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番外編一 ヒロインの奮闘

6 裏クエスト

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 誰もいない礼拝堂。

 あたしは会衆席を通り抜け、正面に掲げられたブーリ神像の真ん前で止まる。飾り柵で内陣と外陣に分けられている、そのギリギリのところへひざまずき、祈りの姿勢をとる。
 早く来い来い、チュートリアル司祭。ゲームと違って、硬い床に当たった膝が痛い。

 「熱心にお祈りなさっておられますね」

 来たー!

 「はい、司祭様。救いを求めて参りました」

 記憶を辿たどりながらセリフを言う。司祭にうながされて、会衆席の最前列に並んで腰掛ける。

 「差し支えなければ、私にお話しいただけますか」

 銀髪に青緑の瞳が優しくあたしを見つめる。攻略キャラじゃないのが不思議なくらいの美青年だわ。
 クレマン先生と同世代かな。見つめられるといつも落ち着かない気分になるのは、既視感デジャヴのせい?

 面倒臭かったのは、ゲームと違って、悩みの具体的なところを掘り下げて聞かれたところだった。
 ゲームだと、すぐに次へ行けたんだけどな。
 実際に悩み相談を受けるとなったら、そりゃあゲームのような定型のセリフだけでは終わらないよね。

 本当の悩みを打ち明けたら、この美形司祭はどんな反応をするだろう。
 異世界転生したゲームの主人公なのに、シナリオ通りに進みません、って。そんな誘惑に耐えつつ、周囲からいじめられて学園生活が大変だ、とシナリオに沿った話をした。

 実際はサンドリーヌが近くにいないせいで、いじめられてはいないのだけど。自分からシナリオを外れてお宝ゲットし損ねるのは嫌だ。

 「それは、辛いでしょうね」

 司祭は立ち上がって柵の内側へ入り、ブーリ神像の元へ進んだ。

 海水が凍った塊を牛が舐めたら神様が出てきた~という、あれだ。礼拝堂がある関係で一応ゲームにも説明はあるけど、基本、進行には関係ない。
 あたしも詳しいことは、この世界で教わった。

 像は、まさにブーリ神誕生の瞬間を形にしたもので、氷の塊から腕と頭が出ている。
 その腕の先が三重ぐらいの鎖で覆われていた。

 司祭は服の内側から鍵を取り出し、錠前を一つ一つ開けていく。鎖の下には、作りつけの小扉があった。
 金庫、である。解錠し、外扉と内扉を開けて、中身を取り出した。

 「ほおうっ」

 思わず声が漏れた。もちろん、何が入っているか、あたしは知っていた。
 でも、ゲーム画面越しに絵を見るのと、現物を見るのとは、まるっきり違う。

 本、である。正確には祈祷書きとうしょだった、と思う。
 金箔で覆われた外表紙の表側に、これでもかというぐらい、宝石を貼り付けてある。絵を宝石で色付けした上に、余白も宝石と金銀細工で埋め尽くしているのだ。

 礼拝堂に注ぐ柔らかな光にも、過剰なほど反射してきらめいていた。中でも目立つのは、青味を帯びた透明な宝石、ダイヤモンドだった。
 前世で婚約指輪に使われるよりも大きい粒が、びっちり敷き詰められている。

 「綺麗でしょう。こちらのブーリ神が霊験あらたかであるのは、祈祷書の力によるものとされております。また、このブルーダイヤと対になるピンクダイヤが、学園のどこかに眠っていて、それを見つけた生徒は幸せを掴む、という伝説があります」

 よしよしよし、クエスト発動してるわ。
 何で悩みを相談した生徒に秘宝を見せるのか、ちょっと強引なところが乙女ゲームっぽい。
 手っ取り早くこの本売れば金になるけど、買い手を見つける前に処刑されそうだからやめておこう。

 「私なども、悩んだ時にはここへ来て、祈りを捧げます。神が、これほど美しいものを大事に守っているように、私も学園の生徒たちを守るのが仕事、と基本に立ち返ります」

 司祭は先ほどと逆の手順で、本を仕舞い、会衆席へ戻ってきた。

 「あなたの悩みは、すぐに解決するのが難しい問題です。自分一人で抱え込むのも解決を遠ざけることになるでしょう。これからも、何か困ったことがあれば、小さなことと思わず、こちらへおいでください。私でできることは協力します。差し当たり、あなたを虐げる生徒についての調査を、学園の方へお願いしましょう」

 「い、いえいえいえ。証拠もないことですし、私が上手く対処すれば済むことですので」

 あたしは慌てて断った。下手に調べられると、あのモブ令嬢が手を回して、こっちが不利になるかもしれない。
 ゲームじゃ悩み解決なんか、どこかへ行ってしまっていた。

 「そうですか。無理しないでくださいね。伝説のピンクダイヤが、あなたのような生徒に見つけられることを祈ります。きっと、その瞳にも似合うでしょう」

 司祭、攻略キャラじゃないよ、ね。ん?


