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番外編一 ヒロインの奮闘

12 攻略キャラが来ない

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 主人公のエマニュエルが、書類の包みを持ってうろうろしていた。
 誤魔化そうとしたのに、先に見つけられてしまったわ。

 ここは、日直か何かで届け物を頼まれた主人公が、学園内で迷ってクレマン先生と恋愛フラグ立てる場面ね。

 「君、どこへ行くの?」
 「れ、礼拝堂です」

 クレマン先生の質問に、あたしを見て答えるエマニュエル。平凡な顔立ち、という設定だけど、この乙女ゲーム世界基準であって、決して不細工ではない。

 おどおどとしつつ頬を染める様は、十分に可愛く見える。この子、なのよね。あたしの可愛さにドギマギしているんだわ。
 クレマン先生も元々異性愛者なのに、このイベントからBL化していく訳か。させるかぁ~!

 「私もそこへ行くところだ。一緒に行こう」
 「ありがとうございます。助かります」

 あたしの心の叫びをよそに、着々とイベントを進めるエマニュエルとクレマン先生。二人並んで歩く後ろから、この三作目の主人公が転生者かどうか観察してみたけど、どうもよくわからなかった。

 『ヤンデレ!』のマリエルも、結局転生者かどうかわからないまま、今年度は大人しくフェードアウトしている。
 逆ハーレムエンドを目指しているように見えたけど、ガスパル副会長と普通に婚約して終わっていた。

 他に変わった行動もしていないところからすると、転生者ではなさそうだ。だから、目の前を歩くこの子が総受けエンドに向けて動いているからといって、必ずしも転生者とは限らない。

 どっちにしても、あたしの攻略対象を横取りされるのは、困るわ。

 「おや、珍しい取り合わせですね」

 礼拝堂の前で、司祭が待ち構えていた。
 イベントだ。そうだ。三作目にして、遂にこの美形チュートリアルキャラクターが、攻略対象に設定されたんだった。
 それも、全ルート制覇後に開放される、隠しキャラだった記憶がある。無茶苦茶、攻略難易度が高くて、燃えたわ。

 「やあステファノ。このエマニュエル=ノアイユ君が、届け物だそうだ」

 そうそう、ステファノという名前がついた、てか、プレイヤーに明かされたのな。

 「遅くなってすみません。道に迷ってしまって、こちらのクレマン先生と‥‥」

 と再びあたしを見て頬を染める。いいぞいいぞ、そのままあたしに惚れてしまえ。

 「アメリ=デュモンドよ。よろしく」
 「こちらこそ。エマニュエル=ノアイユです。ええと、デュモンド嬢に案内していただきました」
 「そうですか。ご苦労様です。受け取りましょう」

 銀髪美形司祭は、青緑の瞳をエマニュエルに真っ直ぐ向けたまま、包みを受け取るのだった。ノンケのエマニュエルも、目を逸らせないほどの目力だわ。と、その目があたしに移動した。

 「ところで、デュモンド嬢は、どのようなご用件で?」

 出会いイベント邪魔しに来た、とは言えない。何も考えていなかった。

 「実は、御用聞きに参りましたの。でも、日を改めますわ。お急ぎでしたら、寮の方へでも、生徒会本部の方へでも、お言付けください」

 イベント自体を潰すことはできなかった。きっと、ゲームのシナリオ強制力が働いている。
 まだ出会いの状態で、攻略キャラが二人もいる場で、BL的展開が進むことはないだろう。しょっぱなから三人でヤるスチルはなかった、うん。

 あたしがここを去っても、エマニュエルの後ろの方の童貞は守られる。多分。

 「あ、それでしたら、僕も一緒に戻ってもよろしいでしょうか。また道に迷いそうで」
 「そうだね。デュモンド嬢、帰りも案内してあげて」

 意外にも積極的なエマニュエルを、クレマン先生が後押しする。どうせ主人公と二人きりになれないから、ライバルから引き離すことにしたのかも。

 『あぶない!』では、攻略キャラ同士のBL的絡みを思わせるスチルがあって、そこも人気だったな。この後、美青年がどんな絡みをするのか、ちょっと興味はあるけど、あたしの攻略には関係ないものね。

 ステファノ司祭からも許可を得て、生徒二人戻ることになった。さて、この好機をどうしよう。
 転生者かどうか、聞く?

