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番外編一 ヒロインの奮闘
9 お部屋訪問
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「あら。お待ちいただければ、こちらで開けましたのに」
と、どっかり腰を据えたサンドリーヌが言った。侍女が扉の近くにいるから、満更出まかせでもなさそうだ。
「し、失礼しました。部屋を間違えました」
慌てて回れ右する目の前で、侍女が扉を閉めた。
「デュモンド様。こちらの階でお見かけしたのは、本日只今が初めてにございます。迎えの者もおらず、訪問先のお部屋も把握しておられぬご様子。一体、どのようなご用件でいらしたか、差し支えない範囲で、ご説明いただけますか。ご協力いただけなければ、警備を呼んで、寮監に連絡いたします」
きっちりお仕着せを纏った侍女の眼光が鋭い。侍女の癖に生意気な。
「ああ、ちなみにそこの者は、ヴェルマンドワの縁戚に連なる男爵家の出にして、学園の卒業生、すなわち私達の先輩に当たりますの」
はうっ。あたしも男爵家の出だ。家格は同等。
あたしは学園の生徒で、相手は侍女の立場とはいえ、上下関係は微妙なところである。
強気に出たって間違いではないのだが、招待されてもいないのに公爵令嬢エリアへ踏み込んでしまったのが公になれば、ヴェルマンドワ宰相の娘を相手に勝ち目はない。
ちなみに、ゲームでこんなイベントはなかった。くうう。
そりゃあ、ヒロインのあたしが乗り込んだのが悪いんだけどさ。
転生者のロザモンド相手なら、脅して丸め込めると思ったのに。
「まず、そちらへお座りなさい。折角いらしたのですから、お茶でもどうぞ」
あたしは、サンドリーヌの前にあるソファへ座らされた。警戒心剥き出しの侍女は、悪役令嬢のご主人様に目顔で促され、お茶の支度に下がっていった。
ソファのふかふか具合に、体が緩み、頭も少し落ち着く。
改めて見回すと、悪役令嬢というより学者バカの部屋みたいに、本がやたらと目についた。
ぎっちり詰め込まれた本棚に入り切らない分が、あちこちの隙間に詰め込まれている。これらの本を全部読破したなら、どうしてあたしと同じクラスに上がって来られないのかしらん。
おや、『オトメ? ガッコウ レンアイ』‥‥ロタール語で書いてあるから、騙された。恋愛小説じゃないか。そんな本ばっかり読んでいるから、成績が上がらないんだって‥‥他の本は、図鑑とか判例集とか、難しそうな本ばかりだわ。買い集めるだけで、読んでいないのかも。
参考書とか道具を揃えたら、そこでひと仕事終えた気になる人って、いるよね。
やっぱり馬鹿?
でもこちらを見つめるサンドリーヌの様子は、整った顔立ちと姿勢の良さもあって、全くそんな風には見えない。
「それで、どなたに御用でしたの?」
紅茶を運んできた侍女が扉の前へ下がるのを待って、再び問われた。
今度は、悪役令嬢直々の取り調べだ。紅茶のいい香りが勝手に緊張をほぐしていく。
困るなあ。戦闘体制を維持しないといけないのに。
「ロ、ロザモンド様」
唇が乾いて上手く発音できない。喉も乾く。
「お茶をどうぞ、デュモンド嬢」
サンドリーヌがカップに口をつけたのを見計らって、あたしも飲む。熱い。でも旨い。
前世だとペットボトルだったし、安くても茶葉から淹れる紅茶は今世の方が美味しいのだけど、公爵家の紅茶は別格だった。
火傷を物ともせず、喉が欲しがってカップを傾けてしまう。
「あなたとロザモンド様が、それほど親しかった記憶はありませんわね。もしや、選挙について何か私や彼女の部屋に証拠がないか、探しに来られたとか」
紅茶を吹きそうになる。急いでカップを置く。カップとソーサーも絵柄からして、いかにも高級そうだったから。
「いえ、そのようなことは」
家探しか。そうすれば良かったな、という思いが頭を掠め、慌てて否定した。それは普通に犯罪だし、見つかれば退学ものだわ。
「あなたが、私やロザモンドの婚約者であるシャルル様とディディエに対して、常識を越えて親しくなさっていることは承知しておりますのよ。私達が、嫉妬からあなたの当選を妨害した、とお考えなのね」
合っているじゃん、サンドリーヌ。嫉妬っていうか、断罪回避な。
命かかっているなら、選挙妨害ぐらいするでしょ。あたしの攻略が成功したら、あんたほぼ死ぬからね。
「そうなのですか?」
