1 / 26
プロローグ
霹靂
しおりを挟む
「君の両親の死は、私に責任がある。これまで黙っていて、申し訳なかった」
エル=シャラーラが十五歳の誕生日を迎えた日、師匠は言った。
師匠、と呼んではいるものの、シャラーラにとっては親同然であった。
彼が言った通り、彼女に両親はなく、物心ついた時から一緒に暮らしてきたのは、師匠なのである。彼女に両親の記憶はない。
師匠は身支度の仕方から剣技まで、シャラーラが一人で生活するための知識と技能を、根気よく教えてくれた。彼がいなかったら、彼女はとっくに死んでいた。
「どういうことでしょうか?」
成人記念のプレゼントとしては、最悪である。きっと彼女は険しい顔つきをしたに違いない。
完璧に整った美しい顔が、一層の憂いを帯びた。見慣れた彼女は何とも思わないが、師匠は美し過ぎて男女問わず言い寄られるのを厭い、世俗から離れ暮らしていた。
「君の両親が亡くなったのは、私のせいだ。一人残された君を放置すれば、君をも殺すことになる。私は、君が一人で生きていけるよう、そして私を裁けるように、これまで育ててきたのだ」
「卑怯、ですよね」
シャラーラは、躊躇いつつも、その言葉を口にした。
師匠の教育は真っ当だった。彼の代わりに村へ買い物に出かけるようになって、彼女は多少世間と関わりを持ったが、そこで卒なく振る舞えたのも、師匠のお陰である。
養育の恩義を感じさせるように育てたのも、師匠である。確かに彼は恩着せがましい態度は取らなかったが、親とはそういう存在である、と彼女は理解していた。
復讐して欲しいのなら、そのように育てるべきであった。
「そうだな。申し訳ない」
師匠は彼女の言葉を受け、再び謝った。許して欲しいと思っていないことは、明らかだった。
多分、この場で切り捨てられても、抵抗せず死んでいくのだろう。
だがシャラーラは、そのような教育は受けていない。
今になって、どうしろと言うのだ。
師匠は、沈黙したままである。
シャラーラは、苛立った。
ばさばさ、と鳥の羽音が沈黙を突き破った。
「一体、どのような事情で、私の両親が死んだのか、詳しく聞かせてもらえますか?」
シャラーラは漸く、聞くべき事を思いついた。師匠の瞳が、彼女の顔に焦点を結ぶ。
「それを明かすには、もう一人必要だ。彼は君のご両親の死に衝撃を受けて、命を失いかけた。私は彼の記憶を封印した。私が彼を連れ帰るまで、説明を待ってもらえないだろうか」
「私が彼を連れ帰ります」
即座に彼女は宣言した。師匠が、その存在も定かでない証人を口実に、逃げるとは思えなかった。説明を求めるまで彼の存在を明かさなかったのは、自分が責任を取って死ぬことで、シャラーラの気が済むならば、彼に負担をかけるには及ばない、と考えたに違いない。
師匠が記憶を封じるほどに、彼にとって辛い出来事だったのだ。
だが、命を失いかけるとは? 両親の死に巻き添えを食って、ではなく、衝撃を受けて、と師匠は表現した。もしかしたら、彼にも両親の死の責任があるのかもしれない。
シャラーラは、師匠と二人で暮らした家で、彼の帰りをただじっと待つことに、耐えられなかった。
「わかった。では、私が待とう」
師匠は承知した。
エル=シャラーラが十五歳の誕生日を迎えた日、師匠は言った。
師匠、と呼んではいるものの、シャラーラにとっては親同然であった。
彼が言った通り、彼女に両親はなく、物心ついた時から一緒に暮らしてきたのは、師匠なのである。彼女に両親の記憶はない。
師匠は身支度の仕方から剣技まで、シャラーラが一人で生活するための知識と技能を、根気よく教えてくれた。彼がいなかったら、彼女はとっくに死んでいた。
「どういうことでしょうか?」
成人記念のプレゼントとしては、最悪である。きっと彼女は険しい顔つきをしたに違いない。
完璧に整った美しい顔が、一層の憂いを帯びた。見慣れた彼女は何とも思わないが、師匠は美し過ぎて男女問わず言い寄られるのを厭い、世俗から離れ暮らしていた。
「君の両親が亡くなったのは、私のせいだ。一人残された君を放置すれば、君をも殺すことになる。私は、君が一人で生きていけるよう、そして私を裁けるように、これまで育ててきたのだ」
「卑怯、ですよね」
シャラーラは、躊躇いつつも、その言葉を口にした。
師匠の教育は真っ当だった。彼の代わりに村へ買い物に出かけるようになって、彼女は多少世間と関わりを持ったが、そこで卒なく振る舞えたのも、師匠のお陰である。
養育の恩義を感じさせるように育てたのも、師匠である。確かに彼は恩着せがましい態度は取らなかったが、親とはそういう存在である、と彼女は理解していた。
復讐して欲しいのなら、そのように育てるべきであった。
「そうだな。申し訳ない」
師匠は彼女の言葉を受け、再び謝った。許して欲しいと思っていないことは、明らかだった。
多分、この場で切り捨てられても、抵抗せず死んでいくのだろう。
だがシャラーラは、そのような教育は受けていない。
今になって、どうしろと言うのだ。
師匠は、沈黙したままである。
シャラーラは、苛立った。
ばさばさ、と鳥の羽音が沈黙を突き破った。
「一体、どのような事情で、私の両親が死んだのか、詳しく聞かせてもらえますか?」
シャラーラは漸く、聞くべき事を思いついた。師匠の瞳が、彼女の顔に焦点を結ぶ。
「それを明かすには、もう一人必要だ。彼は君のご両親の死に衝撃を受けて、命を失いかけた。私は彼の記憶を封印した。私が彼を連れ帰るまで、説明を待ってもらえないだろうか」
「私が彼を連れ帰ります」
