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番外編二 王子の回想

4 初夜*

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 だが、アメリ嬢の奇妙な態度は、私の後宮計画を断念させるきっかけとなった。
 目をつけた令嬢が次々と婚約し、これはと思った令嬢が不審な行動を取っている。私には女性を見る目がない、と判断するには十分だった。

 ひとまず、親の決めた婚約者と親交を深めることで、女を見る目を養おう。
 サンドリーヌを誘い続けるうちに、断られるのも修行、のような気になっていった。

 それだけに、ようやく誘い出せたサンドリーヌの口から、婚約解消を持ち出されたときには、驚いた。
 婚約が決まって以来、つい最近まで婚約解消を望んできたというのに、全く嬉しくない自分にも驚いた。
 実のところ、本当に解消するとしても、簡単にはいかない。貴族の結婚は家と家の契約だ。買い物のキャンセルとは訳が違う。

 「学園で勉強するうちに、私が王子の婚約者として基準を満たせるか、疑問が湧いてきたのです。成績も振る舞いも満足のいく出来に至らないので」

 理由を問うと、そのように答える。苦笑が漏れた。

 「それは今更だな。私はいずれ国を治めるだけの知識や技能を得る自信がある。サンドリーヌの成績がどうあろうと問題ない。そなたが日頃寸暇すんかを惜しんで勉学に励んでいることは知っている。その姿勢こそが肝心かんじんだ」

 我ながら上手うまいこと返した、とえつに入っていると、泣かれた。嬉し涙だという。

 あの整った顔で、可愛いことを言うものだ。
 他にも、平民にしか用のない本を読んでいたり、外国の知識も豊富だったり、男女関係には不慣れな感じだったり、と意外な面を見せられ、私は婚約者との一日を楽しく過ごした。

 シャトノワ嬢の時もそうだった。一緒に過ごしてみないと、わからないことはあるものだ。
 サンドリーヌと共に過ごす時間は、いつも意外な発見があって、面白かった。

 入学以来、別のクラスにいて、会う機会が限られていたことも、良い方に作用した感はある。
 最終年度になって、ようやく同じクラスに入ってきた時は、嬉しかった。この時までには、私は結婚の事情とは関係なく、サンドリーヌを妻に迎えたい、と心から思っていた。


 その後も危機的状況を色々と乗り越えて、今この時を迎えている。

 サンドリーヌが婚約解消を度々口にしてきたのは、アメリ=デュモンドの存在に脅威を感じていたからだ。

 そのアメリは退学処分を受けた後、現在も牢につながれたままである。面会も職員との接触も、厳重に管理されている。

 共犯者だったエマニュエル=ノアイユは停学となり、様々な条件付きで釈放された。彼は、アメリに利用されたのだ。
 二年後の復学までの間、領地で大人しく過ごす筈である。


 アメリからは、多くの情報が引き出された。

 彼女は、前世の記憶を持った転生者と呼ばれる存在であった。
 その供述によると、私たちの生きる世界は、彼女の前世で乙女ゲームと呼ばれる、創作物の筋書きに沿って動いている。

 簡単に言えば、アメリは在籍中の三年間に、ノブリージュ学園で起こる出来事を予測し得る立場にいた、ということだ。試験問題までピッタリ一致していたとの供述は、彼女の成績が裏付けとなった。試験問題が、流出した形跡はない。

 学園の成績評価が、試験だけでなく、生活全般にわたるものでなかったら、そして彼女がサンドリーヌを陥れるために余計な事をしなければ、彼女は史上最高の成績で卒業できたであろう。

 アメリの話が本当として、ならば尚更、彼女の語る内容を私たちがそのまま理解することはできない。
 何故なら、彼女の属していた前世と今あるこの世界は、まったく異なる原理で動いているのだから。

