上 下
61 / 74
番外編一 ヒロインの奮闘

4 ハンバーグに出汁巻き玉子

しおりを挟む
 こ、これは。
 あたしは鎧の下で冷や汗を流した。

 イーゴリにすり替えを気づかれた?
 違う。それなら、控室で交換すればいいだけだ。誰かが、エドモン先生にんだ。一体誰が。

 考えているうちに、試合が始まってしまった。
 あたしは強い。入学試験で首席を取ったし、その後も成績をキープしている。
 ヒロイン特権と、転生の知識があるから。

 でも、イーゴリも強かった。『ヤンデレ!』攻略キャラだもの。生徒会長のアルチュールと二強の主要キャラ扱いだった。

 ゲーム上ではあっさり決まった勝敗が、なかなかつかない。イーゴリ結構本気できている。もしかして、模擬剣に戻してもらって、よかったんじゃないか。

 現実では、肉体疲労という要素が入ってくる。ヒロイン無双と言っても人間だから、永遠には戦えないよね。

 集中力が途切れがちになる。どうしても、さっきの光景が気になる。
 視界を黒い物が横切った。急に明るくなった。

 「‥‥まぎらわしい」

 は?
 もしかして、マリエルと間違えていないよね。あなた方、同じチームでしょ。

 歓声と、かぶとの落ちる音が重なった。あたしは兜を脱がされ、勝負に負けたのだった。
 でも試合的には、頭部攻撃が反則ということで、勝った。リュシアンが飛び出してきて、色々介抱してくれたけど、あんまり嬉しくなかった。あああ~損した気分。


 そう、やっぱりこの親睦武道会からだったわ。イベントがことごとく失敗し始めたのは。

 入学時からサンドリーヌが違うクラスになった、というバグはあっても、二年目の武道会以前は、それなりにイベントが成立していたもの。

 その場でシナリオ通りにならなくても、後で同じ結果になるような補正が入るとか。
 例えば、オリエンテーリングでクッキーを一緒に食べられなくても、後で食べてもらえたり、理由は違ってもドレスをプレゼントされたり。

 でも、このイベントからは、そういう救済措置がなくなってきたのよ。
 あの剣術試合で、あたしの鎧が細工されていたことも、リュシアンにバレた。
 彼は風紀委員長として随分と調べていたのに、結局犯人はうやむやになっていた。

 さすがに、ヒロインのあたしが自分でやったことは、ばれなかったみたいだけど。何てったって、ヒロインだものね。
 でも、サンドリーヌやロザモンドも取り調べに呼ばれていたから、どっちかが犯人になるだろうと期待していたのに、がっかりだわ。

 ロザモンドはロタリンギアの貴族だけど、ディディエの婚約者。二人とも、ヴェルマンドワ家の権力で助けてもらったのかな?

 そうだとしたら、卒業パーティの時、一挙に断罪される可能性はあるわね。
 うん。まだ攻略を諦めるには、早い。


 何となくだけど、その後リュシアンが冷たい気がするんだよね。食堂で会った時の雰囲気とか。
 シャルルやディディエ、クレマン先生は変わらないんだけど、彼は攻略対象の中では素直なキャラだから、この変化は気になる。

 生徒会長とかから情報を得ようにも、彼らはマリエルとのあんなこんなで忙しくて、なかなか話せない。
 生で見ると、十八禁エグいわ。スチルとかアニメなら平気なんだけどなあ。リアルは普通にAVだからね。

 マリエルも隠しキャラのエドモン先生以外の全員と交渉持っているのは、転生者だからかな。
 エドモン先生は覗きが趣味だから、ルートが開放されていても、両思いに持っていくのは難関なのよね。

 彼女が転生者でも、『ラブきゅん!』クリアには関係ない。身バレの危険を冒してまで、確かめに行くつもりはない。
 待て。どうして今まで思いつかなかったのか。

 あたしが転生者で、マリエルも転生者かもしれないなら、どうして他に転生者がいないと言い切れる?