どうにか言葉を返す。黙っていたら、悪役令嬢の推測を認めたことになってしまう。
「調べてもらうこと自体は構いませんが、散らかされるのも嫌ですし、その間、勉強できないのも嫌ですわ。第一、私もロザモンドもあなたの選挙を邪魔していませんもの。もし、あなたを当選させたくなかったら、私が立候補して、圧倒的な票差をつけますわ」
「そうなのよ。何で悪役令嬢が立候補しなかったのよ」
「デュモンド嬢?」
うっかり心の叫びが出てしまった。サンドリーヌはポカンとしている。彼女は転生者じゃないっぽい。
それならそれで、何で立候補しなかったのかは知りたい。
「失礼しました。サンドリーヌ様が候補者になられてもおかしくない、と言いたかっただけです」
「私もあなたと親しくないのですが‥‥。今回の選挙には既に弟が書記として立候補しており、私も生徒会本部に入ると、ヴェルマンドワ家で二役を占めてしまうことになるからですわ。生徒会長候補は私の婚約者ですし、敢えて私物化の謗りを受けたくなかったのです」
「それより、あなた。私を『悪役令嬢』と呼んだのは、二回目ですよ。日頃の行いを鑑みるに、あなたのなさっていることの方が、よほど悪役にふさわしいと思いますわ。そのように呼び名で私を貶めるのは、止めていただけます?」
しっかり聞こえているじゃないか。二回目? 覚えていないわ。ていうか、こうして対面したら、やっと悪役令嬢らしい感じになってきたじゃないの。
ふふん。ヒロインのシナリオ強制力発動か?
「気をつけます」
「では、今回はジュリーに送らせます。次回部屋へ忍び込もうとしているところを見つけたら、直接警備に連絡しますからね」
要は、帰れってことね。サンドリーヌに否定されたら、この次モブ子豚を捕まえても、何も吐かないだろうな。
今回はあたしの負けだ。悪役令嬢の巣へ乗り込むなんて、ヒロインらしからぬ行動をしたせいかも。
あたしはソファから立ち上がった。
「紅茶、美味しかったです。ごちそうさまでした」
ヒロインらしく礼を言って、侍女、ジュリーというらしい、の後についた。
「デュモンド嬢」
サンドリーヌの声に振り向く。薄い水色の瞳があたしの目をひた、と見据える。
「あなたは、この先も、婚約者のいる殿方と親しくお付き合いなさる、いいえ、はっきり言いますわ。ご自分が婚約者に成り代わって利益を得るため、シャルル様やディディエそのほかの殿方と懇ろになさるのですか? あなたのなさりようを見聞きする限り、恋で盲目になっているとも思えませんの」
あたしは混乱した。
もちろん、逆ハーが無理でも、攻略キャラの誰かと結婚するエンドを目指して行動するに決まっている。それが、この世界におけるあたしの役割だもの。
前世乙女ゲーオタとしてのあたしは、推しを愛でるよりも、完全攻略を目指すタイプだった。実際、転生した今でも、攻略キャラの誰かに恋愛感情を抱いたりはしなかった。
だから、逆ハーレムなんてことだって、目指せるのだ。誰かに恋しちゃったら、そんな器用なことはできないと思う。
そこは悪役令嬢の見方が当たっている。卒業後領地へ戻ったら、経済を立て直すとか色々できるけど、学園にいる今は他にすることもない。でも、ここでイエス、と答えたら、ヒロインじゃないよね。
あくまでも、相思相愛の相手に婚約者がいただけで、ヒロイン的には、略奪するつもりがなかった、という建前。婚約破棄するのは、相手の意思。
「いいえ。婚約者のいる殿方から求婚されようとは、考えておりません。家の将来のため、学園に在籍しているうちに、人脈を広げたいだけです」
「なるほど。これからも行動は変えない、ということですね」
何だろう。セリフと違うところで話をしている感じがする。サンドリーヌは転生者じゃないとしても、多分転生者のロザモンドを取り込んで、『ラブきゅん!』について聞かされている可能性はある。
後ろに見えるロタール語の恋愛小説も、ロザモンドから貰った本かもしれない。
これは悪役令嬢の宣戦布告なのか。クラスも違う、生徒会役員でもない悪役令嬢に何ができよう。
「領地の再建がかかっておりますので」
嘘ではない。我ながら、狡いと思う。
「‥‥そうですか」
サンドリーヌが別の言葉を言いかけたように感じたけど、それまでだった。
あたしは侍女に送られて、自分のフロアまで戻された。
副会長にはなれなかったけど、書記として、次年度の役員に引き継ぎをする義務はある。