 「先ほどは、お名前をすぐに申し上げられず、失礼しました。デュモンド副会長」

 先に謝られた。生徒会役員として、新入生にオリエンテーションしたのを覚えているのね。いい子だ。

 「新入生は、初めての寮生活の上、覚えることも多くて大変でしょう。困ったら、寮監の先生でも、生徒会にでも、誰かに話すことをお勧めするわ」

 「ありがとうございます。僕、将来家を継ぐ身なので、ここで頑張らないといけないんです。副会長は、入学時からずっと首席とお聞きしました。試験対策で、気を付ける点を教えていただけると嬉しいです」

 正確には、前回の試験で二位だったけどね。

 「ひたすら勉強するしかないかなあ。試験の傾向も毎年変わるみたいだから、同級生に聞いた方が役に立つかもしれない。今年の首席だった、モーリス=デマレ君とか」

 「ああ。僕、彼に嫌われていると思います」

 あからさまに表情がかげる。出会いイベントが済んで、もうちょっかいが始まっているのだわ。
 プレイヤーだったら喜ぶべき状況なんだけど、実際ノンケが体験したら、こんな感じなんだろうか。

 「そうかしら。ノアイユ君はお友達、いないの?」
 「同じクラスに、ユベール=カロンヌ君、という親切な人がいます」

 エマニュエルの表情が少し緩んだ。ユベールはうまいこと、主人公に取り入ったみたいだ。
 そのうち、彼も君のお尻童貞を狙ってくるんだよ。とは言えない。

 「まずは、お友達同士で勉強会を開いてみたら? 互いに教え合ううちに、自分の理解も深まるわ」

 学問とB Lの両方ね。『あぶない!』キャラ同士でくっつく分には、お好きなように、である。他のゲームの主人公に惚れられるのも、悪い気分じゃないのだけど、までする気はない。

 「なるほど。ご助言をありがとうございます。また、質問に伺ってもよろしいですか?」

 実際話してみると、ゲームでの印象より積極的な感じがするわね、この子。
 ノンケの転生者だったら、さっきみたいなチャンスを避けて、攻略拒否することもあるだろう。でも、出会いイベントはこなしている。
 まだ、この子が転生者かどうか、敵か味方か判断するには早いわね。とりあえず、繋がりをキープしておこうか。

 「もちろんよ」

 笑顔で応じると、エマニュエルはまた顔を赤くした。可愛いわあ。


 生徒会役員で、街へ挨拶回り兼買い出しに来ている。
 学園に出入りする機会が多い関係者、主に商人たちに顔見せして、ついでに生徒会で購入するものを発注して回る。
 身元の確かな貴族の子弟と、学園御用達商人。ここで顔繋ぎしておけば、卒業後にも互いに何かと役立つ。

 サンドリーヌは代表委員の委員長になってしまったが、所詮しょせん本部役員ではないのだ。ふふん。
 シャルルとディディエは、依然として、あたしと一緒に行動する方が多い。

 会計のドリアーヌが、ちょっとうざいのは、我慢しよう。どうせモブだ。
 モブといえば、最高学年の教務主任、生徒会顧問でもあるヴァンサン=ダヴー先生が、付き添いで来ている。
 元々騎士団の所属とかで、なるほど現役軍人並みの筋肉質な体型だ。