 もし悪役令嬢が転生者だったなら。イベント成立を邪魔するのは当然だ。だって、あたしが誰を攻略しても、サンドリーヌほぼ死ぬもの。

 シャルルを攻略したら処刑、ディディエを攻略したら国外追放、リュシアンを攻略したら彼に殺されるし、クレマン先生を攻略したら服毒死で、逆ハー達成なら牢獄死。

 ちなみに、シャルルルートに入って攻略を失敗しても強盗に殺される。
 運営は、悪役令嬢の死に様にひどく力入れたものだわ。

 入学二年目にして、やっとその可能性に気付くなんて、乙女ゲーオタの名が泣く。

 サンドリーヌが転生者と仮定しても、に落ちない部分はあるのよね。
 入学した年は、イベント回避のためにわざとクラスを別にしたとして、あんまり効果がないってわかった筈なのに、今年もクラス違うし。
 そして、親睦武道会から急にフラグ折りが成功し始めた。ううむ、スッキリしない。


 狩猟実習イベントが来た。
 ゲームでは表示されなかったけど、去年オリエンテーリングで痛い目を見たから、気合を入れて弁当作ってみた。

 シナリオ外でも、弁当を交換すれば好感度も上がる筈。
 寮の調理室を借りると、他の生徒達もいて、授業みたいになっていた。それはそれで楽しい。あたしはそれどころじゃないけど。
 実は、前世でも今世でも料理が苦手だったりする。

 サンドリーヌは調理室にいなかった。弁当を偵察したかったのに、残念。

 狩猟実習イベントは、またも失敗してしまった。
 本当なら、攻略対象と撃ち落とした獲物を取り合ったり譲り合ったり、イチャイチャする筈が、普通にあたしが勘違い女になってしまった。

 相手がリュシアンだったのがまずかったのかしら。絶対好感度下がっているよね。
 しかも、クレマン先生まで出てきて、減点されるとは。攻略抜きにしても、成績下がるのは困る。卒業後の進路が狭まってしまう。

 ゲーム設定通り、あたしの生家デュモンド男爵家は、没落真っ最中。
 前世の記憶を取り戻したあたしが、チート知識をフル活用して、どうにか立て直しつつあるのだ。

 攻略が成功するに越したことはないけど、首席で入学したんだもの、ヒロインとして、そのまま成績をキープしたいじゃないか。
 王子と結婚するにも、有利だし。

 あたしの落ち込みようを見て気が咎めたみたいで、リュシアンが昼食を一緒に取ろうと誘ってくれた。
 元々まっすぐなキャラなんだよね。サンドリーヌみたいな悪役令嬢とも仲良くできるくらいだし。
 とにかく、これは一回折れたイベントフラグ回収のチャンスだわ。

 意気込んでついていくと、シャルルやディディエも一緒だった。やったね。サンドリーヌもいた。チッ。

 「よかったら、お弁当のおかずを交換しませんか?」
 「私はサンディと交換する」

 「あー俺。私も婚約者が作ってくれた弁当なので」
 「ごめんね、僕も可愛いロザモンドが一生懸命作ってくれたお弁当をもらっているから、交換はできないな」

 ぐぬぬ。揃って拒否しやがった。サンドリーヌが悪役令嬢らしく、無表情であたしを見ている。ヒロインが登場して面白くないのよね。
 でも、実際のサンドリーヌは、王子の前で意地悪するほどには馬鹿じゃないみたい。転生者? それも分からない。

 「まあ、皆さん婚約者を大事になさって素敵ですわ。どんなお弁当か、見せてくださる?」

 敢えて笑顔を大袈裟にして褒め称える。攻略対象は年頃の男子生徒。いそいそと弁当を広げてみせた。

 むうう。皆、美味しそうだ。本当に自分で作ったのか? フロランス作の弁当は、彩りまで考えてある。
 あたしも頑張ったけど、シナリオ外のことについては、ヒロイン特権働かないみたい。作り慣れてないって、見る人が見ればわかる。
 シャルル作の弁当が、あたしに近いかな。王子が本当に作っているなら、攻略抜きで食べてみたい。