来年の書記は、ディディエだ。それに、引き継ぎの場は生徒会室だから、次期会長のシャルルもいる。
今は持てる機会をフル活用して、ダイヤクエストで失った好感度を少しでも取り戻そう。
あたしは、引き継ぎ以上に頑張った。次期副会長のソランジュが、嫌な顔をしてあたしを見るようになるくらい。
彼女は『ヤンデレ!』の悪役令嬢で、本来あたしと絡む筈じゃなかった。
それが、一緒にいるうちに、落選したあたしの方がシャルルやディディエと親しくしているのがわかって、羨ましくなったんだろうな。
あたしの見た目がマリエルに似ているのも、気に入らないらしい。
「ニセモノ」「用済み」
時々あたしにだけ聞こえるように、嫌味な言葉を投げかけてくる。
あたしはダメージを全く受けなかった。『ヤンデレ!』登場キャラからしたら、確かにあたしは偽物ヒロインに見えるし、『ラブきゅん!』後の話だから、用済みには違いないもの。
キャラに思い入れがないタイプのゲーオタ気質が、こんなところで役に立つとは。
あたしがソランジュの口撃を痛くも痒くも思っていないことは、向こうも感じていて、余計に苛立っていた。
悪循環だわね。
現生徒会長のアルチュールや副会長のガスパル、会計のジョゼフィーヌは引き継ぎや卒業準備で忙しい合間を縫って、マリエルとそれぞれデートしていた。
あたしは『ヤンデレ!』プレイヤーとして、その辺の事情をわかっているから、暇潰しに覗いたり、逆に出くわさないよう調整したり、上手くやっていた。
うっかり見ちゃったのは、裏クエストの時ぐらいよね。
彼らも決定的な十八禁エロ場面を、一般キャラに目撃されるようなヘマはやらかしていない筈だけど、親密な仲だということは傍目にもわかる。
当然、ソランジュにも明らかで、こちらにもかなり苛立っていた。彼女の立場から見ると、現役員はマリエルと、新役員はあたしと仲が良くて、自分だけ仲間外れな気持ちになるのかな。
悪役令嬢じゃなくても、気分が萎える状況よ。ゲームのシナリオ強制力だから、仕方がないじゃない?
彼女に同情できるのは、あたしが別のゲームのヒロインだからかな。
と、どっかり腰を据えたサンドリーヌが言った。侍女が扉の近くにいるから、満更出まかせでもなさそうだ。
「し、失礼しました。部屋を間違えました」
慌てて回れ右する目の前で、侍女が扉を閉めた。
「デュモンド様。こちらの階でお見かけしたのは、本日只今が初めてにございます。迎えの者もおらず、訪問先のお部屋も把握しておられぬご様子。一体、どのようなご用件でいらしたか、差し支えない範囲で、ご説明いただけますか。ご協力いただけなければ、警備を呼んで、寮監に連絡いたします」
きっちりお仕着せを纏った侍女の眼光が鋭い。侍女の癖に生意気な。
「ああ、ちなみにそこの者は、ヴェルマンドワの縁戚に連なる男爵家の出にして、学園の卒業生、すなわち私達の先輩に当たりますの」
はうっ。あたしも男爵家の出だ。家格は同等。
あたしは学園の生徒で、相手は侍女の立場とはいえ、上下関係は微妙なところである。
強気に出たって間違いではないのだが、招待されてもいないのに公爵令嬢エリアへ踏み込んでしまったのが公になれば、ヴェルマンドワ宰相の娘を相手に勝ち目はない。
ちなみに、ゲームでこんなイベントはなかった。くうう。
そりゃあ、ヒロインのあたしが乗り込んだのが悪いんだけどさ。
転生者のロザモンド相手なら、脅して丸め込めると思ったのに。
「まず、そちらへお座りなさい。折角いらしたのですから、お茶でもどうぞ」
あたしは、サンドリーヌの前にあるソファへ座らされた。警戒心剥き出しの侍女は、悪役令嬢のご主人様に目顔で促され、お茶の支度に下がっていった。
ソファのふかふか具合に、体が緩み、頭も少し落ち着く。
改めて見回すと、悪役令嬢というより学者バカの部屋みたいに、本がやたらと目についた。
ぎっちり詰め込まれた本棚に入り切らない分が、あちこちの隙間に詰め込まれている。これらの本を全部読破したなら、どうしてあたしと同じクラスに上がって来られないのかしらん。
おや、『オトメ? ガッコウ レンアイ』‥‥ロタール語で書いてあるから、騙された。恋愛小説じゃないか。そんな本ばっかり読んでいるから、成績が上がらないんだって‥‥他の本は、図鑑とか判例集とか、難しそうな本ばかりだわ。買い集めるだけで、読んでいないのかも。
参考書とか道具を揃えたら、そこでひと仕事終えた気になる人って、いるよね。
やっぱり馬鹿?
