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第三章 卒業生

18 攻略キャラの事情

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 シャルル王子には、バスチアン以外にも、様々な立場と役割を持つ護衛がついていた。
 アメリが、王子とお揃いのドレスを注文したという情報も、彼らの諜報活動から得られた。

 その時点から、アメリは悪い意味で目をつけられていたのだ。彼女のした事は、それだけ非常識だった。
 ただ、学園内は一種の聖域でもあり、彼女の成績が飛び抜けて優秀だったこともあって、二十四時間レベルの監視には至らなかった。

 アメリが気に入った相手であれば、婚約者がいようといまいと積極的に仲を深めようと行動していることも、王子の護衛を通じて学園上層部や王宮に筒抜けだった。

 それだけならば、少々くせのある人材ではあるが、卒業後に使い所を探して配置することもできた。
 現に、学園側はそのつもりでいた。

 天才に変人が多いとは、この世界でも通説である。異性関係については、彼女が満足するような配偶者をあてがえば問題は終わると見込まれる。性に奔放ほんぽうな貴族の例なら、他にもある。
 アメリは、その程度の瑕疵かしで手放すには惜しいほど、優秀な人材と見込まれていたのだった。

 二年目に、鎧と武器におかしなことが起きた時点でも、まだ彼女をかばう声の方が大きかった。
 つまり、ほぼ犯人がアメリであることはリュシアンにもわかっていたのである。彼が沈黙を守ったのは、政治的な要因だった。

 アメリを排除する方向へかじを切ったきっかけは、ドレス破損事件だった。
 新学期に入ってから、エマニュエル=ノアイユという取り立てて特徴のない生徒が、有力貴族の子息にばかり持てはやされるようになっていたことも、護衛の間で不穏な空気を生んでいた。

 他ならぬシャルル王子が、エマニュエルに執着つつあるように見えたことも、一因であった。
 しかも、エマニュエル自身は、要注意人物であるアメリに好意を持っており、アメリも彼の好意に応じて親しくしていた。

 護衛の中でも、意見が割れていた。例えばエドモン=ギーズはエマニュエル無謬むびゅう説の代表で、ヴァンサン=ダヴーはエマニュエル危険説を唱えていた。
 彼は、エマニュエルとアメリが結託けったくし、王子を操る可能性を指摘したのである。当時は荒唐無稽こうとうむけいとあしらわれたが、結果を見れば、懸念は妥当だった訳だ。

 「エドモン先生とヴァンサン先生も護衛だったのですね」

 「ああ。もう卒業するから、教えても良かろう。彼らも今後は本職に戻る。先ほど覗いていた者がいるのなら、きっとエドモンだ。あれには、そういう趣味がある」

 覗き趣味ですか。エマニュエルに味方するということは、攻略キャラだった可能性がある。もう永久にわからないことではあるが。

 話は続く。ぎくしゃくした空気の中、ドレス事件が起きたのである。
 これまでと違い、偽侍女という協力者を使い、女子寮へ侵入し、王子の婚約者の部屋まで到達した上、その持ち物に損害を与えた。
 後から判明した武器のすり替えも、前回と異なり婚約者を狙ったものだった。

 王子は激怒し、護衛は一致団結を誓い直した。
 ただ、この時点で証拠は何一つなかった。

 クロヴィスは全ての生徒教職員から動静を集めている最中で、アメリの失言に気付いていなかったし、盗まれた本の行方はおろか、侍女が偽物であることすら判明していなかったのである。

 しかも、王子のエマニュエル贔屓びいきが消えた訳ではなかった。だから、エマニュエルは、アメリよりもよほど自由に動き回ることができていた。

 解決の糸口が見えたのは、カツラの発見からである。
 それに、風紀委員長クロヴィスの地道な調査と卓抜たくばつした能力が、大いに役立った。

 運の良いことに、クロヴィスはエマニュエルに何の魅力も感じていなかった。
 だから、彼は助言に従って火事騒ぎを起こし、エマニュエルの部屋に盗まれた本があることを知り、更に盗み出したのだった。

 その本が盗品である以上、エマニュエルは盗難を訴えることができなかった。

 これで犯人の一人は確定した。流石にエマニュエルがそのまま女子寮へ侵入するのは難しかろう。
 彼なら女装しても可愛いのではないか、などと贔屓ひいきが作用した感もあるものの、結果として偽侍女はエマニュエルだった。

 もう一人は確実に女子生徒、しかもサンドリーヌの部屋をよく知る人物である。
 エマニュエルが女装しても問題なく可愛いとして、彼女の部屋を以前から知っていたとは考えにくい。

 何度も出入りすれば、人目に立つ。可愛いから。目撃証言が全く出ない点からして、偽侍女は犯行当日初めて女子寮へ立ち入った、と考えるのが筋である。
 手引きの者が存在するのは、明らかであった。

 寮の構造上、そして慣習上、ヴェルマンドワ公爵令嬢の部屋まで行ける生徒あるいは教職員は限られていた。

 アメリがサンドリーヌの部屋へ怒鳴り込んだという噂は、事実も含めて当然関係者は把握していた。
 それに彼女は事件当日、競技出場準備のため、寮へ戻ることが自然な立場にあった。

 部屋を知っていれば、事前に隙を見て合鍵を作ることも可能である。そして当日、偽侍女がサンドリーヌの侍女を連れ出したところを見計らい、空き部屋へ侵入してドレスを破いたり、目星をつけておいた本を盗み出すことも短時間で実行できる。