 「サンドリーヌ様、そのひき肉を固めた料理は何と言いますの?」

 悪役令嬢作の弁当は、肉一色だった。多分、王子が野菜嫌いで、彩りを諦めている。
 真ん中にある品は、どう見てもハンバーグだった。メロデウェルでハンバーグは見たことない。
 動悸が静まるよう念じながら、何気なさを装って聞く。転生者の尻尾を掴んだかも。

 「ああ。これは、フリカデールとかいう、ロタリンギア料理ですわ」

 サンドリーヌはよどみなく答えた。動揺のカケラもない。

 あたしはロタリンギア料理なぞ知らないけど、王子やディディエの前で嘘は言うまい。空振りか、と視線を外した時、今度こそ目が釘付けになった。

 「ディディエ様、その卵焼き」

 どう見ても、だし巻きだった。両端を包丁で切って整えてあるあたりまで。美しさと懐かしさで、そこだけ光って見えさえする。

 「たまごやき‥‥あ、これオムレツなのか。綺麗な形だなあ。姉様、これもロタリンギア風なのかな?」

 無邪気に問うディディエ。あたしはサンドリーヌを注視する。

 「どうかしら。ラインフェルデン家は王室と縁が深いから、そちらに伝わる作り方なのかもしれないわ」

 戸惑った表情だった。少なくとも、一般的なロタリンギア料理じゃないってことだ。うう、味見したい。食べたら、日本のだし巻きかどうか、あたしにはわかる。

 「もう食べていいだろ。空腹でたまらん」

 リュシアンが言うなり、自分の弁当にフォークを突っ込んだ。
 それを合図に、シャルルもディディエも食べ始めたので、あたしはだし巻きをくれ、と言えなかった。

 ふざけたふりをして、横から奪ってしまおうか。でも一切れしか入っていない。
 一口だけ食べて返すのは、今、この状況下だと、いくら乙女ゲームでもまずいよねえ。

 で、結局味はわからなかった。

 実習後の夕食で、ロザモンドを見かけて呼び寄せた。子豚、いや、子犬のような目をして嬉しげに食卓へ着く彼女。
 これも見ようによっては、あたしがゲームのヒロインだと知って憧れている、とも言える。

 あたしは確かに学園の中でも美人でしかも可愛い部類に入るし、二年目にして生徒会本部に入っている有名人だし、普通に好意を持たれても不思議はない。
 自分で言ってて恥ずかしいな。

 ディディエが弁当の話題を持ち出したところで、あたしもだし巻き卵について質問してみたわ。
 ロザモンドは、食べ物を喉に詰まらせそうになって、慌てて水を飲んだ。

 怪しい。

 ロタリンギアの実家では、普通にあの形で出てきたそうだけど、あたしの勘は、この娘が前世日本人だって告げていた。
 去年まではサクサク攻略が進んでいたのに、今年になって、急にフラグが折れまくるようになった理由。

 この幼女がノブリージュ学園に留学してきたからだ。モブのくせに生意気な。攻略対象の婚約者だから、断罪されると心配したのか?

 『ラブきゅん!』では登場していないキャラだし、『ヤンデレ!』ではシナリオに関係ないから、確かに彼女の将来は未知数だ。
 ヒロインのあたしでも、何の保証もできない。とにかく、邪魔はされたくないのよ。