 BL系の『あぶない!』の攻略キャラにはいないタイプ。
 一人ぐらい、こういうのがいてもいいと思うんだけど、運営の趣味で外されたんだろうか。

 あたしは去年も書記として、この行事を体験している。いわば先輩みたいなもの。
 会長だろうが王子だろうが、挨拶回り先で多少なりとも先輩風を吹かせられるのは、なんというか、気分がいい。

 「ああ、去年もお見えでしたな。今年は副会長で、ほう」

 などと、行く先々で声をかけられるのだ。ドリアーヌも簡単にはあたしを排除できない。
 抜け目のない商人たちは、王子で会長でもあるシャルルや、宰相の息子ディディエにも、そしてドリアーヌにも満遍まんべんなく愛想を振り撒き応対していた。

 「では、最後に騎士団本部へ行こう」

 シャルルが言った。

 イベント発動だわ。

 騎士団にはリュシアンがいて、あたしと再会するのだ。
 それから、あたしたちを学園まで送ってくれることになって、帰りに馬車が事故に遭って、逆ハールートの場合には攻略キャラが、それぞれあたしの世話をしてくれるのよ。

 ただ、親友のエマじゃなくて悪役令嬢の取り巻きドリアーヌが代わりに紛れ込んでいるから、全く同じにはならないんだろうね。

 騎士団の本部は、思っていたより街中にあった。こういうことは、実際行ってみないとわからないものだ。ゲーム世界を実地に体験する醍醐味だいごみね。

 高い塀に囲まれて、出入りする人々が皆ごつい。知らなければ、悪の巣窟そうくつに見えなくもない。

 「よう、ヴァンサン」

 入口に立つ警備兵が、真っ先に声をかけたのはヴァンサン先生だった。これまでの立ち回り先と違う。
 思い返せば、去年も同じパターンだったような気がする。商人たちが媚を売るのは王子たちで、軍人の目に入るのは筋肉。

 「おう。お前ら相変わらずだな」
 「学園の引率だな。入りな。団長の部屋はわかるだろ?」
 「ああ。邪魔するぜ」

 先生も、他にいる時とは言葉遣いが違う。生き生きしているようにも見える。古巣に戻って嬉しいのかな。

 それから去年と同じ団長に会って、騎士団について説明を受け、本部をざっと案内してもらうところまで去年と同じだった。最後に、団員が練習しているところを見学することになった。
 いよいよリュシアンに再会だ。

 「学園からは、毎年何人か入団希望者があって、ほぼ全員採用します。揃って優秀なので将来の幹部候補として期待しています」

 団長の言葉が段々遠くなる。あたしは訓練している騎士団員を、片端から目をらして確認した。
 素振りをする者、筋トレに励む者、組んで格闘技をしている二人、実際に剣を交えている二人、談笑する集団。
 リュシアンが見当たらない。あたしは嫌な予感を覚えた。

 「帰りは夜道になりますので、念の為、誰かに送らせましょう。今年入った期待の新人もつけようか」

 何だ、別の場所にいたのか。

 「ナトン。お前もノブリージュ学園まで、生徒会の皆さんをお送りしろ」
 「了解です」

 誰やねん。思わず心の中、偽関西弁で突っ込む。
 去年、風紀委員会の副委員長だった先輩か。リュシアンが強すぎて、印象に残らなかった。
 モブだし。そしてリュシアン来ない。
 帰る準備が出来るまでの間、ナトンとやらに聞いてみた。

 「ナトン先輩。リュシアン先輩は、どちらに?」
 「リュシアンは、辺境に住んでいるよ。ほら、婚約相手がポワチエ伯爵家だったから」

 目を輝かせて得意げに教えてくれるナトン。更に話しかけてくる言葉は、あたしの頭を素通りする。
 何てこった。リュシアンが騎士団に入っていない。

 逆ハーレムルート失敗確定じゃないか。あの卒業パーティでの親しげな態度は、何だったんだ?

 乙女ゲーオタとして、ここで打ちひしがれている暇はない。次の手を考えねば。
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