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第三章 卒業生

11 年末パーティ

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 一通り会場を回ったところで、シャルル王子に捕まった。

 「始まるぞ」

 ぎりぎり曲の開始に間に合った。止まって息を整える間もなく、すべるように踊り出す。
 サンドリーヌの反射神経と王子の技量の賜物たまもので、微塵みじんも乱れずに、ステップを踏む。

 「クレマン先生と仲がよいな。パーティでいつも話しているのを知っているぞ」

 「やましいことはございません。いておられるのですか?」

 「ああ。ねたましい」

 ちょっとびっくりして、王子の顔をまじまじと見た。視線を外される。頬がほんのり上気しているように見えた。

 「意外です。そんなに思ってもらえるのは、嬉しいです。私の方こそ、シャルル‥‥が他の女性と親しくするのを見て、いつも胸を痛めておりますのに」

 「そうか」

 俺様王子は、復活が早い。

 「そなたに心配をかけるのは心苦しいが、会長としての付き合いもある。この後も、他の生徒と踊らねばならない。理解してくれ」

 エメラルドの瞳が自信を取り戻して、生き生きと輝く。美形全開。

 「承知しました」

 王子が去って、どこへ行くかと眺めていると、案の定、アメリの元であった。
 並み居る男共を置き去りに、手を取り合い中央へ進み出る。
 たちまち会場の注目を集めた。ヒロイン効果だ。

 アメリが赤、王子が緑の衣装で、二人並び立つと、にクリスマスだ。
 この世界には、クリスマスがない。
 この可笑おかしみを、誰かと分かち合えないのが残念だった。

 ヒロインと攻略キャラの世界は放っておいて、会場の見回りでもしようかと隅の方へ向かう。
 クロヴィスと鉢合はちあわせた。

 「よかったら、一曲踊るか?」
 「仕事、抜けられるのですか?」

 風紀委員は、警備関係を担当している。

 「ダンスフロアに武装兵が立ち入っては、雰囲気も台無だいなしだろう」

 そういう委員長は、剣を下げているものの、ベーシックな夜会服姿である。

 「踊りながら警備する、ということですか」
 「そう思ってくれ。俺はダンスが苦手だ。リードを頼む」

 誘っておいて、それはないだろう。私の思いをよそに、ぐいぐい手を引いてフロアへ戻す。
 王子とアメリが中央に陣取っているところから、さりげなく距離をとった。モブキャラは、ヒロインの見せ場に近付けないとか。

 開始早々、クロヴィスの上体がぐらつく。私は必死で体勢を立て直す。成り行きで、体の距離が近付いてしまう。

 「本は、例の部屋から見つかった。捜査上の必要から、しばらくこちらで預からせてもらう。他言無用に頼む」

 耳元に素早く囁かれた言葉に、足元が狂いそうになる。今度はクロヴィスの方が体勢を立て直し、私を救った。
 王子のように優雅ではないものの、鍛えられた体幹と運動神経で、それなりの姿勢をとることはできるのだ。
 先ほどのぐらつきは、周囲をあざむく作戦だったのか。

 ダンスの調子を取り戻す間に、思い出したことがある。

 「委員長、第二外国語‥‥」
 「かつてのクラスメートだものな。覚えていたか」

 クロヴィスは、ロタール語を選択していた。一緒に授業を受けた感じでは、読み書き共に、日常生活で不自由しない程度には理解していた記憶があった。

 何ということ。転生者でもなさそうなモブキャラに、乙女ゲームの攻略本が渡ってしまった。
 いや、私がそのように助言したのだが。彼がロタール語を解することを失念していた。

 オル語にしておけば良かった。だがそれでは、ロザモンドが書けない。そして、私も解読に手間がかかる。

 「サンドリーヌ委員長には、言えないことも多い。気になるとは思うが、この件については知らぬふりでいてくれると、助かる。風紀委員長としての俺を、信じてほしい」

 先ほどからさりげなく、王子とアメリに近付かないよう注意している。その意向を汲み取ってリードするのは、私である。
 こういう時に限って、二人がこちらへ移動してくるような気がするのだ。

 「信じるも何も、私としては、風紀委員長が偽侍女にせじじょに心を奪われないことを、祈るしかありませんわ」

 彼の中では、私はまだ容疑者だ。あの本を読んだなら、私が令嬢ということもバレているのである。

 「そうだな。くれぐれも、罪を重ねないように」

 うわあ。容疑者扱いは覚悟していたけれど、まだ私、断罪されるようなことは、していない、筈。
 体が強張こわばったところで、曲が終わった。

 「シャル、楽しかった! もう一曲踊ろうよ」

 アメリの声が、すぐ近くで聞こえた。私はそちらを見ずに、隅へ移動した。

 クロヴィスもまた、その一曲で去った。婚約者のいる生徒と何曲も踊ってはいけない、という常識からも、当然の振る舞いだった。

 それからは、代表委員の仕事に打ち込んだ。かなり後になってから、ディディエが来た。

 「遅くなってごめんなさい、姉様。エスコートした令嬢たちのお相手を務めていて」

 「立派に仕事をこなしている姿が、素敵だったわ。大人になったわね」

 「嬉しいけど、まだ子供扱いされているみたいだな」

 不満げに眉を動かすディディエ。少し前までは頬を膨らませて不満を表現していた。確実に成長している。

 「デュモンド嬢とは踊ったの? 手袋を贈ったでしょう」

 「あ、忘れていた。ずいぶん沢山の人が並んでいたもの。もう申し込む時間ないなあ。怒るかしら」

 「きっと怒らないわ」

 乙女ゲームのヒロインを、攻略キャラが忘れること自体、驚きである。アメリはいよいよシャルル王子をメイン攻略対象に据えたと見える。

 元々のシナリオでは、ゲーム開幕当初から、王子と悪役令嬢の間柄は冷めたものだった。
 それが、実際はドレスも贈ってもらえるし、キスぐらいはする仲である。これほど愛情を示されたのに、最後に断罪されたら、それはそれで相当に堪える。