でもこちらを見つめるサンドリーヌの様子は、整った顔立ちと姿勢の良さもあって、全くそんな風には見えない。
「それで、どなたに御用でしたの?」
紅茶を運んできた侍女が扉の前へ下がるのを待って、再び問われた。
今度は、悪役令嬢直々の取り調べだ。紅茶のいい香りが勝手に緊張をほぐしていく。
困るなあ。戦闘体制を維持しないといけないのに。
「ロ、ロザモンド様」
唇が乾いて上手く発音できない。喉も乾く。
「お茶をどうぞ、デュモンド嬢」
サンドリーヌがカップに口をつけたのを見計らって、あたしも飲む。熱い。でも旨い。
前世だとペットボトルだったし、安くても茶葉から淹れる紅茶は今世の方が美味しいのだけど、公爵家の紅茶は別格だった。
火傷を物ともせず、喉が欲しがってカップを傾けてしまう。
「あなたとロザモンド様が、それほど親しかった記憶はありませんわね。もしや、選挙について何か私や彼女の部屋に証拠がないか、探しに来られたとか」
紅茶を吹きそうになる。急いでカップを置く。カップとソーサーも絵柄からして、いかにも高級そうだったから。
「いえ、そのようなことは」
家探しか。そうすれば良かったな、という思いが頭を掠め、慌てて否定した。それは普通に犯罪だし、見つかれば退学ものだわ。
「あなたが、私やロザモンドの婚約者であるシャルル様とディディエに対して、常識を越えて親しくなさっていることは承知しておりますのよ。私達が、嫉妬からあなたの当選を妨害した、とお考えなのね」
合っているじゃん、サンドリーヌ。嫉妬っていうか、断罪回避な。
命かかっているなら、選挙妨害ぐらいするでしょ。あたしの攻略が成功したら、あんたほぼ死ぬからね。
「そうなのですか?」
どうにか言葉を返す。黙っていたら、悪役令嬢の推測を認めたことになってしまう。
「調べてもらうこと自体は構いませんが、散らかされるのも嫌ですし、その間、勉強できないのも嫌ですわ。第一、私もロザモンドもあなたの選挙を邪魔していませんもの。もし、あなたを当選させたくなかったら、私が立候補して、圧倒的な票差をつけますわ」
「そうなのよ。何で悪役令嬢が立候補しなかったのよ」
「デュモンド嬢?」
うっかり心の叫びが出てしまった。サンドリーヌはポカンとしている。彼女は転生者じゃないっぽい。
それならそれで、何で立候補しなかったのかは知りたい。
「失礼しました。サンドリーヌ様が候補者になられてもおかしくない、と言いたかっただけです」
「私もあなたと親しくないのですが‥‥。今回の選挙には既に弟が書記として立候補しており、私も生徒会本部に入ると、ヴェルマンドワ家で二役を占めてしまうことになるからですわ。生徒会長候補は私の婚約者ですし、敢えて私物化の謗りを受けたくなかったのです」
「それより、あなた。私を『悪役令嬢』と呼んだのは、二回目ですよ。日頃の行いを鑑みるに、あなたのなさっていることの方が、よほど悪役にふさわしいと思いますわ。そのように呼び名で私を貶めるのは、止めていただけます?」
しっかり聞こえているじゃないか。二回目? 覚えていないわ。ていうか、こうして対面したら、やっと悪役令嬢らしい感じになってきたじゃないの。
ふふん。ヒロインのシナリオ強制力発動か?
