オミの懺悔

在江

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懺悔2

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 海を見たいとて、一泊旅行にしたのは、失敗だったやもしれない。

 部屋で御膳を平らげて、さて、と襖を開けると、そこには二人分の布団が、ぴったりくっついて敷かれていた。

 「あれほど言ったのに」

 オミは、困惑した体でキリを見る。主のキリは、苦笑した。

 「旅館の者も、手間を省きたいのだ。膳が片付いたところで、こちらへ移せば良い」

 もちろん、そうなるのだが、オミとしては、旅館の者に用意してもらいたいのである。後に、調べの手の者が聞き合わせに来た際、同じ部屋に布団を敷きました、などと証言されては、主の評判を落としてしまう。

 そして、なかなか膳を片付けに来ないので、風呂を済ますことにする。
 戻ると、膳は片付いて、布団はそのままであった。悪いことに、予想通りである。

 「人を呼びます」

 「待て。二人ですれば、すぐに済む。こちらへ来い。一緒に引こう」

 そういう問題ではないのだが、主に命じられたら従うしかない。オミは、キリと並ぶ位置に立った。布団一式、引きずって、隣の部屋まで移そうという魂胆である。

 「さあ、行くぞ」

 「はい」

 呼吸を合わせ、引っ張った。思ったより重い。ずっ、ずりずりっ。オミの方ばかり進みがちである。

 「ふう。存外に重いな」

 一人でした方が早いのだが、隣で布団を引く主の襟元がたわみ、胸元が見えそうで見えないことに気を取られ、オミは切り出す機を計りかねた。

 遂に、布団を各部屋へ一つずつ敷くことができた。

 「疲れたな」

 キリは早速、布団の上に座った。湯上がりの肌に浴衣が貼り付いて、解いたままの髪が艶かしい。考えてみれば、主のこのような姿を見るのは、初めてだった。オミは、先刻の会話を思い出し、目を逸らした。

 「では、私はこれで」

 立ち上がる袖を、引っ張られ、よろけて布団に腰を落とす。思わず振り向いた間近に、キリの顔があった。

 「先ほど話に上がった初夜の作法であるが」

 「何でしょう」

 「お前が教えてくれないか」

 真面目な顔である。湯上がりで潤いをたっぷり含んだ唇が、赤く濡れて光る。

 「以前にお教えした、方の手順で、間に合うかと思われます」

 唾が勝手に喉へ飛び込んだのを飲み下し、そっと袖から手を外そうとする手を掴まれた。

 「言葉だけでは、どうも要領を得ないのだ。例えば、この手をどうする、とか。そこからもう、わからぬ。できる範囲で、実地にして見せてくれないか」

 「それは、ミキ君に悪いのでは」

 婚約者の名前を挙げる。当初警戒されたが、今ではオミを兄と呼ぶ仲である。オミ自身としても、後ろ暗いことは避けたい。

 「彼は五つも年下じゃないか。初夜になって、どちらも知らぬでは済まされない」

 黒目がちの目で下から覗き込まれ、オミは最大限の理性を発揮せねばならなかった。

 「まず、手を離してください」

 「逃げぬか」

 「逃げませんよ」

 キリは、ようやく袖を離した。オミは、布団の上で、主と向かい合わせになる。慎重に、片立膝としたのは、体が反応してしまったからだ。正座することも、普通に立つことも、それを隠すためには、難しい。

 「キリ様。今なさったようにすれば、十分に初夜を始められます。穴の位置などはご承知ですよね。後は、勢いと本能で何とかなります」

 「何もしていないぞ」

 「髪を解いていらっしゃいます。お風呂上がりで浴衣一枚しか着ておられない。今のキリ様は、作り立ての馳走と同じです。そのような風体で男に近付けば、皮を剥いて食べてくれ、と迫るも同然です」

 キリは、はた、と手を打った。オミは、ほっと気を緩めた。

 「なるほど。まず、皮を剥かねば食べられぬな」

 帯にかける手を思わず掴んだ。

 「お待ちを」

 どうにか間に合ったが、主の目はオミの股間に注がれている。自身を見下ろしたオミは、声を上げた。

 「申し訳ございません。お目汚しを」

 後退りして、平伏する。もはや、それ以外に隠しようがなかった。
 帯を解く手を止める際、うっかり膝を進め、姿勢を崩してしまった。きっちり合わせた浴衣を、突き破らんばかりに持ち上げる男の印。

