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番外編一 ヒロインの奮闘

5 攻略キャラからの助言

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 と言っても、あたしも気長に待っていられる心境じゃなかった。
 その後もクラスで地道に好感度を上げていったけど、リュシアンと接触する機会がほぼなくて、年末年始のパーティでも、攻略キャラは通りいっぺんしか踊ってくれなかったのよ。ドレスもくれなかったし!

 しょうがないから、去年シャルルにもらったドレスを今年風にリメイクしたわよ。幸い、仕立屋からの慰謝料込みの返金が残っていたからね。

 しかも、ロザモンドはパーティ欠席するし。
 同じ寮に住んでいるから会えるかと思いきや、意外と会えなくて、イベントなら逃げられないと踏んでいたのに、風邪をひくなんて!
 あたしなら、無理してでも出席するわ。

 年明けには、また生徒会選挙イベントがある。あたしはサンドリーヌとの選挙を制し、生徒会副会長になって、会長のシャルル、書記のディディエと一日中イチャコラして、悪役令嬢が断罪されるのを待つんだから。

 ロザモンドがどんな手を使ってくるか知らないけど、あたしと直接対決するのはサンドリーヌ。悪役令嬢が邪魔をすればするほど、あたしの好感度が上がる。望むところだわ。

 ところがところが、よ。
 サンドリーヌ出てきやしない。は?

 代わりに来たのは、マリエル=シャティヨンとソランジュ=ラルミナだった。
 どっちも『ヤンデレ!』じゃないの。ちょっと待て。思い出すから。

 『ヤンデレ!』は、攻略期間が一年間だった。マリエルはヒロインでしょ、それでソランジュは‥‥悪役令嬢だったわ!
 こっちとシナリオで絡まないから、全然視界に入っていなかった。

 きっとシナリオ通り、マリエルをいじめていたのね。選挙イベントは、どうだったっけ?
 うん、思い出した。
 副会長じゃなくて、会計か書記で争った気がする。何で、あたしと候補が被るのよ。

 そう言えば、『ラブきゅん!』では、会計はエマ=デュポンだったのに、実際はドリアーヌ=シャトノワが候補になっている。
 うえええ、ヒロインの親友どころか、悪役令嬢の取り巻きじゃないか。シナリオバグってるって。

 ロザモンドが何か仕掛けたのか。絶対に、一枚噛んでいるよね。

 いいわ。お茶会に招待しよう。
 候補者は、自分の主張を広めるための公的活動として、お茶会を開催できるのよ。何故か男子生徒は、あんまりやらないんだよね。

 しかーし、先立つものは金。あうっ。ドレス仕立てるのに、使っちゃったわよ。
 ゲームじゃ気にせずサクサク進めていたけど、貴族ってどうしてこうも金かかるのかしら。
 とりあえず、ダメもとで同じ候補者のシャルルとディディエに頼んでみる。

 「いいだろう。私の名前を使わないのなら」
 「僕、お茶会開かないから、平気です」

 ヒロインに転生して良かった!
 二人とも、まさかの快諾かいだく。候補者同士で互選はできない規則だから、名前を出さないのは当然だ。金だけくれればいい、金だけ。
 とまあ、実質的後援者になってくれたお陰で、派手にお茶会を開くことができたわ。


 そして、仕掛けた罠に素直にハマる子豚ちゃん‥‥じゃなくて、ロザモンド。

 この世界には、ジャガイモがない。代わりに里芋っぽい芋を薄くスライスして揚げたサトイモチップスを山盛り積み上げたのだ。
 見慣れない上に塩味だから、あまり人が寄り付かない。テーブルの飾りだと思っているかも。

 でも前世日本人なら、ポテトチップスの誘惑に勝てるはずがない。だって、あたしがポテチ食べたくてしょうがないんだもの。

 「来てくれたのね、嬉しい」

 一人で食べまくるロザモンドに話しかけると、満面の笑みを返された。いつも、あたしが大好き、というオーラを出してくるんだよね。ちょっと良心が痛むわ。

 「あのね、あなたとサンドリーヌ、様って転生者?」

 ピキ、と何かがひび割れる音。ロザモンドが視線を落とす。それから、

 「てんせい、しゃって、何ですか? ごめんなさい。まだメロ語が不十分みたいで」

 と返しやがった。見たところ、動揺よりも戸惑いの表情。
 だし巻きの件で警戒して対策立てて来たかな?
 ここから追求してやる、と口を開きかけた時、耳に誰かの声が飛び込んできた。

 「あら、リュシアン様よ」
 「まあ、ほんとだわ」

 そしてロザモンドの方には、ナタリー=クルタヴェルが近付きつつあった。
 チッ。
 転生者の話を他に知られると面倒だわ。ひとまず追求は諦めるか。

 「あっごめんね。外国から来たんだっけ。難しいこと聞いちゃった。気にしないでいいよ。たくさん食べてね」

 にっこり微笑んで、背後を探したけど、リュシアンの姿は見えなかった。その辺にたむろする令嬢に聞き込む。

 「ええ。確かに先ほどお見かけしましたわ」
 「あちらの方へ行かれたと思います」

 挨拶を交わしながら、リュシアンを探す。
 もちろんあたしは、招待状を送ったのだけど、風紀委員長だから、という理由で欠席の返事が来ていた。
 立場上出席できないけど、本当は心配で、見に来てくれたのね。