 このままガンガン追求したかったけど、この場では無理だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

双子の転生者は平和を目指す

弥刀咲 夕子
ファンタジー
婚約を破棄され処刑される悪役令嬢と王子に見初められ刺殺されるヒロインの二人とも知らない二人の秘密─── 三話で終わります

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

【完結】数十分後に婚約破棄&冤罪を食らうっぽいので、野次馬と手を組んでみた

月白ヤトヒコ
ファンタジー
「レシウス伯爵令嬢ディアンヌ! 今ここで、貴様との婚約を破棄するっ!?」  高らかに宣言する声が、辺りに響き渡った。  この婚約破棄は数十分前に知ったこと。  きっと、『衆人環視の前で婚約破棄する俺、かっこいい!』とでも思っているんでしょうね。キモっ! 「婚約破棄、了承致しました。つきましては、理由をお伺いしても?」  だからわたくしは、すぐそこで知り合った野次馬と手を組むことにした。 「ふっ、知れたこと! 貴様は、わたしの愛するこの可憐な」 「よっ、まさかの自分からの不貞の告白!」 「憎いねこの色男!」  ドヤ顔して、なんぞ花畑なことを言い掛けた言葉が、飛んで来た核心的な野次に遮られる。 「婚約者を蔑ろにして育てた不誠実な真実の愛!」 「女泣かせたぁこのことだね!」 「そして、婚約者がいる男に擦り寄るか弱い女!」 「か弱いだぁ? 図太ぇ神経した厚顔女の間違いじゃぁねぇのかい!」  さあ、存分に野次ってもらうから覚悟して頂きますわ。 設定はふわっと。 『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』と、ちょっと繋りあり。『腐ったお姉様~』を読んでなくても大丈夫です。

【完結】イケメンのギルド長に、ハニートラップを仕掛けてみた

古井重箱
BL
【あらすじ】流浪の民アリーズは、人のスキルを盗むことができる。ある晩、異能を買われ、アリーズは謎の男ヌルと契約する。「冒険者ギルドの長、ジェラルドを無力化していただきたい」アリーズは任務のためにジェラルドと接するうちに、彼の人柄に惹かれていく──【注記】優しさと野心を備えたスパダリ攻×薄幸だけどたくましい美人受。アルファポリス、ムーンライトノベルズ、pixiv、自サイトに掲載

モラハラ王子の真実を知った時

こことっと
恋愛
私……レーネが事故で両親を亡くしたのは8歳の頃。 父母と仲良しだった国王夫婦は、私を娘として迎えると約束し、そして息子マルクル王太子殿下の妻としてくださいました。 王宮に出入りする多くの方々が愛情を与えて下さいます。 王宮に出入りする多くの幸せを与えて下さいます。 いえ……幸せでした。 王太子マルクル様はこうおっしゃったのです。 「実は、何時までも幼稚で愚かな子供のままの貴方は正室に相応しくないと、側室にするべきではないかと言う話があがっているのです。 理解……できますよね?」

田舎娘をバカにした令嬢の末路

冬吹せいら
恋愛
オーロラ・レンジ―は、小国の産まれでありながらも、名門バッテンデン学園に、首席で合格した。 それを不快に思った、令嬢のディアナ・カルホーンは、オーロラが試験官を買収したと嘘をつく。 ――あんな田舎娘に、私が負けるわけないじゃない。 田舎娘をバカにした令嬢の末路は……。

ある愛の詩

明石 はるか
恋愛
彼と彼女と、私の物語

比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

樹 ゆき
BL
「この地味な男が神子だと?」 大学帰りにコンビニのドアをくぐったはずの早川 風真は、真っ白な部屋で三人の男に囲まれていた。 横暴な王子と、女好きの騎士、穏やかな神父。 そこは姉がプレイしていた、とんでもない育成型BLゲーム『サフィール王国の贄神子』の世界だった。 溺愛エンドはあるものの、殆どが執着かメリバエンド。バッドエンドは三人の玩具になる、そんな世界だ。 それに、たった一人の家族、姉にはもう会えない。そのはずが……。 「その声っ、風真!?」 「えっ!? 姉ちゃん!?」 クエストクリア報酬は、まさかの姉との通話だった。 定期的に発生する魔物討伐イベントをクリアしつつ、姉のアドバイスでバッドエンド回避を目指す。 「姉ちゃん……なんか、ゲームと違ってきた……」 徐々にズレていく世界。 多発する年齢指定のイベントが、甘いものに変わっていく。 友情エンドも目指せるかも? 淡い期待を抱く風真の行き着く先は――。 ※今作は、複数人との交際エンドはありません。

処理中です...