 あたしは礼拝堂を出た。次は、リュシアンを捕まえなきゃ。

 食事時に食堂へ行けば会えるのはわかっている。それだと、シャルルやディディエと一緒になってしまう。
 順番がクエスト達成の条件なら、個別に会わないと。面倒臭い。

 学年が違うと、授業の合間に会うのは難しい。放課後、リュシアンがよく行く場所で張り込みする。
 剣闘クラブの練習場。風紀委員会の仕事がなければ、こっちに来るはずだ。

 行ってみると、既に下級生が打ち合っていて、見学か応援か、武器を持たずに周りで見ている生徒もぼちぼちいた。
 リュシアンは騎士団長の息子で実力も折り紙付きだ。みんなに見つかる前に捕まえないと、二人きりになれない。

 単独でリュシアンルートを攻めていれば、今の時期は、勝手に向こうから二人きりになろうとしてくるんだけどな。この間の狩猟実習といい、好感度下がってきているような気がして、心配だわ。このクエストでも好感度下げるのに。

 「ああ。珍しいな、アメリ嬢。剣闘クラブに入部希望?」

 視界の端に赤い髪を見つけて走り寄ると、リュシアンに驚かれた。

 「いいえ、違います。ちょっとお聞きしたいことがあって、少しお時間いただけますか」
 「わかった。その辺でいい?」

 建物の陰に移動する。やっぱり、好感度微妙な数値っぽい。もう、手っ取り早く用を済ませよう。

 「アルトワ家のドラゴン退治伝説について、教えてください」
 「あああ、あれね」

 好感度の下がる効果音が鳴った。幻聴だ。でも、確実に下がっている。
 あたしは当然、内容わかっているから、聞く必要ないんだけど、聞かないと次に行けない。

 「先祖がドラゴン退治のお礼に青とピンクのダイヤをもらったっていう、あれだろ? 本当は、熊だったんだ。頭蓋骨が残っている。大きいことは大きかったみたいだがな」

 「領地を荒らされていた住民には、感謝されたでしょうね」

 セリフ、セリフ。

 「それは、そうだな。随分大きなダイヤモンドを二つもくれたぐらいだから。王家に進呈して、家には残っていないが」

 よし、用は済んだ。次行こう。

 「ありがとうございました。リュシアン様」
 「え、もういいのか?」
 「はい」

 ゲームでは、ここいら辺で、リュシアンの好感度回復チャンスもあったのになあ。

 現実には、攻略キャラを探して移動するにも時間がかかる。どのくらいイチャイチャしたら失われた好感度を取り戻せるのか不明だし、今からシャルルを捕まえるなら、急ぐ必要がある。
 ほんと、面倒臭いわ。


 サンドリーヌの邪魔が入らない時間帯と言えば、食堂だ。
 悪役令嬢は、どういう訳か入学以来、ほとんど食堂で食べていない。悪役令嬢が王子との間に立って邪魔をしてくれれば、それはそれでヒロイン的にはおいしいけど、今は目的が違う。

 少々早目ではあるが、夕食の時間帯。食堂はまばらで、見知った顔もない。とそこへ、賑やかな声が近付いてきたかと思うと、思った通り、シャルルだった。

 ディディエも一緒だ。ただ二人とも、それぞれの取り巻きに囲まれている。二人一緒に来る気遣いはなさそう。

 と、反対側からバスチアンが来た。王子の近侍で、一学年上のクラスにいる。うわ。また面倒臭い奴が。
 クエスト時の扱いはどうだったっけ? 名前はついていても脇役だから、あまり印象にない。と言うことは、いてもいなくても、王子から話が聞ければ問題ないのでは?

 いっそのこと、呼び出し手伝ってもらおうか。
 問題は、バスチアンはあたしのこと、嫌いなんだよね。

 婚約者でもないのにシャルルに近付き過ぎるって、面と向かって言われたこともある。おまけに、彼の婚約者のドリアーヌは、悪役令嬢の取り巻きだし。
 迷ううちに、バスチアンと目が合ってしまったよ。

 「ごきげんよう、デュモンド嬢」

 反射で挨拶された感じ。乗っかることにする。

 「バスチアン様、殿下に確認したいことがございまして、夕食前に少しの間だけ、人目を避けてお時間をお借りしたいのですが。もちろん、バスチアン様はご一緒で構いません」

 案の定、うっすらと嫌な顔をされた。あからさまに表情に出さないのは、貴族のたしなみである。

 「では、食堂を出たところで待ちなさい」

 おっと、意外にも素直に受け入れてくれたわ。もしかしたらバスチアンは、王子の取り巻きも嫌いなのかも。
 令嬢たちは、あたしから見ても、図々しいって思うことあるものね。
 さっきも、きゃあきゃあいう声が耳障りだったし。それとも、クエスト発生で、ヒロイン効果が発揮された?

 言われた通り、食堂の外で待っていると、シャルルが連れてこられた。

 王子はあたしに気付いて、嬉しそうな顔をする。後ろでバスチアンが渋面を作る。心配いらないよ、バスチアン。これから好感度下げるから。

 「聞きたいこととは、何だ?」

 人を避けて、庭園の植栽まで出ていた。エメラルド色の瞳をキラキラさせて尋ねる王子に、これからすることを考えると口にする前から気分が滅入る。

 「王家に伝わる宝、一対のダイヤモンドについてお聞きしたいのです」

 たちまち落胆する王子。これで話が進むのだ、好感度と引き換えに。

 「もしかして、ブルーダイヤモンドとピンクダイヤモンドのことか。あれならもうないぞ。昔、国が災厄に見舞われた際、研磨してブーリ神に捧げてしまったからな。研磨職人をヴェルマンドワ家から紹介してもらった関係で、かの家で破片を所有している、と言う話を聞いたことがある。ディディエに聞いたらどうだ?」

 「はい。貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました」

 シナリオ通りとはいえ、少々悲しい。頑張ってコツコツと貯めた好感度が、あっさりと消えていく。
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