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竹夫。ラテンハズ。対語は竹夫人、ダッチワイフ。性的奉仕を主目的とする人工生命体。使用目的から、人形やいわゆる家事手伝いロボットとは区別される。
また、奉仕相手となる人間と相似の形式を備えていることで、性戯器具とも区別される。
ラテンハズとダッチワイフの違いは、人工生命体が有する機能の違いによる。
男性に奉仕するための機能を有する物をダッチワイフ、女性に奉仕するための機能を有する物をラテンハズという。
なお、奉仕相手の嗜好により、各々同性に奉仕する場合も存するが、この場合にも名称は変更されない。ただし、外見と性的機能が正反対となるよう設計された物については、俗にラテンダッチと呼び習わされる。
[歴史]竹でできた配偶者という呼び名に見られるように、元々は暑い地方において、竹を粗く編んで作った筒を抱えて就寝することで、体と寝具の間に空気の流れを生み出し、快適な睡眠を得る道具を指した。
起源とされる古代中国には、陶器で作られた同様の目的物も残存する。共寝の道具という観点から、性的奉仕が連想され、次第に寝苦しさの解消よりも性的奉仕の機能が重視されるようになった。
日本には、10世紀ごろの文献に記載があるが、主たる目的が寝苦しさの解消か性的欲求の緩和か、現在の段階では特定されていない。和歌を読み解く研究者からは、交易を通じ相当早い時期から流入していた、との主張もある。
歴史的にはダッチワイフが先行し、史上確認されている最も古いラテンハズは、20世紀半ばの物である。
当初はダッチワイフを改造して、性戯器具を取り付けただけの、単なる人形に過ぎなかった。
現在流通しているラテンハズの原型は、2049年に日本のエロテク社が発売したRローダン1型である。
これは、マネキン人形に性戯器具を組み込み、肌触りのよい特殊樹脂を上から被せただけの代物であったが、奉仕機能を司る肝心の部分が自動化されたという点において、ラテンハズ史上画期的な出来事であった。
データ入力による会話機能が搭載されたのは、5年後の54年、後発であるやはり日本のワイテク社が発売したアンドロイドSボウイ54が最初である。
頭頂部に設置された端子をコンピュータと接続し、ユーザの名前や好きな言葉を入力すると、稼働中に音声で入力した単語を再生する仕組みとなっていた。
ここにEY戦争と呼ばれる開発競争が勃発した。この競争は54年から僅か10年の間に、ラテンダッチの性能に飛躍的な進歩をもたらした。
先発メーカーであるエロテク社は、かねてから定評のあった肌触りのよさを追求し、現在人型ロボット業界の標準となっている人皮膚シートを世界に先駆けて開発した。
また、肌の下にある人体の動きにもこだわり、50関節稼働による自然で多様な姿勢を売りとしたRイトーは、人型子守りロボットの発展にも寄与した。
一方ワイテク社は、内面の重視を掲げ、Sボウイ54が持つ機能を更に押し進める企業政策を取った。
その結果、コンピュータと接続せずに音声入力が可能な機種の発表から数年にして、音声と視覚から総合的判断を下し、持ち主に奉仕することが可能なSロッド62の開発に成功した。
Sロッド62に組み込まれた総合判断システム回路は、やはり人型子守りロボットの発展に貢献した。
また両社の競争は、性器についても行われた。
大きさや硬さを求めるのは主に男性ユーザであって、多くの女性ユーザは必要最低限の性的機能を有してさえいれば、むしろ、それ以外の甘い囁きや優しい愛撫、といった付加価値の高さを求めていることが、正確な市場調査の結果により判明するまでは、メーカー同士による激しい巨大化競争が行われ、最大で長さ60cm周径20cmの性器を有するモデルが現れた。
このアンドロイドSギガハズは一部ユーザの熱狂的支持を受け、現在に至るまでシリーズ化されている。
こうしたラテンハズの生産は、人型ロボットに抵抗の少ない日本が圧倒的なシェアを誇っており、購入台数もアメリカに次いで多い。人口10万人当たりの普及率は、統計開始の2053年から連続して世界第1位である。
(柄魯牡袈男)
執筆者一覧
中略
柄魯牡袈男 主体大学工学部教授[人工生命]
以下略