 ゲームでも、庭で話すシーンがあったわ。このことか?
 リュシアンにはもう、好感度を上げる機会があまり残っていない。何とかして会わないと。

 リュシアンを、会場の外れで捕まえた。振り向いた赤い瞳が、あたしを認めて和らぐのを見て安心する。
 まだ一定の好感度はキープできている感触。

 「リュシアン様、来てくださってありがとうございます」
 「風紀委員長だから、顔を出しただけだよ」

 と言いつつ、向き直ってくれる。ゲームでの台詞は何だったっけ。

 「それでも、リュシアン様のお顔を拝見できて、ほっとしました。近頃、気疲れすることも多いので」
 「大変だろうが、志を持って立候補したのだから、耐えて乗り越えてくれ」

 手でも握ってくれるかと腕を前に出してみたが、そんなことはなかった。うむむ、スチルではどうなっていたかな。それより、リュシアンの顔がちょっと憂いを帯びている気がするんだけど。

 「ところで、立ち入ったことを聞くが、この茶会の費用はどこから出ている?」
 「え、それは‥‥応援してくれる人たちから」

 「友人として忠告するが、それは恐らくグレーゾーンだ。いつでも返金できるよう、資金を用意しておくといい」
 「え‥‥でも」

 何で、と尋ねる前に、リュシアンは植え込みの向こうへ姿を消してしまった。


 心当たりは、ない。イベントを思い出してみても、選挙でやらかしてくれるのは悪役令嬢の方だ。
 ただ、今回サンドリーヌは出馬しない。ロザモンドが何かしら手を回している可能性は高いな。

 あの後、お茶会の主役としてあちこち引き止められて、結局子豚ちゃん、じゃなくて彼女と近しく話す時間を取れなかった。

 生徒会規則を読み直しても、明らかに違反しているようなことは、見当たらない。
 でも、グレーゾーンと言っていたわね。わざわざ攻略キャラが警告してくれたのだ。

 金を用意しよう。とはいえ、あたしの場合、実家に頼れない。家財か不動産を処分しないと、そんな余分な金は出てこない。

 ここで、前世のやり込み経験が生きるのよ。

 『ラブきゅん!』には、ガチ勢向けお楽しみみたいな裏クエストがあった。上手くいけば、お宝が手に入って、換金すれば大金になる。

 ただし、攻略キャラの好感度を消費して進める形となる。攻略失敗のバッドエンドになってしまうことが多い。
 本末転倒だわね。

 だからゲーム的には、やり込み終わった後のお遊び、みたいな扱いだったんだ。
 今のあたしが、手っ取り早く確実に金を稼ぐには、もう、これしかないでしょ。

 早速、お宝へ続く扉の鍵をゲットするべく、庭師の小屋へ向かう。
 鍵がかかっている。扉に張り紙がある。

 『都合により、当面の間、留守にします』

 おーい、そりゃないでしょ。もしやどこぞに隙間でもないかと探してみても、小屋の割にはガッチリ堅牢けんろうな造りだったりする。辺りを見回す。人気はない。

 窓から覗く。暗くて見えん。壁に鍵がぶら下がっているはずなんだけどな。
 やっちゃう? 手頃な石、落ちていないかしら。あ、あれ良さそう。

 「あら、デュモンド嬢ではありませんの?」

 時が時だけにギョッとした。視界に濃い金髪の縦ロールが入ってくる。
 サンドリーヌだ。しかも、隣には仏頂面のシャルル王子までいる。こんな人気のない場所まで来て何やっているんだ?

 「このような人気のない場所に一人で来て、何をしている?」

 あ、お互い様ですね。まさかシャルルがお宝を狙うとも思えないから、悪役令嬢に連れて来られたのかしらね。

 「そこの石を拾おうとなさったように見受けられます。庭師の仕事を頼まれたのではありませんか?」

 「彼は今、学園長に頼まれた仕事で留守にしている。小屋には鍵がかかっていて入れないはずだ」

 まずい。鍵壊して侵入したら、絶対バレる。

 「あはは。転びそうになったので、おかしな格好に見えたのでしょう。お恥ずかしいところを見られました。散策に足を伸ばしましたが、ちょうど戻るところです。お邪魔しました。失礼します」

 とりあえず逃げた。十分遠ざかってから、気付く。折角シャルルと遭遇したのに、好感度上げるチャンス逃した!
 王子、ただでさえ機嫌悪そうだったのに。あたし、それだけ動揺してたってことだわ。

 それにしても、あんな場所で悪役令嬢と出くわすとは。
 ロザモンドが入れ知恵したとしたら、前世で逆ハーレムルートを達成した、あたしと同じガチ勢ってことになる。油断がならない。

 だからって、王子が庭師の小屋を開けられないよね。ここは、正しい手順を踏んだ方が早いのかも。

 面倒臭いけど、あたしは礼拝堂へ行くことにした。
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