「気をつけます」
「では、今回はジュリーに送らせます。次回部屋へ忍び込もうとしているところを見つけたら、直接警備に連絡しますからね」
要は、帰れってことね。サンドリーヌに否定されたら、この次モブ子豚を捕まえても、何も吐かないだろうな。
今回はあたしの負けだ。悪役令嬢の巣へ乗り込むなんて、ヒロインらしからぬ行動をしたせいかも。
あたしはソファから立ち上がった。
「紅茶、美味しかったです。ごちそうさまでした」
ヒロインらしく礼を言って、侍女、ジュリーというらしい、の後についた。
「デュモンド嬢」
サンドリーヌの声に振り向く。薄い水色の瞳があたしの目をひた、と見据える。
「あなたは、この先も、婚約者のいる殿方と親しくお付き合いなさる、いいえ、はっきり言いますわ。ご自分が婚約者に成り代わって利益を得るため、シャルル様やディディエそのほかの殿方と懇ろになさるのですか? あなたのなさりようを見聞きする限り、恋で盲目になっているとも思えませんの」
あたしは混乱した。
もちろん、逆ハーが無理でも、攻略キャラの誰かと結婚するエンドを目指して行動するに決まっている。それが、この世界におけるあたしの役割だもの。
前世乙女ゲーオタとしてのあたしは、推しを愛でるよりも、完全攻略を目指すタイプだった。実際、転生した今でも、攻略キャラの誰かに恋愛感情を抱いたりはしなかった。
だから、逆ハーレムなんてことだって、目指せるのだ。誰かに恋しちゃったら、そんな器用なことはできないと思う。
そこは悪役令嬢の見方が当たっている。卒業後領地へ戻ったら、経済を立て直すとか色々できるけど、学園にいる今は他にすることもない。でも、ここでイエス、と答えたら、ヒロインじゃないよね。
あくまでも、相思相愛の相手に婚約者がいただけで、ヒロイン的には、略奪するつもりがなかった、という建前。婚約破棄するのは、相手の意思。
「いいえ。婚約者のいる殿方から求婚されようとは、考えておりません。家の将来のため、学園に在籍しているうちに、人脈を広げたいだけです」
「なるほど。これからも行動は変えない、ということですね」
何だろう。セリフと違うところで話をしている感じがする。サンドリーヌは転生者じゃないとしても、多分転生者のロザモンドを取り込んで、『ラブきゅん!』について聞かされている可能性はある。
後ろに見えるロタール語の恋愛小説も、ロザモンドから貰った本かもしれない。
これは悪役令嬢の宣戦布告なのか。クラスも違う、生徒会役員でもない悪役令嬢に何ができよう。
「領地の再建がかかっておりますので」
嘘ではない。我ながら、狡いと思う。
「‥‥そうですか」
サンドリーヌが別の言葉を言いかけたように感じたけど、それまでだった。
あたしは侍女に送られて、自分のフロアまで戻された。
副会長にはなれなかったけど、書記として、次年度の役員に引き継ぎをする義務はある。
来年の書記は、ディディエだ。それに、引き継ぎの場は生徒会室だから、次期会長のシャルルもいる。
今は持てる機会をフル活用して、ダイヤクエストで失った好感度を少しでも取り戻そう。
あたしは、引き継ぎ以上に頑張った。次期副会長のソランジュが、嫌な顔をしてあたしを見るようになるくらい。
彼女は『ヤンデレ!』の悪役令嬢で、本来あたしと絡む筈じゃなかった。
それが、一緒にいるうちに、落選したあたしの方がシャルルやディディエと親しくしているのがわかって、羨ましくなったんだろうな。
あたしの見た目がマリエルに似ているのも、気に入らないらしい。
「ニセモノ」「用済み」
時々あたしにだけ聞こえるように、嫌味な言葉を投げかけてくる。
あたしはダメージを全く受けなかった。『ヤンデレ!』登場キャラからしたら、確かにあたしは偽物ヒロインに見えるし、『ラブきゅん!』後の話だから、用済みには違いないもの。
キャラに思い入れがないタイプのゲーオタ気質が、こんなところで役に立つとは。
あたしがソランジュの口撃を痛くも痒くも思っていないことは、向こうも感じていて、余計に苛立っていた。
悪循環だわね。
現生徒会長のアルチュールや副会長のガスパル、会計のジョゼフィーヌは引き継ぎや卒業準備で忙しい合間を縫って、マリエルとそれぞれデートしていた。
あたしは『ヤンデレ!』プレイヤーとして、その辺の事情をわかっているから、暇潰しに覗いたり、逆に出くわさないよう調整したり、上手くやっていた。
うっかり見ちゃったのは、裏クエストの時ぐらいよね。
彼らも決定的な十八禁エロ場面を、一般キャラに目撃されるようなヘマはやらかしていない筈だけど、親密な仲だということは傍目にもわかる。
当然、ソランジュにも明らかで、こちらにもかなり苛立っていた。彼女の立場から見ると、現役員はマリエルと、新役員はあたしと仲が良くて、自分だけ仲間外れな気持ちになるのかな。
悪役令嬢じゃなくても、気分が萎える状況よ。ゲームのシナリオ強制力だから、仕方がないじゃない?
彼女に同情できるのは、あたしが別のゲームのヒロインだからかな。
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