 盗まれた本は、その部屋唯一の恋愛小説本で、すぐ手に取れる場所に置いてあったのだ。一度部屋へ立ち入ったアメリなら、探す必要はない。

 彼女自身のドレスに手を加えたのは、状況から疑われることを想定していたからである。盗んだ本も、偽侍女が回収できるように、予め打ち合わせて別の場所へ隠したのだ。
 どう考えても、衝動ではなく、用意周到に計画された犯罪であった。

 こうした点から、アメリが容疑者に浮上すると同時に、危険な存在として認識を改められた。


 クロヴィスが密かに押収した『乙女の学園恋物語』は、ロタール語で書かれている。
 エマニュエルはロタール語を受講しており、アメリから本を解読するよう頼まれていた、と推測される。
 だが、彼の平凡な成績では、あの込み入った内容を理解するのが難しかったようである。

 『乙女の学園恋物語』は題名通り、一読した程度では、下手な素人の書いた恋愛小説としか読めない。
 実は『ラブきゅん! ノブリージュ学園』の攻略本である。

 つまりこの時点で、精読した者から見れば、その本にはノブリージュ学園の特定の三年間が過去から未来に至るまで書き記されていることになる。

 クロヴィスは、ロタール語に堪能たんのうだった。彼は押収本を解読し、攻略本を予言書と解釈した。

 そして、前年度、前々年度に起こった親睦武道会での事件について再調査を始めると同時に、リュシアンに協力を求めたのである。

 と言っても、私からの忠告を忘れず、エマニュエルとリュシアンが出くわさないよう、主にクロヴィスがおもむく形をとったため、時間がかかったようだ。

 あの攻略本を読んで私の意見を信じたということは、彼が本の内容を十分に理解しただけでなく、私がそれを持っていた事実も考慮したのだ。火事騒ぎの案を出した実績もある。

 風紀委員長が前任者に依頼したのは、ロザモンドに関する情報だった。
 『乙女の学園恋物語』には、敢えて作者名を記していない代わりに、ロザモンドからサンドリーヌお姉様へ、と献辞けんじがあった。

 転生や乙女ゲームについてどこまで理解したかは不明だが、クロヴィスは『予言書』がおおむね正しいという解釈にもとづいて、シャルル王子やディディエに遠回しに話をすることにした。

 ディディエはロザモンドが転生者であることも、本の内容も何となく知っているから、クロヴィスが本を手に入れたことにすぐ気付いた。
 手駒を多く持つシャルル王子もまたしかり。当然のことながら、本を引き渡すよう要求した。

 ここからがクロヴィスの偉いところである。
 彼は、生徒会規則を盾に、王子の要求を突っぱねた。

 その規定は、『風紀委員長は独立した捜査権限を持ち、その指揮権は、理事会及び生徒会本部であっても侵すことができない』というものである。

 王子も本気で奪いたければ護衛を使ってできたと思うが、実行しなかった。
 学園の自治を尊重したのもあったろうし、王子自身、エマニュエルにかれる自らを信用できなかったのかもしれない。

 クロヴィスが攻略本を渡さなかったのは、エマニュエルを警戒したためである。
 同じ委員長のアランを始め、シャルル王子もディディエも、彼に不可解で過剰な好意を抱いている。

 そのエマニュエルは、アメリに好意を持っている。
 王子に本を渡せば、結局アメリに取られてしまうことを心配していた。

 彼が危惧きぐしたのは、予言書の中身が漏れることだった。
 実は、転生者にして『ラブきゅん!』ヘビープレイヤーのアメリにとって、中身はどうでも良かった。
 本自体が、物証として重要なのだ。

 だから、クロヴィスの行いは、期せずして正しかったことになる。

 本を引き渡しこそしなかったけれども、クロヴィスは情報を進んで王子に提供した。
 この頃には、事件発生直後のアメリの矛盾発言も洗い出されていたし、一年目の暴れ馬事件についての再調査も目処めどがついていた。

 これらを知ったシャルル王子は、アメリがドレス事件の主犯と確信したのだった。

 宿泊演習があったのは、そんな時期だった。

 「デュモンド嬢を疑っていたのに、よくあれだけ親しげに振る舞えましたね。毒殺されるとは思わなかったのですか?」

 「毒を盛られるとすれば、サンディの方だと思っていた。妬いたか」

 「それは、そうです」

 シャルル王子は表情を緩め、私のほほを撫で上げる。背筋がぞわぞわする。
 しかしそれ以上何かすることもなく、王子は話を続けた。

 「私が彼女を完全に見限ったと知られたら、そなたの命が危ないと思った。許せ」

 「許すも許さないも、シャルル、が無事で良かったです」

 「薬を盛られた件については、単純に油断した結果だ。そのせいで、抑えが効かなくなってしまったな」

 あの夜を思い出して赤面した。王子はそんな私を微笑みながら見守る。
 アメリが口に入れた飴は、ウイスキーボンボンのような構造で、中に媚薬を詰め込んであった。
 薬の種類は、王子が吐き出したかけらを分析に回して明らかになった。

 クレマン先生が昔誰かに頼まれたか何かで作った物で、実験室の棚に長いこと仕舞われていたのを、アメリとエマニュエルが協力して盗み出したようだ。

 というのも、宿泊演習の前に、しばらく姿を見なかったアメリが、エマニュエルと相前後して質問しに訪れていたからである。
 言われてみれば私も、それらしき話を聞いた記憶がある。

 ここまでアメリがしでかしたことだけで、成績優秀なことが免罪符めんざいふにならないくらい、十分な犯罪だった筈だ。
 国の司直に引き渡すことは、考えなかったのだろうか。

 「そういう意見もあった。通常なら、即刻学園から追放した上、刑事罰に問うべき事案だ」

 アメリを放置したら、次に何をしでかすかわからない。今度こそ、王子を廃人にするかもしれない。
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