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第三章 卒業生

12 翻弄される弟

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 乙女ゲームの話になったら、どこから始めたものか。とにかく説明に膨大な時間がかかることは間違いない。

 「私は最上級生になって、シャルル王子やディディエと同じクラスになったの。デュモンド嬢も一緒よ。代表委員会の委員長にもなったわ。でも、エマ=デュポン嬢は別のクラスになってしまった」

 「まあ。スタート時の状態に戻ったかと思ったら、やっぱりズレがありますわね」

 ロザモンドの突っ込みにも大人しく耳を傾けるディディエ。あのまま婚約者の隣に腰を落ち着け、手を繋ぎ続けている。

 「委員会と言えば、企画委員長にアラン=クールランドが就いたのだけれど、ご存じ? ちなみに今年度の新入生の首席はモーリス=デマレさん」

 ロザモンドは首を振った。攻略本でも企画委員長はシナリオに絡んでこない。
 ちなみにモーリスは代表委員を務めていて、委員会で一緒に活動している。
 バターブロンドに薄い緑の瞳を持つ、なかなかの美少年である。

 この彼がやたら絡んでいる生徒がいるな、と思っていたら、それがエマニュエルだったことには、ついこの間気付いた。

 「今名前を上げた二人が好意を抱いているエマニュエル=ノアイユさんという新入生がいて、彼のことは王子やディディエ、クレマン先生も気にかけているわ。ちなみに、何で?」

 唐突とうとつではあるが、ついでだから本人に聞いてみた。
 ディディエは不意に自分の名前が上がったところへ質問を向けられて、ロザモンドから手を離してしまう。

 「何でって‥‥特に彼だけを意識しているつもりはないのだけれど。たまたま学園内でぶつかったりした時に、王子が居合わせたりして、話題に何回か上っただけじゃないかな」

 戸惑いの表情は、本心からに見えた。意識していないのは本当だろう。
 すると、何らかのシナリオ的強制力が働いている、と考えるのがすじだ。

 「BLだわ。運営切り替えエグっ」

 ロザモンドが立ち上がった。テーブルに山盛りのお菓子が、風圧で揺れる。
 そういえば、いつも何か口に入れていた彼女は、今日一つも食べていない。

 「びいえる?」

 ディディエがおうむ返しに問う。

 「男性同士の恋愛を表す略語ですわ。その子、絶対に総受け主人公です。第三弾の攻略対象が増えてる! OSオーエス変わって、容量増えたんですかね。だから、うちのパソコンに入れられなかったのかあ」

 止める間もなくベラベラ喋るロザモンド。これを恐れていたのだ。
 私と同じように、彼女もマリエル=シャティヨンを、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』とは別のゲームのヒロインと考えていたらしい。エマニュエルを第三弾と位置付けていた。

 しばらく会わないうちに、何を私と話して、何を話さなかったか、忘れてしまったのだろう。相変わらず、迂闊うかつな娘である。
 私たちの代が卒業するまで、ロタリンギアに戻ってもらって正解だった。

 彼女は、アメリに怪しまれている。手の届くところに置けば、この先、ヒロインに利用されて私諸共もろとも破滅しかねない。

 ちなみに、マリエルヒロインのゲームも、彼女のお母さんは買っていない筈。プレイ経験があれば、きっと彼女は私に話しただろう。

 ともかく、これでエマニュエルは第三弾の主人公と確定だ。

 気付けば、天才と呼ばれるディディエの目が、点になっている。九割方を前世の用語でしゃべられたのだ。無理もない。
 ここは、私が調整役を買って出よう。

 「ああ、ロザモンド様? つまり、王子やディディエがエマニュエルさんと恋に落ちる、とおっしゃってますの?」

 ハッと我に返るロザモンド。慌てて腰を下ろすが、隣にはディディエが呆然としている。
 申し訳なさに縮こまって、身の置き所がない様子は気の毒に見えた。ロタリンギアでも同性愛は禁忌タブーである。