 幸いにも私たちには、ロザモンド=ラインフェルデン嬢のような素直で協力的あるいは、クロヴィス=ザントライユのような才能ある人物がいて、彼女たちの前世と私たちのいる今世を繋ぎ、理解を助けてくれる。

 ロザモンド=ラインフェルデン嬢は隣国ロタリンギアの姫君であり、サンドリーヌの弟ディディエの婚約者でもある。
 彼女も、アメリと同じ世界から記憶を持ったままこの世界へ転生してきた。そして『乙女の学園恋物語』と題する予言書を記した。

 これは、アメリの語る『ラブきゅん! ノブリージュ学園』とかいうゲームの解説書にあたる。
 ゲームには続きがあり、『ヤンデレ! ノブリージュ学園』そして『BL! ノブリージュ学園』で完結する。

 ヤンデレというのは、元々病的な愛情を指す言葉だったのが、ここでは少数派の性的嗜好しこうを表しているとか。びいえる、というのは同性愛を指すそうである。

 私達はそのゲームに登場するこまで、アメリのようなヒロインを愛するのが役割だ、と調書で読んだ時には、笑うしかなかった。

 その時には、『乙女の学園恋物語』も読み終えていたし、クロヴィスからも解説を受けていたのだが。

 私がアメリに親しみを感じたのも、入学以前のサンドリーヌを嫌っていたのも、全てゲームのシナリオ通りだったということか。
 仮に私が、シャトノワ嬢やポワチエ嬢に婚約を申し込めても、断られたというのか。
 理屈で理解しても、感覚的にはいまだに納得できない。

 だが、ガスパル=メーストルと婚約したマリエル=シャティヨンも、エマニュエル=ノアイユもそれぞれのゲームの主人公と聞いて、色々に落ちた。他人のこととなると、よく見えるものだ。

 エマニュエルは、びいえる対象者だったのだ。私が彼に対して感じていた同情の一部は、明らかにゲームの原理から影響を受けている。
 流石さすがにこれは、認めざるを得なかった。だから、私は彼に二度と会うつもりはない。


 この世界が他の世界の誰かが作ったゲーム世界だとしても、そこに生きる私達は、自分を信じて生きるしかない。
 その誰かをブーリ神と思えば、同じことである。それに乙女ゲームは、この世界全てを支配できていない。

 アメリは、ラインフェルデン嬢がディディエの婚約者として留学することを知らなかった。クロヴィスや私の護衛ヴァンサン=ダヴーの存在もしかり。

 また、独自に試験問題を作成して彼女に解かせたところ、軒並み赤点だった。
 この結果によって、彼女を擁護ようごする最後の勢力を退けることができたのだった。

 逆にいえば、ゲームの舞台であるノブリージュ学園に関して最大最高の知識をたくわえていたことが、彼女の話を真実と信じる理由になる。

 そして彼女の話が真実ならば、ゲームはノブリージュ学園の特定の期間だけを取り上げている。その期間が過ぎれば、アメリを解放しても大きな問題は起こさない、ということになる。
 もちろん、生涯にわたってある程度の監視はつけねばなるまい。

 『乙女の学園恋物語』にあったように、逆ハーレムエンド、これはあらゆる結婚相手候補と愛を育むことを目指す用語らしい、を失敗した時に示される政略結婚の相手として、エマニュエル=ノアイユと結ばれれば良いのではないか。

 エマニュエルはアメリに好意を持っていて、その好意はゲームの筋書きと関係ないことが分かっている。彼自身は同性愛指向ではない、と供述にあった。であれば、ステファノ司祭とのことは気の毒だった。

 アメリとエマニュエルと結びつける事には、反対意見も根強い。いずれにせよ、あの二人に関しては、国が縁組を決めねばなるまい。


 「う、うん?」

 我が妃、サンドリーヌが声を上げる。目は閉じたままだ。夢でも見ているのか。
 アメリの供述で一つ、気になる点があった。

 サンドリーヌ=ヴェルマンドワが、転生者である可能性がある、と。

 アメリ自身で確証を得ることはできなかったという。
 疑いを抱いた理由が、サンドリーヌがゲームと違う行動ばかりとっていたため、というのだから、あまり当てにならない。

