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番外編二 王子の回想

3 思ったのと違う

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 一緒に仕事をして、初めてわかることがある。

 シャトノワ嬢は賢い。しかし同時に、小うるさい。

 「殿下には、婚約者がいらっしゃいます。女子生徒に、誤解を与える振る舞いをなさらないよう、御自覚をお持ちください」

 「承知している」

 「その書類は、一行抜けております。お書き直し願います」
 「書き加えれば済むではないか」
 「ダメです。後から読む者に見やすく残さねば、間違いの元です」

 アメリ嬢に対して、とりわけ当たりが強いように感じた。
 見事な銀髪に青緑の瞳を持つシャトノワ嬢が、美貌でも家格でも恋愛でも、アメリ嬢に対して嫉妬をする理由はない。

 試験順位こそアメリ嬢が上位にあったものの、普段の授業においては、教師から意見を求められることがあるほど、文句なしに優秀であった。

 思うに、アメリ嬢に関しては、婚約者のバスチアンから、情報なり示唆しさなりを得て動いているようでもあった。

 バスチアンは、私の近侍を務めている。同時に、ノブリージュ学園に在籍する生徒でもある。学年が異なるため、私の側にいないことも多い。

 もしシャトノワ嬢がバスチアン不在の間、私の近侍を務めるため彼と婚約したなら、と考えると、改めてヴェルマンドワ嬢との婚約が恨めしくなった。

 最初から私と婚約していれば、小言は半分に減る筈だ。半分でもまだ多い。


 私には多くの護衛が付けられている。近侍がベッタリ護衛する必要はないのである。中には、私が知らぬ者もいるだろう。
 例えばエドモン=ギーズなど、学園で教務主任を務める教師でありながら、私の護衛もになっていた。
 そのエドモンからも、アメリ嬢に関して警告を受けた。

 「アメリ=デュモンド男爵令嬢は、異性交友に難があります。婚約者のおられる殿下ばかりでなく、同じく婚約者を持つリュシアン=アルトワ様、教師のクレマン=モンパンシエ殿にも、むやみと付きまとう様子をしばしば見かけます。婚約を横取りするつもりではないか、という噂も耳にしました」

 「その上で、ヴェルマンドワ家の御令息、ディディエ様へも過度に接近を図っております。殿下がせきを問われないように、というだけでなく、お相手の立場をもお考えの上、ご自重くださいませ」

 エドモンは、隠密行動に突出した才能を持つ。趣味は覗き、というから徹底している。
 仲間内では、全ての貴族について、一つ以上の秘密を握っている、ともささやかれる。もちろん、彼は得た秘密を言いふらしたりしない。だから、真相はわからない。
 わからないから、怖がるのである。誰しも、大なり小なり、人に知られたくない秘密を持っているものだ。

 その彼が、わざわざ私に報告するのだ。アメリ嬢の活動が、他の生徒と比べて活発であったことは確かであった。
 私が普段接する限り、彼女は気さくなだけで、婚約者の地位を奪う野心を持つとは思えなかった。

 見方を変えれば、シャトノワ嬢といい、エドモンといい、アメリ嬢を気にせずにはいられないのだ。
 彼女には男女を問わず、人の目を引く魅力がある、とも解釈できる。

 エドモンは、もしかしたら、私の後宮復活計画を察していたかも知れない。あれを父に知られたら、激怒されることは容易に予想できた。祖父の後宮始末で、散々な苦労を味わされた父である。謹慎を喰らうかも知れない。
 そういう意味でも、私は身を慎まねばならないのか。
 王族は不自由である。
 平民のように自由に振る舞える、男爵令嬢のアメリが羨ましい。


 シャトノワ嬢とバスチアンから、お茶会に招待されたのは、そういった時期だった。

 「殿下は、入学してからサンドリーヌ様と、一言もお話しされておられませんよね」

 二人して迫られると、迫力がある。

 本当のことだった。
 言い訳をさせてもらうと、クラスが違うだけで、全く会わないのだ。
 ノブリージュ学園は全寮制である。
 一日三食、生徒は食堂で食事をとる。ここでも会ったことがない。

 もともと、忘れたい存在であった。顔を見る機会もなければ、自然と忘れられる。こうして二人から責められて、ようやく思い出した。

 「ヴェルマンドワ嬢はクラスが違う。勉強に専念しているところを、邪魔しては悪い」

 忘れていた、とは言えない。婚約者が、入学後まで勉学に励んでいるかどうかも知らなかった。

 「成績評価は学問だけではありませんよ、殿下」

 「バスチアン様の仰る通りですわ。社交生活は成績評定に関わります。第一、婚約者の間柄で、その呼び方は他人行儀過ぎます。せめて名前でお呼びしてください」

 「わかった」

 息ぴったりである。案外、シャトノワ嬢はバスチアンと望んで婚約したのか。
 婚約者がいても、後宮女官として採用する手もある。それなら小言も言われないだろう、などと密かに考えていた私は、気がくじけて招待を受けた。