 「あのっ。わたしはディディエ様をお慕いしております。見捨てないでくださいまし」
 「大丈夫。心配ない。婚約破棄はしないよ」

 ディディエよ、セリフが棒読みだ。二人の将来は大丈夫か?
 かといって、弟とアメリを結婚させるのも嫌だ。断罪の刑罰は、平民として国外追放になるだけだけれど。
 嫁が気に入らない。我ながら、小姑丸出しだ。

 ここまで来て、ヒロインの思いのまま、耐えて結末を待つのも納得がいかない。ゲームの強制力から悪役令嬢の本分にあおられているとしても。

 「話を戻すわね。そのエマニュエル=ノアイユさんが、デュモンド嬢をおしたいしていて、デュモンド嬢も嫌ではないようなの」

 「えっ、そうなの姉様?」

 今度は、ディディエが正気を取り戻した。

 「そのあせりは、デュモンド嬢を彼に奪われる心配からですか。それとも、ノアイユさんを彼女に取られる心配の方ですか」

 わざと他人行儀に問う。

 「あっ。ううん、どちらでもない、と思う。ただ意外だなって」

 動揺している。何がどう意外なのか、意地悪く問い詰めたくなるが、止めておく。ディディエは、アメリにもエマニュエルにも、無意識にかれているのだ。

 「今までの話を頭に入れた上で、これからの話を聞いてね」

 そして私は、親睦武道会で私とアメリの両方のドレスが破かれたこと、私の部屋から例の本が盗まれたこと、偽侍女のカツラがクレマン先生の実験室付近から発見されたこと、制服も燃やしてしまったけれど一緒に捨てられていたことを話した。

 また、宿泊演習でアメリと同じグループになった時のことも教えた。王子がアメリに飴を食べさせてせたことも。

 「まさか、サンドリーヌ様がイベント回避をしたから、代わりに毒を」

 「王子に飲ませる意味がないでしょう。毒ではなかったみたいですし」

 年若い二人の前で、媚薬とは説明できなかった。ロザモンドも媚薬を使ったとは思い当たらなかったようだ。やはり、あれは『ラブきゅん!』のアイテムではない。

 最後に、年末パーティでアメリがゲットしたアイテムの説明と、エスコート相手、攻略キャラと踊った回数などを話した。

 「なるほどですね。今のお話ですと、どのルートも目標値を達成できていないのではないかと思われます。ただし、大体シナリオをなぞっているところからして、一定レベルには達しているでしょう。アメリちゃ、アメリ様も友情エンドまで射程しゃていに入れている気がしますねえ」

 逆ハーレムルート失敗の場合でも、友情エンドというプレイヤーにとっての救済がある。ヒロインは高位貴族の家庭教師として首都で成功し、そして私は国外追放。
 どうせ断罪されるなら、それが一番望ましい。宿泊演習で独学のサバイバル知識や技能が使えることも確認できたし。

