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番外編二 王子の回想

2 後宮復活計画

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 婚約が決まってからというもの、ヴェルマンドワ嬢は、頻繁ひんぱんに私を訪ねてくるようになった。

 私はノブリージュ学園入学前に、一通りの学問と王子としての教育を終えねばならなかった。
 この頃は、過労死するのではないか、と思うほど忙しかった。

 勉強は嫌いではない。むしろ寸暇すんかを惜しんで学ぶ方である。
 そうした私の都合に、お構いなく訪ねてくるヴェルマンドワ嬢は、はっきり言ってうとましかった。

 初めのうちはそれでも、気を遣ってお茶を飲んだりしたのだ。しかし彼女は、こちらが気を遣った分だけ泥足で踏み込んでくるような人物であった。

 まず、所作しょさもマナーもあったものではなく、落ち着かない。
 何とか堪えたところで話題もとぼしく、不毛な思いしか抱けなかった。
 次第に口実をもうけて、会わずに済ませた。会うほど嫌いになるなら、会わない方がましである。

 初対面で蜘蛛に夢中なヴェルマンドワ嬢が、何故私との婚約を欲したか。
 私が将来、国王になるからである。
 単に、権力が欲しいだけではないか。あの調子で国費を浪費されては、国家存亡の危機である。

 ならばお飾りの王妃になってもらい、まともな伴侶を得るため、後宮を復活させた方がましである。

 私の祖父王は艶福家えんぷくかだった。後宮制度を敷き、側妃をたくさん抱えていた。
 そのため父王は、権力闘争をかい潜って玉座を勝ち取らねばならなかった。王位に就いた後も、先代の側妃やその御子の落ち着き先を定めるのに、苦労したという。

 父王の代になって、後宮は解散させられた。父王自身は昔から変わらず、母王妃ただ一人を愛し、大切にしている。私も、二人を手本にするつもりだった。

 それも、ヴェルマンドワ嬢が妃となるならば、話は別である。
 後宮は解散しているが、制度自体は残っていた。復活は可能だ。きたる日のため、他へ取られる前に、側妃候補を見繕みつくろわねば。

 若い私は、今思うとおかしな方向に、力を注ごうとしていた。勉強とヴェルマンドワ嬢の圧力から、逃れたかったのであろう。

 最初に思いついたのはシャトノワ嬢である。順当に行けば、彼女が私の正妃となる予定だったのだ。
 ところが、シャトノワ嬢は、さっさとブロワ公爵家の長男と婚約してしまっていた。
 賢女と名高い彼女が、いつまでも放っておかれる訳がなかった。

 ブロワ公爵家も、ヴェルマンドワと同じくらい家格が高い。確かに、彼女には側妃よりも公爵夫人の方がふさわしい。

 次に、ポワチエ嬢を思い出した。爵位こそ伯爵であるが、辺境を守る大事な役目を受け持っている。彼女は武術にも秀でているとのことだった。強ければ、ヴェルマンドワ嬢に対抗できる。

 ところが、彼女も、アルトワと婚約を済ませていた。
 私はがっくりきて、側妃集め計画を一時棚上げにした。ノブリージュ学園へ入学すれば、大勢の令嬢と知り合える。
 それからでも遅くはない、と己に言い聞かせた。


 ヴェルマンドワ嬢が昏倒こんとうして数日にわたり意識不明、との知らせが入ったのは、その頃だった。
 私は婚約者の義務として、見舞いに向かった。

 正直に言おう。そのまま目覚めないでくれ、と願ったことを。死んで欲しい、とまでは思っていない。
 ただ数年、数ヶ月でも目を閉じたままでいてくれれば、健康に難ありとて婚約解消できる、と夢見ただけだ。

 公爵邸で仕事を抜けてきた宰相と落ち合い、挨拶を交わしている最中に、早くもヴェルマンドワ嬢が目覚めた、と召使いが告げに来た。

 「サンドリ~ヌ! これも、殿下がお見舞いにいらしてくださったご利益です」

 私は、見舞いに来たことを後悔した。今更引き返すもならず、来合わせた公爵夫人や弟のディディエ殿、召使いたちとぞろぞろ行列を作って部屋まで行く。
 近侍となったバスチアンも一緒だった。私の代わりにシャトノワ嬢と婚約した、運の良い男だ。

 「サンドリ~ヌ! 良かった! 目を覚ましたのだな。もう起きて大丈夫なのか?」

 扉を蹴破らんばかりに飛び込んだ宰相が、娘を締め上げる。本人としては、抱き締めているつもりだろう。
 娘の方は再び気を失いそうである。
 目の前で死なれては、寝覚めが悪い。王子なのに、そのような状況を放置した、と周囲から見られることも気になった。
 私は口を開いた。

 「ヴェルマンドワ宰相。サンドリーヌ嬢が締め過ぎで苦しんでいるようだ」

 我に返った宰相が娘を離したはいいが、落とされた方は、急な動きにふらついた。本能的に手を差し伸べ、体を支えた。

 違和感を覚えた。

 「ありがとうございます」

 彼女は私の顔に驚いていた。まるで、初めて私の顔を見たような態度である。
 更に、礼儀正しく感謝を示す。見知らぬ他人と向き合った気分だった。

 奇妙に感じたのは、私だけではなかった。
 ヴェルマンドワ宰相を始め、先ほどまで付ききりであったろう召使いに至るまで、その場にいた全員が、彼女に異物を見るような目を向けていた。