 やってきたサンドリーヌ嬢は、私の同席を知らされていなかったらしい。

 「フロランス様は‥‥?」

 およそ場違いな名前を出す。

 「ああ。なんでも急用とかで、来られなくなったそうです」

 にっこりと笑うシャトノワ嬢。
 サンドリーヌ嬢の顔が、罠にはまった獲物と重なった。危険の合図が頭に浮かぶ。手傷を負った獣を相手にするには、他の二人は上品過ぎた。

 「頭を打って以来だな。勉学に追われて随分と忙しそうだから、息抜きの機会を作ってやった。まず、茶を飲んで落ち着け」

 計画したのはシャトノワ嬢とバスチアンなのだが、怒りの矛先を私に向けるため、あたかも立案者のような顔をしてなだめた。
 横目で二人をうかがうと、何故か嬉しそうに頷いている。サンドリーヌ嬢の凶暴化のきざしには、気付いてない。

 私が殴られたら、それはそれでまずいと思うのだが。
 幸い、サンドリーヌ嬢は心を落ち着けた。危ないところで惨事を防ぐことができ、ホッとする。

 それにしても、今の事を除けば、彼女の態度は頭を打つ前と随分ずいぶん違う。あの時、目覚めたままの性質が続いているようだ。頭を打って、異常が治ったのだろうか。

 紅茶を飲みながら、主にシャトノワ嬢とサンドリーヌ嬢との間で、会話が交わされる。他愛たあいもない内容だ。

 普段交流がないから、突っ込んだ話題もない。
 平和な情景に身を置くサンドリーヌ嬢が、普通の貴族令嬢に思えてきた。それも、以前のように、私に執着する風でもない。

 いつの間にか、マナーも正しく身につけている。これなら、お互い冷静に貴族の務めを果たしていけるのではないか、と希望がかすかに芽生える。

 ヴェルマンドワ宰相の裏をいて、婚約破棄の道も探ったのだが、あちら立たせばこちらが立たずで、まるで見込みがなかったのだ。


 親睦武道会の話も出た。クラスと同様、私はサンドリーヌ嬢と別の組で出場したのだった。

 「‥‥リュシアン様が」

 騎士団長の息子だ。個人戦で戦って、負けた記憶がある。
 暴れ馬が出た時、怪我をしたアメリ嬢を軽々と抱き上げていた。
 私もしてみたかった。

 私は、まだ後宮計画を諦めた訳ではない。

 そのうち、日帰り散策の話になった。
 あらかじめ、バスチアンたちから話があった。慣例で、女性側が、婚約者に手作りの弁当を持たせるという。
 その弁当を、サンドリーヌ嬢に作らせようと、お茶会に呼び出したのであった。

 正直なところ、食べたいとも思わなかった。どうせ、お抱え料理人に作らせるに決まっている。
 興味があるとすれば、ヴェルマンドワ家では、どのような料理が供されているのか、といった点か。

 「私だけが昼食を作るのは、不公平ではないかと思います」

 サンドリーヌ嬢が、おかしなことを言い始めた。シャトノワ嬢とバスチアンの目が点になる。

 「つまりサンドリーヌは、手作り弁当を差し入れる代償として、私に弁当を作れと要求するのだな」

 気付けば、私もまたサンドリーヌ嬢に弁当を作る話になっていた。しかも呼び捨て。私らしくもなく、頭に血が昇っていた。

 「私とて弁当程度の調理は出来る。そなたこそ、料理人に任せきりにして、自分が作ったなどと誤魔化さぬようにせよ」

 と啖呵たんかまで切ってしまった。手作り弁当対決である。
 何故こうなったのかは、きっと一生わからない。


 思い返せば、私がサンドリーヌに興味を持ち始めたのは、この頃からと思われる。

 彼女は、本当に弁当を作ってきた。初めて見る料理もあったが、料理人の手になるものではないことは、ひと目で分かった。
 見栄えを全く考慮していないし、同じ品でも形が不揃いである。

 だが、味は良かった。私も一応作ったと言える弁当を持参したものの、勝負で言えば完敗だった。悔しい。

 その後、バスチアンとシャトノワ嬢にうるさく言われたこともあって、お茶に誘うのだが、その度に断られ続けた。
 断られる限りは誘い続けねばならず、まるで私がサンドリーヌを追いかけるような感じになってしまった。


 この頃、アメリ嬢が密かに私と揃いのドレスを作ろうとしていることが発覚したのである。私に好意を持っての行動であるにせよ、行き過ぎている。

 それに、普段の彼女の態度からは、そこまで思い詰めた様子もうかがえなかった。親しく接していても、恋愛感情を抱いているようには、全く見えなかった。
 だからこそ、私も気楽に接していたのだ。未熟ゆえに、油断したものである。

 あまりに異常な行動だったにも関わらず、アメリ嬢が開学以来の優秀な成績を維持していることと、実害がなかったことから、ひとまず静観する、という方針に落ち着いた。

 アメリ嬢は恋愛感情だけでなく、何かを贈ってほしいという素振りを見せたこともなかった。
 その後進級するにつれ、あれこれ欲しがるようになってからも、具体的に品物を指定して要求されたことはない。

 あくまでも、私の気持ちから贈っている、という体裁ていさいを保ち続けた。
 他の男性からの贈り物も、同様にして得たと思われる。

 それが恐らくは、彼女のプライドだった。
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