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第三章 卒業生

21 卒業

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 卒業式。

 今日は学園長や理事はもちろん、国王や騎士団長も列席するおごそかな場である。
 卒業生は、成績順に名前を呼ばれ、保護者も見守る中、卒業証書を受け取る。

 全員に順位がつくのである。誰かが一位なら、誰かは最下位にならなければ収まらない。
 それでも、高位の貴族が下位になると、やはり恥ずかしいようである。それも、本人より親の方が。

 答辞はシャルル王子が読んだ。総代である。

 アメリの姿はない。卒業間近だったにも関わらず、彼女には退学という重い処分が下された。
 これで彼女は、メロデウェルの貴族として社交界にデビューすることも、貴族としてのまともな職に就くこともできなくなった。

 彼女は未だ身柄を拘束されている。一国民としての取り調べはまだ続いており、国で定めた刑罰が決まるのはこれからである。

 既に生家のデュモンド男爵家は、彼女の除籍を申請した。
 弟がおり、家の責任を問われなければ、家名の存続には差し支えない。
 だが、ゲームシナリオ的にも、アメリが家の財政を立て直す流れだった。彼女を切り捨てて将来が開けるか、と悲観的に思う。

 エマニュエル=ノアイユは、無期限の停学処分となった。彼の影響力を考慮すると、甘過ぎるように感じる。

 彼が実際に犯した罪は、女装して女子寮へ侵入したことと、盗品と知りながら本を隠し持っていたこと、刃物をすり替えたことだけだった。
 ドレスを破いた訳でも、本を盗んだ訳でもなく、本物の槍や矢で他の生徒を攻撃した訳でもない。

 それも、アメリに頼まれたからである。共犯者というよりも従犯である。
 彼もまた拘束されている。一生拘禁し続けるのは、法的に難しいだろう。停学処分も同様である。

 恐らく、モーリス=デマレが卒業し、エドモン先生やステファノ司祭が異動した後であれば、エマニュエルが復学しても問題は起きないのではないか。
 つまり、彼を主人公とした乙女ゲームが終了した状態にエマニュエルを置けば、影響力が失われるか、あっても行使できないと考えられる。

 マリエル=シャティヨンが婚約後、平穏無事に学園生活を送った例があるのだ。
 彼女の場合と同様、一年経過した時点でBLゲームが終わるのが望ましいが、こればかりはこの世界の住人が決められない。

 高位貴族に好かれるエマニュエルが、あと二年も拘束されるとは思えない。
 彼はアメリと違って、攻略に消極的だった。攻略という意識も持っていなかったろう。
 だから、ゲームの終了を望むのは、彼のためでもある。

 そのエマニュエルには、ステファノ司祭から宗教上の慰めを与えたい、という口実で、面会が度々たびたび申し込まれたという。
 全て、却下された。

 罪人にも面会の権利はある。本人が拒否したか、あるいはクロヴィスの配慮が功を奏したかは不明である。


 「サンドリ~ヌ。三年間頑張ったな。父は嬉しいぞ」

 卒業式の後、自邸へ戻ると、父上にハグされんばかりに褒められた。
 ヴェルマンドワ宰相は、留守居役を務めるため、卒業式には出席できなかったのだ。

 「ディディエは次席でした。首席はシャルル王子です」

 代わりに出席した兄が、几帳面きちょうめんに報告する。兄が家にいるのを見たのは、いつぶりだろう。卒業式に出てくれるとも思っていなかった。
 だが私だけでなく、ディディエがいるのだった。兄は、出来の良い弟を可愛がっている。