柄魯は、博士論文指導を担当する嘉門の真剣な顔つきを前にして、戸惑いを隠せなかった。
彼女は大学へ入学した当初から、ラテンハズの研究開発を目指していた。
学士論文は「複数のラテンハズが1人の持ち主に奉仕する場合におけるラテンハズ相互の関係」で、修士論文が「ラテンハズにおける放出機能の開発」であった。
柄魯はダッチワイフ及びラテンハズの老舗エロテク社の創業者一族に連なり、研究技師でもあった。今の職も、その縁で得たのである。
だから、彼女の修士論文を読んで「まずいぞ」と直感的に思った。
題目を知った時点でさりげなく方向転換させるべきだったのだが、柄魯も大学院の役員を任されていて多忙の身で、そこまで目が行き届かなかったのであった。
聞けば実験室への出入りを許されてから、学士論文のテーマと平行して行っていた研究ということであった。
学士時代から数えて6年を費やして仕上げた論文を、論旨に瑕疵があるでもないのに一からテーマを変えてやり直せとは言えない。
柄魯の危惧は的中して、案の定、嘉門は博士論文のテーマに「ラテンハズによる生殖の新たな可能性」を選んできた。
「3年でまとめるには、難しすぎるテーマだと思うがなあ」
柄魯はそれとなく反対の意を表明した。無論、その程度の反対で嘉門がテーマ変更するとは思っていない。
堂々とラテンハズ研究を掲げて入学してきた女子大生は、そう易々と折れるサオならぬタマではない。
「3年である程度の目処がつきますから、それを論文にまとめて、その後はここでも他でも研究を続けるつもりです」
「そう。僕が言いたいのは、そこだよ」
柄魯の前に一筋の光が射してきた。
嘉門が目指す先は、生身の男性を必要としない生殖である。エロテク社においても、そして恐らくはライバル社のワイテク社においても、新商品開発競争の中で当然検討された機能であった。
人工授精による出産は既に普遍化しており、家庭で精子を保存することも技術的に可能である。
その技術をラテンハズに組み込む事自体は、実はさほど難しくなかった。
だから、嘉門のような女子大生が一から始めても、6年程度でそれらしい物を実現できたのである。
メーカーがラテンハズに放出機能をつけなかった理由は別にあった。男性からの反発を恐れたのである。
ただでさえラテンハズの隆盛が非婚化の一因と見なされているのに、この上生殖機能を盛り込めば、下手をすると排斥運動に発展しかねない。
柄魯自身はゲイのせいか、ラテンハズが放出しようがしまいが、気にならない。
むしろ、放出物質によっては、機能が付いていた方が好ましいとすら考えている。
例えば薬を仕込むことができれば、用途に汎用性が生まれる。
しかし社の方針として開発は見送られた。それは、柄魯が大学教員に転職を決めた理由の一つともなった。
嘉門が柄魯の嗜好を捉えているからといって、単純に喜んで突っ走らせる訳にはいかない。指導教官になる以上、教え子の将来に一定の責任を負うものだ。
「ここでそれを単独開発する予算は貰えないから、企業と共同研究する形を取らざるを得ないだろう。でも、君の研究に出資する企業は出てこないと思うよ」
「EY両社が手を出さないと分かっていれば、中小メーカーが喜んで協力してくれるでしょう」
嘉門はまるきりの馬鹿ではない。柄魯の含むところを読み取った。
しかし、肝心の理由にまでは思い至らない様子である。善良な院生なのである。
理由を考えれば、大手すら匙を投げた商品に、経営基盤の弱い中小メーカーが手を出す筈がない。
「協力するメーカーがまるっきりなかったら、どうするの」
「資金を調達して、自力で開発します」
実行できるかはともかくとして、さすがに、なみなみならぬ決意であった。柄魯は半ば説得を諦めて、話をずらした。
「ところで、嘉門さんがそこまでラテンハズの生殖機能にこだわるには、何か特別な理由があるのかな」
「好きだからです」
彼女の返事は簡潔だった。
[補足]ラテンハズには生殖機能を搭載した機種がある。市販の精子カプセルを購入して本体にセットすれば、生身の人間と性交した時に変わらぬ感触を得ることができる上に、適切な時期に性交することにより、妊娠も可能である。本機種の普及により、婚姻率は横ばいであるにもかかわらず、出生率が5年間に3倍以上の伸び率を示し、社会現象を巻き起こした。関連項目→ラテンハズ並びにダッチワイフの保護に関する法律