 サンドリーヌはゲーム上、悪役令嬢と呼ばれるヒロインの敵役だったのだ。
 筋書きと方法が異なっていたとしても、アメリが私を口説くどく邪魔をするのは、乙女ゲームの役割としても合っており、婚約者としても当然である。
 彼女が逆恨みから、道連れにしようとしている可能性もある。

 ただ、供述には、転生者が前世の記憶を取り戻すきっかけとして、頭を打ったり、水に落ちたり、何か衝撃的な出来事を体験することを挙げていた。

 転生には、体ごと以前と異なる世界へ生まれ変わるのと、魂が抜けた直後の死体へ異世界で死んだ別の魂が入り込む二通りがあるという。
 アメリ自身は、池に落ちて溺れ死んだ体へ入り込んでいる。

 この場合、本来のアメリ=デュモンドは死亡した事になる。
 入学前、彼女は実家の領地の立て直しに尽力していたが、入学後は実家と疎遠そえんになっていた。
 経済的に頼れなかったという事情もあろうが、家族への思い入れが薄かったことも一因と思われる。

 デュモンド男爵家もまた、アメリの件を聞き知って、即座に絶縁の手続きを始めた。彼らに転生の話は明かしていないが、家族として、中身が変わってしまった事を勘付いていたかもしれない。
 もし、アメリが社会へ出る事があれば、別の名を与える事になるだろう。

 転生者と思い出すきっかけを、ラインフェルデン嬢にも聞いてみた。彼女の場合は、実際に生まれ変わったのだと言う。つまり、この世界に生まれた体に宿った魂が、前世の記憶を持っていたということか。

 「赤ん坊の期間が、長くて辛かったっす」

 母語がロタール語である彼女は、たまにメロ語がおかしくなることがあった。その彼女が書いた例の予言書も、元はサンドリーヌのメモから書き足したと言う。
 これは、ラインフェルデン嬢が転生者と打ち明けた時期が曖昧なため、彼女の説明を書き留めた、とも考えられる。

 サンドリーヌには、そう、頭を打って数日間意識不明だった時期がある。
 目覚めた時、私もちょうど居合わせた。

 あの時の表情。初めて私の顔を見たような態度。その後の性格、行動の変化。
 全てが転生者の特徴と一致している。

 すると、今のサンドリーヌは、誕生パーティで会った彼女とは別人なのだろうか。それとも、単に前世の記憶を取り戻した生まれ変わりなのだろうか。

 処女なのに、反応が良かったのは、前世で他の男と経験が‥‥いや、考えるな。

 目の前に眠るサンドリーヌの髪をそっと撫でる。眠ったまま、こちらへ擦り寄ってきた。起きている時よりも、素直で可愛い。否、起きている時も可愛い。

 どちらでもいい。転生者であろうとなかろうと、私が愛しているのは、今ここにいるサンドリーヌだ。

 思いが高じるまま、妃に口づけする。二、三度繰り返すうちに、唇が開いてきた。下半身が熱くなる。

 「んぐっ。シャルル様?」
 「敬称禁止。お仕置きだ」

 目を覚ました妃の体に自分の体を押し付ける。私の熱さに気付いた妃が、顔を赤くするのが暗い中でもわかった。呼応するように、妃の体も熱を帯びる。

 「明日も応接が」
 「まだ夜中だ」

 本当は夜明けの方が近い。ずっと起きていた私には、カーテン越しの夜明けの気配も感じ取れた。
 だが、妃には教えない。

 「サンディ、愛している」
 「私も愛しております。シャール」

 応える声は艶めいて、下の潤いを反映していた。

 「ああ、その呼び方、いいね」

 私は妃を強く抱きしめた。
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