 「ディディエは他の生徒より年下なのに、これほどの成績を残したのよ。殿下が総代なのは当然ですから、実質一位と言ってもいいわ」

 母上も今日は興奮気味である。三年にも及ぶ寮生活を終えて、可愛い息子が家に戻ってきたのだ。

 「姉様は、誰よりも勉強に励んでいました。そんな姉様と一緒に学べることが嬉しくて、三年間頑張れました。姉様ありがとう」

 ディディエがハグしてくる。
 弟が二番で、ドリアーヌが三番、私はその次に名前を呼ばれていた。

 試験の点数が急上昇した覚えもなく、代表委員長としての仕事や、お茶会に出席したり自分でも開いたりした分が上乗せされたにしても、実力より高すぎる評価に思えた。

 二年間、下位クラスに在籍していた身である。それも、今年上位クラスへ入るに当たり、裏から手を回したことも覚えている。
 弟が既に次席を取っているのだ。ヴェルマンドワ家の威勢に配慮したとも思えない。

 王子の婚約者だからだろうか。
 もし、将来忖度そんたくした、と名乗り出る者がいたら、さりげなく閑職かんしょくに追い込んでやろう。
 チートには懲り懲りである。

 「そうそう。サンドリーヌは四番目でした。頑張ったな」

 兄が付け加えたので、思わず顔を見た。普段と変わらない平静な表情だ。

 「下から?」

 母上が尋ねた。何気に失礼な。
 だが、入学前のイメージなら、それでもマシになったと判断されるだろう。

 「上からです。シャトノワ公爵令嬢の次に呼ばれました」

 生真面目に兄が答えた。

 『ラブきゅん! ノブリージュ学園』のシナリオ上、私はほとんどのルートで断罪される。だからこの成績が、元々のシナリオと異なることは確実だ。

 この世界がゲーム設定とそっくりだったとして、全ての事象がゲームに取り込まれている訳ではない。
 従って、世界を動かす原理はシナリオだけではないのである。


 エマは、卒業後すぐにクレマン先生と結婚した。
 先生は相変わらず、ノブリージュ学園で教師を続けている。
 ドリアーヌとバスチアンも、同じく結婚した。
 バスチアンは、そのままシャルル王子の側近として仕えている。

 クロヴィスは、王都騎士団へ入団した。事件解決の功績が広まり、将来を嘱望しょくぼうされている。
 縁談が次々舞い込んでいるのに、職務を覚えるのが最優先、と見向きもしないとか。

 リュシアンとフロランスがまだ結婚していないのは、リュシアンが武者修行に出ているからである。
 武芸だけでなく、諜報活動の現場について、みっちり仕込まれているらしい。

 ステファノ司祭は、ブーリ国へ去った。もしかしたら、エマニュエルとのことが関係しているのかもしれない。
 表向きは、栄転である。

 「ディディエ殿は元気?」

 アラン=クールランドが尋ねる。彼は王宮に職を得ており、時折私と顔を合わせば、話をする間柄になった。

 「ロタール語の授業にも、だいぶ慣れたみたい」

 ディディエは、ロタリンギアにある貴族学校へ入学していた。
 ロザモンドも年齢が足りないのに、特別に試験を受けて入学したという。
 婚約者として、弟の慣れない異国での生活を支えようと、努力している。

 双方から手紙を貰って、二人の学校生活にはかなり詳しくなった。


 ノブリージュ学園卒業から一年後、シャルル王子は王の後継者として、正式に諸外国へお披露目する立太子の儀を執り行うことになった。
 そして、同時に私と結婚式を挙げる。

 挙式まで残り半年という今は、王太子妃教育の仕上げ、挙式と式典準備の打ち合わせに都合が良いという理由で、王宮に監禁、もとい居室を用意してもらい、朝から晩まで何かしら勉強か修行か仕事をさせられている。
 息をつく暇もない。

 近隣諸国の国情などは、国外追放に備えた独学の知識を披露すると、お墨付きをもらえた。

 他方、貴族のお家事情や複雑な利害関係のような社交方面は、ほとんど他の生徒とお付き合いしてこなかった私には、難易度の高い課題であった。

 王太子妃ともなれば、一つの言葉、ため息や微笑、何ならまたたき一つで、重大な結果を引き起こすことができる。
 正直なところ、真剣に取り組もうとすればするほど、王太子妃は荷が重い、と知る羽目になった。