 「良い。私も実物を確認しておきたかったのだ。初夜で怖気付いてしまっては、その後の夫婦生活に関わるからな。後継ぎを作れなくなっては、一大事だ」

 キリは、平伏したオミににじり寄る。

 「恥ずかしいとは思うのだが、後学のために、私にそれを、見せてもらえないだろうか」

 「‥‥承知いたしました」

 主に見られただけで、精を放ってしまいそうだった。オミは、懐紙を用意した上で、浴衣の前を捲った。

 「ほう。これが、というものか。立派な物だな。触っても良いか」

 「そ、それは」

 既に先走り液の滴るオミの逸物は、キリの言葉だけでぴくぴくと放出の準備を始めた。

 「頼む。力加減などは、してみなければ、わからないだろう」

 顔を寄せられると、キリの匂いがオミの鼻を突いた。
 もう、駄目だ。

 オミは、キリに背を向けると、懐紙に精を放った。

 「ふむ。無理をさせてしまったな」

 「いえ」

 息子を拭うオミは、手短に返事をする。呼吸の落ち着く暇もない。

 「もう一度、あの状態に戻すには、接吻すればよかろうか。練習にもなる」

 主が、とんでもないことを言い出した。オミは、背を向けたまま、目を閉じた。深呼吸する。

 「キリ様。私も木石ではございません。性衝動に負けることもあります」

 「私は未通女おぼこだから、そう簡単には挿入はいらないだろう」

 オミは頭がくらくらしてきた。やってしまえ、と悪い心が囁く。

 「いくつか、注意点を」

 「うむ」

 まだ背を向けている。今、顔を見たら、理性が飛ぶ。

 「一度衝動に流されたら、いちいち説明する余裕はありません。キリ様がご自分で体験したことで、学んでください。まずいと判断なさったら、殴ってでも離れてください」

 「わかった」

 「私に限らず、真剣に性行為を行う際、角度によって怖い顔に見えることがあります。そのような時は、怖いと伝えることも必要ですが、気持ちを和ませる言葉の方が効果的な場合もあります。キリ様に余裕があれば、覚えておいてください」

 「わかった」

 「行為の最中に口走る言葉は、快感を高めるためのまじないです。その場限りの効果を得るためで、事後には忘れられると考えてください」

 「本気にするな、ということだな。承知した」

 主は素直に聞いている。オミは、他に言い置いておくべきことがないか、と考えを巡らせたが、時間稼ぎも限界だった。息子は鎮まるどころか、痛いほどにいきりたっている。

 オミが向き直ると、すぐ前に、キリの顔があった。

 「では、失礼します」

 抱き寄せて、唇を貪った。最初から、舌を入れ込み、口中を蹂躙する。

 手は乳房を飛ばして、下半身をまさぐった。順番も何もない。

 丁寧に焦らして、体に快楽を刻み込み、己の体に溺れさせるという密かな願望は、雲散霧消した。オミは、欲望のまま、キリの体に溺れようとしていた。体の隅々まで渉猟し、奥まで己を埋め込みたい。

 布団の上へ、押し倒す。長い黒髪がうねり広がる様に、一層の情欲を掻き立てられる。

 「浴衣を」

 「そのままで構いません」

 一旦下半身から手を抜き、襟元を引き開けた。丸い乳房が露わとなる。キリの両腕が上がり、掌でオミの頬を挟んだ。

 「オミ、オミ。怖いのだ。少しだけ、優しくしてくれないか」

 血が逆流するような興奮と同時に、ハッと我に返った。オミは、キリの顔の真横に面を伏せた。懸命に、呼吸を整える。

 「我を見失っておりました」

 キリの手が、オミの髪を撫でる。

 「うむ。戻ってくれて、良かった。続けられそうなら、頼む」

 主の望むように、出来る自信はなかった。しかし、腕に抱いた体を、離したくもなかった。
 オミは、キリの隣に横たわり、改めて口付けから始めた。

 上唇、下唇、耳たぶへ飛んで、再び口へ。軽く触れるだけの繰り返しをするうちに、ちゃっちゃっ、と湿った音がし始めた。舌先で、唇をなぞるようにする。

 「あふっ」

 キリの声が甘く漏れた。その隙間から慎重に入り込んだオミの舌は、涎の溢れる口内で、主の舌に迎えられた。
 ひとしきり舌同士を絡めた後、唇を離すと、二人の間に透明な糸が引いた。