 向けられた当人もまた、戸惑いの表情を浮かべている。

 「調子が悪そうだな」

 私の言葉に、素直に頷く彼女。意識を取り戻したばかりで、記憶が混乱しているのか。成り行きで、そのままベッドへ戻るのを手伝った。

 「ありがとうございました。お手をわずらわせました。座ったままで失礼します。どうも記憶が混乱しているようです。目覚めたばかりではありますが、今しばらく一人で休ませていただきたく存じます。皆様には、ご心配をおかけして申し訳ございません」

 頭まで下げた。もう、居合わせた一同の方が混乱している状態だ。弟などは、驚きすぎて顔面蒼白がんめんそうはくとなっている。

 何だこれは。言葉遣いといい、所作といい、まるで別人ではないか。

 「そ、そうだな。もう何日も意識不明だったのだから、混乱しても仕方がない。では、我々は退散するとしよう。ゆっくりおやすみ、サンドリーヌ」

 宰相が我に返り、見舞客と家族は部屋を後にした。

 「医者を呼べ」
 「既に呼びました、旦那様」

 潮時しおどきとみて、辞去することにした。定型の別れの挨拶をしている間、宰相は明らかに上の空だった。愛娘の異変に相当な打撃を受けたのだ。

 他方、私は、ヴェルマンドワ嬢の回復に時間がかかると思い、内心で安堵していた。
 もしかしたら今回の件をきっかけに、婚約解消の話が出るかもしれない、という希望まで抱きながら、邸宅を後にした。


 婚約解消の話は、一向出なかった。

 ヴェルマンドワ宰相も、翌日から普通に出仕し、通常通りの仕事をこなしていた。有能な跡取り息子は言わずもがなである。

 そしてヴェルマンドワ嬢の訪問も、ぴたりと止んだ。
 あまりにも回復に時間がかかるようなら、婚約を一旦解消する口実になる、と様子を探らせたところ、ぴんぴんしていると言うではないか。

 どうやら、ノブリージュ学園入学へ向けて、猛勉強しているらしい。
 学園は、貴族のための教育機関である。極端に言えば、一切勉強しなくとも、貴族である限り、入学は可能だ。
 入学試験時の成績順でクラスが分けられる。
 彼女は、私と同じクラスを目指しているのかも知れなかった。

 以前話した感触では、彼女が上位クラスを狙っても、今からでは到底間に合わない。
 理由が何であれ、ヴェルマンドワ嬢に煩わされずに済むと知って、心が落ち着いた。


 入学式。私は新入生代表挨拶を読むつもりで、原稿を用意してあった。
 事前に依頼があると聞いていたのに、当日まで連絡がなかったのだ。かといって、こちらから問い合わせるのもしゃくである。

 そして、新入生代表として演壇に上った生徒を見て、私はショックを受けた。

 ローズブロンドの波打つ髪、ピンクの瞳。

 アメリ=デュモンド男爵令嬢。

 つい先ほど、私と出会い頭にぶつかった生徒だった。

 その時は、珍しい髪の色もあって、可愛らしい女子生徒だ、後宮に入って欲しい、などとぼんやり思った程度だった。彼女が、私から新入生代表の座を奪った張本人だったとは。
 悔しさに、めらめらと対抗意識が燃え上がる。

 だが、アメリ嬢は、私のある種の敵意など、全く意に介していなかった。

 成績順のクラス編成で、私とアメリ嬢は同じクラスである。賢女シャトノワ嬢や、飛び級入学したヴェルマンドワ家の次男坊、ディディエ殿も一緒になった。

 予想通り、姉のヴェルマンドワ嬢は別クラスとなった。彼女のことだから、宰相の権力を使って同じクラスに捩じ込んでくるかもしれない、との微かな懸念は、良い方に裏切られた。

 「同じクラスになれて、嬉しいですわ。仲良くしましょうね」

 学園在籍中は身分平等、という原則がある。先生と生徒、先輩と後輩、といった役割分担以外の、家柄や爵位で在籍者を区別しない、という決まりだ。

 先生と生徒の身分差から、指導に問題が出たことから始まった、とされる。
 そこから、先生は家名でなく個人名で呼ぶ習慣がある。

 平等とは言っても、学園の外では身分社会である。学園内でも、何となくの礼儀として、互いに遠慮はあった。
 私も、王子という立場から、他の生徒に距離を置かれているのを感じていた。

 アメリ嬢は、見えない壁をやすやすと破って入り込んだ。

 「ああ、よろしく頼む」

 アメリ嬢が壁を破ってくれたお陰か、他のクラスメートも私と普通に口を利いてくれるようになった。彼女は私ばかりでなく、ディディエ殿やシャトノワ嬢とも対等に話をした。

 「ディディエくんは、飛び級で入学なんて、すごいですね」
 「僕たち同級生なんですから、対等に扱ってください」
 「わかったわ」

 その後、クラスでの話し合いは、活発に行われた。

 「私、代表副委員がしたいです」
 「私も」
 「私も」

 委員決めであれだけ揉めたのは、珍事だったらしい。
 例年、家格と成績で何となくすんなり決まっていたのが、アメリ嬢が代表委員に立候補したのを皮切りに、次々と候補者が現れた。

 真っ先に代表委員に決まった私は司会を任されており、仕切るのに少々難儀した。
 最終的に投票で、代表副委員はシャトノワ嬢と決まり、アメリ嬢は風紀委員に落ち着いた。

 バスチアンの婚約者になったとはいえ、シャトノワ嬢と一緒に仕事ができるのは、楽しみだった。 
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