飛び退く精霊使い。機敏な動きは、どう考えても疲れた者の動きとは異なる。
「私を転ばせたのは、お前だな。攻撃を受けた以上、反撃せねばなるまい」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
精霊使いは、両手を大仰に体の前で振った。素手である。
「最初に、僕を蹴ったのは君でしょう。だから、助け起こそうとしてくれたじゃないですか。それなのに、僕が男だっていう理由で、助けを拒否して逃げようとしたのも君。僕は精霊さんを土から出しただけで、僕が君を転ばせた訳じゃない。人を傷つけて平気で見捨てるのに、自分が傷ついた分は仕返しするって、これを卑怯と言わずに何と呼ぶのですか?」
戦士の動きが止まった。二人の間に、沈黙が落ちる。精霊使いは、言いたいことを言った後、黙って相手の出方を待つ様子だった。
戦士は、渋々ながら剣を収めた。
辺りが急に明るくなった。
戦士と精霊使いは、突如出現した光に、立ちすくむ。戦士が再び剣を抜こうとした手を、杖が押さえた。
その先端には、光球が灯っていた。灯りの光源は、これであった。
「怪しい者ではない。この先の村の住人だ」
彼は二人に告げた。先ほどから、彼らのやりとりを眺めていたのである。
「いいですか。このエルフさんの使った技が、純粋魔法です。私が使うのは、精霊魔法」
精霊使いは、彼の杖の先を指して、戦士に説明した。戦士が彼に顔を向けた。彼は杖を引っ込めた。
「取り込み中、失礼した。もしや、『白いカラス亭』から紹介を受けた方かと思い、声を掛けさせてもらった。私は仕事を依頼した者だ」
彼は戦士に向けて話しかけたのだったが、反応したのは精霊使いだった。彼は懐から紙を取り出した。
「それは僕です。ご依頼主にお会いできるとは、運が良かった」
精霊使いが示した紙には、確かに彼の依頼が記されていた。
「私は戦士の派遣を頼んだつもりだったのだが」
彼は再び戦士に目を向ける。戦士は困ったように兜を俯けた。
「わたしは別件で、こちらへ参りました」
精霊使いが紙を仕舞い、ぱちん、と両手を打ち合わせた。
周囲を舞う精霊が、ぱっと距離を取った。
「ほら。もう、こんな時間ですし、ひとまず森を出て、宿へ落ち着いてから改めてお話しするというのはどうでしょうかね」
「村に宿屋はない」
彼は告げた。精霊使いよりも、戦士の方が驚いた様子だった。
「それは困る。馬小屋でもいいから、泊めてもらえる家を当たらねば」
「私も居候の身だが、建物の主に口添えすることはできる。依頼の件は置いて、一緒に来てもらえまいか」
「是非、お願いします。助かります」
答えたのは、精霊使いだった。
後から戦士も同意し、三人で森を出ることになった。
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