(嘉門家子)追補篇2100年版
また、奉仕相手となる人間と相似の形式を備えていることで、性戯器具とも区別される。
ラテンハズとダッチワイフの違いは、人工生命体が有する機能の違いによる。
男性に奉仕するための機能を有する物をダッチワイフ、女性に奉仕するための機能を有する物をラテンハズという。
なお、奉仕相手の嗜好により、各々同性に奉仕する場合も存するが、この場合にも名称は変更されない。ただし、外見と性的機能が正反対となるよう設計された物については、俗にラテンダッチと呼び習わされる。
[歴史]竹でできた配偶者という呼び名に見られるように、元々は暑い地方において、竹を粗く編んで作った筒を抱えて就寝することで、体と寝具の間に空気の流れを生み出し、快適な睡眠を得る道具を指した。
起源とされる古代中国には、陶器で作られた同様の目的物も残存する。共寝の道具という観点から、性的奉仕が連想され、次第に寝苦しさの解消よりも性的奉仕の機能が重視されるようになった。
日本には、10世紀ごろの文献に記載があるが、主たる目的が寝苦しさの解消か性的欲求の緩和か、現在の段階では特定されていない。和歌を読み解く研究者からは、交易を通じ相当早い時期から流入していた、との主張もある。
歴史的にはダッチワイフが先行し、史上確認されている最も古いラテンハズは、20世紀半ばの物である。
当初はダッチワイフを改造して、性戯器具を取り付けただけの、単なる人形に過ぎなかった。
現在流通しているラテンハズの原型は、2049年に日本のエロテク社が発売したRローダン1型である。
これは、マネキン人形に性戯器具を組み込み、肌触りのよい特殊樹脂を上から被せただけの代物であったが、奉仕機能を司る肝心の部分が自動化されたという点において、ラテンハズ史上画期的な出来事であった。
データ入力による会話機能が搭載されたのは、5年後の54年、後発であるやはり日本のワイテク社が発売したアンドロイドSボウイ54が最初である。
頭頂部に設置された端子をコンピュータと接続し、ユーザの名前や好きな言葉を入力すると、稼働中に音声で入力した単語を再生する仕組みとなっていた。
ここにEY戦争と呼ばれる開発競争が勃発した。この競争は54年から僅か10年の間に、ラテンダッチの性能に飛躍的な進歩をもたらした。
先発メーカーであるエロテク社は、かねてから定評のあった肌触りのよさを追求し、現在人型ロボット業界の標準となっている人皮膚シートを世界に先駆けて開発した。
また、肌の下にある人体の動きにもこだわり、50関節稼働による自然で多様な姿勢を売りとしたRイトーは、人型子守りロボットの発展にも寄与した。
一方ワイテク社は、内面の重視を掲げ、Sボウイ54が持つ機能を更に押し進める企業政策を取った。
その結果、コンピュータと接続せずに音声入力が可能な機種の発表から数年にして、音声と視覚から総合的判断を下し、持ち主に奉仕することが可能なSロッド62の開発に成功した。
Sロッド62に組み込まれた総合判断システム回路は、やはり人型子守りロボットの発展に貢献した。
また両社の競争は、性器についても行われた。
大きさや硬さを求めるのは主に男性ユーザであって、多くの女性ユーザは必要最低限の性的機能を有してさえいれば、むしろ、それ以外の甘い囁きや優しい愛撫、といった付加価値の高さを求めていることが、正確な市場調査の結果により判明するまでは、メーカー同士による激しい巨大化競争が行われ、最大で長さ60cm周径20cmの性器を有するモデルが現れた。
このアンドロイドSギガハズは一部ユーザの熱狂的支持を受け、現在に至るまでシリーズ化されている。
こうしたラテンハズの生産は、人型ロボットに抵抗の少ない日本が圧倒的なシェアを誇っており、購入台数もアメリカに次いで多い。人口10万人当たりの普及率は、統計開始の2053年から連続して世界第1位である。
(柄魯牡袈男)
執筆者一覧
中略
柄魯牡袈男 主体大学工学部教授[人工生命]
以下略
柄魯は、博士論文指導を担当する嘉門の真剣な顔つきを前にして、戸惑いを隠せなかった。
彼女は大学へ入学した当初から、ラテンハズの研究開発を目指していた。