 「ロタリンギアとウェセックスでは、どちらが暮らしやすいかしら」

 「それは、ロタリンギアに決まっています。世界最高峰の誉れ高いメロデウェル料理に慣れ親しんだサンドリーヌ様は、到底ウェセックス料理に耐えられませんわ」

 ロタリンギアの貴族であるロザモンドが力説りきせつする。

 私は、羊の内臓ミンチ胃袋詰や、で卵の挽肉ひきにく包みとか、ふわふわのスクランブルエッグ、ほぼパン粉のソーセージなども好きだ。

 それより気候とか植生、国民性が気になるし、産業、就業形態の最新情報が欲しい。書籍ではどうしてもタイムラグが生じる。

 「姉様、国外で暮らす予定があるの?」

 ディディエに問われて、ハッとした。エマニュエルに恋しているかも、と疑惑をきつけてから沈思ちんししていたので、徐々に存在を忘れていた。

 「もし、婚約破棄されたら、国内に嫁ぎ先を見つけるのは難しいでしょう? 危機管理は大切だと思うのよね」

 咄嗟とっさにうまい言い訳が出てこない。ディディエが悲しげな顔になる。

 「姉様は、結婚しなくても僕と暮らせばいい。ロザモンドも歓迎するよ。そうでしょう?」

 「え、あ、もちろんですぅ」

 急に振られたロザモンドも動揺気味で、おかしな言葉遣いになる。きっと彼女も、婚約者の存在を忘れていたに違いない。

 「ありがとう。ディディエ、ロザモンド様」

 話を切り替えるため、紅茶に口をつける。すっかりぬるくなっていた。
 控えていたジュリーが、慌ててれ直しにやってきた。

 彼女にも、BLの話は刺激が強すぎたようだ。


 休み明けは生徒会選挙である。候補者の受付や選挙広報、候補者への説明、演説会や投票の準備、と細々あるが、生徒会本部が中心になって動く。こちらは気楽である。

 今回は、妥当に全員次の最上級生から候補者が出揃でそろった。選挙があるのは会長のみ。負けた方が副会長に収まるという、通常の流れに戻った。

 ここ数年の異変は、乙女ゲームのヒロインであるアメリを、際立きわだたせるためのイベントが原因だった、ということだ。

 選挙が終わると、卒業パーティと卒業試験である。

 パーティは卒業生が主賓しゅひんだ。準備は次期生徒会役員が行う。シャルル王子たちは、実質引退である。
 ただし、各委員会委員長は新年度に選出されるため、本部役員のようにはいかない。

 「代表委員長、業者との契約書類の雛型ひながたはどこですか?」

 「委員長~」

 現在の代表委員が、必ずしも次年度に代表委員となれる訳ではない。後継者を決めて引き継ぎもできない。
 この制度は、変えた方がいいのではないか。
 とりあえず、代々引き継がれる委員長引き継ぎ書に手を入れておく。

 主賓としてのパーティの準備は、特にない。
 学園生活最後の晴れ舞台とあって、ドレスは勿論もちろん、頭のてっぺんから足元、小物にいたるまで、りに凝った特注の品を揃える生徒は多い。

 私の場合、全てシャルル王子が用意してくれた。上質な布に手の込んだ縫製ほうせい、華々しくも品位を保ったデザイン、素人目にも明らかな高価な宝飾品。

 年末パーティのドレスを超える豪華さに、不要な借金を背負わされたような不安を感じた。
 何せ、着ていく先は、断罪イベントの会場である。

 「せめて、一部なりともお支払い致したく」
 「野暮やぼを言うな。いずれ我が妃となれば、同じことだろう」

 手切金代わりにしては、高価すぎる。半分金貨で返せ、と言われるのではないか。
 恐ろしくて、今回アメリに何を贈ったのか聞き損ねた。

 「最近、姉様たちの間で流行はやりの指輪って、どんなデザインかなあ」

 そして、ディディエは私が聞きもしないうちから、アメリへの贈り物を匂わせた。やけに浮かれた調子である。

 「デュモンド嬢に贈るの?」
 「んんん。僕、パーティの日に渡そうかと思って」

 油断した。王子狙いと思わせて、ディディエを落としていたとは。
 卒業パーティでヒロインに指輪を贈るのは、攻略の成功を意味する。

 「私は宝飾品にうといから、本人に好みを聞くか、お母様から出入りの宝石商を紹介してもらうといいわ」

 動揺し過ぎて、親身なアドバイスをしてしまった。ここで意地悪しても、もう遅いのだ。
 不覚にも、声がかすれて震える。

 ディディエと別れて、ふらふらと学園内を彷徨さまよう。
 いつの間にか、礼拝堂へ辿たどり着いていた。礼拝の日以外で立ち寄るのは、久々のことであった。
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