 クロヴィスが『乙女の学園恋物語』を入手できたのは、相対的には喜ばしい。行方がわからないのも不安だし、アメリやエマニュエルの手にあるよりも、よほどマシである。

 風紀委員長は、既に攻略本を読了しており、本の内容が、ノブリージュ学園で実際に起きた出来事とつながりがあることに、気付いている様子だった。

 聞きたいことは山ほどある。しかし、私にできることはなさそうだった。
 盗まれた本の在処ありかを、教えてもらえただけでも、ありがたい。悪事を働かないよう、牽制けんせいされたのかも。
 お前の手の内は、わかっているぞ、と。


 パーティは、大きなトラブルもなく終わった。
 アメリも副会長として、沢山の生徒と踊らなければならず、忙しかったそうである。
 それで、ディディエの謝罪にもこころよく許しを与えてくれたという。

 年明けは、生徒会選挙だ。


 年末年始の短い休みの間に、ロザモンドが遊びに来た。

 「サンドリーヌ様っ、お会いしたかったです!」

 半年ほどの間に、随分印象が変わったと思ったら、せていた。病的な痩せ方ではない。
 聞いてみると、運動と食生活を見直し、ダイエットしたそうな。濃い金髪と深い青色の瞳にお姫様ドレスをまとった彼女は、今や生けるビスクドールだった。背も伸びている。

 「婚約者の僕は、どうでもいいのかな」

 置き去りにされたディディエが、不満そうな声を上げた。ロザモンドは慌てて正式に挨拶した。

 「他人行儀で寂しいなあ」

 「ディディエ様は素敵だから、緊張してしまうのです。あ、サンドリーヌ様が素敵じゃない、という意味ではございませんよ」

 「わかっているわよ」

 彼女がいつ訪れてもいいように、留学生活の間に使っていた部屋も、そのままにしてあった。

 わざわざ隣国ロタリンギアから来た理由は、『ラブきゅん! ノブリージュ学園』のその後について、私と語り合いたかったからだ。

 「ディディエ様が、いっつも手紙でアメリちゃん、アメリ嬢がどうしたとかばっかり書いて来られて、こちらからはくわしい質問もできませんし、サンドリーヌ様はあまり手紙を書いてくださいませんし」

 アメリに検閲けんえつされるかもしれないと思うと、何気なにげない手紙を出すにも気を遣う。ほぼ音信不通だった。

 それにしても、ディディエがそんなに頻繁ひんぱんに、婚約者へ手紙を出していたとは知らなかった。
 アメリのことばかり書いていた、という。攻略好感度が高いとみて、見逃されていたのだろうか。

 と、完全にアメリに手紙を読まれている前提の思考である。

 間近でヒロインを観察していると、その影響力の大きさと、人を操る手腕に恐ろしさを感じる。命がかかっていなかったら、ひたすら関わらないようにしていただろう。

 ロザモンドは、ディディエの出した手紙を、全部持ってきていた。本人の了解を得て、目を通す。

 「婚約者へ出す手紙に、他の女性の活躍ばかり書いていたら、ダメじゃないの」

 「ごめんなさい」

 「いえ、構いませんわ。わたしも知りたかったことです」

 手紙には、アメリが生徒会副会長として、生徒会室で会長やディディエとどんなことをしているか、クラスでの様子、親睦武道会での活躍、宿泊演習で一緒に行動したこと、など、さながらアメリの追っかけ報告のような内容が書かれていた。

 ドレスを破かれてよろいで出場したことは書かれていても、夜襲で鎧を着るのに手間取り遅参ちさんしたことは書いていない。
 私がアメリ検閲官だったら、確かに満点合格だ。

 「それで、本当は何が起こっているのか知りたくなって、お邪魔しましたの」

 手紙を読み終わったところで、ロザモンドが身を乗り出した。

 私はディディエを見た。弟は、ロザモンドに前世の記憶があることを知っている。『乙女の学園恋物語』が前世関係の内容ということも、何となく知っている。

 しかし、乙女ゲームの話はしていない。おまけに彼は、アメリの攻略対象である。

 ロザモンドは若くして死んだせいもあって素直というか、迂闊うかつなところがある。地元ロタリンギアでは、以前から自分が転生者でここは乙女ゲームの世界だ、と周囲に吹聴ふいちょうしていたらしい。

 聞く方に理解がないせいで、空想と片付けられていたようである。

 もっとも、彼女のおかげで、私はこの世界が『ラブきゅん! ノブリージュ学園』というゲーム世界だ、と知ることができたから、迂闊も悪くない。

 「ロザモンド様。ディディエはデュモンド嬢ひいきですから、ここでお話ししたことが筒抜つつぬけになりますわよ」

 私の言に、ハッとして婚約者を見るロザモンド。頭の中では、ディディエに全部話したつもりでいたのかもしれない。
 ディディエは紫色の瞳を輝かせて、ニコニコしながらロザモンドに近付き、手を取った。

 「これから夫婦になるのだから、内緒事はなしにしようね、ロザモンド。僕も子供じゃない。内輪の話を勝手に外へ漏らさないよ」

 ロザモンドが、耳まで真っ赤な顔になる。これはいけない。
 弟は、いつの間にか大人の男に成長していた。久々に、前世に残した息子を思い出した。
 息子も年をて大人になっているだろうか。

 「では、ディディエが理解できそうな範囲で、話してみましょうか」
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