学士論文は「複数のラテンハズが1人の持ち主に奉仕する場合におけるラテンハズ相互の関係」で、修士論文が「ラテンハズにおける放出機能の開発」であった。
柄魯はダッチワイフ及びラテンハズの老舗エロテク社の創業者一族に連なり、研究技師でもあった。今の職も、その縁で得たのである。
だから、彼女の修士論文を読んで「まずいぞ」と直感的に思った。
題目を知った時点でさりげなく方向転換させるべきだったのだが、柄魯も大学院の役員を任されていて多忙の身で、そこまで目が行き届かなかったのであった。
聞けば実験室への出入りを許されてから、学士論文のテーマと平行して行っていた研究ということであった。
学士時代から数えて6年を費やして仕上げた論文を、論旨に瑕疵があるでもないのに一からテーマを変えてやり直せとは言えない。
柄魯の危惧は的中して、案の定、嘉門は博士論文のテーマに「ラテンハズによる生殖の新たな可能性」を選んできた。
「3年でまとめるには、難しすぎるテーマだと思うがなあ」
柄魯はそれとなく反対の意を表明した。無論、その程度の反対で嘉門がテーマ変更するとは思っていない。
堂々とラテンハズ研究を掲げて入学してきた女子大生は、そう易々と折れるサオならぬタマではない。
「3年である程度の目処がつきますから、それを論文にまとめて、その後はここでも他でも研究を続けるつもりです」
「そう。僕が言いたいのは、そこだよ」
柄魯の前に一筋の光が射してきた。
嘉門が目指す先は、生身の男性を必要としない生殖である。エロテク社においても、そして恐らくはライバル社のワイテク社においても、新商品開発競争の中で当然検討された機能であった。
人工授精による出産は既に普遍化しており、家庭で精子を保存することも技術的に可能である。
その技術をラテンハズに組み込む事自体は、実はさほど難しくなかった。
だから、嘉門のような女子大生が一から始めても、6年程度でそれらしい物を実現できたのである。
メーカーがラテンハズに放出機能をつけなかった理由は別にあった。男性からの反発を恐れたのである。
ただでさえラテンハズの隆盛が非婚化の一因と見なされているのに、この上生殖機能を盛り込めば、下手をすると排斥運動に発展しかねない。
柄魯自身はゲイのせいか、ラテンハズが放出しようがしまいが、気にならない。
むしろ、放出物質によっては、機能が付いていた方が好ましいとすら考えている。
例えば薬を仕込むことができれば、用途に汎用性が生まれる。
しかし社の方針として開発は見送られた。それは、柄魯が大学教員に転職を決めた理由の一つともなった。
嘉門が柄魯の嗜好を捉えているからといって、単純に喜んで突っ走らせる訳にはいかない。指導教官になる以上、教え子の将来に一定の責任を負うものだ。
「ここでそれを単独開発する予算は貰えないから、企業と共同研究する形を取らざるを得ないだろう。でも、君の研究に出資する企業は出てこないと思うよ」
「EY両社が手を出さないと分かっていれば、中小メーカーが喜んで協力してくれるでしょう」
嘉門はまるきりの馬鹿ではない。柄魯の含むところを読み取った。
しかし、肝心の理由にまでは思い至らない様子である。善良な院生なのである。
理由を考えれば、大手すら匙を投げた商品に、経営基盤の弱い中小メーカーが手を出す筈がない。
「協力するメーカーがまるっきりなかったら、どうするの」
「資金を調達して、自力で開発します」
実行できるかはともかくとして、さすがに、なみなみならぬ決意であった。柄魯は半ば説得を諦めて、話をずらした。
「ところで、嘉門さんがそこまでラテンハズの生殖機能にこだわるには、何か特別な理由があるのかな」
「好きだからです」
彼女の返事は簡潔だった。
[補足]ラテンハズには生殖機能を搭載した機種がある。市販の精子カプセルを購入して本体にセットすれば、生身の人間と性交した時に変わらぬ感触を得ることができる上に、適切な時期に性交することにより、妊娠も可能である。本機種の普及により、婚姻率は横ばいであるにもかかわらず、出生率が5年間に3倍以上の伸び率を示し、社会現象を巻き起こした。関連項目→ラテンハズ並びにダッチワイフの保護に関する法律
(嘉門家子)追補篇2100年版
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