 キリの瞳は潤んで、快感に漂っている。オミは、主を仰向けにすると、首筋から唇を這わせて、乳房へ向かった。
 固くて丸い二つの丘は、重力に逆らってしっかり盛り上がっている。その中心を、オミは口に含んだ。

 「んっ」

 初めて聞く声。オミは、口の中の物を、舌で優しく転がす。

 「あんっ」

 キリの手が、体の下になった掛け布団を掴んで震える。両脚をもぞもぞ動かしている。
 オミは、乳の間を通り、臍から一気に恥丘まで進んだ。

 「あっ、オミ。そこはっ」

 焦った声を出すキリは、しかし、両脚を踏ん張るだけで抵抗しない。オミは蕾のような花芯から、固く閉じた膣の入り口まで、唇と舌を使って愛撫した。

 「オミ、オミっ、ああっ」

 じわり、と愛液が染み出してくる。花開いた芯が、オミの下半身を誘惑する。

 キリが、腰を浮かしていた。浴衣は胴を縛る帯だけで体にかろうじて留まっており、脱いだも同然だった。絡みつく布地が、キリの体を一層淫らに見せていた。

 「キリ様」

 オミは、太腿を撫でさするようにして、両脚を持ち上げた。同時に上体をキリと重ねる。己の下に、主の蕩けた顔があった。

 「ああ、オミ。来て」

 背中に回った手に、力が入る。二人は、しっかりと口付けした。
 オミは怒張した己の逸物を、キリの割れ目に当て、擦り出した。互いから流れ出る粘液が絡みつき、淫猥な音を立てる。

 「ああっ。こんな、快楽がっ。入っちゃったのっ」

 キリが唇を離して、不安気に尋ねる。口調がすっかり、主から女へと変化していた。
オミを抱く腕はそのままで、浮かした腰は、むしろ淫棒を求めて、膣へ導かんとするように、前へ押し出された。

 「違います。これは、素股すまたという技です」

 オミは、割れ目の間に己を挟み込むようにして、擦り付けながら、主の懸念に応じる。本能的に、剥き出しの先端で、閉じた穴をこじ開けようとしていた。

 危ないところだった。素股であろうと、挿入と同様に、孕ませる可能性は、ある。キリにも以前、教えた筈。
 しかし、主従はどちらも、止めようとしなかった。

 「いいっ。すごく、いいのっ。オミ、口もして」

 二人はまた、口付けた。


 キヨカは、立ち上がってオミの胸ぐらを掴んだ。大の男が、女の細腕によって、ぐい、と持ち上げられた。

 「今のは、本当にあったことか」

 「え。何が」

 オミは、寝ぼけ眼である。

 「貴様、キリさんを抱いたのか」

 低く、凍るような声に、オミの目が見開かれる。

 「そんな訳あるか。隣り合わせだが、別の部屋にそれぞれ布団を敷いて寝んだ」

 キヨカは、ぱっと胸ぐらを離した。椅子に沈むオミは、再び目の焦点を失う。体が思うように動かせないのも、気にする様子はない。

 「何だ、妄想か。驚かせるな」

 「キヨカ。年上でも、貴様呼ばわりまで許した覚えは‥‥」

 「ああ。悪かった。どうも、キリさんのこととなると、頭に血が上りがちでね」

 キヨカは、何事もなかったように、酒を注いだ。自らグラスを、オミの口元へ運ぶ。

 「さあ、これを飲め。頭がすっきりする」

 「迎え酒じゃないか」

 「明日、ここいらを案内してもらうんだ。土産も買いたい。酔ったままでは、困る」

 そう言いつつ、酒を飲ませるキヨカ。オミは、口に注がれた液体を、飲み下した。

 「さっき飲んだのと、味が違う。別の酒か」

 「そうだな。味は違う。すっきりしたか」

 オミの瞼が重くなる。

 「そうだな。少し休めば‥‥」

 寝落ちした。キヨカは、椅子ごとオミを引きずって、ベッドへ横たわらせた。
 時計を見る。

 「小一時間も寝かせれば、動けるだろう。しかし、自白剤が願望まで正直に吐かせるとは。尋問する方で注意しないといけないな」

 キヨカは、オミを指で突いた。

 「一泊旅行で共に寝んでも手出しを堪えたのだ。妄想ぐらいは、許してやろう。私の胸に納めておいてやるよ、ご主人様」

 オミは、寝ていた。
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