 あんまり面倒なので、アメリとシャルルが結婚した方が国も栄えるのではないか、と考えたりする。現にそういう意見もあったではないか。

 そもそも婚約当初、ゲームシナリオ上でも、私の記憶でも、王子はサンドリーヌを嫌っていた筈だ。
 いつの間にか、好かれていた。
 彼が本心から私を好いていることは、その言動から感じ取れる。

 何故だろう?
 特に思い当たることはない。学園在籍中、二年間別のクラスで過ごし、食堂などで顔を合わせることも、ほとんどなかったのだ。
 お茶会などは向こうから、積極的に誘ってきた記憶がある。自惚うぬぼれだろうか。
 いつか、できれば結婚前に、きっかけなどを聞いてみたいものである。

 シャルルは、王の補佐として、毎日忙しく働いている。学園にいた頃よりも、会う時間は少ない。
 公務と公務の合間にわずかな隙間を見つけては、顔を出す。無理して倒れないか、心配になる。


 あっという間に、立太子の儀と挙式の当日になった。

 儀式の当事者として動くほか、国内外の賓客ひんきゃくをもてなしたりと、生涯初めての仕事ばかりで、終わってみると、結構記憶が飛んでいた。

 華やかだった。
 ロザモンドやディディエ、リュシアンも来ていた気がする。勿論もちろん、出席していたに違いない。
 前世のような、写真や録画録音機器もないのだ。ここで忘れたら、一生そのままである。
 結婚式の思い出が。
 後で、公式の記録を確認して、記憶を補強しよう。

 何せ、私には、前世の結婚式の記憶もほとんどない。
 久々に、前世のことを考えた。今の私にとっては、過ぎ去った、遥かに遠い出来事となっている。

 それでも、これまでを振り返ると、サンドリーヌ=ヴェルマンドワが王太子妃として生きるためには、前世も含めた人生経験値が必要だったように思う。
 前世も、その記憶を取り戻したことも、無駄ではない。


 疲れ切った体を、侍女たちが綺麗に磨き上げてくれる。
 貴族で良かったことは、自ら何もせずとも、身支度を整えられるところだ。

 いつもは、なるべく自分でするが、今日のように、そのまま布団に沈みたい時などには、つくづく重宝ちょうほうな身分である。
 ふかふかすぎて窒息しそうなベッドへうつ伏せになると、そのまま眠りに引き摺り込まれた。


 目を覚ますと、シャルルと目が合った。部屋の灯りが、最小限に落とされている。暗がりでもわかるくらい、近くにいた。

 「起こして済まない」
 「いいえ。お待ちすべきところを、失礼しました」

 一気に目が覚めて起き直り、流れで土下座した。貴族の結婚は契約だ。

 初夜は、必ず子作りせねばならない。土地によっては、ところを見届け人が確認するのだ。寝落ちなど言語道断である。

 クスクスと、笑い声が降ってくる。

 「待たせた私も悪い。顔を上げよ」

 上体を起こすと、シャルルの視線が下がり、横へれた。自分の格好を思い出す。扇情せんじょう的な、要はスケスケの服を着せられていた。
 服というのも烏滸おこがましい。

 「シャルル。この夜着は女官が」
 「綺麗だ」

 真っ直ぐに見つめられて、顔が熱くなる。シャルルの方も、すぐに脱げるような簡単な服で、既に前がはだけている。
 否応なく視界に入るにたじろぎつつ、はしたなくも唾を飲み込んでしまった。
 合図のように、彼の手が伸びた。

 「ようやく、そなたを得られる」
 「シャルル」

 抱きしめられた途端、私を好きになったきっかけを、聞き損ねた事を思い出した。

 「あ」

 口を開いたところへ、唇が合わさった。触れ合った場所から熱が広がる。
 もう、どうでも良くなった。

                                     終わり
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