即座に彼女は宣言した。師匠が、その存在も定かでない証人を口実に、逃げるとは思えなかった。説明を求めるまで彼の存在を明かさなかったのは、自分が責任を取って死ぬことで、シャラーラの気が済むならば、彼に負担をかけるには及ばない、と考えたに違いない。
師匠が記憶を封じるほどに、彼にとって辛い出来事だったのだ。
だが、命を失いかけるとは? 両親の死に巻き添えを食って、ではなく、衝撃を受けて、と師匠は表現した。もしかしたら、彼にも両親の死の責任があるのかもしれない。
シャラーラは、師匠と二人で暮らした家で、彼の帰りをただじっと待つことに、耐えられなかった。
「わかった。では、私が待とう」
師匠は承知した。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
スコップ1つで異世界征服
葦元狐雪
ファンタジー
超健康生活を送っているニートの戸賀勇希の元へ、ある日突然赤い手紙が届く。
その中には、誰も知らないゲームが記録されている謎のUSBメモリ。
怪しいと思いながらも、戸賀勇希は夢中でそのゲームをクリアするが、何者かの手によってPCの中に引き込まれてしまい......
※グロテスクにチェックを入れるのを忘れていました。申し訳ありません。
※クズな主人公が試行錯誤しながら現状を打開していく成長もののストーリーです。
※ヒロインが死ぬ? 大丈夫、死にません。
※矛盾点などがないよう配慮しているつもりですが、もしありましたら申し訳ございません。すぐに修正いたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん
ムギ・オブ・アレキサンドリア
ファンタジー
お料理や世話焼きおかんなお姫様シャルロット✖️超箱入り?な深窓のイケメン王子様グレース✖️溺愛わんこ系オオカミの精霊クロウ(時々チワワ)の魔法と精霊とグルメファンタジー
プリンが大好きな白ウサギの獣人美少年護衛騎士キャロル、自分のレストランを持つことを夢見る公爵令息ユハなど、[美味しいゴハン]を通してココロが繋がる、ハートウォーミング♫ストーリーです☆
エブリスタでも掲載中
https://estar.jp/novels/25573975
蛮族女王の娘 第2部【共和国編】
枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。
その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。
外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。
2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。
追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。
同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。
女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。
蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。
大河ファンタジー第二幕。
若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・

無法の街-アストルムクロニカ-(挿し絵有り)
くまのこ
ファンタジー
かつて高度な魔法文明を誇り、その力で世界全てを手中に収めようとした「アルカナム魔導帝国」。
だが、ある時、一夜にして帝都は壊滅し、支配者を失った帝国の栄華は突然の終焉を迎えた。
瓦礫の山と化した帝都跡は長らく忌み地の如く放置されていた。
しかし、近年になって、帝都跡から発掘される、現代では再現不可能と言われる高度な魔法技術を用いた「魔導絡繰り」が、高値で取引されるようになっている。
物によっては黄金よりも価値があると言われる「魔導絡繰り」を求める者たちが、帝都跡周辺に集まり、やがて、そこには「街」が生まれた。
どの国の支配も受けない「街」は自由ではあったが、人々を守る「法」もまた存在しない「無法の街」でもあった。
そんな「無法の街」に降り立った一人の世間知らずな少年は、当然の如く有り金を毟られ空腹を抱えていた。
そこに現れた不思議な男女の助けを得て、彼は「無法の街」で生き抜く力を磨いていく。
※「アストルムクロニカ-箱庭幻想譚-」の数世代後の時代を舞台にしています※
※サブタイトルに「◆」が付いているものは、主人公以外のキャラクター視点のエピソードです※
※この物語の舞台になっている惑星は、重力や大気の組成、気候条件、太陽にあたる恒星の周囲を公転しているとか月にあたる衛星があるなど、諸々が地球とほぼ同じと考えていただいて問題ありません。また、人間以外に生息している動植物なども、特に記載がない限り、地球上にいるものと同じだと思ってください※
※固有名詞や人名などは、現代日本でも分かりやすいように翻訳したものもありますので御了承ください※
※詳細なバトル描写などが出てくる可能性がある為、保険としてR-15設定しました※
※あくまで御伽話です※
※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様でも掲載しています※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる